第一四話 生糸作り ~内政結果~
▽一五六五年四月、澄隆(十歳)田城城
『生糸』、これは蚕の繭から作られた糸で絹織物になる。
『綿糸』、これは綿花から作られた糸で綿織物になる。
この時代、どちらの糸も貴重で高値で取引されているが、俺は、この二種類の糸の中で、特に、生糸をある計画のために作りたかった。
生糸作りは、五歳の後半になってから、始めてみた。
慣れるまで、寝れなかったな……。
◇思い出澄隆(五歳後半の頃……)
養蚕は確か、この時代には既に外国から伝わっていたと記憶しているけど、戦乱の影響で、予想以上に衰退しているのね……。
堺の商人である隆佐殿に聞いたら、現在、生糸のほとんどは、明国から輸入しているとのこと。
今は、日明勘合貿易は途絶えているはずだから、密貿易か南蛮貿易なんだろう。
前世の知識によると、この頃、東アジアに来航したポルトガル人が、日明間で生糸を仲介して巨利を得ていたはずだ。
ポルトガル人が、ぼったくり価格で生糸を日本に売ったんだろう。
日本が損をしていたのは、悔しいよね。
俺は、日本産の生糸を作ろうと思う。
前世では、小学生の時に、夏休みの自由研究で蚕を育てたことがある。
そして、大人になってからも富岡市に行って、富岡製糸場で、生糸の作り方を見学した。
知識はバッチリだ。
じゃあ、まずは宗政だ。
「宗政! 宗政はいるか!」
「は、はい。こちらに」
宗政は、小半刻ぐらいで慌てて現れた。
まず、蚕を集めるよう指示を出した。
後は、桑畑があるかどうかだな……。
……………………
幸い、養蚕は近江国で細々とやっていた。
桑畑も、領内に野生のものがあったので、集めて将来的には畑もできそうだ。
江戸時代は、人工的に温度や湿度を管理して蚕を効率的に飼育していたようだか、この時代には、寒暖計はない。
蚕は変温昆虫なので飼育している温度によって大きく成長が変わる。
二五度ぐらいが適温で、適温を続けると二十から三十日ぐらいで繭になるのが普通だ。
そうすると、育てるのに一番良いのは、人が住んでいる近くの暖かい場所となる。
そして、今。
ガサゴソガサゴソ……。
ね、寝づらい……。
俺は、住んでいる家の屋根裏を活用して、養蚕を指示した。
城の中の屋根裏も全部だ。
そして、前世の知識で仕入れた養蚕の工夫として、二階の屋根に換気用の越屋根(屋根の中央の一部を上に持ち上げたような屋根)を設け、空気が循環しやすいようにした。
それで、俺が指示した手前、俺の部屋の屋根裏にも蚕を飼った。
昼間はいいが、夜になるとガサコソと動く音がして、寝れない!
評定を開くと、皆、寝不足の顔になっている。
あ、近郷は寝れるみたいで、すっきりとした顔だな。
悔しい。近郷が寝ている部屋には、蚕を倍増しよう。
………………
養蚕をやった初年度は、繭の出来が悪く、寝不足になった苦労の割に、生糸はできなかった。
光俊にお願いして、多羅尾一族で温暖育の試行錯誤と、合理的な人工交配を進めてもらおう。
あと、問題点がネズミだ。
ネズミは、蚕の卵も、幼虫も、繭の中のサナギも全部食べてしまう。
蚕の天敵のようなネズミが屋根裏にいることも、生糸ができなかった原因だ。
俺は、悩んで、悩んで、思い付いた。
ネズミの天敵は何だろう?
天敵といったら、猫だ。
猫を飼おう。
猫って戦国時代で飼う習慣はあるのかな?
奈々に聞いてみた。
「澄隆様、甲賀では時計代わりに猫を飼っておりました。私達が教わった歌で、六つ丸く、五七は卵、四つ八つ柿の実にて、九つは針というものもありました」
猫の目は光の量を調整するため、朝と夕方になると丸くなり、正午近くは縦に細くなって針のようになるらしい。
猫の目時計なんて、忍者の知恵だな。
知らなかった。
「奈々、甲賀から猫を取り寄せてほしい。蚕のネズミ避けに飼いたい」
「ええと、それだと、数匹では足りませんね。父上に相談してみます」
首を傾げながら、どのくらい必要なんだろ……と奈々が呟いている。
頼んだぞ、奈々。
◇今の十歳澄隆……
どうして、こうなった……。
猫を甲賀から取り寄せ、城の中で飼いだすと、ネズミが激減した。
蚕も光俊達の人工交配のおかげで、繭の出来が年々良くなり、生糸の量も増えてきた。
繭から出る極小の糸を紡いで生糸を作るのに、領内の女性たちが駆り出され、新たな仕事として定着し、良い稼ぎになっているようだ。
ただ、問題なのが猫たちだ。
ネズミがたくさんいたからか、猫も大量に増え、なぜだか俺の寝室にも猫が潜り込んでくる。
朝、気付くと、俺の寝ている掛布の上にたくさんいて、重い……。
領民や家臣達からは、猫好きな当主と思われている。
別に好きでもなんでもないぞ。
「澄隆様、こんなに猫が増えるとは思いませんでした。申し訳ありません……」
毎日の寝苦しさから、寝不足気味な俺を見て、奈々が謝ってきた。
しゅんと俯いている奈々。
奈々は真面目だな。
「ああ、奈々は気にしなくて良い。ネズミが減ったのは奈々が猫を集めてくれたおかげだ。ありがとう。ただ、本当に増えたなぁ」
俺が苦笑すると、奈々は恥ずかしそうに微笑しながら頷く。
うん、奈々は可愛い。
猫ぐらい気にしないぞ。
生糸が量産され、倉に生糸の束が増えてきた。
売って儲けるのも目的だが、俺がやりたかった本当の目的。
それは…………生糸で作る防弾チョッキだ!
前世で見たテレビで、何層にも束ねたハンカチに、拳銃を撃ち込むと、見事弾丸が止まっていた。
俺は、この時代で、生糸を編んで防弾チョッキを作りたいんだ。
「光俊、絹織物を作れる名人はいるか?」
周辺の状況の定期報告に来た光俊に聞いてみた。
「一族に、罠作りの名人がおります。絹織物も作れるかと」
「よし! その名人を、織物頭にする。俺の望みを伝えるから、作ってみてくれ」
光俊は一瞬不思議そうな顔をしたが、黙って頷く。
これで、防弾チョッキ作りに一歩前進だな!
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
次回で、内政チートはひとまずおわりにして、第二次スカウトを行っていきます!