第一一話 石鹸の日本デビュー ~内政結果~
▽一五六五年四月、澄隆(十歳)田城城
日本に初めて石鹸が入ってきたのは、この戦国時代。
この頃の石鹸は大変な貴重品で、手にすることのできたのは、限られた人たちだけだった。
それで、なんと、この時代では石鹸は、洗浄剤というよりは、下剤などの薬用に使われていた。
お腹、壊さないのかな。
壊すから下剤なのか。
石鹸を持ち込んだのは、南蛮交易で繋がっていたポルトガルの船だ。
ポルトガルでは石鹸のことをシャボンと言うらしい。
俺は、高値で売れそうな石鹸も作ることにした。
◇思い出澄隆(五歳の頃……)
「宗政、洗濯には何を使っているんだっけ?」
「え、えーと、主に、ムクロジの実です」
ムクロジの実を宗政に持ってきてもらった。皮は硬く、羽子板の玉みたいだ。
ただ、水に入れてかき混ぜると、泡が出る。
これで洗うと、石鹸ほどではないが、汚れが落とせるようだ。
でも、正直、洗濯には良いが、ヌルヌルしていてサッパリはしない。
「宗政! 隆佐殿の所に行って、牛脂を買ってきてくれ」
「は、はい、牛脂ですか……どのくらい必要ですか?」
「いくらでも良いぞ。あるだけ買ってきてくれ」
「は、はあ……」
宗政は、不思議そうに唸った。
…………………
宗政は、堺まで買い出しに出掛け、牛脂が入った大量の樽を伴って戻ってきた。
ちょうど、冬になる前に、家畜を絞める時期だったらしく、大量の牛脂が手に入った。
今までは、捨てていた物で、二束三文で買えたらしい。
買った牛脂は、光俊がいる村に届けた。
俺は早速、光俊に石鹸の材料作りをお願いする。
「光俊、牛脂を温め、溶けたら同量の海水を混ぜて、四半刻ほど、煮詰め、そのまま冷やして、表面に浮いた油脂を集めてくれ」
「ははっ!」
光俊達は、牛脂を薬として扱ったことがあるらしく、鼻と口を厚手の布で覆い、手慣れた感じで、煮詰めていく。
俺も見様見真似で、鼻と口を布で覆う。
グツグツと煮込まれる牛脂。
白い煙が浮かび上がる。
その時、俺は、興味から鼻から布を外して、クンクンとその臭いを嗅いでみた。
「みぎゃっ!?」
突然、鼻の奥で信じられない臭さが爆発した。
「鼻がぁぁあ! 鼻がぁぁあああ!」
俺は、大声で叫びながら、鼻を押さえて転げまわる。
うかつに臭いを嗅ぐんじゃなかった……。
心からそう思った
トンコツラーメンを数百倍臭くした臭いだ。
トンコツラーメンは好きだったが、これは無理だ。
俺が臭い臭いと叫ぶと、光俊が慌てて俺に声を掛けてきた。
「澄隆様っ! だ、大丈夫ですか!?」
俺は、臭さで涙声になりながらも心配ないと頷く。
「み、光俊。大丈夫だ。光俊達は気にせず、作業を続けてくれ」
俺は、息も絶え絶えに、厚手の布をしっかりと顔に巻き付けると、次の作業を指示する。
「き、木の灰を使って、カリウムを集めてくれ」
「カリウム……ですか? どのように集めるのですか?」
俺は、作業場にある道具から、良さそうなものを見繕って実践してみる。
桶の底に藁、木、石を何層にも積み重ねて、底には穴を開ける。
桶の上に灰を被せて、水を少しずつ掛けて、桶の底から流れてきた水酸化カリウム水溶液を溜めた。
これで、石鹸作りに必要な物は揃った。
「よし! 光俊、石鹸を作ろう」
光俊に、石鹸のレシピを伝える。
大きい鍋に、水酸化カリウムと油脂を入れ、刺激が強いので、絶対に手に触れないように注意して、沸騰させる。
鍋をかき混ぜる際、目や皮膚に飛んで付着しないように、かき混ぜ棒は長い物を用意させた。
四刻ぐらい、沸騰させることで、だんだんと固くなり、泡が立ち始めた頃に火を落とす。
冷めたら出来上がりだ。
現代の固形石鹸のように、固まってはおらず、今で言う液体石鹸だな。
………………
早速、これで頭や身体を洗ってみた。
「ラーメン臭くて、気持ち悪い……」
俺自身が、トンコツラーメンの臭いになった。
これはいかん。
俺が異臭のもとになってしまう。
「光俊! この臭い、改良できるか?」
「澄隆様……香りの良い薬草を入れてみましょうか?」
「そうだな……試してみてくれ」
芳香剤代わりに、薬草を入れた石鹸を色々、試してもらった。
光俊達の試行錯誤の結果、色は少し緑色になったが、ラーメン臭のしない石鹸ができた。
さすが、光俊。
◇今の十歳澄隆……
液体石鹸のため、大きめの貝殻に入れて、これも宗政が堺に売ったら、大ヒット!
予想以上に売れている。
石鹸で身体を洗う爽快感にハマる者が続出して、品薄状態になるほどの人気商品になった。
俺も、定期的に石鹸で行水ができてサッパリするし、作って良かった。
ちなみに、液体石鹸の商品名は、澄み石鹸になった。
また、俺の字を使ったな。
何度も俺の字を使うのは、さすがに恥ずかしいぞ。
お読みいただき、ありがとうございます。