第一〇九話 二度目の謁見
まいどまいどの発言ですが…………更新遅くなりましたぁぁぁ!
▽一五七二年三月、澄隆(一七歳)鳥羽城
この時代、三月になっても寒さが厳しい。
京に向かうのに、俺の運が悪いのか、このところ特に寒い日が続き、道には雪が薄く積もっている。
今回の上洛では、俺は赤兎に乗って行くことにした。
赤兎に乗りながら、赤兎の首の辺りを優しく撫でると心地良さげに嘶く。
この寒さの中でも、赤兎はあまり気にしていないようだ。
軽く馬腹を蹴ると、それに合わせたように、軽快な足取りで進んでいく。
俺の周りには、前回と同様、護衛として二百名ほどの兵がいる。
同行する主な家臣は、近郷、宗政、影武者の光太、公家担当の吉継と小原冷泉だ。
あとは、小姓達は全員連れてきた。
乗馬しているのは、俺を含めて十数人。
残りの者は、徒歩で同行している。
護衛の霖や野薔薇隊も、いつもの侍女姿ではなく、面を付けた忍者姿で俺の隣を歩いている。
そして、今回も献上物として、志摩国の特産物と、金子五百貫を用意したが、それらは、二頭の馬にくくり付けて運ばせているため、行軍速度は前回よりも早い。
道中、風魔一族が周辺を警護したおかげもあってか、特に何事も起きずに、京の都に入ることができた。
前回、京に着いた時は、古寺や趣のある屋敷などに感動して、周りを見る余裕がなかった。
二度目の京の都を注意深く眺めてみる。
戦乱が続いたせいか、浮浪者も多く、行き交う商人達の数は、それほど多くはない……。
むしろ、発展した鳥羽港のほうが賑わっている気がする。
目的地の二条城が見えてきたら、下馬して歩くことにする。
二条城は、相変わらず、金箔を貼り付けた屋根が太陽の下でキラキラと輝き、見た者を感嘆とさせる美しさだ。
それで今回も二条城に入ると、一色藤長が笑顔で出迎えてくれた。
俺は、今回も青い鎧を着た完全防備だが、予想をしていたのか、特に驚いた顔はしていない。
「わざわざ、お出迎え頂き、ありがとうござります」
俺は、藤長に深々と頭を下げる。
「澄隆殿、よくいらした。さっ、こちらへ」
「はい」
俺たちは、二条城の来客用の部屋に案内された。
俺が正装に着替え終わり、半刻ほど待つと、老臣が俺を迎えにきた。
「お待たせ致しました。わたくしめがご案内致します」
前回は尊大な雰囲気の若い近習だったのに、今回は穏やかそうな老臣だ。
この老臣に、義昭との謁見を俺一人でするのかを確認すると、特に指示はなかったとのこと。
前回の塩対応とは、えらい違いだな。
それなら、主だった家臣は全員、連れて行くか。
特に、小姓達には良い経験になるだろう。
▽
「どうもこうも、落ち着きませんな……」
二条城の廊下を歩きながら、近郷がぼそりと呟いた。
長い廊下廻りの襖には、金箔を施した壮麗な絵が描かれ、天井には様々な彫刻が刻まれている。
まさに贅を凝らした将軍が住むのに相応しい豪華さである。
普通であれば、この荘厳な空気に触れれば、圧倒され、萎縮するものかもしれない。
だが、俺はあいにく、前世で様々な歴史建築物を見て、こういう雰囲気には慣れている。
感動はするが、萎縮することはない。
「おい、足を止めるな。行くぞ」
緊張した面もちで、周りを見ている近郷達に、俺は、急ぐよう声を掛ける。
義昭のいる所まで、俺たちは列になって、ぞろぞろと歩いていく。
案内される途中で、可愛らしい女中たちとすれ違うが、俺を見ると、頬を急激に紅潮させて俯き、ササッと道を譲ってくれる。
前回、来た時も感じたが、さすが、将軍家の女中たちは、教育が行き届いているよな……。
避けた女中の中には、俺と目が合うと、『きゅう』と呟き、固まる者もいる。
鏡がないから分からないが、田舎くさくて驚いているのかな……。
俺は女中たちの邪魔をしたくなかったので、軽くお礼の頷きを返し、先を急いだ。
謁見の間の前に着くと、案内してくれた老臣が俺たちが座る場所を伝えてくる。
俺だけは、義昭に近い場所に座って良いそうだ。
近郷たちは、謁見の間の離れた場所に用意された、家臣が座る場所に案内される。
老臣が襖を開くと、前回と同じく目の前には荘厳な謁見の間が広がる。
初めて、義昭に謁見する近郷たちが、『うっ』と息を呑むのが分かる。
畳が敷かれた部屋の中を節目がちに進む。
俺は、指示された場所に座ると、臣下の礼をしっかり取り、平伏した。
義昭の隣にいるガマガエルのような男が声を上げる。
「志摩守、面を上げられよ」
俺は、義昭に直接目を合わせないように、顔を上げた。
目の前には、義昭のほか、その左右には、前回と同じ面々が控えている。
ただ、前回、俺を睨んでいた四角い顔の男だけがいなかった。
義昭は、満面の笑みのまま、声を出した。
「志摩守、久しぶりだなあ。会いたかったぞぉ!」
「ははっ。ご機嫌麗しゅう」
義昭は膝を打って笑顔になる。
「相変わらず、美丈夫よの!」
「はっ。恐れ入ります」
義昭は目を細めて、まずは俺が織田家と争ったことを聞いてきた。
「そうそう、織田家と戦ったそうだなぁ?」
ん?
織田家と争ったことを咎めているのか……。
「はい……。公方様のお味方と争うことになり、誠に申し訳ありません」
「いやいーや、謝ることはない」
義昭は、手をヒラヒラ左右に振りながら、なぜだか俺に笑顔を向ける。
俺は、頭を下げながら、頭を働かせる。
んん?
前世の史実では、今の段階だと義昭と織田家はそれなりに仲が良かったはず。
義昭からしたら、俺が織田家と争ったことに怒るところじゃないのか?
「織田家の方から攻め込んできたと聞いた。気にしなくていーい。そんなことより、また、領地を拡大したようだなぁ? 目出度い!」
今の言い方だと、既に、義昭は織田家を見限っているのか。
俺にとっては、良い傾向だが、正直、今後の対応に迷う。
言葉尻を変に捉えられないように気を付けよう。
「恐悦至極に存じます」
「うんうん。それで志摩守よ。此度も多くの献上物を持ってきたそうだなぁ。大義であーる。新たな官位を授けよう。喜べ。紀伊守だあ」
「ははっ」
俺は、深々と頭を下げる。
おお、紀伊守か。
確か、正六位下の官位だよな。
俺が紀伊国を支配したから、この官位にしたのだろうが、俺の予想よりも高い官位を貰った。
何か、狙いがあるのか……。
「それでな、紀伊守よ、頼みがあーる」
「何なりと……」
俺は、頭を下げながら頷く。
「紀伊守として、京の治安にも力を貸して欲しい。摂津国にいる三好三人衆を討ってくれないかあ?」
……なるほど、これが義昭の狙いか。
どうする?
足利幕府が滅亡するまでは、義昭の政治力は侮れない。
義昭に敵対視されて、九鬼家を攻めろなんて、周辺国に御内書を乱発されるなんてことになると面倒だ。
今の段階だと、義昭の機嫌を損ねないように、用心しておかないといけない。
この場では、従う選択肢しかないか……。
ただ、時間は欲しい。
「承知致しました。三好三人衆の討伐に取り組みまする。ただ……今は、織田家との戦の痛手を癒やしているところ……。討伐には、お時間を頂けると幸いでございます」
「うんうん。構わんぞお」
義昭は、俺の言葉に満足そうに頷くと、にこやかな顔で尋ねてきた。
「それで、紀伊守よ、聞きたいことがあーる。なんでも此度の合戦で、紀伊守は、古今無双な猛将に自ら一騎打ちを仕掛け、見事、その敵将を打ち倒したらしいではないかあ。その際、敵将に刀を投げつけ、喉をつらぬいたとも聞いたぞお……。すごいのう……」
「は……」
は、はい?
どこから、そんな情報が伝わったんだ?
俺は困惑しながら、受け答えをする。
おそらく、津田照算との一騎打ちの時の話だ。
確かにテンパって刀を投げたら、偶然、照算の喉に当たったが……。
なんで、『自ら一騎打ちを仕掛けた』なんて、そんな尾ひれがついてる?
俺は、困惑の表情のまま沈黙を守る。
義昭がまた嬉しそうに笑った。
「ふはは。己が武功など、多くは語らぬかぁ。奥ゆかしいのう」
いや、誤解だ。
俺は、そんな勇猛な戦闘狂ではない。
自分から率先して一騎打ちなんて仕掛けないぞ。
ただ、ここで、義昭に反論するのも野暮だろう。
俺は、黙って平伏した。
「お、そうだ。我が愛刀を授けよう。紀伊守よ。この刀で、益々の戦果を上げてくれい。では、三好三人衆の討伐、期待しておるぞお」
「ははっ」
俺は、再度、深々と平伏すると、退出した。
▽
義昭への謁見が無事に終わり、俺達は、控室に戻ってきた。
近郷が、疲れ切った声で呟いた。
「はぁ……疲れました。それで、澄隆様……心底驚きましたぞ。公方様に対して、あれほど親しく、お話をなされるなど、今でも信じられません」
そうか?
史実だと、もうすぐ京から追い出されるはずの傀儡の将軍だぞ。
まあ、信長がいない今の状況だと、これからどうなるか分からないが……。
小姓同士が俺の後ろで、興奮しながら騒いでいる。
「澄隆様は、やっぱりすげえ。天上人とあれ程、親しくお言葉を交わすなんて、信じられねえ……」
「オレなんて、まだ、膝が震えているよ……」
「ゆ、夢のような時間だった……」
「く、公方様の愛刀を拝領するなんて、す、凄いことだよな……」
俺は、絶賛する小姓達の言葉にむず痒くなって、騒いでいることを注意する。
「おいおい、城内で騒ぐな。長居をしないで帰るぞ」
「「「ははっ!!」」」
小姓達の俺を見る目が綺羅綺羅して眩しい。
鬼団を作ったばかりだし、やらなければならないことがてんこ盛りだ。
義昭に言われた三好三人衆の討伐にも取り組まなければならない。
早く帰ろう。
次から戦闘回が始まります。
お楽しみに!