第五話 第一次スカウト
▽一五六〇年九月、田中宗政(一二歳)近江国
「はぁはぁはぁ……」
志摩国を出発して二週間。
やっと近江国甲賀にある飯道山の麓まできた。
九鬼家の親戚筋のツテを使って、多羅尾一族が住んでいるという、この山まで無事に着くことができた。
宗政は、顔を引き攣らせながら、飯道山を見上げる。
鬱蒼とした山が自分を拒絶しているように感じる。
正直、多羅尾一族が、志摩まで来てくれる気がしないので、気が重い。
はぁ……。
深い溜め息を出しながら、思い悩む。
なんで、家臣になってすぐ、勧誘に行かせるのかぁぁぁ!
九鬼家のこと、まだ、全然分からないのにぃぃぃ!
九鬼家に仕官して、内政担当として初めての仕事だ。
上手くいかなかったら、クビになるのだろうか?
まだ、貯金は少ししかできていない。
できれば、もう少し長く勤めたかったな……。
宗政は、撫で肩をさらに下げながら、トボトボと歩き出した。
石段が続く行者道を歩いていると、石段を上がった先に、屋敷が見える。
疲労と緊張で、背中が汗でびっしょりになった。
体から水分がほとんどなくなった気がする。
あそこかな。
お腹痛い。
どうやって勧誘しよう?
頭を下げまくるしかないかな。
▽
俺が宗政をスカウトに出して、一ヶ月あまり……。
首を長くして待っていたが、宗政は無事に帰ってきた。
それで、なんと!!!
宗政は、願っていた多羅尾光俊をちゃんと連れてきてくれた。
本当に良い仕事をしてくれた。
甲賀忍者に初めて会える!
会う場所は、城の中でも一番広い評定に使っている部屋にした。
近郷は、念のためと、兵十人ほどに刀を持たせて、俺の近くに配置することにしたようだ。
俺が多羅尾光俊が待っている部屋にウキウキとした気持ちで入ると、宗政の疲れたこけし顔が目に入る。
宗政、頑張ったな。
その隣に座っているのが、光俊かな?
光俊の後ろには数人、いつも見ない服を着た男たちが座っている。
従者なんだろう。
「拙者、多羅尾光俊と申します」
俺が上座に座った途端、光俊が頭を下げたまま挨拶してきた。
おおお!
前世でも有名な多羅尾光俊が目の前にいる。
歴史オタクとして、感動で心が震える。
「遠路はるばるよく来てくれた。顔を上げてくれ」
俺が声を掛けても、光俊は頭を下げ続けている。
ん? どうした?
「顔が見たい。顔を上げて良い」
光俊は、逡巡しながらも、おずおずと顔を上げた。
光俊は、中肉中背の目尻に深いシワのある渋い男だった。
光俊は、俺と目が合うと、サッと頭をまた下げて話し出した。
「宗政殿から、スカウトというものをされました」
俺が渡した手紙を懐から出して、声が低くなる。
「手紙では、我らに仕官してほしいとのこと……。これまで、我々を金で使おうという方はいても、我らに仕官してほしいと言ってくれた方はおりません。我々は下賤の出……。宗政殿に頭を何度も下げられて、我らに心を砕いて説得してくれた宗政殿のために、ここまで来ることに致しましたが、正直、この手紙を信じることができません」
いきなり不信感オーラ全開!?
光俊は平伏したまま、続けて話す。
「拙者が忍びになって、約三十年。一族のために、死に物狂いに、働いてまいりました……。それでも、今まで誰にも認められず、不遇の日々を送っております」
光俊は、隣に座っている宗政をちらりと見ながら、だんだんと声が小さくなる。
「宗政殿にも同じ話を致しました。宗政殿は自らも氏素性も分からない中で取り立ててもらったこと、宗政殿を信用されてスカウトを任せられていること、拙者達も必ず仕官させてくれると説得されました……。ただ、これまで軽く扱われ、騙され続けて生きてきた我々、簡単には信じることができないのです」
光俊は、声を絞り出すように、話し続けた。
俺も光俊の話を聞いていると、その不遇さに、涙が出てきた。
涙と一緒に鼻が垂れそうになるのを慌ててズズッと啜って耐える。
光俊は、前世の俺のように、人生を諦めかけている。
そんな忍者が不遇のままで良いのだろうか?
いや、良いわけない!!
この戦国の時代、忍者の価値が低すぎる。
俺が、日の目をみれるようにしてあげようじゃないか。
俺はスクっと立つと、光俊の前まで、とてとて歩く。
近郷が、俺の後ろで、『澄隆様!』と大声を出しているけど、気にしなーい。
俺の行動に目を見開いて、驚いている光俊。
光俊の目を見ると、うっすらと涙が浮かんでいた。
俺は、そのまま固まっている光俊の手をぎゅっと力強く握る。
「俺は騙さない」
俺の発言に、固唾を飲んで見守っていた、光俊の従者たちがざわめき出した。
また、近郷が怒った声を出す。
「澄隆様! 無用心過ぎますぞ!」
近郷、本気で怒っているね。
「光俊の涙を俺は信じる」
光俊は鋭い眼光で俺を見る。
俺も光俊の目をじっと見つめる。
「俺は、光俊が欲しい。家臣になって」
俺を凝視していた光俊の目。
俺は真っ直ぐに見続けた。
十秒ほどたっただろうか。
すると、光俊の目が、急に穏やかに変わった。
光俊の目から、一滴の涙が流れ落ちる……。
「……澄隆様。拙者、騙し騙される生活に、ほとほと疲れ申した。これまで我らを雇ってきた方々は、皆、濁った目をしておりました」
光俊は、ふ~と息を吐くと、戸惑った様子ながらも、ゆっくりと話し出した。
「澄隆様に手を握られ、澄んだ目を見ることができました。こうやって手を握られたのも初めての経験です……。澄隆様のお気持ちはよく分かり申した。最後にもう一度だけ、信じてみることに致します」
おおー!
そりゃ、忍者を見れば、キラキラした目にもなるよ。
甲賀忍者が家臣になってくれた!
俺の望みを聞いてくれた!
第一次スカウト成功だ!
ちなみに、手を握った時に、光俊のステータスも確認済みだ。
【ステータス機能】
[名前:多羅尾光俊]
[年齢:41]
[戦巧者:51(65迄)]
[政巧者:48(53迄)]
[稀代者:陸]
[風雲氣:壱]
[天運氣:弐]
~武適正~
歩士術:陸
騎士術:壱
弓士術:伍
銃士術:壱
船士術:参
築士術:壱
策士術:伍
忍士術:捌
初めて、戦巧者が60を超えている人材に会った。
現在の値も51だし、苦労していると数値も上がりやすいのかな。
それと、稀代者が陸なのに、天運氣は弐と低い。
天運氣は、運の良さだとすると、光俊はあまり運が良くないということなのかもしれないな。
それに、武適正の忍士術が捌なのが、素晴らしい!
忍びとして、相当な能力を備えているはずだ。
どちらにせよ、これで、次に進める!
それで、光俊には、俺が多羅尾一族をスカウトしたことを波切城の嘉隆にバレないよう、農民に化けて志摩国に移転してもらうことにした。
光俊、よろしく頼むぞ。
▽
多羅尾光俊をスカウトしてすぐ、波切城から、女の子が送られてきた。
どうも、嘉隆が海賊働きをした他国の船に乗っていて、この子だけ殺されなかったみたいだ。
俺のところに送ったのは厄介払いだろう。
「近郷、どうする?」
「澄隆様。どうもこうも、九鬼家の悪評をこれ以上、広めないためにも、ここで育てるしかありますまい。儂の養女として、儂の娘たちと一緒に育てさせて頂きます……」
近郷には、確か、四人の娘がいた。
近郷が、そう言ってくれるなら、女の子は近郷に任せようか。
まずは、その女の子に会ってみた。
………………
女の子は、精巧に造られた雛人形みたいに可愛くて、繊細な雰囲気の子だった。
前髪は綺麗に一直線に水平に切り揃えられ、さらさらとしており光沢が見える。
右目と左目の両方に、泣きホクロがついている儚げな容姿が印象的だ。
瞳は紫色に輝き、タレ目で、優しげな印象を受ける。
その顔立ちから想像すると、将来はきっと美人になることだろう。
「俺は澄隆だ。この近郷が親になる。怖がらなくて良いよ」
女の子の手を握って、優しく声をかけたが、固まって動かない。
そして、ギギギと音がなるぐらいゆっくりと、俺の方を向いた。
話しかけても声を出さない。
最初から喋れないのか、船で襲われたことが怖すぎて声が出なくなっているのか。
ずっと小刻みに震えている。
かわいそうに……。
俺は、思わず、女の子の頭を撫でてしまった。
すると、頭からシュシュシュ〜と湯気が出るのかというくらい、赤くなった。
ただ、嫌そうじゃないので、俺はしばらく、頭を撫でてあげた。
少し元気を取り戻したのか、笑顔を見せた。
「ちかさとー、この子のこと、よろしくね。名前は、妙と呼んでね」
「は、はい……では、妙よ。我が家に案内するから付いておいで」
近郷は涙ぐんでいる。
妙のことがかわいそうで涙が出たらしい。
ゴリラ顔だが人は良いよな。
妙は、そのまま近郷に連れられて行った。
……嘉隆叔父が好き勝手していることに、早く手を打ちたいが、俺には止める力がない。
前世の俺と同じで、今の俺もまったく力がないが、何とかしないとな……。
あ、女の子の名前は、手を握った時に分かった。
【ステータス機能】
[名前:斎藤妙]
[年齢:5]
[戦巧者:2(19迄)]
[政巧者:3(28迄)]
[稀代者:参]
[風雲氣:弐]
[天運氣:肆]
~武適正~
歩士術:壱
騎士術:壱
弓士術:弐
銃士術:壱
船士術:参
築士術:参
策士術:参
忍士術:壱
こういう使い方にも役立つね。
聞かずに名前を当てたこと、不思議がると思うけど、大雑把な近郷だし、まあ、良いや。
◇◇◇◇◇
ここで死ぬのかな……
私、斎藤妙は、牢にいる間、何度も同じことを考えていた。
船で、京に向かう途中、海賊達に襲われ、生まれたときから世話をしてくれた侍女達も、先日、目の前で殺されてしまった。
私はいつ殺されるんだろう。
薄暗い牢に入れられ、頭に浮かぶのは、怖いことばかりだ。
毎日、寝ると必ず悪夢を見る。
襲われて以降、喋ろうと思っても、声が出なくなった。
そんなある日、牢から出された。
ああ、これで死ぬんだと久し振りの日射しに目を細めた。
怖い……死ぬのは嫌だ。
「けけけ、大人しくしていろよ……」
私は、怖くて目をつぶった。
動けない私を男の一人が担ぐ。
「ち、こんな小娘、海に放り投げ捨てればいいじゃねぇか」
「早く行こうぜ」
私はきっとこのまま殺されるのだろう。
担がれたまま、どこかへ連れて行かれた。
私は怖くて目が開けられない。
長い時間が経った。
急に、地面の上に降ろされた。
「早く、その子を置いて帰れ!」
耳が痛くなるぐらいの大きな声が響き、私を担いできた男たちが、私を置いて逃げていくのが分かった。
私は、目をつぶったまま、震えながらしゃがんでいると、子供の声がした。
「俺は澄隆だ。この近郷が親になる。怖がらなくて良いよ」
私は、久しぶりに聞く子供の声にそうっと目を開けると、目の前に男の子がいた。
私と同い年ぐらい。
私を見て心配そうな表情をして、私の手を握ってくれた。
その時、私は、男の子の顔に見惚れてしまった。
とっても綺麗……。
髪はさらさらで、肌はきめ細かく白く、とてもとても美しかった。
男の子は、私が見惚れていると、優しく頭を撫でてくれる。
私、助かったの?
男の子に頭を撫でられるうちに、私は顔があつくなり、なぜだか胸が苦しくなってくる。
「ちかさとー、この子のこと、よろしくね。名前は、妙と呼んでね」
私が喋れないのに、目の前の男の子は私の名前を当てた。
なんで、分かったのだろう?
私の名前が分かるはずはないのに……。
ただ、握手した瞬間、私は男の子と何かが繋がった気がした。
この子と私はきっと、赤い糸で繋がっているんだ……。
なぜだか、急に、心が温かくなった。
そして…………。
この男の子に会って以来、私は怖い夢を見なくなった。
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[名前:多羅尾光俊]
[年齢:41]
[戦巧者:51(65迄)]
[政巧者:48(53迄)]
[稀代者:陸]
[風雲氣:壱]
[天運氣:弐]
~武適正~
歩士術:陸
騎士術:壱
弓士術:伍
銃士術:壱
船士術:参
築士術:壱
策士術:伍
忍士術:捌
多羅尾一族の頭領。
日頃の苦労から目尻に深いシワができている。
見た目はダンディな渋い男。
一ヶ月ほど前に、雇われた大名に裏切られて戦場で見捨てられた際、大事な息子を二人失っている。
人生に諦めかけていたが、澄隆の握手と言葉に希望を見出した。
お酒が入ると饒舌になる。酒乱ではない。
甘い物が大好き。
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[名前:斎藤妙]
[年齢:5]
[戦巧者:2(19迄)]
[政巧者:3(28迄)]
[稀代者:参]
[風雲氣:弐]
[天運氣:肆]
~武適正~
歩士術:壱
騎士術:壱
弓士術:弐
銃士術:壱
船士術:参
築士術:参
策士術:参
忍士術:壱
雛人形みたい。右目と左目の両方に、泣きホクロつき。
輿入れのために京に船で向かっていたが、九鬼嘉隆に襲われ囚われの身になった。
船の中で見た殺戮の惨たらしさにショックを受け、それ以降、喋れなくなっている。
見た目に反して、猪突猛進型。
澄隆に一目惚れ中。
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拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
次回は、内政チートをやっちゃいます。