第五二話 織田家の序列
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▽一五七〇年五月、澄隆(十五歳)鳥羽城
霖が、俺の新しい侍女として仕えることになって、一週間が経った。
最初は、フランス人形みたいな霖が俺の侍女として現れると、家臣たちはざわつき、霖のことを立ち止まって見ていた。
特に、若い家臣たちは、なんだかソワソワしていた。
まあ、濃い青い目や栗色の髪が物珍しいのもあると思うが、スタイルが抜群で、物凄い美少女なのは確かだ。
それに、いつも笑顔で愛想も良い。
異性として、気になったのだろう。
ただ、霖が、風魔一族の一員で、俺の護衛兼侍女だと分かると、皆、気にはなるようだが、ちょっかいを出そうとはしていない。
風魔一族は、これまで、数々の武功を上げてきた忍者たちだ。
霖も、見た目は綺麗だが、話を聞くと、九鬼家のために死線をくぐり抜けてきた猛者みたいだし、動きに隙もないため、家臣たちも、武闘派として一目置いているようだ。
俺も、霖のことは、女とは意識せず、護衛の忍者として接している。
たまに、イタズラっ子のような顔で、『蒸し風呂に行くなら、お風呂でお身体流しましょうか?』など、本気か冗談か分からない会話をしてくるが、心臓に悪いから止めて欲しい。
今日は朝、食事を取っていると、光俊が至急の報告があると言うので、禁秘ノ部屋で会うことを伝え、霖にも言っておくことにした。
「霖、俺はこれから禁秘ノ部屋に籠もる。悪いが、数刻の間、俺は誰とも会わないと、皆に伝えてくれ」
「畏まりました。後で白湯をお持ちしましょうか?」
「ああ、頼む」
霖は、侍女の仕事にも慣れ、何年もやっているかのような落ち着きを見せている。
俺と違って、器用なのだろう。
………………
俺は、禁秘ノ部屋に籠もり、光俊が来るまで、これからの戦略を考える。
九鬼家が支配する領地が増えたことで、他国と接する地域が増えた。
これからは、これまで以上に他国の動向をシミュレーションしながら、九鬼家の戦略を立てる必要がある。
今、九鬼領に接しているのは、三つの勢力だ。
まず、北伊勢を支配している宿敵の織田家。
織田家は、尾張国や美濃国なども支配し、南近江や畿内の大名を従えている。
南伊勢を失っても、臣従している国を含めて、だいたい三百万石の大大名だ。
次に伊賀国。
ここは、大名が存在せず、自治体である惣が合議制で支配している国だ。
石高は、約十万石ほどだろう。
伊賀忍者がいる国でもある。
前世の知識では、他国が攻めて来た場合は、国全体で防衛すること、十七歳から五十歳までの男は戦に参加すること、戦が長期に及ぶ場合は交代しながら戦に備えることなどが、惣の中で決まっていたと記憶している。
大名が存在せず、惣全体が敵になる国だ。
攻め取るのは、相当に大変そうだ。
もう一つが大和国。
松永久秀が治めていた国だ。
久秀が朽木谷で討たれたため、久秀の嫡男の久通が国を引き継いでいるらしい。
松永久秀の高い能力で下克上を起こして支配していた国だが、その久秀はいなくなった。
石高は、俺の領地の倍ほど、約四五万石だ。
九鬼家を大きくしていくために、これからどうするか……。
「澄隆様、光俊でございます」
俺が、うんうんと悩んでいると、光俊が禁秘ノ部屋の前に正座し、俺に声をかけてきた。
「ああ、光俊。部屋に入って良いぞ」
「はっ」
光俊は、少し中腰のまま、部屋に入ると、恭しく平伏した。
光俊の報告を聞こう。
「光俊、至急の報告とのことだが、織田家の動きが調べられたのか?」
「はっ。その通りでございます。まずは織田家ですが、家督争いは、清洲に一同に集まった会議で、元服前ではありますが、器量も優れていると評判の嫡男信忠が当主に決まりました……」
光俊は、少し声を落として話し続ける。
「ただ、信忠が当主になって不満がある家臣もいる様子。どうも、信長が家柄を気にせず能力主義で抜擢していたのに対し、若い信忠は昔から仕えていた家臣や血縁者を信頼し、重視しているようで、新しく家臣となった者たちから不満が出ています。また、信長がいなくなったことで、信長が強引に接収した東美濃の豪族達にも不穏な空気が流れております……」
光俊は、懐から折り畳まれた紙を取り出した。
「そして、こちらが清洲会議で決められた序列でございます。織田家に潜ませている近習から、今朝、届きました」
光俊から織田家の序列が書かれた紙を受け取る。
信長が越前国に攻めた時の織田家の序列はだいたい、こんな感じ。
『家老格(林秀貞、柴田勝家、丹羽長秀、佐久間信盛)』
『部将格(森可成、坂井政尚、明智光秀、滝川一益、蜂屋頼隆、中川重政) 』
『侍大将格(池田恒興、簗田広正、佐々成政、前田利家、木下秀吉、金森長近、塙直政、毛利新助、服部小平太、堀秀政など多数)』
それで、信忠が新当主になった今の段階は、こんな感じだった。
『家老格(林秀貞、柴田勝家、丹羽長秀、佐久間信盛、new 織田信雄) 』
『部将格(new 河尻秀隆、坂井政尚、明智光秀、蜂屋頼隆、中川重政)』
『侍大将格(new 毛利長秀、池田恒興、簗田広正、佐々成政、前田利家、金森長近、塙直政、毛利新助、服部小平太、堀秀政、木下秀吉など多数)』
討ち死にした森可成と滝川一益がいなくなり、南伊勢を失った信雄が家老になっている。
信雄が家老になれたのは驚きだが、信忠と実母が一緒の実弟だからか……。
前世の記憶では、明智光秀と木下秀吉は、朝倉攻めのしんがりを成功させた手柄もあって、信長に評価され、大抜擢されていた。
だが、この時代では、信長は討たれた。
どうも、新当主の信忠は、新しい序列を見ても、今回のしんがりを全く評価していないようだ……。
木下秀吉なんて、侍大将格の席次が下がっている。
それと、河尻秀隆が部将格筆頭に、毛利長秀が侍大将格筆頭に抜擢された。
二人とも、信忠の腹心だったはずだから、家中を掌握したいという、信忠の考えだろう。
確か、毛利長秀は、河尻秀隆の甥だ。
ここに書かれていない武将として、信長の三男である神戸信孝、信忠の叔父である織田信包、西美濃衆として安藤守就、氏家卜全、稲葉良通、あとは思いつくだけでも、不破光治、斎藤利治、村井貞勝、前田玄以などが配下にいるはずだ。
錚々たるメンバーが揃っていて、これらチート武将たちと近い将来、戦うことになるかもしれない。
あ~プレッシャーが凄い。
信長がいなくなって、史実が大きく変わった今、これから、どうなるのか予想がつかない。
織田家の周辺国の武田家や徳川家などの動向も気になるが、まずは、織田家の動向に注視だな。
「さすが、光俊。よく調べてくれた。引き続き、織田家の内情を探って欲しい。特に、戦の準備を始めた時には、すぐに教えてくれ」
「はっ! 既に織田家を探る人数を増やしております」
「さすが、光俊。手回しが良いな」
光俊は俺の言葉に、深々と頭を下げる。
「恐れ入ります。次に、伊賀国ですが、澄隆様が南伊勢を押さえても特に動きはありません……」
俺は、光俊に頷きながら、先を促す。
「続いて、大和国ですが、松永久秀が亡くなったことで、領内に混乱が続いているようです」
「よく分かった。そうだな……伊賀国は国境沿いを監視してくれれば良い。ただ、大和国には、光俊の配下を出して、内情を至急、探ってくれ。特に、大和国の城の位置、城主、兵力など、詳しく調べてくれ」
「ははっ」
松永家は、梟雄として名高い松永久秀がワンマン社長のような家だ。
久秀が急にいなくなり、タガが外れたはずだ。
松永家に従わない者も出てくるだろう。
今は、光俊に、内情を詳しく調べてもらおう。
お読みいただき、ありがとうございます!
織田家は信忠が当主に決まりました。
ただ、不穏な空気が周辺に流れている様子……。
次回は、『田植えとスカウト』です。
お楽しみに!




