第四話 不埒な悪行三昧
▽一五六〇年八月、九鬼嘉隆(十八歳)波切城
波切城は、志摩国の最南端に位置する城。
志摩国の北側にある田城城からは七里ほど離れた距離にある。
海岸沿いは、平地は乏しいが、櫛のようにギザギザになった海岸線によって、天然良港になっている。
そこから望む海は、岩礁地帯が多く、この辺りの地理に疎い他国の船が座礁することも多い。
その波切城を支配しているのが、九鬼嘉隆だ。
………………
波切城の大広間。
卓上に立てられた蝋燭の光が怪しく揺らめく中、男たちが酒を酌み交わしていた。
数々の豪華な料理が並んでいる。
田城城では見たこともないものばかりだ。
「ぎゃはは!!」
「嘉隆様のお陰で、酒が旨い!」
「嘉隆様、目障りな澄隆なんて早く殺して、九鬼家の当主になりやしょうやぁ!」
溢れるように濁酒を器に注ぎ、飲み干しながら、家臣達が騒いでいる。
料理を手掴みで荒々しく食べている家臣も多い。
今日は、この近海を走る船を捕らえて荷を奪う、海賊働きが上手くいった。
船に乗っていた警護の兵は、助けを乞う者も含めて無慈悲に皆殺しにして海に放り捨て、船内の財宝を全て奪った。
海賊働きで戦った家臣には、褒美を弾んだため、みんな機嫌が良い。
今は、主だった家臣を集めて、宴会中だ。
「まあ、待て……。知っての通り、この志摩の地で、他の地頭達は皆、肥沃な土地がある田城城を狙っている」
儂が話し出すと、騒がしかった家臣達は、急に静かになった。
以前、儂が話している時に、騒いでいた家臣を、その場で惨たらしくバラバラに斬り刻んでから、やり易くなった。
やはり恐怖で従わせるのは、楽だな……。
「田城城の澄隆は、まだ五歳だ。癇癪持ちの出来損ないの小童だが、せいぜい、他の地頭達の目を引き付けてもらって、地頭たちの囮役をやってもらう……。儂たちは、その間に、好き勝手をさせてもらうさ」
嘉隆は周辺にうず高く積まれている金銀財宝を満足げに見ながら、薄ら笑いをする。
金銀財宝は、蝋燭の火で照らされ、キラキラと耀いている。
嘉隆は、さらに口を歪めて、フフフっと笑った。
澄隆がもう少し大人になって、煩わしくなる可能性はあるにはある。
だが、その時は海賊働きで見つけた無味無臭の毒草がある。
これがあれば、澄隆なぞ簡単に毒殺できる……。
嘉隆たちがいる波切城は、志摩国の最南端の海岸線にあるため、この周辺を通る商船などを好き勝手に襲って、荒稼ぎしていた。
澄隆の父が当主だった頃は、嘉隆は、大人しく城を守り、船を襲うようなことはしなかったが、澄隆が当主になってからは、タガが外れたように、船を襲っては乗組員を殺して荷を奪う、極悪非道な海賊働きを始めていた。
「ただ、こんなに派手にやると、周辺の国の報復が怖くないですかい?」
足軽頭で、ネズミ顔をしている川面光清が儂に恐る恐る聞いてきた。
家臣たちが聞き耳を立てているのが分かる。
今回、捕まえた船は、美濃国(今の岐阜県)の斎藤家の船だった。
船員のうち、足軽は皆殺しにしたが、船内に隠れていた斎藤正義とかいう武将の幼子と女中の老女二人、水夫達を牢屋に押し込めている。
どうも、幼子の輿入れ準備のために、京に行く船だったようだ。
儂は、一気に濁酒を飲んで、息を吐き出す。
「お前らが気にすることはない! せっかく好き勝手できるようになったんだ。これからもしっかり働け! さあ、飲め飲め!」
「「「へ、へい!」」」
豪快に飲みながら、猛禽が獲物を啄むような顔をして考え込む。
確かに、斎藤家にバレると面倒だな……。
念のため、口封じをしておくか。
嘉隆は、冷ややかな口調で告げた。
「光清……。幼子は全く喋れないと言っていたな? では……。喋れない幼子以外の女中と水夫達は全員殺しておけ。必ず殺せよ……。それと、幼子は邪魔だ。田城城の澄隆のところに送ってしまえ」
光清はしばらくの間、嘉隆の顔をまじまじと見つめていた。
蝋燭の光で不気味に照らされる嘉隆の横顔。
その顔から冗談を言っているのではないと分かると、光清は息を飲んだ。
急に青い顔になりながら、何度も頷く。
嘉隆は、光清を一瞥すると、鼻を鳴らす。
ふん……。
意気地無しめ。
斎藤家のことはこれで良い。
あとは、何かあった時のために、金はあるし、兵を増やしておくか……。
嘉隆は、無言で酒を口に運んでいるもう一人の足軽頭、宮崎鎌太夫に囁く。
この鎌太夫、巨漢で言葉足らずな男だが、戦では丸太のような棒を振り回して敵を次々に叩き潰す、戦闘では使えるやつだ。
「おい、鎌太夫、今、戦える人数は何人だ?」
「あ、あ、ぜ、全部で六百ぐらい……」
嘉隆は目を鋭く細めて、猛獣のように獰猛な笑みを浮かべた。
「鎌太夫、志摩の漁村に金をばら蒔いて、海賊働きをしたい者を二百ぐらい、増やしておけ」
「あ、あい」
さあ、やっと、儂の時代になった。
運が向いてきたな……。
ここで力を蓄えれば、田城城だけでなく志摩国全域を手に入れることも決して夢ではない。
そして、将来的には志摩国から他国に攻め入り、大大名に登りつめる。
男なら、この機会を逃さず、己の夢を目指すべきだ。
そのためには、どんな悪行だろうと躊躇しない。
うつけの澄隆には、儂の踏み台になってもらう。
澄隆は利用するだけ利用して、邪魔になったら殺そう。
「くくく……」
低くドス黒い笑い声が嘉隆の口から漏れていた。
嘉隆は、見た者の心胆を凍らせるような仄暗い笑みを浮かべながら、濁酒を飲み続けた……。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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