第一〇話 虫くだし ~内政結果~
▽一五六五年四月、澄隆(十歳)田城城
あ、そうそう、虫くだしも作ったね。
この時代、寄生虫はつきものだった。
なんと、寄生虫の全人口罹患率は、驚異の九十パーセント!
機嫌が悪い時に使うことわざ、『虫の居所が悪い』という言葉も、この時代は冗談ではなく、本当に起きることだ。
寄生虫がいるせいで、成長の阻害にもなっている。
正直、寄生虫がお腹の中にいるなんて、前世の時代では考えられない。
ここは、死活問題として、虫くだしを作ることにした。
◇思い出澄隆(五歳の頃……)
「宗政、ヨモギを集めてきてくれ」
「は、はい? ヨモギですか?」
「そう! 今が旬だから大至急! 忍者達を貸すから」
「は、はぁ」
宗政に頼むと、すぐに探しに行ってくれた。
宗政は、どうも武者修行中に、野草を探して食べていたらしく、ヨモギが自生している場所にも詳しい。
ヨモギには、確か、サントニンという虫くだし成分が含有されていて、寄生虫を駆除する特効薬だったはずだ。
前世でも、地方によっては、子供に年に数回、ヨモギ汁を飲ませて、虫封じをする風習があったと記憶している。
俺は、ヨモギ汁は飲んだことはないけど、虫封じの風習が面白いと思って、前世で調べたことがある。
ヨモギには、ビタミンも多く含まれていて、成長にも最適な食材。
宗政がヨモギを見つけてきたら、まずは、ヨモギ汁を作ってみよう。
………………
「澄隆様、ありましたぞ」
宗政が一日かけて、たくさん探してきてくれた。
ありがとう。
いつも疲れている顔をしているな、宗政。
「よし! 早速、ヨモギ汁クッキングだ!」
台所に突入して、ヨモギを切ろうとすると、奈々が止めてきた。
「澄隆様っ。私に任せてくださいませ」
うん、まあ、当主がすることではないか。
奈々、任せた。
奈々が、俺と同じ武家の格好のまま、ヨモギを切り出した。
ふんすと意気込んで包丁を持つ奈々。
うん、凛々しい。
奈々、横から見ると、睫毛が長いのね。
その奈々だが、とんでもなく危なっかしくヨモギを切っている。
「奈々、だ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です! 私にお任せください!」
もちろん、お任せはするが、今にも手を切りそうだ。
俺がハラハラと心配そうに見ていると、奈々は何とか怪我なく全部のヨモギを切り終わり、顔を赤くしながら『で、できました!』と焦った声を出す。
奈々の刻んだヨモギを見ると、所々切れていない。
ヨモギがまるで、七夕のあみ飾りのようになっていた。
狙っても、こんな風には切れないぞ……。
俺が、あみ飾りを摘んで持ちながら、奈々を見ると、奈々の視線が四方八方に彷徨ってる。
奈々は障害物が何もない所でもよく転ぶし、不器用だとは思っていたけど、包丁を使うのも苦手だったんだな……。
奈々の知らない一面が見れて、なんだかホッコリする。
俺は一生懸命に切ってくれた奈々に心からありがとうと伝えると、奈々は耳まで真っ赤にしながら頷いた。
さあ、ヨモギ汁クッキングだ。
所々切れていないヨモギに水を加えて、丁寧に混ぜ、ヨモギ汁を作った。
まず、毒味を誰にしよう。
一番、頑丈そうな近郷にしようか。
「ちかさとー、体に良いお薬を作ったんだ。飲んで」
「あの澄隆様が拙者のことを気にかけてくれるなんて!」
感極まって、涙を浮かべながら飲んでくれた。
相変わらず、声が大きい。
それにしても『あの』ってなんだ。失礼だぞ。
だいぶ苦かったからか、近郷は顔をしかめていたが、飲めたようだ。
近郷に薬を飲ませ続けて、経過を見ていたが、問題なさそう。
大丈夫だと思って、俺も飲んでみたが、俺はお腹を壊した。
ううう、お腹痛い……。
解せぬ……。
ゴリラみたいな近郷じゃなく、宗政で試せば良かった。
ただ、飲んだ効果は適面。
虫くだしができて、俺のお腹が軽くなった。
栄養も寄生虫に取られなくなったし、これで、成長に繋がれば良いけど。
もちろん、俺だけ飲むのは悪いので、お腹を壊す可能性があることを伝えた上で、奈々や家臣達にも配った。
食事の後にでも、薄めて飲んでね。
………………
続いては、ヨモギエキス作りにも挑戦。
ヨモギ汁だと日持ちがしないし、ヨモギはずっと採れる訳ではないので、保存できるヨモギエキスを作ることにした。
これは、薬の専門家がいる多羅尾一族にお願いして作ってもらうことにした。
水とほぼ同量のヨモギの生葉を土鍋で水から煮込んで、布でこす。
ヨモギ以外にも、甘草や、フキノトウ、ウド等の薬用にも使える野菜を何十種類も集めて、ヨモギに混ぜ、何度か煮込んではこす工程を繰り返し、ドロッとした緑色のエキスを作ってもらった。
俺は、多羅尾一族に、できるだけたくさん作っておいてと指示を出したら、一族総出で、とんでもない量を作ってしまった。
まだ、味が悪く、売れそうもないので、領民に無償で、片っ端からヨモギエキスを渡していった。
そうすると、老若男女、みんなお腹スッキリ。
特に、子供達には効果覿面で、領内の死亡率が目に見えて減った。
どうも、寄生虫が子供の病原への抵抗力を弱めていたみたいだ。
それで、無償で渡したことが、この時代では、普通では有り得ない行為だったようで、領民からは、会うたびに感謝されるようになった。
たくさん作って余ったから配っただけだよ。
領民からは、『何でこんな施しをして頂けるのですか』と聞かれたが、『余っただけ』と答えると怒られそうなので、『領民も自分の一部だ。作った物は領民にも還元しないとな』と言い訳をしておいた。
俺は、お人好しなだけの取り柄が何もない男だけど、それ以降、俺に会うと、手を合わせて拝む老人もいる。
ええええ……。
ここまでの称賛を受けるのは人生初めての経験だ。
正直なところ、こんなに称賛されることではないとは思ったが、後で思い返せば、戦国時代と現代とでは価値観が全然違うのだ。
当主自ら領民に無償で施しを与えることは、珍しい行為なのだろう。
予想外の称賛に、何だか背中がムズムズする。
何かやっちゃった感がするし、落ち着かないぞ。
味が悪くても、領民たちは皆、問題なく飲むことが分かったので、領民に配った残りを、九鬼家の特産の薬として、堺に売り出すことにした。
ブランド名は、薬を飲むと、お腹の虫がいなくなって、お腹が澄むことから、『澄み薬』と名付けられた。
また、俺の名前から一字取ったね。まあ、良いけど。
◇今の十歳澄隆……
澄み薬も、澄み酒と同じく、宗政が堺に売ってみたが、好評で売れている。
前世では信じられないことだが、この時代では食べる料理に寄生虫がいつでもどこでも入っているので、俺も定期的に飲めて、大満足。
寄生虫がお腹にいなくなって、俺も順調に成長している。
このまま成長すれば、この時代の平均身長である五尺ニ寸ぐらいは軽くこえそうだ。
それに肌や髪もツヤツヤ。
澄み薬を作って良かったな。
そうそう、この澄み薬、胃薬にもなるみたいだから、宗政もいっぱい飲んでほしい。
お読みいただき、ありがとうございます!
次回は、『シャボン』を作ります。