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第一九話 追いこくら大作戦 その一

▽一五六七年九月、澄隆(十二歳)田城城

 


 これから、九鬼嘉隆と戦う。



 俺の人生で初めて、命のやり取りをする。

 敵味方に分かれて殺し合う戦国時代なのは納得しているが、正直、人を槍で突いたり、刀で斬るイメージが湧かない。



 人を傷付けることを考えると、忌避感から身体が強張る。

 ただ、戦いは待ってくれない。

 まずは、戦略を練ろう。



 評定に使っている部屋に、主だった家臣を集めた。

「光俊! 波切城の敵の人数は?」

「はっ! 城に八百人ほどを集めております。戦の準備を始めておりますので、近日中には攻めてくるかと」

 波切城に忍ばせた光俊配下の忍者からの報告を受ける。

 俺が今、集められる常備兵の人数は、努力して増やしてきたが、百人ほど。

 波切城とは、八倍差だ!


 

 八百人という人数を聞くだけで、背中に冷たい汗が流れる。

 常備兵の他に、多羅尾一族と風魔一族の忍者達はいるが、籠城は無理だ。

 籠城しても、誰も助けにきてくれないし、そもそも、八倍差もあると、平地に建てられた田城城では防ぎきれない。

 野戦しか選択肢はない。



 俺は、数年前から光俊に命じて作ってもらった周辺の地図を家臣達と見ている。



 俺は、遠くない未来に嘉隆と戦うことを想定して、波切城に多羅尾一族を忍ばせ、波切城周辺の詳細な地図を作った。

 これほど早く、戦うことになるとは思っていなかったから、準備不足は否めないが、それでも、事前にある程度、波切城の状況が分かることで、対策は練ることができる。



 嘉隆の目的は、志摩国内の他の地頭など、敵も多い中、出来る限り早く俺を殺して富を奪うこと。

 俺の家臣が少ないことも知られている。 

 だから、他の地頭の領地を通らず、波切城から一番早く攻め込める、この山道から入ってくるだろう。

 この道のどこがで戦う想定で作戦を考える必要がある。



「みんな! 波切城からは、この山道を通ってくる可能性が高い。この地図を見てくれ……。ここだ! 道が狭まっているこの場所に陣取るぞ!」

 家臣達の視線は、俺が指差した場所を見つめていた。

 近郷をはじめ、皆、野戦しか勝つ道がないことは理解している。



 ここは、追いこくら大作戦しかないな……。

 追いこくらは、現代では使われていないが、追いかけっこの意味だ。

 


 俺の考えた作戦を伝えると、皆が驚いた顔でざわつく。

 皆の顔を一人ひとり見てから、俺は口を開く。

「この作戦を遂行するためには、皆の力が必要だ。俺に付いてきてくれるか?」

 俺がそう言うと、家臣たちは顔を見合わせ、また俺を見た。

 俺の意見に従ってくれるか不安だったが、誰も反論しない。



 俺が皆をじっと見つめていると、全員が頷き合い、示し合わせたように平伏した。

 皆が従ってくれる。

 俺は、皆の忠心に感極まって、涙が溢れそうになる。

 目を瞬いて堪えると、口を開く。



「みんな、感謝する。鬼退治をするぞ!」

「「「!? おおー!」」」

 皆、やるしかないという決意を漂わせて評定は解散になった。





「澄隆様……」

 評定が終わって、家臣たちが出撃準備のために退席すると、俺の後ろにいた奈々が話し掛けてきた。



 奈々は、俺と同じ服を着て、背筋をピンと立てている。

 影武者として、同じ格好だが、俺より着こなしが良い。

 惚れ惚れするような美しさだ。



「奈々、どうした?」

 奈々は真剣な顔で、俺に近づき、一瞬だけ顔を伏せると、すぐにはっきりと言い切った。

「澄隆様の作戦に反対はございません。ただ、この作戦だと澄隆様が危険です……。私に影武者として、澄隆様の代わりをさせてください」



 九鬼嘉隆と俺の戦力差を考えれると、客観的に見れば、勝敗は目に見えている。

 負ければ、俺は戦場で殺されるだろう。

 奈々が俺を心配して、こんなことを言ってくれたのは、本当に嬉しい。



 ただな……。

「この作戦の肝は俺だ。俺がいないと始まらない。それに、俺が先頭に立ち、危険な場所にいないと、皆、逃げてしまうよ」

「……みんな逃げないと思います」

 奈々は、綺麗な声で、ポツリと呟く。

「俺は大丈夫。それに、近郷も近くにいるし、お前の父親達もいるしな」

 奈々は、俺の目をじっと見ながら、心配そうな表情をしている。

 


 ……三十秒ぐらい経っただろうか。

 


 俺が考えを変えないことに諦めたのか、一度、目を閉じてから、軽くため息をつくと、少し悪戯っぽい表情をして微笑んだ。

「分かりました。ただ、父上達がいるといっても、幻術で敵を操ったりはできないですよ」

 俺は五歳の頃に、奈々に『忍者は幻術などの超常的な力は使えるのか』と目を輝かせて聞いて、キョトンとされたことがある。

 残念ながら、忍者に幻術の力はなかったが、奈々とその時に笑い合った記憶が蘇る。

 


 俺の緊張が伝わったのか、奈々は俺の緊張をほぐそうとして、その当時の話をしたのが分かった。

 お互いに微笑み合う。

「ははは、分かっているよ。奈々の気持ちは嬉しい。ありがとう……。ただ、俺は皆の先頭に立ちたい。奈々は、作戦通り、別動隊を率いてくれ」

 俺が笑って言うと、奈々は少し俯いて、渋々と頷く。

「澄隆様、もしもの時は、私が影武者として身代わりになりますので、ご安心を……」

 奈々は、決意を込めた目で俺を見た。



 そうだ……俺は奈々に、ずっと言いたかったことがあったんだ。

 今、言っておかないと、言えないかもな。

 伝えておこう。



「奈々……。影武者だと言っても、俺は奈々に身代りになって死ねなんて言うつもりはない。もし、俺が敗れたら逃げてくれ」

 奈々は、一瞬、動きを止めると、絞り出すように声を出す。

「……澄隆様は本当に変わっています。逃げろだなんて……」

 奈々は、心底驚いた顔をしている。



 奈々は、きゅっと口を結ぶと俺の目を見つめながら、話し出した。

「澄隆様……私たちは、澄隆様を通して明るい未来を見ました。私は、逃げたくありません。最後まで一緒に戦わせてください」

 奈々の顔には、強い決意が見える。

 俺は、奈々の透明感のある美しい顔を見つめる。



 奈々らしいな……。

 奈々は光俊に命じられた影武者として、俺なんかのために死ぬ覚悟を持っている。

 嬉しいが、正直、心苦しい。



 そうだ。

 俺の作戦が上手くいかなかったら、元人格の澄隆には悪いが、影武者の奈々、そして従ってくれた皆ができるだけ死なないように、喜んで先に討ち死にしよう。

「奈々の気持ちは分かった」

 俺は、奈々と目を合わせたまま、一言一言、気持ちをこめて伝える。



「奈々、最後まで一緒に戦おう。ただ、身代わりにはならなくて良いから。無理はしないでくれ。そして皆のためにも、勝たないとな……」

「約束ですよ。勝ちましょう」

「ああ、勝とう」

 俺は、言葉とは裏腹に、勝つことより、負けた時に潔く死ぬ覚悟を決めた。

 


 忌避感のあった殺し合いも、奈々達が死ぬことを考えたら、自分の命を賭けて死力を尽くして戦うと腹を決めた。

 そして、負けたら、奈々、そして皆のために、笑って死のう……。



 俺は、奈々の顔を見ながら、笑顔で頷いた。





 二日後、波切城の様子から、今日中には攻めてくると、見張っている忍者達から報告があった。



 早速、出陣する家臣たち全員を集めて、俺から訓示をする。



「我が田城城と、波切城は、これから戦うことになった! 同じ九鬼同士の戦い、俺はこの戦いに勝ち、新しい九鬼を作り上げていきたい」

 みんな、真剣な顔で聞いているな。

 どうも俺の声は、良く響く声音みたいだ。

 男にしては高い声だからかな?



「そこでだ! 我々はこれから、『九鬼(クカミ)』ではなく、『九鬼(ク!キ!)』と呼び名を変えようと思う! 我々は一丸となって、嘉隆率いるクカミ家を討伐する!」

 俺は、一度深呼吸をすると、おごそかに、クキ家への変更を告げる。



 そうなのだ、今までは九鬼はクカミと呼ばれていたのだ。



 みんな、予想外過ぎて、固まっているな。

 すかさず、近郷が大声を出す。

「よいか! 皆、クッキー家のために力を注ぐのだぞ!」

 そうそう『クッキー』な……。



 へ? ん? 待て待て。

 『クキ』だぞ。

 俺は呼び名変更を誰にも相談していなかった。

 もちろん近郷にもだ。

 


 俺が大声を張り上げて『ク!キ!』と言ったのを、近郷は『クッキー』と間違えて聞こえたらしい。



 お、おーと、近郷の勢いに飲まれて、皆、狐につままれたような顔をしながらも『クッキーだよな? クッキー?』と呟いている。



 家臣たちは、なぜだか、この『クッキー』という発音が気に入ったらしく、急にやる気に満ちた顔になり『クッキー』『クッキー!』『クッキー!!』と叫びながら戦の準備を始めた。



 家臣たちが『クッキー』と認識して、生き生きと動き出したのに、ここで俺が水を差すように『クキ』に戻す訳にはいかなくなった。

 おいおい、お菓子の名前になってしまった。



 近郷をギロリと睨むと、『クッキー!』『クッキー!!』と連呼する家臣たちを満足そうに眺めている。

 近郷め。

 …………仕方がない。

 クキ家改め、クッキー家始動だ。



 家臣たちの士気が変に上がったことを確認し、戦の準備を始める。

 近郷に手伝ってもらって、鎧を身に着ける。

 俺はその重みを感じつつ、鎧に慣れるために肩を回す。


 

 このなものを着けて、みんなよく戦えるよな。

「澄隆様、背中が丸まっておりますぞ!」

 猫背になっている俺を見て、近郷がまた小言を言う。

 鎧を着たのは最近だ。

 まだ慣れていないんだぞ。

 


 軽めの鎧にしたが、今日は、いっぱい走れるかな?





 予定していた山道に無事に着いた。


 

 今日は、朝から雨が強い。

 雨水がチョロチョロと、首筋を流れくだり続けている。

 俺達が陣取ったこの辺りは、背の高い木が密集しており、道が狭くなっている。

 風が吹くと、木々が揺れ、緑の濃密な香りがしてくる。



「光俊! 波切城を出た嘉隆勢は、この道を通っているな?」

「はっ! 確かにこの道を進んでいると報告がありました」

「あと、近郷、皆、厚手の草履を履いているよな?」

「そこは抜かりなく」

「そうか、分かった」



 俺は、勢いよく息を吸って、大きく吐いた。

 生まれてはじめての戦場。

 かつてない緊張感を味わっている。

 背負うのは自分の命だけではない。

 俺に従ってくれた皆の命も背負っている。



 緊張とこれから殺し合いをする恐怖心から足が笑いそうになるのを必死に抑える。

 俺は身体が固くなっているのを実感する。

 首を回すなど、軽く準備体操をしておくが、心臓の音が煩い。

 深呼吸を繰り返す。



 その後、奈々達別動隊や、忍者達の配置も完了したとの報告を受けた。



 嘉隆勢を見張っている忍者からの報告を確認しながら、昼をこえた頃。

 ついに、嘉隆の軍勢、およそ八百人が現れた!



 距離があるからか、今は、だいぶ小さく見えるが、八百人が集まっているのは威圧感がすごい。

 対して、俺達の軍は、正面に伴三兄弟を置いて、その後ろに総勢百人が控えている。

 相手から見ると、貧弱な軍に見えるだろう。



 嘉隆勢が動き出した。 

 ウォーと声を上げながら、こちらに押し出してくる。

 先頭には大柄な男がいる。

 確か、鎌太夫だろう。

 とても強いと聞いている。

 


 八百人が殺気を持って走ってくるのは、前世では有り得ない光景だ。



 ドドドドドッ!

 地鳴りのような足音で、体がすくむ。

 敵は怒号をあげながら、歯を剥き出し、血走った瞳に殺気の光を宿している。



 こ、これが戦場か……。

 ドッと汗が噴き出る。

 俺は、これが、ゲームのようなリセットが出来ない一発勝負の現実であることを再認識する。

 やり直しはきかないし、斬られれば死ぬ。

 俺は、口がカラカラに渇いているのに気付いた。

 舌で唇を湿らせた。

 いいか俺、覚悟を決めろよ……。



「よーし、矢を放つんだ!」

 近郷が大きく叫んだ。



 シャシャシャッ!

 味方の放った三十本ほどの矢が、空気を切り裂く音を奏でながら、敵に飛んで行く。

 何人かは矢が当たって倒れたが、嘉隆勢は気にせず、突き進んでくる。



「正面、槍を構え!」

「うぉぉぉ!」

「死ねぇぇぇ!」

 真正面からお互いの軍が激突した。

 グワシャッという音をたてながら血飛沫が舞う。

 理性の感じられぬ叫び声が辺りを満たした。



 嘉隆勢は全軍で突撃してきたが、俺たちが狭い道に陣取ったおかげで、軍を広げることができず、数の不利を補えている。

 嘉隆が采配棒を振り回して、部下を鼓舞しているのが見える。



 俺は、バクバクと鳴る鼓動を自覚しながら、嘉隆に向かって力の限り叫んだ。 



「当主、澄隆である! 嘉隆! 当主を毒殺しようとする悪行、許されることではない! 当主として命じる。降伏しろっ!」

 嘉隆は俺に気付くと、まるで猛禽類が獲物を見つけたような鋭い目つきになって、声を荒らげた。



「かはははっ! 降伏だと!? おいおい、そんな人数でキャンキャン吠えるとは威勢だけは良いなぁ? 本当に澄隆はうつけだなぁ~」

「ぷっ! ぎゃははは〜!」

 嘉隆の言葉に同調するように、嘉隆の近習たちが下卑た笑い声を上げた。



 すっかり勝ち誇っているな……。

 俺は、怯む心を抑えつけ、嘉隆をさらに煽ることにした。

「嘉隆! うつけはお前だっ! 馬鹿な嘉隆! 降伏しろっ!」

 俺の言葉に、一瞬、表情を消す嘉隆。

 その後すぐに、額に青筋が浮かべながら、苛立つような荒らげた声を出した。



「はぁぁぁぁぁあぁあっ!? うつけは澄隆、お前のことだろぉが! 儂がこれまで慈悲の心で生かしておいてやったのにつけ上がりおってぇぇ! お前の四肢を斬り落とした後、首を刎ねてやろうっ! お前ら分かったな! 澄隆を捕まえろっ! 腕の一本や二本は斬り落としても構わん。必ず生かして儂の目の前に連れてこい! 澄隆を捕まえれば褒美は思いのままだぞ! 一気に蹴散らせぇいぃ!」

「「へ、へい!!」」



 嘉隆勢は、俺の挑発に乗って、さらに勢いよく、突き進んできた。

 ここまでは作戦通り。



 問題は、鎌太夫が、予想以上に強いことだ。

 丸太のような棒を振り回していて、伴兄弟が三人掛かりでも、押さえ付けるのがやっとだ。

 伴三兄弟が抜かれれば、俺たちは一気にやられるだろう。

 皆、頑張って耐えているが、ここまでだな。



 追いこくら大作戦、開始だ。



「近郷〜! もう無理だぁ! 城まで撤退するぞぉ〜!」

 嘉隆勢に聞こえるように、近郷に情けない声で指示を出すと、俺は一目散に逃げ出した。



「!? かっはっは、澄隆、弱すぎるぞっ! お前ら、かかれぇ! 澄隆を逃がすなぁ!」

 嘉隆は嘲るように笑い、調子に乗った声が響く。



 俺は走りながら、チラリと後ろを見ると、伴三兄弟もうまく逃げている。

 俺は、恐怖から全身に鳥肌が立つ中、心を奮い立たせて走り始めた。



 さあ、これから死ぬ気で走るぞ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 忍者をそれだけ抱えてるなら毒殺しかえせばいいんじゃないかな。
[一言] クッキーてどゆことて思ってたけど そういう事かぁ(笑) うん、つまらん、、、
[一言] これだけの人数差をどう覆すのか、次回を楽しみにしています。
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