第四二話 滝川一益
チート武将は、滝川一益でした!
皆様、さすがでございます。
▽一五六九年十一月、織田信長(三五歳)尾張国 岐阜城
ここは岐阜城内にある織田信長の評定部屋。
信長は、髭は細く、頬骨がやや高い、細身の体躯の美丈夫であったが、信長から発せられる威圧的な雰囲気が家臣たちに重く乗しかかり、信長を大きく見せていた。
家臣たちを睨みつける信長の美しい切れ長の目。
その目は威厳に溢れ、見ている者を引きつける強烈なオーラを放っている。
その信長が、手に持った脇息を家臣たちに投げつけた。
「なんだとぉぉぉ!!!」
織田水軍を任せた九鬼嘉隆が、九鬼澄隆に破れ、全滅したとの報告が入った。
張り詰めた空気が漂う中、真っ赤に染まった信長の顔。
子供でもわかる程の充満な殺気が周囲に満ち始める。
信長が発する強烈な圧を受けた家臣たちは、顔が引きつり、額に冷や汗が浮かぶ。
家臣の中には顔面蒼白で、恐怖に呑まれ、耐えるので精一杯な者もいる。
刃物を首筋に突きつけられるような緊張感の中、信長は鼻息荒く、家臣たちを一人ひとり見ていく。
すると、一人の家臣の所で、目が止まる。
その家臣の名を甲高い声で叫んだ。
信長に呼ばれた、中肉中背で目付きが一際鋭い男が家臣達の中から堂々と前に出た。
全体的に鮮やかな橙色の服装をしていて、その動きは洗練され、淀みがない。
信長の前でも緊張している様子は見えない。
眉毛が太く濃く、精悍な男。
その動きだけで、相当の力量を持っているのが分かる。
その男の名前は……滝川一益という。
信長によって、最近、大抜擢された男だ。
「一益の出番だ。そうだな……与力として木全忠澄を付けてやる。兵を率いて北畠家に行けっ! 信雄を総大将として、北畠家の兵も利用して澄隆を攻めろ。九鬼家は皆殺しにしてかまわん。そして九鬼家の船をできるだけ手に入れろ!」
一益は、普代の家臣ではなかったが、その才覚から織田家で瞬く間に出世し、今では一軍を率いる部将格になっている。
「はっ! 畏まりました。信雄様を総大将として、九鬼家を滅ぼしてまいりまする」
信長は額に青筋を立てながら、一益にさらに甲高い声で、指示を出す。
「五千やろう。儂に仇なす馬鹿共を消してこいっ!」
信長の言葉に、一益は深々と平伏した。
▽
滝川一益は、早速、出陣の準備を終えると、兵五千を引き連れて、北畠信雄がいる大河内城に向かった。
一益は、大河内城に着くと、すぐに信雄がいる部屋に挨拶に出向く。
「拙者、滝川一益と申します。信長様から、志摩国を攻めるよう、仰せつかりました」
「………………へー」
信雄様の予想外の反応に驚く。
信雄様は確か、一二歳。
元服前だとは、聞いている。
思っていた以上に、子供っぽい声をしている。
それは別に良い。
ただ、この姿勢はなんだ。
正座もせず、足を投げ出し、こちらを見もせず、近習に足を揉んでもらっている。
その後方には、苦々しげに座っている初老の男がいる。
確か、信長様から付けられた柘植保重殿だ。
信長様のご子息といっても、今は北畠家の養子の身。
織田家の部将格の拙者に対して、この態度はあり得ない。
苛つくが……ここは、大事の前の小事。
信長様のご子息に文句は言えない。
一益は、声を荒げることなく話を続ける。
「信雄様。信長様から事前に書状が届いていると思いますが、信雄様を総大将として、北畠家と織田家が連携して、九鬼家を攻める打ち合わせをさせて頂きた……」
「そういう面倒くさいのはいいからー。俺の晴れの初陣だ。北畠家は一万の兵を出す。さっさと準備しろ」
苛立つ気持ちを抑えて口を開けば、いきなり遮られた。
「……はいっ?」
信雄様の後方に控えていた保重殿が驚いた声を出した。
「なんだー? さっさと準備しろ。頭わるいなー」
「い、一万ですと!?」
「なんだ、保重。そんなに驚くなよー」
信雄様は、足をバタバタさせながら、不愉快な顔で保重殿を睨む。
「信雄様! 今の北畠家に一万人の動員は不可能です! 織田家に降伏したばかりで、これだけの人数を動員すれば、兵糧が足りませぬ!」
「それがどうしたー。領民から徴発すれば良いだろうが。領民を脅せば、足りるだろ?」
「そんな……これだけの徴発を行うと、領民は冬を越せませんぞ! 餓死するものが出るかと!?」
「保重はバカだなー。領民なんて勝手に増えるんだから、少しぐらい餓死したって良いんだよ」
その発言に、保重殿は、二の句が継げなくなる。
「ここで、華々しく勝利すれば、父上の覚え目出度く、俺が兄者を押し退けて織田家の跡目になる可能性も出てくる。こんな北畠家の領民がどうなっても構わないんだよー。俺に従え。将来、良い目を見させてやるぞ」
信雄様は、そういうと話が終わったとばかりに、無言で立ち上がり、そのまま部屋を出て行ってしまった。
一益は、唖然とした顔をしながらも、保重殿に声をかける。
「保重殿、信雄様は、いつもああなのか?」
「一益殿。申し訳ありませぬ……。信雄様は、我々の言うことを何も聞きませぬ……」
保重殿は、ため息を吐きながら話す。
「北畠家の者たちは、『信雄様のなさることよ』といって、諦めと嘲笑の混じった態度をしております……。一万人の動員も、一度、言い出したからには取り下げますまい。ここは、志摩国に勝った後に、志摩国から略奪狼藉して賄うしかないかと……」
織田軍は五千連れてきた。
北畠家が一万動員するなら、合計で一万五千になる。
この人数なら、簡単に九鬼澄隆のいる城を蹂躙できるだろう。
その後は、略奪狼藉か……。
非情な搾取をされる志摩国の領民のことを考えると、戦国の世の習わしとは頭では分かっていても、一益は思わずため息が出た。
▽
一益率いる五千の織田家の兵が北畠家に駐屯する中、信雄様は領内の各村への参戦要請と、年貢の追加徴発を行った。
どこから漏れたのか、信雄様の勝手な判断で、この無理な動員をかけていることが広まり、南伊勢で信雄様の評判は地に落ちた。
どの村も、無理だと言ってきたが、五千の織田軍の武力をちらつかせて、無理矢理、従わせた。
ただ、動きはとても遅い。
動員が終わるまで、いつまでかかるのか……。
そして、もう一つ、大事件が起きた。
降伏した北畠具教が、養子である信雄様の振る舞いに怒り、義父の立場で信雄様に書状で注意をしたところ、なんと、信雄様は謝罪と偽って具教の所に押し入り、北畠家の重臣共々謀殺してしまった。
どうも、北畠家から織田家に寝返った源浄院主玄が、信雄様と一緒に裏で手引きしたようだ。
信雄様から信長様へは、北畠具教が謀反の疑いあり、迅速に誅殺したとの書状を送り、お褒めの言葉を頂いたと聞いた。
北畠家の中枢の重臣達が殺され、北畠家の他の家臣達は恐怖で何も言えなくなっている状況となり、家中がガタガタになっている。
早く、志摩国に攻め込みたいが、信雄様が総大将の手前、北畠家の軍が形になるまで、待つしかない。
一益は、言いようのない焦燥感を覚えながら、南伊勢国に来てから癖になっているため息を吐き、蜻蛉が飛ぶ秋の空を眺めていた。
いつも応援、ありがとうございます!
今度は、織田家と北畠家の連合軍との戦いです。
それにしても、信雄が総大将との予想の方も多く、皆様、鋭い!
それでは、次回もお楽しみに!