第七六話 正七位上の官位
▽一五七〇年十一月、澄隆(十五歳)鳥羽城
俺は、奈々と妙を妻に迎えるにあたり部屋を増やしたかったため、鳥羽城を一階建ての平城から二階建てに増築することにした。
増築は、宗政の指揮のもと、新しくスカウトした宮大工の中井正吉に主にやってもらっている。
既に、増築のための足場は外され、外観は二階建ての城になった。
「おお、これは……」
いつも小言や文句ばっかり言っている近郷ですら、感嘆の声を上げる城が出来つつある。
俺も威風堂々とした外観に、思わず呆然とする。
正吉は、さすが将来、大阪城の築城に携わる人物だけあって、最初から二階建てにしか見えない形で、鳥羽城を増築してくれた。
内装は、まだまだ時間がかかるが、既に二階には新たに奈々の部屋、妙の部屋、侍女たちの部屋を設けてある。
二階の一番奥には、俺の禁秘ノ部屋を新たに作り、これまで使っていた一階の禁秘ノ部屋は、影武者の光太の部屋にした。
それと!
この前、大和国から身寄りのない子供たちをたくさん連れてきたため、同じく正吉に頼んで、忍び育成用の施設を鳥羽城の一画に作ってもらった。
正吉には、俺の希望通り、手裏剣の投擲場、綱渡り、綱登り、うんてい、鉄棒、ターザンロープ、フワフワトランポリン、殺傷力のない罠付き巨大迷路、ボルダリングのような大規模壁登り場等を作ってもらった。
出来上がった施設は、なんだか、前世の遊園地にあるアトラクションみたいになった。
この施設を視察すると、子供たちが喜んで、訓練というより遊んでいる。
子供たちが着ている服は、全身肌襦袢大作戦で使った服の一部を再利用した。
皆、藍色の全身肌襦袢のため、面はつけていないが、統一感がある。
生き生きと楽しそうに訓練している子供たち。
動きが活発過ぎて、怪我をしないかヒヤヒヤする。
ええい、お前ら燥ぎ過ぎだぞ。
子供たちには、当面この訓練を重点的に行わせるが、それだけでなく読み書きなどの座学にも取り組んでもらう予定だ。
明るい子供たちの声が響く遊園地にいるような気になっていると、そこに奈々と妙、侍女たちが握り飯を持って現れた。
「子供たち、食事の時間ですよー」
「「「わーーい!!」」」
奈々が声を掛けると、子供たちは歓声を上げて、奈々たちの所に向かって走り出した。
奈々たちから握り飯を貰うと、子供たちはリスみたいに握り飯を頬張り、満面の笑顔になっている。
「「「おいしい〜〜!!」」」
握り飯には豆味噌を入れて栄養価を上げている。
味噌ってお握りに合うよね。
「落ち着いて、ゆっくり食べなさーい」
奈々が子供たちに声を掛けると、 『あーいっ!』と返事はたいへん良いが、食べる勢いはいっこうに収まらなかった。
元気溌剌だな。
ここに連れてきた当初は、怯えた目をしていて、頬がこけるほど痩せていたが、今では健康状態は順調に改善に向かっている。
俺たちへの信頼感も高まり、笑顔も増えた。
微笑ましい光景に癒やされる。
奈々も妙も子供たちに囲まれて楽しそうだ。
子供たちは、食事もしっかり取りながら、忍者アトラクションによって日々、鍛えられていく。
澄み薬も飲ませているから、寄生虫もいないし、皆、大きく成長するだろう。
将来は、志摩国が、強い忍者がたくさん生まれる忍びの里として有名になるかもしれない。
浪漫があるな!
▽
「澄隆様ーっ!」
近郷の大きな声とドタドタという慌しい足音が響いてくる。
近郷はいつも本当にうるさい。
声が響くのだから、普通に喋れば届くって。
バンと襖を乱暴に開け放って評定部屋に入ってきた近郷は、鼻息荒く、まくし立てた。
「大変ですぞ! すぐに準備しなくては!」
何が大変か、主語がないと分からないぞ。
俺は、白湯を一口飲むと、近郷に問いかける。
「近郷、まずは、何が大変か教えてくれ」
近郷は、手をわしゃわしゃしながら、慌ただしく言う。
「侍所長官の一色様がいらっしゃると、先触れの使者が参りました!」
近郷は、息が切れたのか、フーフーと深呼吸してから言う。
「三日後には着くとのことで、これは大変なことですぞ!」
ん?
侍所長官と言ったら、将軍家のお偉いさんだ。
いきなりの使者に、近郷だけでなく、皆が慌てている。
使者の話では、将軍である足利義昭の上奏により朝廷から官位を頂けるらしい。
先日、家臣にした小原冷泉に朝廷だけでなく、将軍家にも献上物を届けてもらったが、その効果が出たのかな。
俺は、白湯をまたゆっくり一口飲むと、まだ三日もあるなら、慌てずに準備するよう皆に指示した。
………………
俺は、光俊を呼ぶと、侍所長官ご一行に危険がないよう、領内に入ったら護衛するよう指示を出した。
ご一行は、予定通り三日後に到着するようだ。
近郷や家臣たちは、大わらわで侍所長官たちの歓待の準備を始めた。
近郷は宗政を交え、早速、城内の清掃や歓待のための料理の準備などを進めている。
俺は、余計な口出しは一切しなかったが、賄賂の準備はしておくことにした。
………………
俺は、侍所長官たちが着く当日、朝食を奈々と妙と一緒に取って、身支度を手伝ってもらった。
俺は、二人が寂しくならないよう夜も含め、平等に接している。
妙は、奈々を正妻として立てているし、良い関係を築けていると思う。
俺は、正服になって、評定部屋で待っている。
堅苦しい服は居心地が悪いな……。
お昼近くになる頃、侍所長官である一色藤長と、そのお供十人ほどが鳥羽城に着いた。
俺は、一番大きい相橋口門の前で、侍所長官ご一行を出迎えた。
………………
「わざわざ、志摩国までお越し頂き、恐悦至極に存じます」
俺は、侍所長官ご一行に深々と頭を下げた。
「いやいや、わざわざ出迎え御苦労」
あたたかく微笑み、手を振る、高貴な雰囲気の人物。
身なりも華美に豪奢だ。
お、この人物が一色藤長か……。
思ったより気さくそうだな。
確か、前世の記憶によると、足利義昭に最後まで裏切らずに従っていた人物だ。
「澄隆殿。素晴らしい城だな。これは小島を使って城にしたのか……」
桟橋を渡って、門前まで来た藤長は、鳥羽城の威風に目を丸くしている。
「はっ。たまたま築城に適した小島がございまして……」
「ほうほう、絶景よの……」
俺は、キョロキョロと周りを見ている藤長に再度、頭を下げる。
「お疲れでございましょう。早速、城内にご案内いたします」
俺は、城外での挨拶もそこそこに、藤長たちをいつもの評定部屋に案内した。
藤長たちは上座、俺たちは下座に座る。
評定部屋には、俺と近郷、宗政、光俊がいて、俺の後ろには近習と小姓たちが控えている。
侍所長官である一色藤長が、コホンと言って、話し出した。
「まず、澄隆殿。将軍家への数々の献上物、誠に良き行い。公方様もことのほか喜ばれ、澄隆殿のために正七位上の右衛門少尉への任官を朝廷に上奏し、叙任されたとのこと。慎んでお受けなされるがよい」
おお、正七位上、右衛門少尉か!
官位とは『官職』と『位階』を合わせた呼び方で、俺が今回もらえるのは、正七位上の位階の官職らしい。
本来、官位は、生まれた家格によって頭打ちが決まっていた。
戦国時代なると、朝廷や将軍家への献金などで、家格を飛び越えた官位をもらえるようになる。
志摩の一地頭であった俺の家格だと、正七位上でも、驚きの出世だ。
まあ、六十万石を支配する大名としては、正七位上の官位は不十分だと思うが、朝廷から正式に官位がもらえると、対外的に信用度も増すし、家臣から信頼されることにも繋がる。
俺の右手のステータス機能では、忠誠度は分からないし、官位がもらえるのは、忠誠度アップにもなるだろう。
俺が丁寧にお礼を言うと、一色藤長がさらに驚きの言葉を発した。
なんと、足利義昭が俺に会いたいそうだ。
その謁見の場で、もう一つ上の官位、それも俺の統治に役立つ官位を頂けるらしい。
近郷は、俺の出世と、公方様に謁見できることに感激して、ボタボタと涙を流している。
たった二千石の地頭だった九鬼家だし、近郷の気持ちは分かる。
宗政や光俊、近習なども目を輝かせている。
ただ、俺は、ちょっと冷めた気持ちでいる。
今の段階で、世間的には足利義昭は将軍として絶大な権力を握っているようには見えるが、前世の記憶によると形骸化した将軍だし、史実だと数年後には織田家に京から追い出されている。
この時代では、織田信長がいないから、どうなるか分からないが、俺は、足利義昭と密接に関わる気はない。
官位をもらえるなら、会いには行くが、感激して足利義昭の忠臣になるつもりはさらさらない。
まあ、忠臣になった振りはするかもしれないが……。
それに、懸念事項として、織田家に敵対している九鬼家に官位を渡して、義昭と信忠の関係は悪くならないのだろうか?
前世の記憶だと、義昭は信長に断りもなく様々な動きをして怒られているし、義昭は気にもしていないのかもしれないが。
俺は、感激した演技をして、一色藤長に深々と平伏した。
この後、俺は、将軍家へのお土産として大量の澄み酒を献上し、一色藤長様にだけと言って金子として百貫を渡した。
賄賂のような金子は受けとるのかな?と思っていたが、当然のように受け取った。
一色藤長は、人は良さそうだが、時の権力者の一人として、自分の利益優先は当然の行為なのだろう。
一色藤長とそのご一行には、夜に宴会でご馳走し、次の日の朝、機嫌良く帰ってもらった。
……次は、足利義昭との謁見か。
史実でも有名な策謀大好き将軍だ。
前世の記憶だと、織田信長が力をつけて義昭自身の立場が危うくなると、四方八方に信長討伐の文を出して、信長包囲網を敷くような人物だし、感情の起伏も激しかったようだ。
正直、義昭に会うのに憂鬱な気持ちにもなるが、歴史オタクとして興味もある。
まずは、悪い印象を持たれないように、気を付けないとな。
次回は、いよいよ澄隆が公方様に謁見します。
次回『足利将軍』、お楽しみに!




