第一話 九鬼への目覚め
▽一五六〇年七月、澄隆(五歳)田城城
今は戦国時代真っ只中、一五六〇年の夏。
チート戦国大名たちが天下統一を目指して戦っている群雄割拠の時代。
この時代の子供に、昭和生まれの四五歳のおっさんの俺が、なぜだか憑依?をしたらしい。
なんでこうなったのか、よく分からない。
ただ、真夏の暑い中、クーラーの効きが悪い図書館の小部屋で一人、汗を掻きながら、電子書籍を読んでいると、右手がバチバチっと光って急に心臓が痛くなり、そのまま胸を押さえて数分後、気を失ったのは覚えている。
もしかして、心臓発作で死んだのか。
今の俺は、五歳の子供になっている……。
この戦国時代で流行り病になって生死の境をさまよい、一時的に意識不明の重体になって朦朧としていると、急に前世のことを思い出した。
最初は、前世の俺の記憶と今世の澄隆の記憶が混ざりあってぐちゃぐちゃになっていた。
ただ、数刻の間、落ち着いて頭の中の整理をした結果、俺の置かれている状況がようやく把握できた。
「九鬼かぁ」
今の俺は、伊勢志摩国(今の三重県だね)の九鬼家、第七代当主、九鬼澄隆になっていた。
澄隆に憑依して、元人格の澄隆を乗っ取ってしまったのかな……。
罪悪感がある。
ちなみに、今世の澄隆の記憶によると、澄隆の父、第六代当主だった九鬼浄隆は、澄隆が流行り病で倒れる数ヶ月前に同じ病に倒れた。
痩せ衰えた九鬼浄隆は、嫡男である澄隆を次期当主に指名して亡くなっている。
そして、澄隆の母も、澄隆を産んだ時に亡くなっているし、澄隆には兄弟もいない。
澄隆の記憶によると、九鬼家は、二つの城を持っていて、今、俺がいるのが、加茂川と河内川が合流する丘陵に築かれた田城城だ。
もう一つの城が、海沿いに築かれた波切城。
その城は、父の弟にあたる九鬼嘉隆が支配している。
それで、この、九鬼嘉隆!
前世の歴史オタクの知識によると、織田信長の家臣になって、大出世して、信長から、日本一の船大将と呼ばれるようになるチート武将だ。
たしか、澄隆を傀儡にした後、澄隆が大人になったら毒殺して、九鬼家を奪い取った人物だ。
つまり、澄隆が早死にしないためには、大人になるまでに、チート武将の嘉隆から実権を取り戻すしかない。
ふぅ……。
理不尽だ。
前世の俺と一緒で、澄隆も上手くいかない人生なのか……。
俺が憑依した九鬼澄隆の余命は大人になるまで……。
考えただけで、ため息が出てくる。
だめだ、五歳の身体はすぐに眠くなる。
今日は寝よ。
▽
憑依したのに気づいたのが昨日。
うなされていて、汗をかいた。
今朝、起きても、やっぱり澄隆のままだった。
薄暗い部屋の中で寝ていると、板張りの年季の入った艶のある天井が目に入る
部屋は、古い家特有の臭いがする。
ふぅ……。
憑依した現実は変わらない。
今の状況を受け入れるしかないか……。
「お、おはようございます。澄隆様」
「おはようー」
変声期も迎えていない高い声で挨拶する。
前世の記憶があっても、身体は五歳。
どうも、五歳の身体に引きづられて行動や話し方は子供っぽくなってしまう。
たしか、女中のおはつだ。
目がぱっちりとした女の子だ。
澄隆の五歳までの記憶から、名前を思い出した。
おはつは、俺の言葉にビクッと身をすくませると、頭を下げてくる。
「す、澄隆様。あ、あ、汗をかかれておりましたので、身体を拭きにまいりました」
おはつは、俺に怯えているようだ。
俺が憑依に気づく前の澄隆は、気に入らないことがあると周囲に当たり散らし、周囲が呆れるほど、我が儘なガキだった。
澄隆は、家中の人達から白い目で見られていたのに気付いていなかった……。
澄隆の身体を拭く担当だったおはつにも、何度もなじったことがあり、本当に悪いことをした。
はぁ……。
澄隆よ、何をやってるんだよ。
前世の俺は四五歳、澄隆は五歳であり、俺の人格に、澄隆の記憶が少し混ざっている感じがする。
これまでの横暴な振舞いを反省して、これからは、優しく対応しよう。
「おはつ、よろしくー」
俺は丁寧に頼んだが、おはつの俺に怯える姿勢は変わらない。
ビクビクとしながら、俺の体を拭いてくれる。
俺は、ため息が出そうになるのを堪えて、仕方なく、おはつと目を合わせないように、拭かれるままに右腕を上げた。
すると、おはつの肩に、右手がちょこんと触れてしまった。
何と!
俺の右手がビリリっと震え、前世で感じたことのない不可思議な感覚が起きると、おはつのステータスウィンドウが、空中に出た。
【ステータス機能】
[名前:田倉はつ]
[年齢:15]
[戦巧者:6(13迄)]
[政巧者:9(12迄)]
[稀代者:壱]
[風雲氣:壱]
[天運氣:壱]
~武適正~
歩士術:壱
騎士術:壱
弓士術:壱
銃士術:壱
船士術:壱
築士術:壱
策士術:壱
忍士術:参
び、びっくりした……。
おはつの顔を覗くと、真剣な顔で一生懸命に拭いていて、気付かれていないようだ。
この半透明なウィンドウ、サイズは、ちょうど電子書籍のディスプレイと同じぐらいだ。
なぜ、ゲームっぽい秘めたる力が右手に宿っているのか、訳が分からない。
俺は、右手を震わせながら、ステータス機能を見る。
戦巧者や政巧者、稀代者、風雲氣、天運氣なんて、初めて見る言葉で、どういう意味か、分からない。
何だろう。
カッコ内は迄と記載があるから、ゲーム的に考えると、その人の能力上限で、おはつの戦巧者は13までということかな?
じゃあ、手前の6は、何だろう?
現時点の能力が6ってこと?
稀代者や風雲氣、天運氣も何?
全然分からん。
また、もう一つの武適正というのも前世のゲームの知識を踏まえると、歩士術は歩兵、騎士術は騎兵、弓士術は弓兵、銃士術は銃兵、船士術は船兵、築士術は築城、策士術は計略、忍士術は忍びに適正があるのかな?
ウィンドウにはステータス機能と書いてあるが、身体を拭いてもらっている間、不自然にならない範囲で試行錯誤したけど、これ以外、画面には出てこない。
左手ではウィンドウは出なかった。
相手の忠誠心も分かると嬉しかったのだけど……。
一人になってから、右手を自分の頬に触れてみた。
残念ながら、自分のステータスウィンドウは出なかった。
ぐぬぬ……。
分かったこと、相手を右手で触れないと、この機能は使えない。
相手の身体のどの部分に、右手を触れても見れる画面は一緒。
自分のステータスは出ない。
戦巧者も政巧者も稀代者も天運氣も、何が何だか分からない。
ただ、この鑑定機能で、相手の能力を目利きできるのなら、戦国時代ではかなり使える力なのではないだろうか。
鑑定機能を使って有能武将たちを陣営に加え、武適正を踏まえて適材適所に配置し、軍を育てていけば……。
最強の軍勢を、作れるかもしれない。
俺は、んん、と大きく伸びをすると、力強く頷く。
俺の憑依がいつ解けるか分からないが、俺が消えるまでは、澄隆として生きるしかなさそうだ……。
前世では何も成し遂げず、後悔の連続の人生だったが、今の俺には、この時代で使えるであろう前世の知識と鑑定機能がある。
歴史オタクにとって、この戦国時代で生きられるなんて、魂が震える。
戦国時代か……。
口元に笑みが浮かぶ。
心が奮い立つ。
俺は澄隆になって、澄隆が毒殺されないように、行動してみるか!
そして、いつか澄隆に身体を返してやろう。
澄隆に悪いからね。
ただ、憑依ってどうやったら解けるの?
―――――――status―――――――
[名前:田倉はつ]
[年齢:15]
[戦巧者:6(13迄)]
[政巧者:9(12迄)]
[稀代者:壱]
[風雲氣:壱]
[天運氣:壱]
~武適正~
歩士術:壱
騎士術:壱
弓士術:壱
銃士術:壱
船士術:壱
築士術:壱
策士術:壱
忍士術:参
12歳から九鬼家の女中として働いている。
お目めぱっちりで可愛い。
悪ガキ澄隆のことを怖がっており、早く結婚して女中の仕事を辞めたいな〜といつも思っている。
弟と二人暮らしで両親はいない。
―――――――――――――――――
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。