第一七話 常備兵
▽一五六七年四月、澄隆(十二歳)田城城
俺が、澄隆に憑依したのに気付いてから、七年目の春になった。
風魔小太郎率いる風魔一族を家臣にしてから、早いもので二年経っている。
小太郎が治療してくれた俺の左腕は、問題なく完治した。
近郷曰く、下手な治療なら腕が動かなくなることもあるようで、小太郎がいてくれて助かった。
その小太郎達は、相模国から一族総出で来てくれたと言うが、小太郎以外、近くにいないので、何人いるのか分からない。
……というか、風魔一族がどこに住んでいるかも分からない。
住む家はどうしたのかと不思議に思って小太郎に聞くと、ホホホと言いながら、問題ありませんと答えた。
問題ないなら、まあいいけど。
それと、風魔一族が何か悪さを起こすか、近郷が心配していたが、この二年、何も起きていない。
心配とは逆に、野党の類いは、小太郎達が始末しているみたいで、治安がすこぶる良くなった。
最近では、領内に侵入した忍びの集団を討ち取ったらしい。
大反対していた近郷も、最近では何も言わなくなっている。
良かった良かった。
………………
次に、足軽集めの進捗だ。
やっと、常備兵が百名をこえた。
近郷の縁故で、信頼できる近習もできた。
ゲームのように、お金を出せば一瞬で常備兵が増える訳もなく、人集めには予想以上に時間がかかっている。
俺が支配する領地が狭いから、兵を集めるのに時間がかかってしまうことは仕方がないが、少しずつでも常備兵を増やしていきたい。
そんな足軽集めに苦労はしているが、俺としては、戦う兵は全員、常備兵にしたいと思っている。
この時代、常備兵は少なく、半農半兵が普通だった。
当主が戦うことを決めると、各村に参戦要請をして、農民を集合場所に集め、敵地に攻め込んでいた。
村に参戦要請をしても、村によっては兵になるものが少なかったり、拒否されたりして、人数も把握しづらく、集まるまでに時間がかかった。
俺は、動かせる人数を把握できて、すぐに攻め込める体制を築きたい。
あと、常備兵がいれば、田植えや稲刈りの時期でも戦えるため、常備兵がいない大名より、有利になってヒャッハーできると思っていた。
だけど……この時代に憑依して驚いたんだよね。
どんな時期でも戦っている。
史実通り、織田信長が今川義元を桶狭間の戦いで破ったが、この時代に憑依して初めて知ったのだが、今川義元が戦いを仕掛けてきたのは、田植えのシーズンだった。
皆、普通にいつでも気にしないで戦っているんだな……。
ただ、常備兵のすぐに動けるメリットはでかいと思う。
ヒャッハーできないのは残念だが、九鬼家は一年中戦える常備兵を基本にする。
そして、常備兵は、戦うのが仕事。
兵として鍛えることで、半農半兵より、格段に強くしようと考えている。
経費は、かかるけどな。
そして、常備兵にするもう一つのメリット。
それは、動きをしっかりと規制できることだ。
この時代、戦では敵国での略奪狼藉が当たり前。
女性は押し倒されて誘拐されたり、民の金品を巻き上げたり、兵ではない敵国の領民を手柄首とするために首を斬ったり……そのような略奪狼藉をしたいがために、戦に参加する兵がいた。
俺は、略奪狼藉は全面禁止にする。
略奪狼藉は、人道的な理由はもちろん、戦勝後、敵国の領民から恨まれて自国の領地とする際に治めにくくなってしまうし、最悪、領民の反発から反乱も起きるため、絶対に禁止にしたい。
それを守らせるためには、常備兵の方が都合が良い。
「澄隆様、皆、準備ができて待ってますよ」
「おお、分かった奈々。今行く」
今日は、これから、兵の鍛練を視察する予定だ。
影武者の奈々と、近習達を連れて、楽しいピクニックだ。
▽
俺が見ている前で、真っ黒に日焼けした三人の男が、兵を投げ飛ばしている。
「おい、まだまだ!」
その男達は、兵達を次々と放り投げていく。
兵たちは、泥だらけになりながら、表情が歪んている。
「精が出るな」
教官役には、戦巧者が高い伴三兄弟をあてた。
この様子を見ると、教官役にしたのは正解だったみたいだね。
「はっ! 本日はご視察頂き、ありがとうございます!」
ニカっと笑うと、歯だけが白く目立つ。日焼けし過ぎじゃない?
三人とも、肩幅が広く、爽やかな雰囲気で、スポーツインストラクターみたいだ。
それに、なんか、でかくなってない?
武適性の歩士術の数値が高い伴三兄弟を忍者から歩兵にクラスチェンジしたが、適性の高い歩兵の訓練を続けたおかげで、結果、歩兵の才能が開花して、さらに強くなったようだ。
「もう無理……」
「なんだと? 澄隆様の御前だぞ。またまだ続けるぞ!」
長男の伴正林は、悲鳴を上げている兵達を、強引に立たせている。
次男の伴長信は、兵を羽交い締めにして、絞めつけている。
「ぐぇぇ……。負けました……」
「負けた時は死ぬ時だと思え!」
「もう死ぬ……」
俺も、数年前から、近郷に鍛えてもらっているが、この時代の鍛練は厳しいよね。
まあ、生き死にがかかっているから、俺も鍛錬を死ぬ気で頑張っている。
前世では、殺し合いとは無縁の生活を送っていたのだ。
この戦国時代で生きていくなら、死ぬ気で鍛錬しないと、俺なんかはすぐに殺されると思っている。
それに、この時代、娯楽がまったくないので、鍛錬や勉学ぐらいしか、やることがない。
そのため、俺は毎日のように鍛錬に励んでいる。
そして、前世で習った剣道の基本、正しい形での素振りは澄隆に憑依してからもずっと続けているが、前世で使っていた竹刀と、今使っている刀の感覚が違い過ぎて、まだまだ刀では満足できる素振りができない。
刀は、竹刀の重さの約三倍もある。
竹刀と刀では重さ以外に形状や重心もまったく違うし、刀の持ち方も竹刀と変えなくてはいけない。
竹刀の感覚が抜けきれず、素振りをするだけで、身体が悲鳴を上げ、息が上がるのがもどかしい……。
ただ、最近は、身長が急激に伸びて、見た目はヒョロヒョロだが、力はだいぶついた。
澄み薬を定期的に飲んで虫下しをすることで、寄生虫に栄養が取られることなく順調に成長できたおかげだろう。
この時代の平均身長である五尺ニ寸は軽くこえた。
身体に無理がきくようになったから、振りを鋭くする鍛錬も始めている。
それに、どうやらこの身体は前世より、運動神経が相当良いようだ。
まあ、前世は肥ったブーちゃんだったから、痩せている今の身体の方が動きやすいのは当然あるが、そもそもの基礎スペックが、澄隆の身体の方がだいぶ上だ。
動けば動くほど、身体にキレが出てくるのが分かる。
日々、実感できる成長にやりがいを感じる。
日々の鍛錬で、刀に慣れていけば、近い将来、満足できる素振りができるだろう。
「皆、終わったら、これを食べよう」
今日は奈々特製の雑穀おにぎりを持ってきた。
おにぎりを見ると、大きさが一個一個違っている。
形も歪だ。
うん……奈々らしいな。
俺は、咳払いをして、兵達を見回した。
食べていいぞと声をかけると、兵達から歓声が上がった。
………………
兵達の鍛練終了後、俺を囲んで雑穀おにぎりを食べている。
「澄隆様、今日はありがとうございました! 兵達も澄隆様に見てもらえて、喜んでおります」
俺の隣で食べている正林が、インストラクターさながらに、笑顔爽やかに話している。
正林は、持っているおにぎりを食べ終わると、急に真剣な顔になる。
なんだ、おにぎりが足りなかったか?
「澄隆様……拙者は近江国で貧しく暮らし、常に空腹と戦っている毎日でした……。ここは良い! 子供たちにも腹一杯食べさせられる。こんな幸せなことはない。澄隆様に何か感謝をしたいが、何をすれば良いか分からない……。だから、拙者たちは鍛練で思いっきり鍛えて、澄隆様のために命を懸けて戦いたいと思います。そんなことしかできませんが良いでしょうか? ……おい、長信! 大事な話をしているのに、大声で話すな!」
「おお、すまんすまん。兄ぃ」
長男の正林は、真面目な性格だが、下の二人は、のんびり屋だ。
俺は、正直に心情を吐露してくれた正林の気持に応えたくなった。
大袈裟に頷く。
「正林、それで良い。よろしく頼む。頼りにしているぞ」
俺がそう言うと、正林は、ニパっと満面の笑顔になった。
周りを見ると、奈々と三男の友安が話している。
「奈々ぁ、大きくなったぁ」
「もう、子供扱いしないでください……」
頬を膨らませる奈々。
三男の友安は、奈々が小さい頃、奈々の子守りをしていたみたいで、こんなに小ちゃかったんだぞ~と、奈々をからかっている。
兵たちは、笑いながら、おにぎりを食べている。
この生活が、ずっと続けば良いな。
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