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第五六話 鎧と火縄銃

▽一五七〇年六月、澄隆(一五歳)鳥羽城 評定部屋



 家中に対して、俺が婚約したこと、それも相手は、影武者だった奈々と、近郷に育てられている妙であることを伝えた。



「「「な、なんと!!」」」

 みんな、最初は、急な発表で驚き、混乱した。



 ただ、この数年以内に家臣になった者を除いて、あ~澄隆様だから、変わったことをするのは仕方ないよねという顔で、大方、すぐに納得してくれた。

 家臣たちが納得してくれて安心したが、なんだか、俺が納得できないぞ。



 ちなみに、光俊は、あれから熱を出して寝込んでいる。

 よっぽど、衝撃的だったらしい。



 婚約発表の数日後。



 光俊もなんとかフラフラしながらも復帰し、家中も落ち着いてきたので、新たな企みを試すことにした。



………………



 戦国時代の鎧を着てみて、いつも思うこと。



 とっても重い!



 兜、胴あてや脛あてなど、全部合わせて着ると、鎧の重量は五貫近くになる。

 それを身に着け、戦うのでも大変なのに、一貫以上はある火縄銃を持って、戦場で戦えるのか検証してみることにした。



「みんな、火縄銃を持って、走れ!」

「お、おー!」

 戦巧者の高いマッチョな兵たちに、鎧を着せて、嘉隆と戦った時の戦利品である火縄銃を持たせて走らせてみた。

 


「はあ、はあ……」

 半刻ほどで、みんな疲れて倒れてしまった。

 うん、火縄銃をずっと持ちながらの戦は無理!

 特に、俺は無理だ!



「また、澄隆様が変なことを始めた……」

 近郷がボソッと独り言をいう。

 はいはい、気にしな~い。

 続いて、火縄銃の使い勝手の検証だ。



「火縄銃を撃っている所を見せてくれ!」

 光俊が近江甲賀からスカウトしてきてくれた杉谷善住坊という忍者が火縄銃に詳しいと言うので、試し撃ちをしてもらった。



 火縄銃は、弾を撃つたびに、弾丸だけでなく、火薬を装填しなければならない。

 火薬皿に点火薬を入れ、火縄を火ばさみに挟む工程も含めると、次の装填までにかかる時間は平均して三十秒ぐらい。

 


 変な構えだな……。

 そして、この時代の火縄銃は、独特の構え方があるのを初めて知った。

 普通、銃の短部を肩に当てて構えるイメージがあるけど、火縄銃は、頬に当てる、いわゆる頬付けの姿勢で構えて撃つ。



 これじゃ、銃が安定しなくて、敵に弾が当たらないんじゃね?

 火縄銃を撃っている善住坊を見ていると、俺に自慢気に呟く。

「向かってくる敵兵の黒目と白目が区別できるまで引き付けて撃つのがコツですぞ」

 距離で言うと、半町ぐらいかな。 

 次の装填まで三十秒かかるとすると、弾を外すと、次を撃つ前に、近接戦闘になりそうだ。



 それと、火縄銃に使う丸弾だが、完全な球体ではなくゴツゴツしていて、空気抵抗が大きく、どの弾も真っ直ぐには飛ばず、勝手に右にいったり、左にいったりする。

 重くて、照準もついてないし、更に撃つ時の反発が大きく、頬付けなので、銃も動く。

 


 有効射程は一町ぐらいだけど、その距離だと命中率は低い。

 半町程度なら、善住坊の言う通り、相手には当たると思うが……。

 それに、点火には火縄を使うので、雨の日や風が強い日は使えない。


 

 雷管を撃鉄で叩くことにより点火させる近代のライフル銃なら、使い勝手が良さそうだけど、火縄銃は正直、戦場で十分に使えるの?と思える銃だった。

 前世で有名な長篠の戦い、織田信長率いる火縄銃の三段撃ち隊が、武田騎馬軍団を殲滅すると伝わっているけど、結論……。



 火縄銃をただ撃つだけでは殲滅できないと思う。



 もちろん、火縄銃を何千挺も用意して、半町ぐらいの距離から数を撃てば、数撃ちゃ当たる戦法で、高い効果はあると思うけど、長篠の戦いの時期は、梅雨の時期だったみたいだし、三段撃ちだけでの殲滅は本当だったか怪しい……。

 俺は、この火縄銃と、どう付き合うか、悩むことになる。

 




 あれから、いろいろ考えた。



 火縄銃は、戦国時代で、一気に普及する新兵器だし、これから敵も大々的に使用してくる。

 移動しながらの戦いには不向きで、命中率も低く、圧倒的な火力にはならない。


 

 だけど、火縄銃から放たれる弾が、バーンと大きい音がして、自分に向かってくる。

 魚のフグ毒と同じで、運が悪いと、当たって死ぬ可能性がある。

 それは怖いよね。

 そして、火薬が黒色のため、数を撃てば、黒煙で前が見えなくなる。



 大音響の音がして死ぬかもしれない弾が飛んでくる、そして、目の前が煙で真っ黒になったら、人は怖がって進めなくなるだろうし、馬は驚いて戦場では使い物にならなかっただろう。



 火縄銃を構えている敵に向かって走っていっても、怖くないようにできないかな……。

 それには、弾が当たっても致命傷にならない鎧づくりが必要か……。

 


 今の鎧は、弓矢や刀での攻撃を防ぐようにできているから、弓矢や刀での攻撃はある程度防げる。

 だが、火縄銃の弾はこれまでは想定していなかった攻撃なので、弾が当たると鎧を貫通してしまう。



 前世のオタクの知識を総動員して、考える……。

 いっぱい考えた。

 うん、これしかない。

 宗政を呼ぼう。

  


………………

 


「宗政! 今度は遠出だ! 近江国の北側に行って、明珍派の甲冑師を探して、連れてきてくれ!」

「ええと、話が見えないのですが、甲冑師というと鎧づくりですか?」

 こけし顔の宗政が、首を傾げて聞いてくる。

 


「そうだ! 説得のために、玉鋼と支度金を持って行っていいから! それと、この絵を持っていってくれ。俺が作ってほしい鎧が書いてある」

 前世の知識だと、江戸時代になると明珍派の甲冑師たちが全国各地で活躍したと記憶している。

 ここは、また青田刈りだ。





 宗政に頼んでから数週間後。

 宗政が、またヨレヨレこけしになって戻ってきたが、明珍派の明珍宗介とその弟子たちを連れてきてくれた!



 宗政、いつもごめん。

 宗政の交渉力に頼りきりだな。

 俺は、いつもの評定部屋で明珍宗介たちに会うことにした。



「遠くから、よく来てくれた。俺が澄隆だ」

 明珍宗介は、樽のような体型の髭モシャモシャの男だった。

 歳は、四十過ぎかな。

 髭が凄くて、年齢が分からん。



「明珍宗介じゃ」

 掠れた野太い声がなんとも威圧的だ。

 ずずいと前屈みになりながら、俺に聞いてくる。



「いきなりじゃが、何でこんな鎧が必要なんじゃ?」

「これからの時代、火縄銃が戦闘の主流になる。銃の弾は、体のどの部分に当たるか予測ができないし、今の鎧は弾が貫通してしまう……。そこで、絵のような鎧を作って、防御力を高めたい」

「……理想は分かったが、この絵じゃ詳細が分からん。詳細が気になって、ここまで来たんじゃ」



 うん、下手な絵だからね。

 詳しく話そう。

「まず、玉鋼を薄くのばした鉄板を使って、鎧の各部位、胴、咽喉輪、袖、篭手、草摺、佩盾、脛当などを細かく分けて作り、部位ごとに針金や絹糸で繋ぎ合わせ、隙間を埋めるようにしたい。後は、この詳細な絵を見てくれ。俺が思い付くまま工夫点を書いた。どうだ、できるか?」

 


 俺は、詳細な絵を指差しながら、前世の培った知識を使って、俺の考えを時間をかけて、詳しく話した。

 宗介、そして宗介の弟子たちも食い入るように俺が書いた絵を見ている。

 俺の説明を聞き終わった宗介は、腕を組んで考え込むと、目を瞑りながら、話し出した。

 


「なるほど、薄くのばした鉄板で各部位を細かく作るのとはな。良い案じゃ……。今まで見たことも聞いたこともない鎧になるじゃろ。見せてもらった玉鋼も今まで触ったこともないほど素晴らしいものじゃった。理想の鎧、時間はかかるができるじゃろうな。……儂が好きなように作りたいが良いか?」



 俺は、身を乗り出して、答える。

「もちろん構わない。完璧な甲冑、当世具足を作ってほしい。当家には腕の良い鍛冶職人の芝辻理右衛門がいる。手伝ってもらうよう伝えておく」

 宗介は、にかっと笑って頷いた。

 前歯がないのが、可愛く見えた。



 宗介と理右衛門は会ってすぐに意気投合し、早速、新たな鎧の製作に打ち込み始めた。



………………



 一ヶ月後、明珍宗介が、当世具足が完成したというので、近郷と近習を連れて、鍛冶場まで行った。

 そこには、幻想的な二つの鎧が鎮座していた。

 


 まず、兜は、鉄の鍋をひっくり返したような形で、大きめな鋲が各所に打ち込まれている。

 雨傘ようなつばが付き、前面に一対の触角みたいな角が付いているのが特徴的だ。

 この角は、菖蒲の葉っぱを模したもので、菖蒲が勝負に通じるとして縁起が良いそうだ。



 この兜に合わせた、顔の全面を覆う頬当ては、黒色の鉄の面になっていて、艶のある滑らかな形状をしている。

 鉄の面には、V字の隙間があり、そこから外を見るようだ。



 そして、鎧だが、玉鋼製の薄い鉄板で作られた胴、咽喉輪、袖、篭手、草摺、佩盾、脛当などが、針金と絹糸を使って繋ぎ合わされている。



 前世で知っていた当世具足と見た目が全然違う。

 硬い甲殻で覆われた昆虫のような鎧は、光沢のある輝きを放ち、ピカピカだ。

 


 明珍宗介は、満足そうに頷きながら、工夫したところを見せてくれた。

 宗介曰く、玉鋼製の薄い鉄板を何層にも重ねた完全防備の鎧を作ると、重くなり過ぎたとのこと。

 そこで、玉鋼の強度に着目し、玉鋼で作った針金を金網のように編み込み、鉄板と併用することで、従来の鎧より少し重いぐらいで完成できたそうだ。

 


 そして、火縄銃の弾に耐えられるように鉄板を最も重ねた胴の部分は、ベルトのような紐で肩と腰にくくり付けることで、重さを分散し、動きやすくしているとのこと。



 さらに、防御力を高めるため、光俊が開発した多羅尾一族手製の蜘蛛の巣織りを積層して、一寸の半分ぐらいの防弾層をつくり、この防弾層を鎧の各部位の裏側に貼り付け、戦国版防弾チョッキ付き鎧にしたらしい。

 防弾層は油紙で包んで、虫食いを防ぎ、水や汗を吸い込まない構造にしていた。



 この鎮座している二つの鎧は、鎧の各部位を繋ぎ合わせている絹糸を一つが群青色、もう一つが朱色で全体的に染められていて、見た目は青い鎧、赤い鎧になっていた。

 


「まるで、昆虫の百足(ムカデ)みたいな姿ですな」

 近郷がボソッと、見たまんま、センスのない言葉を呟いた。

 鎧を見ている家臣たちも、近郷の発言になるほどと頷く。

 うん、ベースは確かに百足に似ている。

 第一印象は、その通りだ。

 だが、フルプレートアーマーのような出で立ちは、いつも見ている鎧と全然違って、デザインも新しく、なかなか威圧感があるではないか。

 俺は、気に入ったぞ。

 

 

 ただ、このあと、近郷の発言が家臣たちに広がり、この鎧を着た隊を、青い鎧は蒼百足隊、赤い鎧は朱百足隊と呼ばれるようになってしまう。

 もう少し、格好いい名前にしたかった。

 近郷め。

 


「宗介、この鎧を作るのに、いくらぐらいかかりそうだ?」

 俺は、費用が気になって、宗介に聞いてみた。

「玉鋼を作るための大量の砂鉄と絹糸の相場、その他の資材の量から考えると……、製作費込みの鎧一式で、だいたい二百貫ぐらいじゃろ」



 うお、鎧一つで、二百貫か!

 べらぼうな値段の鎧になった。

 貴重な材料をふんだんに使っている以上、高価になるのは仕方がない。

 これは、当世具足を量産するのは厳しいかな……。



 致命傷になりやすい部分以外は、簡略化したファストファッションみたいな量産型具足を作るしかないか……。 

 宗介に聞くと、簡易的な量産型具足にしても、鎧一式で、八十貫くらいは、かかるらしい。



 俺は、指揮官用の当世具足を一割、一般兵用の量産型具足を九割の割合で作るよう、宗介にお願いした。

 なお、宗介は、見た目通り、お酒好きで、鎧が完成した時、宗介の弟子たちと一緒に澄み酒でお祝いした。



 その時、宗介と握手した。

 ゴツゴツとした岩のような手だった。

 ステータスはこうだった。



【ステータス機能】

[名前:明珍宗介]

[年齢:43]

[戦巧者:40(56迄)] 

[政巧者:6(9迄)]

[稀代者:肆]

[風雲氣:弐] 

[天運氣:漆]


~武適正~

 歩士術:参

 騎士術:壱

 弓士術:壱

 銃士術:壱

 船士術:壱

 築士術:陸

 策士術:壱

 忍士術:壱


 戦巧者の数値がなかなかの高さだ。

 この数値が鎧作りに生かされているのかな。

 宗介、これからは九鬼家専属の鎧作り、よろしく頼む。



―――――――status―――――――


[名前:明珍宗介(みょうちん むねすけ)]

[年齢:43]

[戦巧者:40(56迄)] 

[政巧者:6(9迄)]

[稀代者:肆]

[風雲氣:弐] 

[天運氣:漆]


~武適正~

 歩士術:参

 騎士術:壱

 弓士術:壱

 銃士術:壱

 船士術:壱

 築士術:陸

 策士術:壱

 忍士術:壱


 見た目は樽のような体型で、ドワーフみたい。

 甲冑師。

 天才的な鍛冶屋の腕を持ち、その腕に惹かれた弟子が沢山いる。

 面倒見が良い。

 仕事終わりの宴会が大好き。

 澄み酒も大大大好き。


―――――――――――――――――

お読みいただき、ありがとうございます!

この鎧のお話は、ずっと書きたいと思っていた内容です。

鎧、国内外問わず、大好きなんですよね。

次回は、『信長の撰銭令』になります。

お楽しみに!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者さんが鎧好きなのが伝わってきました(笑)
[良い点] 百足っぽい鎧で、どういう戦いを繰り広げるのか、楽しみですー この時代に、百足っぽい鎧でゾロゾロ現れたら、敵は驚くでしょうねー
[一言] 百足隊、エリートな精鋭部隊に付きそうな名称ではありますね、武田の百足衆とか
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