第四三話 籠城
▽一五六九年十一月、澄隆(一四歳)鳥羽城 評定部屋
評定部屋の上座に座る俺。
目の前には、光俊が緊急の報告にきている。
俺は、主だった家臣達を評定室に集めた上で、報告を聞くことにした。
「澄隆様、南伊勢国が戦の準備を進めております。織田家と北畠家の連合軍が攻めてくると思われます。領内に動員もかけられていまして、敵の数は恐らく一万から二万になるかと……」
織田水軍を壊滅させたから、織田家が攻めてくるのは仕方がないが、北畠家との連合軍か……。
「それで、北畠具教は、既に信雄によって誅されたようで、主だった重臣達も一緒に殺されました。今は、信雄が、織田家から派遣された滝川一益という武将と一緒に農民兵の動員を急がせております」
なんだと……。
史実だと具教が信雄に殺されるのは、数年先だったはず。
俺が織田水軍を壊滅させたから、動きが早まったのか。
あと、滝川一益か。
また、超有名な名前の将が出てきたな……。
敵にメジャーなチート武将がいるなんて、とんでもないプレッシャーがかかる。
「あの具教が殺されるなんて驚きましたな……。今度の敵は一万から二万ですか……」
近郷が、寒気がしたのか、ブルッと身震いした。
家臣たちのうち、何人かは真っ青な顔になっている。
万単位の敵が攻めてくるのだから、そうなるのは当然か。
俺は近郷に指示を出す。
「近郷、今年の稲の脱穀作業が完了していたら、志摩国の領民たちには必要な物をすべて持って、鳥羽城周辺から、志摩国の奥地に一時避難するように伝えてくれ。くれぐれも逃げ遅れることのないように周知をしてほしい」
俺は、宗政にも確認する。
「避難する場所には十分な量の備蓄を用意できるよな? 暖も取れるか?」
「は、はい。今年の米は、澄隆様の改革もあって、豊作になりました。食料は十分に用意できます。廃城で出た木片も大量に残っているため、暖も大丈夫です」
俺の問い掛けに、近郷が聞いてくる。
「澄隆様……。暖も考えるなんて、籠城しか手はありませんか……」
「そうだ。ここは、籠城しかない。理由は今は言えないが、春には情勢が変わるはずだ。それまで長期戦を覚悟してくれ」
皆、顔を見合わせて、不安そうに頷く。
籠城は、援軍がある場合に有効な手段だが、俺たちに援軍は来ない。
俺が、春まで籠城することを選択したのが不安なのだろう。
春になれば、史実だと事態が動く。
史実通りに進むかどうかは、不安だが、これにかけるしかない。
「果たして、いつ攻めて来ますかな……」
近郷が呟くと、光俊が頷いて渋い声で話し出す。
「具教が殺され、南伊勢国は混乱しております。すぐには無理かと……。ただ、数ヵ月以内には攻めてくると思われます」
「まあ、攻めてくるまで待つしかないでしょうな」
島左近が首をすくめた。
「左近、皆、敵は必ず攻めてくる。それまで、兵の訓練を頼む。そして、宗政。兵糧と水の確保が必要だ。備蓄は十分にあると思うが、念には念を入れて、堺に行って、出来る限り集めてくれ」
不安そうな表情の皆に、俺は笑顔で語り掛ける。
「攻めてくるまで慌てずに構えておこう。皆、頼りにしているぞ」
皆、頷きあって、決意を込めた顔で平伏した。
……のちに、鳥羽の大籠城戦として有名になる戦いがこれから始まる。
▽
滝川一益が出陣の準備を進めている南伊勢国。
そこで、滝川一益の甥にあたる一益の家臣、滝川益重が苛つきながら声を荒らげていた。
「一益様! 鳥羽城攻略の時に、我々織田家の兵を後方に置くというではないか! 信雄様は何を考えているのか!」
「そう目くじらをたてるな、見苦しいぞ」
たしなめる滝川一益も、納得はしていない。
信雄様が自分の手柄のために、北畠家を前面に置いたのが分かるからだ。
苛ついている益重をよそに、もう一人の家臣、木全忠澄が一益に聞いてくる。
「いかがしますか? あの城を落とすのは、苦労しそうですが」
確かに、忠澄の言うのも分かる。
なんだ、あの城は。
商人に金を渡して、鳥羽城の様子を詳細に聞き出したが、海の中の浮き城みたいな城だった。
小島と陸地とが繋がっているのは桟橋がある三ヶ所のみ。
それ以外は、五段以上、陸地と離れている。
攻める時には、桟橋を渡るしかない。
桟橋を渡ると、三ヶ所とも立派な砦があり、攻め落とすのに苦労しそうだ。
一益は、分かっていると頷きながら話す。
「信雄様は、梯子を使った力攻めで、簡単に落とせると思っているようだが、あの城は相当に厄介だ。儂たちも城攻めの準備だけはしておこう。近隣の山林から、破城槌となる丸太を切り出させろ」
そう言い、家臣二人に厳しい視線を向けると、二人は渋々頷く。
「織田水軍が壊滅して、火縄銃も多数失った。今回、残念ながら我らの部隊には火縄銃は配備できなかった……。城に近づいて戦うしかない。二人とも気張れよ」
家臣二人は、ピリピリとした雰囲気を出しながら、決意のこもった目で、ハッっと答えた。
十倍以上の兵力差。
澄隆達に、勝ち目はあるのか?
次回から、鳥羽の大籠城戦が盛大に始まります!
お楽しみに!