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時間は瞬く間に経過して、夜。
私達は城へ出向き平原で起きた事の顛末を報告すると、ヘスティア孤児院にてみんなの様子見がてら統率者と合流。
そこから私の家へとやって来た。
本当はノエルも来たがったのだが、同じ顔の人物が二人もいると非常にややこしいことになりそうだからとセドリックが説得――もとい王太子命令で同行を不許可。
後できちんと説明することを約束して、他の仲間と共にノエルは城に残り事後処理をしてもらうことになった。
未だにノエルと顔を合わせることが気まずかった私は、セドリックが断ってくれてほんの少しだけホッとした。正直、こんな状況でどんな顔をすれば良いのか分からなかったから。
今は一先ず統率者の問題に集中したかったし。
そんなわけで、危うく失いかけた(ここ重要)旧友との親睦を免罪符に外出許可をもぎ取った王太子と王太子妃に怖いものはない。
時間はたっぷりとある。
二人の護衛騎士達が買って来てくれた料理で軽くお腹を満たした私達は、食後のお茶を手に改めて顔を突き合わせていた。
「それじゃ、みんな落ち着いた事だし……話してもらえるかい? ノエル」
「……ああ」
セドリックの言葉に頷いて、それまで無言を貫き通していた統率者はお茶を一口飲んでから話し始めた。
「……君達は、『並行世界』『並行時空』、あるいは『パラレルワールド』と呼ばれる概念を知っているか?」
「っ!」
「パレ、パラル……なに?」
「いや、聞いた事がないな」
ノエルの言葉に息を飲んだ私とは対照的に、セドリックとリリィは首を傾げる。
それも当然だ。前世ではよく耳にしていたその概念も、残念ながらこの世界にはまだ存在しない。
前世の記憶がある私は当然知っているものの、正直、あってもなくても困らないからわざわざ広めようとは思わなかったのだ。
だから、いずれこの世界の誰かがその可能性に到達するとすれば、それはきっとノエルのような人だと思っていたけれど……まさか、本当に?
「これらは総じて『ある時点から分岐して併存する世界』の事を指す。簡単に言えば、これまでにあった選択肢の数だけ世界が存在するという事だ」
「えぇと……???」
「例えば、卒業パーティーのあの日。リリィにはセドリック以外にもパートナー候補がいたでしょう? ノエル、アーク、ザシャ、ハロルド、ディーノ――もし彼らを選んでいたら? もし、あの時ああしていたら、こうしていたら……そんな世界が無数に存在するってこと」
「えっ、あ!? なるほど!?」
「セレナ? 怖い例え止めて欲しいな?」
ニコニコと微笑むセドリックの笑顔が黒くて怖い。
リリィに分かり易く説明したかっただけで、わざとじゃないのよ? だってここ、乙女ゲームの世界だし、その例えが一番分かりやすいかなって。ごめんなさい、とっさに他の例えが思いつかなかったんです。
「僕はその『並行世界』から来たノエル・フォーレだ。だから、今この世界にはノエル・フォーレが二人居る」
そう言われて漸く腑に落ちた。
どちらが本物で偽物なのかとか、そんな話じゃない。どちらも確かにノエルなのだ。
前世の記憶があって、まるで理の異なる世界が存在することを知っている身ではあるけれど。並行世界が実在して、しかも人の行き来が出来るという事実に驚きを禁じ得ない。
やっぱりここは前世と比べてファンタジーな世界なのだなぁと、改めて思う。
しかし、そうなると気になることがある。
「この世界に、ノエルが二人……。あの、それって大丈夫なの?」
「ああ、そこは問題ない。これまでに何度も世界の移動を繰り返してきたけれど、特に支障はなかった。どちらかが死ぬとか、世界に異常をきたすとか、そんな事は起きないから安心して欲しい」
「そうか、なら良かった」
目下の懸念事項が払拭されて、私達は一先ず安堵した。
とは言え、彼の言うことを鵜呑みには出来ないし、してはいけない――と思う。だって、良からぬ考えを捨てていないとは限らないでしょう? この世界のノエルならそもそも、魔物の大群を率いて人々を脅かすような真似はしないから。
まあ、仮に彼の言葉が本当でも嘘でも、私達に真実を知る術はないのだけれど。今からどれだけ頑張ったら並行世界への移動、なんて神業が実現できるか、検討もつかないほどだし。
でも、落ち着きを取り戻した彼の表情は、声調は、態度は、私達のよく知るノエルそのもので。強く意識していなければ、彼の話を一から十まで信じてしまいそうだった。
銀髪ではなく黒髪。
青と紫のオッドアイ。
その違いが、二人が同一人物であると同時に別人であることを、私に辛くも意識させてくれている。
「しかし、並行世界か。俄には信じ難いが……そんな世界が在るとして、何故君はわざわざこの世界へ? セレナへの態度を見る限り、彼女に関係があるのだろうけれど」
「それは……」
セドリックのもっともな質問に、ノエルは言葉を濁す。隣に座る私をチラと見て、苦しげな表情で目を伏せて。
瞬間、すとんと腑に落ちた。
だから私が代わりに答えを口にする。
「……貴方の世界の私は、あの日に死んだのね」
「ッ!!」
「セレナ?」
「ちょっ、な、なに言ってるの!? セレナ!」
三人は驚愕に目を見開いた。
私としては非常に納得のいく話だ。
だって、ゲームではリリィが誰を選んでも私は死ぬのだから、私が魔王戦で死ぬ世界の方が圧倒的に多くて然るべきなのだ。
それがたまたま、目の前のノエルの世界だった。それだけのことだろう。
いい機会だと、私はこれまで隠し続けていたことを打ち明けることにした。
前世の記憶があること。そこではリリィを主人公とするこの世界の物語が本になっていたこと。その中で私は魔王戦で死ぬ運命だったこと。その知識があったから私は死を回避出来たのだということを。
突然の告白に三人は揃って目を瞬かせている。無理もなかった。
「きっと貴方は、私に何か言われたか……もしくは頼まれたのね。だから生きている私を探しに来たんでしょう?」
ノエルは優しいから。
ノエルは律儀だから。
ノエルは天才だから。
そんな彼だから実現出来た。出来てしまったのだ。
「……違う」
「え?」
「そうじゃ、ないんだ……」
「? どういうこと?」
それならどうして?
私がそう問いかける前に答えはもたらされた。
「僕は、セレナの事が……好きだったんだ」
「っ、え?」
「きゃーーー!!」
「こらリリィ、落ち着きなさい」
えっ? ちょ、待っ――!?
驚きすぎて声も出ない私より、よほどテンションの上がったリリィをセドリックが嗜める。そんなセドリックも私達を見てニヨニヨしているけれど……嗜めるか同調するかどっちかにしてください。
「僕は……学生時代からずっと、セレナの事が好きで……卒業式のその日に、告白しようと決めていた。だけど、直前で僕達は討伐メンバーに選ばれてしまったから、それどころじゃなくなって……。魔王戦を終えたら、きっとその日に言おうと……思ってた、のに……」
「っ……!」
「魔王戦の終盤で、リリィを庇ったセレナが倒れて……」
「! わ、私達と一緒……」
「リリィが懸命に治癒魔法をかけてくれたけれど、ダメで……。頭が真っ白で、ただただ君を抱き締める事しか出来なかった僕に、セレナが言ってくれたんだ……」
――ずっと、好きだったわ。貴方は生きて、幸せになってね――
「私が、そんなことを……」
「ずっと、両思いだったのに……笑うだろ? こんなの……。機会なんてくだらない事ばかり気にして、セレナと過ごせたはずの時間を全てふいにしたんだ、僕は……」
「ノエル……」
「だから僕は、研究に没頭した。前々から構想のあった『時を巻き戻す』魔法を完成させて、絶対にセレナを助けようと」
「さ、流石ノエルだね」
「かなり時間はかかったけれど、魔法は完成して僕は時を巻き戻した。正確に言えば、僕自身が時を遡ってあの日に戻った。そうすればセレナを救えると、信じてた。でも……」
「駄目、だったのか?」
ノエルは目を伏せて静かに溜息を零す。
テーブルの上に置かれた彼の手は、白くなるほど握り締められていた。
「……何回やっても駄目だった。仮に魔王戦で救えても、その後で必ず事故や病気によってセレナが奪われて……。それがまるで、」
「世界が帳尻を合わせようとしているみたいだった?」
「!」
ノエルが苦々しい表情で頷いた。
私も恐れていた『それ』は、きっと世界の修正力とでも言うべき力なのだろう。私が生き残るにはやはり、シナリオ通りの正攻法以外に道はなかったのだ。
前世の私がファンディスク版もプレイしていて本当に良かった。でなければ、せっかくの転生が無駄になるところだった。
両親の顔すら知らなくて、満足にご飯を食べられない時もあったし、貴族にはいびられ虐げられることも多い今世だけれど。それでもリリィや仲間達、ノエルのお陰で二度目の人生もそこそこ気に入っているから。
「……その通りだ。何百、何千、何万と運命の改変を試みたけれど駄目で、それでもセレナを諦められなくて……。途方に暮れていた僕に、あるアドバイスをくれた奴がいた」
「それは?」
「僕の世界にいた『転生者』だ。向こうから声をかけられたんだ、『あんたノエルだろ!?』って」
「!」
「それって、セレナみたいな?」
「詳しくはセレナに聞いてみないと分からないが、たぶん似たようなものだと思う。最初の方は聞き流していたからうろ覚えだが、前世でこの世界の知識を得たとか何とか言っていたからな……」
この世界(の並行世界)に、私以外の転生者がいた事実に驚いた。と同時に、ほんの少し嬉しくなる。同郷の仲間がいたことに。
「それで、その人に何を教えてもらったの?」
「……色々教えて貰った。それこそ『並行世界』の概念はあいつから教わったし、セレナが生き残る話があった事も教わった」
「そうなのか? それなら何故、元の世界でセレナが生き残る方法を試さなかったんだい?」
「……あいつ、その方法自体は知らなかったんだよ。何でも、妹がやってたのを横目で見てただけだから……とか何とか言ってたが。……あの時は本気で殺してやろうと思った」
「あはは……」
私は自分でゲームをやっていたからセレナが助かる方法を覚えていたけれど、たぶん言葉通り妹がゲームをやってるところを横目で見ていただけなら分からなくても仕方がない。
私が生き残るための条件は、とあるアイテムの入手だったから。ゲームに興味のない人が覚えていられるものではないだろう。
たぶん、テンションの上がった妹にあれこれ話を聞かされていたんだろうなぁ。私も、友人と会うまで待てなくてとりあえず姉に語っていた記憶があるし。
まあ、姉はあまりゲームとかに興味のない人だったから適当に相槌を打ってくれていただけだったけれど。
「でも、セレナが生き残る可能性があったと分かっただけで十分だった。自分の世界では救えなかったが……並行世界が存在するのなら、あの日を生き抜いたセレナがいるはずだと希望が見えたから。……だから僕は、あいつの助言をもとに世界を移動する方法の研究へシフトした」
「そして研究の末、その方法を編み出して此処までやって来た――って事かい?」
「……そうだ。あの日を生き抜いたセレナに会うために」
そう言って真っ直ぐに見詰められ、ドキリとする。
初めて見た時は髪と瞳の色の違いが少し怖く感じられたけれど……改めて観察してみると黒髪も良く似合っているし、青と紫のオッドアイも物静かな彼の雰囲気に合っていて様になっている。
ただ、その瞳に宿る感情は推し量ることが出来ないくらい複雑で。見詰め続けていたら飲み込まれてしまいそうな――そんな錯覚を覚えて、私はお茶を飲むことで視線を逸らした。
「やっと……やっと、見つけたんだ。君が生きている世界を……」
「ノエル、でも、私は……貴方の知ってるセレナじゃないわ。きっとどこかが……いえ、全然違うセレナかもしれない……」
並行世界は無数にあるとされる。
ほんの些細な選択肢で世界が分岐していくとしても、大筋が同じであれば、ノエルの世界のセレナと他の世界のセレナがほぼ同一人物である可能性は十分に考えられるだろう。
しかし、私だけは違うはずだ。
だって私には前世の記憶がある。あの日を生き延びるための知識があるのだ。
生き延びる術を知っているのにそれを活用しないなんてあり得ない。
つまり、ノエルの世界のセレナには前世の記憶が存在しない。私とは全く別の世界のセレナということになる。
記憶の有無によって、これまでの選択肢はかなり異なっているはずだ。結果、人格さえも違うのではないだろうか。
とてもではないがノエルの世界のセレナと私が同じとは思えなかった。
もちろん、それでも構わないというのであれば私が言えることは何もないのだけれど……ノエルの性格からして、全く違うセレナを求めているとも思えない。
――いや。そんなことを言い出したら、目の前のノエルだって私の知るノエルとは全然違うかもしれない。というか、違う気がする。
私の世界のノエルは、そもそも私のことを好きじゃないのだ。目の前のノエルならあの日を生き抜いた私に告白してくれていたのだろうが、この世界のノエルは――告白どころか距離が開いていく一歩で。
婚約者までいる、らしいし。
……あ、ダメだ。全てが落ち着いた今、改めてノエルのことを考えたら猛烈に落ち込んできた。こんなことを考えている場合じゃないのに……。
つい溜息を零しそうになった時。
「――ノエルと君が初めて会話をした場所は?」
そんなことを聞かれて私は一瞬呆けた。
しかし、ノエルとの思い出ならいつだって直ぐに思い出せる。私はほぼ反射的に答えていた。
「え? えっと……学校の掲示板前、だったと思うわ。なぜ?」
「僕が唯一、君に贈った物は?」
「参考書……」
「リリィに卒業パーティーのパートナーを断られた僕が君を誘った言葉は?」
「セレナが断るなら僕は帰る」
「シューネの街で僕達が助けた子供の名前は?」
「ケ、ケイティ?」
「魔王戦の前日にした約束は?」
「いつか一緒に最高の魔道具を作ろう……」
次から次へと繰り出される質問に淡々と答えていく。
「……ふっ。はは、」
ノエルが初めて笑みを零した。
口元を隠すように手の甲を当てる、私達のよく知るノエルと全く同じ笑い方で。私は思わず見惚れてしまった。
「え? な、なに? 何なのノエル?」
「全部一緒だ。君との思い出、全部」
「! う、うそ……」
私に前世の記憶が甦ったのは幼少期だ。
仮に幼少期の過程は同じだったとしても、少なくとも記憶を取り戻すか否かで世界は分岐している。
記憶を取り戻した私は大なり小なりその知識に影響を受けてきたはずだから、全く同じルートを辿ってきたなんてことはあり得ないはずで……。
もしかして、ノエルが話を合わせている?
――いや。それならこちらからも探りを入れれば直ぐにウソがバレる。そんな浅はかな真似をノエルはしない。
となると、本当に別々の世界で偶然ほぼ同じルートを辿った? ノエルの世界とこの世界の私が、ほぼ同じ人生を歩んでいた?
もちろん、可能性はゼロではないけれど……。
思考をフル回転させていた私はしかし、
「確かに、完全に同じセレナは何処を探してもいないだろうな……。それでも僕は、あの日を乗り越えてくれた君が存在するだけで嬉しいんだ」
「っ!」
「……ありがとう、生きていてくれて。……本当に、ありがとう……」
静かに涙を零すノエルを見て、私は頭を殴られたような衝撃を覚えた。
意地っ張りなノエルは、どんな時でも涙を見せなかった。
自分が瀕死の重傷を負った時も。友人の住む町が魔物に壊滅させられた時も。人類の悲願である魔王討伐を成し遂げたあの日、あの時でさえも、涙を零すことはなかったのだ。
きっと、私達の知らないところでひっそりと涙していたのだとは思う。
しかし、私達にでさえ絶対にそんな姿を見せなかった。
そんなノエルが人目も憚らずに涙を流しているのだ。二度も。
性格の差異だとか思惑だとか、そんなことばかりに囚われて警戒していた自分が途端に情けなくなる。ノエルはこんなにも切に、私の無事を喜んでくれていただけなのに。
さきほどノエルは言った。
何百、何千、何万回と私を救おうとしたのだと。
それはどれだけ過酷な道のりだっただろう。
――いや。過酷なんて言葉では言い表せないくらい、それこそ地獄のような日々だったに違いない。
何度も何度も愛する人の死を目の当たりにして、傷付き、壊れ、変わらない方がおかしい。今のノエルはなるべくしてなったと言える。
それだけではない。
並行世界を移動して魔王戦を生き抜いた私を見つけ出すことも、そう簡単な道のりではなかったはずだ。
これはあくまで憶測でしかないけれど、ノエルの発言を顧みると世界の移動も相当数行っているのだと思う。そして、そのほとんどの世界で私は死んでいたに違いない。
そうでなければ、私が存在することにあんなにも驚かなかっただろう。
本当に、並行世界の自分はなんてことをしてしまったのだろう、と思う。
死ぬ前に想いを伝えておきたかったセレナの気持ちは痛いほど分かる。私だって自分が生き残る術を知らなければ、玉砕覚悟でノエルに想いを伝えていただろう。
しかし、それは結局死にゆく者の独り善がりで。
ノエルを私という名の鎖で縛り付ける結果になってしまった。あんなにもノエルを傷付けたのは他の誰でもない、私だったのだ。
セレナが告白しなければ。
ノエルに才能がなければ。
転生者に出会わなければ。
ノエルはいつかきっと私を諦めていたはずで、元の世界で別の幸せを見つけていたかもしれない。そんなノエルも、きっとどこかの世界にいるのだと思う。
しかし、あらゆる条件が整った結果、ノエルはここまで来てしまった。私のために。私なんかのために。
であれば私も、生き残ったセレナとして責任を取らなくてはならない。死んでいった私の分まで――。
思わず滲んだ涙を拭って、私はノエルに尋ねる。
「ノエル。貴方はこれからどうしたい?」
「!」
「元の世界へ帰るか、ここに留まるか。もしくは更に別の世界へ行くか……」
「それは……」
「そうだな。君の意志を聞かせてくれ、ノエル」
ノエルは答えに窮したように暫し視線を彷徨わせたものの、セドリックに促されると私を見つめて言った。
「……元の世界には帰れない。世界の移動は基本的に一方通行なんだ。だから、僕は……此処に居たい。もう旅を続けるのは疲れた……」
「……うん」
「それで……遠くからで良いから、君を見守る事を許して欲しい。君が生きて、幸せに過ごしている事だけが僕の願いだから」
「そう、……分かったわ」
ノエルの願いを聞いて、私は心を鎮めるように目を閉じる。
そうして一つ深呼吸をすると「セドリック」と声をかけた。
「何だい?」
「ノエルを見逃してあげてほしいの」
「! セレナ……」
「ノエルのことは私が預かる。絶対に暴れさせたりしないし、危険だと言うのなら彼を連れて王都を出て行く。だから、せめて見逃して」
「セレナ!? なに言ってるの!? 出て行くなんて、そんな、」
「セレナ、本気かい?」
リリィが混乱したように言い募る一方で、セドリックは何時になく鋭い視線を寄越す。国の未来を担う者として、本気で問いかけているのだと思えた。
正直、どう足掻いても私達はノエルに敵わない。
国どころか世界を挙げてもノエルを倒すことは出来ないだろう。私の肌感覚でしかないけれど、それだけの力をノエルは持っていると思う。
であれば味方に引き込むより他にないが、王都には置けないと言われれば確かにその通りで。
だから決めたのだ。
「ええ、本気よ」
「セレナ!! セドリック!」
私とセドリックは真っ直ぐに見詰め合う。
リリィに何と言われようと譲る気はなかった。
「……ふっ、あはは!」
しかし、緊張を孕んだ空気もほんの数秒で。
不意に破顔したセドリックに私は目を瞬かせた。
「セドリック?」
「見逃すも何も、私はノエルを追い出そうとも処罰しようとも考えていないよ。確かに、王国へ対する戦線布告は不味かったけれど……リリィの力で綺麗サッパリ消し去ってしまった事になっているしね。それに、こんなずぶ濡れの子犬のような顔をした親友をどうこう出来るほど、私の心は悪魔ではないさ」
「セドリック……ありがとう」
セドリックの言葉に私は心底ホッとした。
根が真面目であるセドリックに二言はない。五年の付き合いで彼の人となりをよく知っているからこそ素直に信じられた。
まあ、案外腹黒い彼のことだから何かしら考えはあるのだろうが……取り敢えず言質を取れただけでも良しとしよう。
「まあ、監視はさせて貰うつもりだけれど。その役もセレナに頼めば問題なさそうだしね。君はその辺キッチリしているし」
「ええ、任せて」
「……ふふ、セドリック大好きっ!」
「ありがとう。続きは是非帰ってからお願いしたいな?」
「も、もうっ!」
話が丸く収まったことに、私以上に喜んだリリィが思わずといった様子でセドリックへ抱き着く。
セドリックも応えるようにリリィの腰へ腕を回して抱き締めていて、途端に目の前がハートの乱舞するピンク色の世界に染まった。
あの、人の家でイチャイチャするのは止めてください……。
思いがけず表情が抜け落ちていたであろう私に構わず、セドリックが続ける。
「しかし、ノエルが二人となると不便だな……。悪いが他に名を考えて貰っても良いかい?」
「ああ、確かに。……そうだな、セレナが考えてくれないか?」
「えっ、私が?」
「ああ、セレナに考えて欲しい。セレナの考えてくれた名で生きたい」
「……そうね、それなら――」