第四一話 焙烙火箭大作戦 その三
▽一五六九年十月、澄隆(十四歳)鳥羽湾 海上
織田水軍を壊滅させた。
俺は、これまでの緊張が解けたのか、急に目眩を感じた。
頭を左右に振って、意識を保つ。
皆の手前、倒れる訳にはいかない。
チート武将の嘉隆に、何とか勝てたか……。
織田水軍は、明らかに操船技術が俺達よりも高く、特に敵の大型の安宅船の動きは凄まじかった。
普通に船を動かしながらの海戦を行ったら、勝ち目は全くなかっただろう。
焙烙火箭という新兵器のおかげで、俺達は船を停めて、戦うことができた。
勝てたのは、焙烙火箭を作った多羅尾一族を始め、何度発射しても壊れない火箭筒を作った理右衛門のおかげだな。
俺は足に力を入れて前を向くと、海面に無数の小さな白いものが見えた。
まるで青いキャンパスに食塩をまいたように見えるが、良く見ると海面に浮かんでいる織田の兵だ。
俺は、攻撃の中止と、織田の兵を助けるために小早船を前に向かわせるように指示を出した。
………………
織田の兵のうち、鎧を着た足軽達は、鎧の重さで溺れて既に海の中に消えており、ほとんどが助けられなかった。
水夫は、フンドシ一丁で泳いでいるものも多く、まだ水温が高い時期だったこともあって、五百人ほど助けることができた。
織田水軍の船は、安宅船は三艘とも矢倉上は全壊したが何とか浮いている状態。
三艘には、焼死体が溢れ、生存者はいなかった。
嘉隆も炎に焼かれて死んだのだろう。
それ以外の船は、ほとんどが燃えて沈んだ。
三艘の安宅船は、使えるものもあると思い、俺たちの船で曳航することにした。
九鬼家の船団は、安宅船はボロボロだが健在。
大砲の直撃などで、関船が一艘、小早船が五艘、荷船が八艘沈んだ。
沈んだ船からできるだけ助けたが、多くの味方が死んでしまった。
関船に乗っていた的矢次郎も助けられなかった。
味方が死ぬのはいつも慣れない……。
俺は、海に沈んで見つからなかった味方のために、港の見える丘にお墓を作ることを決めた。
…………………
俺たちが鳥羽城の港に凱旋すると、城を守っていた奈々、宗政、そして小姓達だけでなく、家臣達の家族も含めて、出迎えてくれた。
安宅船から降りると、港のそこかしこから、歓声と拍手の嵐が起こる。
皆、すごい浮かれようだ。
「お見事です、澄隆様!」
花開くような笑顔で、奈々が俺のところに駆け寄ってきた。
そう言われると、こそばゆい。
「あ、あぁ、ありがとう」
俺は、奈々、そして皆に軽く手を上げて、歓声にこたえる。
そこに、妙が走ってきて、俺の背中に衝突してきた。
妙は、よろめく俺をぎゅーと抱き締めてくる。
妙の胸がむにゅんと背中に当たる。
「おうふ」
俺は動揺して、口から変な声が出た。
た、妙、いろいろ成長したな。
妙は、俺に怪我がないか、心配そうに俺の体をなでなでしている。
少し焦げたが、大丈夫だよ。
昔と違って、妙も女らしくなったんだから、恥ずかしいって。
海風で暴れる妙の髪が俺の頬に当たり、くすぐったかった。
おにぎり行長やとんがり三成、カチカチ清正なども俺の側に近づいてきて、皆、キラッキラッに輝いた称賛の目で俺を見ている。
クール吉継と不良五助も側に来たが、不良五助はあの剣呑とした雰囲気が霧散し、『すげーすげー』と言いながら、気味が悪いぐらい目を輝かせている。
織田水軍が、この時期に大挙して攻めてくることは史実で知っていたし、そのために焙烙火箭を準備しておいた訳だが、二倍以上の戦力差を覆して完勝した俺に対する評価は爆上がりだ。
皆、俺を神様のように崇めている。
そこに、光俊が前に出て跪き、俺に報告をしてくる。
「国境沿いを物見に確認させましたが、織田家は陸からは侵攻しておりません。引き続き、南伊勢を見張るように手配しました」
おお、さすが光俊。
言わないでも必要なことをしてくれる。
『勝って兜の緒を締めよ』を普通に実践してくれて、有難いな。
「光俊、いつも助かる。国境沿いの確認を続けてくれ」
「ははっ!」
俺は、船の状態を確認するために、大手門の砦で評定を開くことにした。
俺が砦に向かって歩き出すと、俺を取り囲んでいた家臣たちはササッと俺のために道を開け、称賛と敬意に満ちた視線を送ってくる。
なんだかむず痒い。
落ち着かないから、早く歩こう。
………………
「新助、曳航してきた安宅船の状態はどうだ?」
三浦新助が船大工と、鍛治職人の理右衛門を連れて、曳航してきた三艘の安宅船を確認してくれた。
「はい。三艘とも傷みが激しく軍船としての復旧は難しそうです。崩れた矢倉から、大砲らしきものを回収しましたが、理右衛門殿曰く、復旧は難しそうですな……。あとは、火縄銃を十挺ほど、無事なのを見つけました。ただ、残念ながら火縄銃の火薬はほとんどが消失しております」
「そうか……まずは、理右衛門に言って、火縄銃に詳しい者がいたら、再整備をしてもらってくれ。後は、三艘の安宅船は、荷船としてなら使えるようになるかな?」
「はっ。荷船になら、矢倉は簡易になりますし、時間はかかりますが、復旧は可能かと」
「そうか……。船大工には、九鬼家の船の修繕を優先してもらってくれ。その後に、曳航してきた三艘の安宅船の復旧をしてほしい」
「はっ! 畏まりました。船大工の人数が限られており、すぐには難しいですが、出来る限り修繕を急がせます」
俺は頷きながら、次に、光俊を見る。
「光俊、焙烙火箭の在庫はどうだ?」
「はい、今回の海戦で八割ほど使いました。倉庫に貯めていた硝石もほとんど使いきってしまったため、今は増やせません。ただ、手榴弾と焼夷弾は澄隆様のご命令通り、しっかり備蓄がございます」
織田水軍を壊滅させたことで、今度は陸から攻めてくる公算が高い。
手榴弾と焼夷弾があるのは心強い。
俺が光俊に頷くと、宗政が俺にたずねる。
「澄隆様、助けた水夫たちですが、当家で働きたいという者が多数おります。雇ってもよろしいでしょうか?」
確認すると、織田家に各地で雇われた水夫たちとのことで、織田家と関わりは薄い者が多いようだ。
俺は、監視付きで、九鬼家で働くことを認めた。
水夫だから、戦うことはできないと思うが、今は、船を扱う人員も足りない。
近郷は、心配そうにしているが、光俊達が監視してくれれば、問題ないだろう。
次回、織田信長が織田水軍壊滅の報を受け激怒します。
そして、信長の命令で、織田家のチート武将が九鬼家に牙を向きます。
誰かは次回のお楽しみに!
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