第三話 人生相談
▽一五六〇年八月、澄隆(五歳)田城城
宗政を見つけてから、約一ヶ月が経過した。
宗政は、九鬼家に仕えて戦場で戦うつもりだったみたいだが、俺が説得して内政担当になってもらった。
戦巧者の数値が一桁だし、戦で使えそうな歩士術などが軒並み壱の宗政では、戦場で簡単に死んでしまう。
宗政は、内政でこそ生きる人材だ。
俺の指示に従って、宗政は内政担当になることに納得し、まずは俺の近習として一緒に文字の読み書きやそろばんを習っている。
それで、俺は今世では五歳だか、前世は昭和生まれ。
漢字は常識レベルなら分かるし、そろばんは子供の頃に施設で習っていた。
戦国時代は、ミミズがのたくったような文字で、最初は手間取ったが、慣れてしまえば一気に上達した。
そして、憑依した澄隆の地頭がハイスペックだった。
前世の俺よりずっと頭の出来が良いみたいで、自分でも気持ち悪いほどにすぐに覚えられる。
澄隆になって、何でも簡単に覚えられる感覚に、最初は戸惑った。
これが才能の違いなのか……。
頭の中で、考えが綺麗に整理整頓されていく。
まるで、頭の中に引き出しがいっぱいあるみたいだ。
澄隆の頭の良さにビックリしているうちに、この時代の文字が書けるようになった。
そろばんは前世と変わらなかったので、問題なく使えている。
教師役のお寺の住職が、五歳で読み書きやそろばんが簡単にできるようになった俺のことを神童だ、天才だと騒いでいる。
前世の知識と澄隆の地頭様々だ。
俺が凄い訳では、まったくない。
俺は、悪目立ちしたくないので、住職には俺のことを黙っておくようにお願いした。
そして、驚きなのが、宗政が俺と同じ早さで上達していることだ。
上達するにつれてお寺にある大量の書物にも興味を示し、朝から晩まで休みなく読み込み、知識や見聞を深めている。
さすが政巧者80超え。
知識が増えることで、弁も立つようになってきた。
こんなに上達が早いと、内政には、確かに期待できそうだ。
ただ、見た目は、新しい着物を着て、さっぱりとした今でも、貧相なこけし人形。
この戦国時代、宗政のような貧相な体格だと、仕官できずに苦労が多いと思う。
体の強さは見た目で分かるが、頭の良さは外からでは分かりづらい。
学問を習う機会がなければ、宗政のようなタイプは、才能が開花しないだろうし、その前に戦で死んでしまうだろう。
宗政が、討死する前に採用できて良かった。
俺も日々の勉学で手紙が書けるようになったし、宗政も内政担当としての力をつけ始めた。
これから先、山のようにやることがあるのだ。
毒殺回避に向けて、やりたいことを前倒しにして、始めていこう。
▽
「澄隆様、流行り病が治ったといっても、まだまだ五歳! まずは体力を戻すのが第一ですぞ!」
俺の目の前に座っている近郷が、心配そうに、いつもの大声を張り上げている。
耳が痛いから、大きな声、やめて。
近郷の隣に座っている宗政が、近郷の大きな声に顔をしかめながら、話し出した。
「私に用事があるとのことですが、どんなことでしょうか?」
目的はスカウトだ。
「俺がこの志摩国で生きのこるために、人の勧誘、スカウトをして欲しい」
俺の言葉に、近郷も宗政も、顔に緊張が走る。
三月に父が他界し、俺が跡を継いで、新当主となって一月余りが経った。
俺の傀儡化は完了し、家中は近郷と宗政以外は、嘉隆に付いている。
それも問題だが、もうひとつ、大きな問題がある。
歴史オタクの知識によると、この志摩国は、有力な地頭が、この九鬼家を入れて十二ある。
九鬼家は百年以上前に志摩国に乗り込んできた新参の家で、昔からいる九鬼家以外の十一の地頭は手を組んで、九鬼家を志摩から追い出そうと、いつも企んでいる。
俺が居場所を作るためには、九鬼家の中で、澄隆派の力を大きくし、嘉隆から実権を取り戻すとともに、志摩の地頭たちに負けない力をつけるしかない。
はあ……。
難易度が高すぎだろ。
そこで、歴史オタクの知識を使った内政チートによるお金儲けもしたいが、まず、重要なのがスカウトだ。
なんせ、俺には家臣と呼べる有能な人材が近郷と宗政しかいないからね!
近郷と宗政も、俺の苦境は分かっている。
「宗政、スカウトお願い!」
ポカンとする二人に、五歳なりの言葉で、苦労して話す。
この田城城に、良い人材をスカウトし、家臣を増やしたいと伝える。
俺の話に近郷が難しい顔をしながら、また大声を出す。
「九鬼家以外の地頭はみんな敵ですぞ! 志摩の中ではこれ以上、人は呼べませんぞ」
それは、今世の澄隆の記憶から、九鬼家は志摩では敵だらけなのは知っている。
ここで、思い付いたのが、甲賀忍者だ。
俺の母上は志摩甲賀の出身だった。
前世の知識によると、志摩甲賀と、甲賀忍者がいる近江甲賀は親戚だったはず。
「ちかさとー。だったら、甲賀の親戚つながりで、近江甲賀から、人を呼べないか?」
「なるほど……。ただ、簡単に呼ぶといっても、誰を呼んだら良いか、分かりませんぞ」
俺は、懐からあらかじめ用意しておいた手紙を出す。
「俺が書いた手紙だ。ここに名前が書いてある。宗政、この手紙を近江甲賀に行って、その人物に渡してきてほしい」
俺が、この状況を改善するためには、まず、能力の高い人材の確保が急務だ。
俺の味方を増やして、戦える人材を増やす。
俺は、前世では、ただのおっさんの負け犬歴史オタク。
俺は無力だ。
群雄割拠の戦国時代で、俺一人の力なんてたかが知れている。
それを踏まえて行動しなくてはいけない。
そこで必要なのが良い人材だ。
そのためには、スカウトだ!
「澄隆様、気持ちは分かりますが、他国の者を領内に引き入れるのは危ないですぞ!」
近郷が、うるさく心配だと言ってきた。
「ちかさとの心配は分かる。そこで俺が直接会って、人物を見たい。この手紙に書いてある人物に会いたい」
近郷は、変わらず怖い顔をしている。
宗政を見ると、渋いこけし顔をしながら、絞るように声を出した。
「澄隆様……。拙者、スカウトというものをしたこともなければ、この九鬼家のこともまだよく把握しておりませんが……」
俺は、宗政に笑顔を向ける。
「亡くなった母上に聞いた人物だ。ぜひ、会いたい。宗政、がんばって」
俺に丸投げされた宗政は、引きつった顔をしながら頷く。
本当は、前世の知識から会いたい人物なのだが、近郷を説得するために、心苦しいが母上から聞いたことにしておく。
「ううむ。奥方様が話した人物なら、信用できるか……。だが、しかし……」
近郷が、独り言をブツブツ言っている。
独り言も声大きいな。
「ちかさとー、宗政、九鬼家のために、よろしく頼む」
あまり話すと、また近郷がぶつくさ言いそうなので、話を切り上げる。
さあ、宗政、政巧者が高さを生かして、スカウト頑張ってきてくれ。
……この後、スカウトって、どこで知った言葉か、近郷に問い詰められた。
俺が自分で考えた言葉で、我が直接登用を請うから『直我請登』だと咄嗟に言ったけど、近郷に白い目で見られた。
その顔、怖いから、止めて!
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。