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第一二二話 土嚢塡塞大作戦 その二

更新が滞りまして、申し訳ありませぇぇん!

▽一五七二年六月、島左近(二九歳)柏原城



 城を攻略するための土嚢作りが完了するまでの約半刻。

 その間、第二鬼団は、柏原城の見張りから見えない位置に移動して陣を取り、小休止することにした。



 陣内は、重苦しい気が満ちていた。



 年配の兵が、緊張で青白い顔になっている新兵に声をかけた。

「おい、何か口に入れておかないと、体が持たないぞ」

「は、はい……」

 新兵は、視線を落としたまま、ぼそりと呟くように答えた。



 今回の戦いから軍に入った新兵の何人かは、これから攻める城の壮大さに飲まれ、緊張から食が進まない。

 誰もが通る道だ。



「これなら、口に入るだろ」

 年配の兵が新兵に手渡したのは、澄隆様特製の梅干し。

「あ、ありがとうございます」



 新兵が梅干しを口に入れると、ホッとした顔になる。

「……この梅干し、美味いです」

「ああ、そうだろう。澄隆様が作ったものらしいぞ」

 年配の兵も梅干しを自分の口に放り込んだ。

 かなり塩気が利いているが、これまでの行軍で汗をかいているからか、塩辛くは感じない。



「澄隆様は、行軍で疲れた兵のことまで考えてくださる。こんな当主、他にはいないぞ」

「は、はい……」

「そら、もう一つ食べろ」

 新しい梅干しを頬張る新兵。



「良い天気だな」

 天を見上げながら、年配の兵は呟くように声をあげた。

 空は雲一つない。

 梅雨時期には珍しい、抜けるような快晴だった。

 フワッと爽やかな風があたりを吹き抜けていく。



 同じく、空を見上げる新兵に向かって、笑いかける年配の兵。

「よし、だいぶ落ち着いたようだな」

 新兵の顔はぎこちないが、顔色が少しは良くなった様だ。

「す、少し、お腹が空きました」

「お、それなら、これを食え」

 年配の兵は、自分が食べていた堅餅を新兵に手渡した。



「え、これ、食べかけではないですか?」

「お、なんだ、儂の食っていたものは嫌か?」

 新兵は、苦笑いをしながら、言い難そうに答える。

「い、嫌じゃありませんが、できれば食べかけじゃない方が……」

「あっはっは。それって、嫌ってことだろ。つべこべ言わずに食え食え」

 笑い合う二人。



 新兵は、苦笑いのまま、年配の兵から貰った歯型付きの堅餅を口に入れた。

「もうすぐ始まるぞ。もう大丈夫だな?」

「はい」

 新兵は、力強く答えた。

 今は、寅の刻。

 いよいよ攻城戦が始まる。

 




 九鬼家陣営。



 第二鬼団長の左近の前に整列する朱百足隊。

 今は、朱百足隊も人数が増え、以前の倍の六百人となっている。

 左近は、朱百足隊の隊長である柳生厳勝に向かって声を掛けた。

「朱百足隊は前方に展開して、まずは、城から飛んでくる矢から味方の兵を守ってくれ。その後は、儂の指示通り、動くこと。この作戦は、お前達にかかっている。厳勝、頼むぞ」

「応!」

 ナマハゲ顔の厳勝が、黒色の鉄面を付けると、拳を振り上げて答える。



 厳勝の両隣にいる、副隊長の柳生久斎と吉田兼宗も同じく、黒色の鉄面を付けて頷く。



 朱百足隊は、藁を縛り纏めた藁束も用意されていた。

 藁束の芯の部分には、城の周辺に生えていた竹を使用している。

 防御力を高めるためだ。

 延焼対策として、藁を十分に湿らせてから束にしているため、相当の重さになるが、鍛えられた朱百足隊にとっては、問題なく動ける重さだ。



「よし、藁束を構えて前進!」

 厳勝が号令をかけると、昆虫のような光沢のある鎧を着た朱百足隊は、藁束を両手で持ち上げながら、ゾゾゾと一糸乱れぬ動きで城めがけて進んでいく。



 その動きを眺めながら、左近が、勘左衛門に声をかける。

「よし、次は、勘左衛門の出番だ。土嚢を担いだ兵たちを長蛇の陣形にして進んでくれ」

「ははっ!」



 隊がほぼ縦一列になり、朱百足隊の後ろを、長い列を作って蛇のように進んでいく。



 城兵が、こちらに気付いたのか、怒号が左近のいる所まで聞こえてきた。

 先頭を走る朱百足隊が城に近付くにつれて、城から矢が次々と飛んでくる。

 飛距離を伸ばすため山なりに放たれた矢が次々と朱百足隊に降り注ぐが、藁束を掲げ、止まることなく、障子堀まで突き進む。



 その様子を眺めながら、左近は、ホッとした声で呟いた。

「火縄銃の数は少ないようだな」

 弓矢より貫通力の高い火縄銃の発射音は、片手で数えるぐらいしか聞こえない。

 これなら、突撃する朱百足隊の被害は少ないだろう。



 障子堀のところまで進むと、朱百足隊は後ろの兵たちを守るように横に並んだ。

 そこに、土嚢を担いだ兵たちが到着する。

「今だ。土嚢を障子堀に放り投げろ!」

 城から殺到する矢をものともせずに、勘左衛門は命令を下した。



 兵達は、手に持っている土嚢を次々に堀に投げ入れる。

 追加の土嚢は、縦列に並んだ兵たちが、バケツリレーの要領で、手送りで前へ前へと運ばれる。



 敵も堀を埋められまいと必死だ。

 今度は、藁束を燃やさんと、次々と火矢が放たれた。

 湿らせた藁束は、簡単には燃えないが、藁が焦げた臭いが辺りを包んだ。



「ゴホッゴホッ」

 焦げた臭いに咳き込み、土と汗に塗れながら、土嚢を堀に放り投げる兵たち。

 この中には、緊張して食が進まなかった、あの新兵もいた。

 新兵は、矢に怯むことなく、率先して土嚢を運んでいる。



「はぁはぁ。よーし。一つ目の堀は埋まった。次の堀に行くぞ! 先頭の兵は、後ろの兵と交代しろ!」

 疲労困憊な兵たちを叱咤激励する勘左衛門。



 作業はひたすらに続き、開始してから二刻あまりで、長蛇の陣形で進行する範囲の堀が全て埋まった。



 左近がいるところに、勘左衛門から送られた伝令が走ってきた。

「左近様、進行する範囲の堀は全て埋められました!」

 伝令に大きく頷く左近。

「次は、急峻な高土塁の対応だな。梯子は無事に運べたか?」

「はっ。堀が埋められたことで、易々と高土塁のところまで運べました」



 伝令と話すうちに、微かに金属がぶつかる音が聞こえてくる。

 朱百足隊が梯子を使って高土塁を登り、内部に侵入したらしい。

「忍びが守る城だ。何があるか分からん。まずは朱百足隊に任せるんだ」

「ははっ」



 左近は、後ろに控えている柳生宗厳に向かって声をかけた。

「宗厳。半刻後に儂も兵を率いて攻め込む。そのあとの軍の指揮は任せた」

「はっ。お任せを」

 左近は、その目に強い光を宿しながら、絶え間なく怒号や金属音が響く城を眺め続けた。





「「シャァァァァ!」」

 高土塁を越えた朱百足隊の前に、背中の忍刀の鞘を払った伊賀忍が殺到する。

 その素早い動きから、相当の手練れ達だと分かる。

「ぞやぁぁぁ!!」

 隊長である柳生厳勝が、戦場の熱気が乗り移ったような興奮した声で、猛々しく声を上げながら、太刀を抜いてその伊賀忍の群れの中に突っ込んでいった。



「やあぁぁぁ!」

 厳勝は、敵の放った一撃を躱すと、その敵の懐へと入る。

 そのまま、その胴を一刀にて両断する。

 骨を断つ硬い手応え。

「ぐぎゃ」

 悲鳴を上げ、血を吹き出しながら崩れ落ちる伊賀忍。



「今だ、囲めっ!」

 味方が死んでも顔色も変えずに四人の伊賀忍が厳勝を囲んだ。



「「くたばれぇぃっ!!」」

 四人の伊賀忍は、それぞれ、厳勝の着る鎧の隙間を狙って、熟練の技を放つ。

 一人は厳勝の背中から首筋を狙った一撃、もう一人は、厳勝の真正面から喉を狙った突き。

 残りの二人は、厳勝の左右から、脇を狙った逆袈裟懸け。

 同時に放たれた四人の攻撃に対して、厳勝は片足を軸に独楽のように回転して、渾身の力で一閃を放った。



 バシュッ!

 厳勝の刀は、四人の首をまとめて刎ね飛ばした。

 首が無くなった四人の伊賀忍の身体が同時に崩れるように倒れる。



「アッハッハァァ!」

 厳勝は、左近の馬鹿笑いに似た掛け声を上げながら、後続の伊賀忍の群れに向かって突っ込んでいった。



 副隊長の吉田兼宗も朱百足隊の先頭に立ち、奮闘している。

「…………」

 兼宗は、無言なまま、鍛錬を積んだ綺麗な太刀筋で、次々と伊賀忍を斬り捨てていく。



「くらえぇ!」

 骨ばった伊賀忍が、怒りの表情で、兼宗に向かって、三寸ほどの菱形手裏剣を次々と放った。

 弧を描きながら、四方八方から、兼宗の急所目掛けて正確無比に飛んでくる菱形手裏剣。

 歳月をかけて、身に着けたに違いない技だ。



 避けられないと思った兼宗は、左腕を盾代わりに使って、手裏剣を受け止めると、骨ばった伊賀忍の眉間目掛けて、右腕で突きを放った。

 驚愕に目を見開いたまま、頭を貫かれる伊賀忍。

 兼宗の左腕には手裏剣がいくつか刺さり、地面に血が滴る。



 敵の頭に刺さった刀を右腕だけで抜こうとして、無防備になった兼宗に向かって、伊賀忍が殺到する。

「兼宗殿、危ない!」

 そんな兼宗を助けるために、柳生久斎が兼宗と伊賀忍の間に立ちはだかった。

「やああぁ!」

 いつもの、のんびりとした温厚な久斎の声と異なり、気迫の篭もったか掛け声と共に、居合の技で刀を抜き放った。

 その刃は、伊賀忍の一人の首を跳ね飛ばす。

 そのまま久斎は、刀を摺り上げると、もう一人の胸を斬り裂く。



 続いて、大柄の伊賀忍が久斎に向かって攻撃を仕掛けるが、咄嗟に身を翻して、間一髪、躱す。



「ぐぎゃ!」

 いきなり、その大柄の伊賀忍から悲鳴が上がった。

 兼宗が、その忍の背中を斬り裂いていた。

「………………」

 兼宗は、久斎に向かって、無言のまま、左腕を上げてお礼を伝える。

 その腕からは血がポタポタと垂れていた。

 それを見た久斎は、慌てた声で応える。 

「兼宗殿、お礼はいいですから、は、早く手当をっ」

 兼宗は首を横に振ると、右腕一本で刀を構えたまま、敵に向かって突っこんでいった。

「あ、もう、兼宗殿、待ってくださいよ!」 

 久斎も兼宗を追いかけて、敵に向かって奔っていった。



………………



 高土塁の上では伊賀忍と朱百足隊との死闘が続いていた。

 伊賀忍の死体が辺り一面に倒れ、血だまりの中で顔を埋めている。

 激戦の中、朱百足隊にも被害が出て、倒れている味方の死体も多数ある。



 ドーンドーン!

 朱百足隊の一部が、城の門を破るために、門を叩く破城槌の音が響き渡る。 



 厳勝は、相変わらず、伊賀忍の群れに突っ込み、次々と斬り捨てていたが、バリバリという門が破れる音が聞こえてきた。



「よーし! 城内に侵入するんだ。気を付けろよ!」

 厳勝は、大声で、門を破った兵達に城内への侵入を指示した。



………………



 城内の薄暗い廊下を進むと、足もとに縄を張った罠に足を取られる朱百足隊の兵。

 カチリという音と共に、天井から矢の嵐。

「ぐっ」

 完全防備の朱百足隊ではあるが、頭上からの矢を受けて倒れる者が複数出た。

 肩や二の腕に矢尻が食い込み、兵たちが悪態を吐くが、致命傷になった者はいない。



「くそっ。やはり、城内に罠が張られているな……」

「藁束とこの鎧があれば、そうそう致命傷にはならん。進め進めー!」

 ……短期間で城を落とすために、朱百足隊が担う大きな役目は、鎧の防御力を活かし、罠を強引に突破していくことである。



「ここにも縄があるぞ。触れるな!」

「ぐっ。今度は横から矢が飛んできたぞ」

「お前、簡単に罠にかかるな!」

「床が剣山になっているぞ! 藁束を置いて、足場を確保しろ!」

 


 朱百足隊の兵たちが、罠に悪戦苦闘しながらも、奥へ奥へと進んでいった……。

次回も柏原城攻略を進めます!


それで『うんうん面白かったぜ!』と思った方は、拙作にブックマークと★★★★★の応援をドスンと頂けると、とっても嬉しく、励みになります!


引き続き、戦国クッキーをよろしくお願い致します。

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待ってたよー!
更新、待ってましたよ! 今回もホームラン級に面白かった!
伊賀攻略なら、服部半蔵保長の子孫の千賀地氏は、こちら側に迎え入れたいですね。 そうなると、服部半蔵保長の子の服部半蔵正成がいる松平との連携も取れる様になるし、信長の伊賀攻めで、本来松平の家臣になる伊賀…
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