第一〇一話 鬼団長
今回は、九鬼家の軍拡を開始します!
▽一五七一年十一月、澄隆(一六歳)鳥羽城
織田家の侵攻を防いでから数日後。
落ち着きを取り戻したところで、鳥羽城で評定を開いた。
俺は、評定部屋の上座から、集まった家臣たちの顔を見回す。
激戦が続いたからか、傷を負った家臣が多い。
こんなになるまで九鬼家のために働いてくれた皆には、感謝しかない。
「……こほん。これより、評定を行う」
俺は咳払いを一つして、評定の開催を宣言した。
まず、戦死した家臣に報いるため、今回も遺族に手当て金を出すこと、遺族の中に仕官したい者がいれば優先的に召し抱えることを伝える。
家臣たちは、皆、ホッとした顔で頷いている。
今回の戦では、多くの者たちが亡くなった。
遺族への手当て金も、相当な金額になると思うが、俺は皆の働きに報いるために、出来る限りのことはしてあげるつもりだ。
続いては、論功行賞だ。
今回の勲功第一位は、織田家の猛攻を耐え忍んだ大河内城の城主、渡辺勘兵衛にした。
「勘兵衛っ! 前に出てきてくれ」
「おおっ!」
勘兵衛が堂々たる態度で、俺の前に歩いてきた。
身体中、包帯だらけで痛々しい。
改めて、こんなになるまで、よく頑張ってくれたな。
俺は、近習から銭が入った大きな麻袋を受け取ると、勘兵衛にドスンと手渡した。
麻袋の中身は、五百貫の銭だ。
今回、勘兵衛に渡す褒美のボーナスをいくらにするか、相当悩んだ。
以前、左近に渡した臨時ボーナスが五百貫だった。
勘兵衛の勲功は、左近並みだと家臣たちに示すためにも、今回、勘兵衛に渡すボーナスは、五百貫にすることにした。
勘兵衛は、ぎっしりと銭が詰まった麻袋の大きさと重さに驚いているようだ。
俺が感謝を伝えると、勘兵衛は『おおっ!』と言いながら、顔を赤らめて頷く。
勘兵衛って、俺が声を掛けるだけで嬉しそうにするよな……。
それと、勘兵衛といっしょに大河内城を守った世鬼一族にも十分な金額の銭、澄み酒を渡した。
小男の世鬼政矩などは、莫大な報奨に『キヒヒッ』と言いながら、小躍りして喜んでいる。
この時代、忍者の地位は低い。
ここまでの報奨は、初めての経験なのだろう。
俺は、氏素性に関係なく、評価に則した褒美を渡すぞ。
これからも頑張ってくれ。
この後、戦で活躍した重秀や雑賀衆、他の味方にも、気前良く褒美を銭で渡していく。
次に、近隣の状況についてだ。
光俊から報告をしてもらう。
「光俊、織田家の動きはどうなっている?」
「はっ。織田家は、本願寺との戦で苦戦している中、我々にも負けたことで、家中がさらに混乱している様子。立て直しには相当の時間がかかると思われます」
今の織田家の国力は三百万石以上。
それに対して、現在の九鬼家の領地は、従属している雑賀衆の領地を入れても八十万石。
九鬼家もだいぶ大所帯にはなったが、まだ、織田家と四倍ぐらいの差がある。
それに、伊賀国の伊賀忍者たちも明確に敵に回った。
このまま織田家と普通に戦ったら、勝ち目はない。
織田家が混乱しているうちに、九鬼家の勢力を広げ、戦力差を縮めよう。
「光俊、引き続き、近隣の状況を詳しく調べてくれ」
「ははっ。すぐに手配します」
いつも、光俊の返事は良いな。
近郷、光俊を見習ってくれ。
さあ、これからは、悪巧みの時間だ。
忙しくなるぞ。
………………
俺は論功行賞のあと、近郷と宗政の他、四人の人物を禁秘ノ部屋に内々に呼んだ。
その四人とは、光隆、左近、勘兵衛、重秀だ。
俺は、禁秘ノ部屋の中央に座り、集まった面々を一人ずつ眺める。
左近は、相変わらず歌舞伎役者みたいで男前だ。
勘兵衛は、包帯が身体中に巻かれていて痛々しいが、髪が一束、額にかかり、切れ長の目がカッコいい。
重秀は、色気が凄い。本当に女みたいだ。
「急に呼び出したのは他でもない。この度、俺は鬼団長というものを新たに作ろうと思う。それで、皆に事前に集まってもらった」
「!? え、ええと、鬼団長とは何ですかな?」
近郷が首を傾げて、聞き返してきた。
ここで、出した鬼団長という言葉。
誰にも言っていない言葉だから、その疑問はもっともだ。
俺は、準備していた紙を広げる。
そこには、以下のことが書かれている。
『第一鬼団長 九鬼澄隆(鬼団長代理:九鬼光隆 鬼団長補佐:九木浦近郷、田中宗政)』
『第二鬼団長 島左近』
『第三鬼団長 渡辺勘兵衛』
『第四鬼団長 鈴木重秀』
「澄隆様、こ、これは?」
近郷が、目を見開き、俺に問い掛けてきた。
皆の視線が俺に集まる。
俺は、一呼吸置いてから、話し出した。
「九鬼家の周りは強大な敵だらけだ。生き残る道は一つしかない。戦って勢力を拡大する。出来なければ九鬼家は滅びるだろう」
皆、一言も喋らない。
同じことを考えていたのだろう。
近郷の息を吐く音が聞こえた。
はーはーうるさい。
「そこでだ。九鬼家は、鬼団というものを新たに設ける。各鬼団には、軍を維持するための大量の銭と、現場の裁量権をある程度渡そう。ただし、俺が指示したことは必ず従ってもらう。勝手に戦線を拡大するのも無しだ。九鬼家の方針に沿って行動することを原則とする」
いきなりの話で、皆、理解が追いついていない顔をしている。
俺の考えを詳しく話した。
「まず、『第一鬼団』は、俺直属の軍だ。俺が直接指揮を執るが、俺の代理として光隆叔父、俺の補佐として近郷と宗政を置く」
「次に、『第二鬼団』は、左近が率いる軍だ。九鬼家の矛と盾のうち、矛に当たる軍になる。俺の代わりに敵領内への侵攻を主に行ってもらう予定だ」
「続いて、『第三鬼団』は、勘兵衛が率いる。これまでと同様、大河内城で守りを固めてもらうぞ。九鬼家の盾に当たる軍だな」
「最後に、『第四鬼団』は、重秀が率いる。従属している雑賀衆もこの軍に入ってもらう。九鬼家の遊軍として、侵攻や守りなど臨機応変に動いてもらうぞ」
この『鬼団』だが、鬼団長はあくまで現場責任者であり、決定権は俺が持つ。
その現場責任者に、左近、勘兵衛、重秀を抜擢する。
各鬼団には、鬼団長の配下として家臣たちを配置するが、その家臣たちの上役は俺だ。
家臣たちは、各鬼団に与力として付けられているような形にする。
左近、勘兵衛、重秀のことは、信頼しているが、人の心はうつろいやすい。
前世で痛い目に遭ったからか、俺は、心の底から人を信用することができない。
鬼団長の裏切りを想定して、鬼団長直属の配下は増やさず、家臣たちにはずっと俺の部下でいてもらうし、どの鬼団にも報告兼監視役として、多羅尾一族と風魔一族に入ってもらう。
そして、従属している雑賀衆などへの指示も俺がする。
ただ、俺から独立はしている訳だから、鬼団内の運営は全て俺の管轄外だ。
近郷が、ムムムと腕を組んで唸り始める。
ゴクリと唾を飲み込みながら、絞り出すように声を出した。
「澄隆様、な、なんで、いきなり、鬼団長というものを置くのですかな?」
俺は近郷に頷くと、部屋にいる全員を見ながら話し続ける。
「九鬼家の領地が広がり、今後は、多方面での戦いを強いられる。これまでは、俺が中心になって軍を動かしていたが、今は左近、勘兵衛、重秀という軍を率いることができる優秀な将がいる」
俺の言葉に、左近は堂々と頷き、勘兵衛は顔を赤らめ、重秀は笑顔を返す。
「そんな訳で、お前たちには軍を預ける。九鬼家の方針に沿って、自らの裁量で戦い、勢力を拡大していってくれ」
皆が納得した顔をして頷く。
俺は、具体的な編成についても話すことにした。
「鬼団を作ることで、軍も再編するぞ。常備兵は、新たに募って、総数二万五千人にする。第一鬼団には五千、第二鬼団には一万二千、第三鬼団には三千、第四鬼団には五千をまわそう。矛となる軍に兵を重点的にまわすのは理解してくれ」
二万五千人という数字を聞いて、全員が息を飲んだ。
「す、澄隆様! 九鬼家は大きくなったと言っても、常備兵を二万五千人に増やすのは、む、無理をし過ぎではないですかな!?」
近郷が、相変わらず、急激な兵数増に不安だと言ってきた。
俺は、近郷に頷く。
「近郷、心配は分かるが、九鬼家は石高以外にも収入源がたくさんある。それに、これからは発展した鳥羽港からの莫大な運上金も期待できる。常備兵への給金は問題ない」
常備兵は、銭がかかる。
確かに、二万五千という兵数は、これまでの倍以上だが、ここは必要経費と割り切って、兵を増やす。
「今後は、常備兵の公募と、軍の再編を大至急行うぞ。左近と重秀は、いつ戦を開始しても良いように準備を進めてくれ」
「「「ははっ」」」
俺は、皆を見ながら、満足そうに頷いた。
――――――鬼団data――――――
【第一鬼団:兵数五千人】
鬼団長:九鬼澄隆
代理:九鬼光隆
補佐:九木浦近郷、田中宗政
団員:未定
※内政担当や小姓等は、原則全員、第一鬼団に所属
―――――――――――――――――
【第二鬼団:兵数一万二千人】
鬼団長:島左近
補佐:未定
団員:未定
―――――――――――――――――
【第三鬼団:兵数三千人】
鬼団長:渡辺勘兵衛
補佐:未定
団員:未定
―――――――――――――――――
【第四鬼団:兵数五千人】
鬼団長:鈴木重秀
補佐:未定
団員:未定
―――――――――――――――――
次回は、織田家視点になります!