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 結局、リリィに相談の手紙を送れないまま約一週間が経過した。


 情けないことに、あれから私の頭の中は真っ白なままだ。

 あの名も知らぬ令嬢に言われたことを、ずっと引きずっている。


 元々、貴族であるノエルには多数の縁談が舞い込んでいることは知っていた。上は公爵家から下は子爵家まで、年頃の娘がいる貴族はそのほとんどが縁談を申し込んでいたといっていい。

その中には、女神や天使のごとき美しい女性もいれば、魔道士としてノエルの研究に貢献できるであろう聡明な女性達もいたとセドリックは話していた。


 けれど、それらを全てノエル本人が蹴っていることも知っていた。

 最後に会った時、ノエルが言っていたのだ。

 魔王を討伐して世界が平和になった今、当分は研究に没頭するつもりだから結婚など考えられない――と。


 だから、私も気長にのんびり攻めるつもりでいたのだ。

 いたく年齢を気にする貴族女性達とは違い、前世の記憶を持つ私からすれば、例え行き遅れと言われる歳になっても抵抗はなかったから。

 そもそも平民に、世間体なんて大してないしね。


 だから、嬉々として協力してくれるリリィ達の力を借りて、頑張ってノエルを落とすつもり、だったのだ。あの令嬢の話を聞く前――いや、ノエルにハッキリと無視される前までは。

 しかし、



「セレナねーちゃん! ボール、早くとって!」

「!」



 子供の声で、私は我に返った。



「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事してたみたい」

「もー! ねーちゃんはマイペースだからなぁ!」

「おねーちゃん、だいじょーぶ? つかれてるんじゃ……」

「そういえば、なんか顔色悪いような……?」

「だ、大丈夫よ! 本当に大丈夫! ほら、いくわよー!」



 少し後方に転がっていたボールを慌てて拾い、子供へ緩やかに投げ返す。と、気を遣ったのか、子供達は私の顔をチラチラと見ながらもこちらへパスする回数を減らして、自分達の間で回し始めた。


 そんな気遣いに私は苦笑してしまう。

 今日は仕事が休みだから私達の実家と言っていい孤児院へ遊びに来ていたのに、つい余計なことを考えてしまった。子供達にも気を遣わせたし、反省だ。


 キャッチボールに集中するべく、頭を振って余計な思考を追い払う。気持ちを切り替えて元気良く「パスパス!」と手を上げれば、斜め向かいでボールを手にした子供が、こちらへ向けてボールを空高く投げた。


 今日は雲一つない晴天で、外遊びにはもってこいの陽気。

 気温がいつもより少し高くて、暫く遊んでいたらじんわりと汗が滲んできた。

 そのため、そろそろ一度休憩を挟もうと子供達に声をかけ、キッチンへ向かって廊下を歩いていた時だった。


 ドンッ! と。


 突如、真下から突き上げるような揺れに見舞われ、私達はなす術もなくその場へ倒れ込んだ。



「きゃあああああ!」

「うわぁあッ!?」

「セレナおねーちゃんたすけてぇえ!!」



 建物がギッシギッシと嫌な音を立てて揺れる。

 とてもではないが、立ち上がることなどできないほどの揺れだ。前世の記憶と比較しても震度七はあるのではないだろうか。



「みんな、っ!」



 私は慌てて這い這い子供達へ覆い被さり、防壁魔法を展開した。

 ゲームでは治癒に特化したリリィと差別化を計るためか、私は治癒士の中でも支援寄りの術を得意とする。

 魔王の攻撃ですら数撃は防いでみせた私の魔法は、地震? によって落ちてきたレンガや木屑、埃から私達をしっかりと守ってくれた。



「っ……、とま……った?」



 そうして、数分経った頃。



「う、うん、たぶん……?」

「みんな、今の内に外へ!」



 漸く建物の揺れも収まり、私は子供達を連れて急ぎ来た道を引き返した。落下物の心配もない孤児院の庭、そのど真ん中に子供達を連れて行き「ここにいて!」と厳命すると、慌てて建物の中へと戻る。


 ここ、ヘスティア孤児院はただでさえ老朽化が進んでいて問題だったのだ。これから報奨金の一部で改修する予定だったのだけれど、直す前で良かったと思うべきか。はたまた、早く直していたらと後悔すべきか。


 壁や床板の歪んだ廊下を駆け抜け、私は勉強部屋へ駆け込んだ。



「先生! みんな! 無事!?」



 すると、勉強机の下に潜り込んだ年中組の子供達と、机の一つを更に覆うように被さった姿勢の院長先生の姿があった。



「セレナ姉!」

「お、俺達は大丈夫!!」

「まじびびったぁ…!」

「セレナ、無事だったのね! ということは、年小組も無事ね、良かった……!」

「もう、先生はご自身の心配をしてください!」



 御年七十一になるというのに豪胆な方である。

 自分も机の下に潜って身を守って欲しいものだ。


 とにかく、この部屋のみんなも無事でホッとした。年長組と先生の二人が買い物へ出掛けていることが気掛かりだが、こんな時に孤児院を離れるわけにはいかない。

 一先ずみんなの安全を確保しなければ。



「早く外へ出ましょう! 余震がないとは限りません!」

「ヨシン?」

「あ、えっと……もう一度大きく揺れるかもってことです。みんなも早く庭へ! 先生は私が連れて行くから!」

「う、うん!」

「急げ!」



 前世の記憶がある私は、気が急いているとどうしても前世の知識を口走ってしまう。

 あくまでも記憶があるだけで人格までは受け継いでいないため、便利な知識があるなぁくらいの感覚なのだけれど。

 特に、前世の記憶によって魔王戦で私が生き残るための知識を得られたことは僥倖だった。


 この世界が元となっているらしい乙女ゲーム、『Eleccionエレクシオン』の物語では、私ことセレナは主人公であるリリィ(デフォルト名)の親友にしてライバル役だった。


 有能で端麗で性格も良し。


 ――いや、自分で言うのも何だけれど。

 そういう設定だったのだ。私が思っているわけではありません。


 他のゲームで言うところの悪役ポジション。

 しかし、セレナは悪どい真似を一切せず、単純に好敵手として主人公の恋路を盛り上げるための役所だった。

 主人公が選択肢を間違えたり、期限までに必要な能力値を上げられなかったりすると攻略対象キャラがセレナに流れてしまうのだ。


 そのため、セレナと攻略対象キャラがくっ付くエンドもあった。

 その一つこそが魔道士であるノエルとのエンドである。まあ、主人公からすればバッドエンドなのだけれど。


 しかし、主人公が順調に物語を進めるとセレナは最終戦である魔王との戦いで死んでしまう。主人公であるリリィを庇う形で。

 その結果、リリィが聖女として完全覚醒して魔王討伐が成るのだ。


 リリィが覚醒するきっかけであるため、残念ながら誰のルートでもセレナは魔王戦で死んでしまう。

 このゲームは最初から攻略対象キャラが多く、全部で八人もいる。そのため、プレイヤーは全員を攻略しようとしたら八度もセレナが死ぬシーンを見る羽目となった。


 これが嫌なキャラならざまぁで済むのだろうが、セレナは純粋にいいキャラであった。ファン投票では主人公を抜いて、ぶっちぎりの一位になるくらいには。

 そんなわけで、ファンディスクではセレナ生存ルートが追加されることになり、そちらもプレイしていたらしい前世の私のお陰で(セレナ)は生き残ることが出来たのだ。

 前世の記憶様々である。



「せんせー!」

「わぁーん! こわかったよー!!」

「王都こわれちゃうの!?」



 院長先生に肩を貸して庭へ出ると、子供達がわっと駆け寄って来た。みな言いつけ通り、落下物の心配がない庭の真ん中で大人しくしていたようで、ケガを負ったりはしていない。

 私と院長先生は心底ホッとして、その場へ座り込んでしまった。



「ああ、あなた達! 無事で良かった!」

「はぁ……もう、びっくりしたぁ……」



 前世では何度も体験していたようだけれど、今世でこんなにも大きな地震に見舞われたのは初めてのこと。ああ、本当に怖かった……。


 それから暫く休憩をして何とか落ち着きを取り戻した私と院長先生は、近所の様子を確認。

 街はどこもかしこも大混乱のようで、人手を借りることは出来なさそうだった。幸いにも揺れが一度だけだったからか、ケガ人はあまり出ていないようで、近くから助けを求める叫声は聞こえなかった。

 老朽化の進むヘスティア孤児院でさえ潰れなかったのだ。他の建物はそこまでの被害がなかったのだろう。案外、体感より震度は小さかったのかもしれない。


 病院で働く治癒士としては、人々のために街へ出るべきなのだろうが……せめて若い先生が買い物から戻るまではここを離れられない。申し訳ないけれど。

 緊急時には病院から誰か呼びに来るだろうし、それまではみんなのために時間を使わせてもらうことにした。


 そのため、院長先生と私は年中組の子供達に年少組を任せ、被害を確認するため再び建物の中へ入った。


 この建物はレンガと木を組み合わせて作られているが、先程の地震によりあちこちの木材が歪んだり、レンガの壁が崩れてしまっていたりと状況は最悪だ。

 中で過ごそうと思えば可能な部屋もあるようだけれど、また地震がきたら確実に半〜倒壊するだろう。そんな建物で子供達を寝泊まりさせるわけにはいかない。


 院長先生と私は日用品と食料をかき集めると庭へ戻り、子供達と共に野営の支度を始めた。



「野営セットがあって良かったわねえ」

「ふふ、子供達のお陰ですね」



 院長先生と私は庭にテントを張りながら笑い合う。


 なぜ孤児院にテントなどあるのかと言うと、別に意識高く災害への備えをしていたわけではない。冒険者を夢見る子供達が、野営セットを購入して度々冒険者ごっこを楽しんでいたのだ。

 いわゆる、お家キャンプを楽しむような感覚なのだろう。


 まさかこんな形で役に立つとは思いもしなかったけれど、子供達にねだられた時に買ってあげて良かった。一緒にお金を出してくれたリリィも、予想外の場面で役に立っていることを知れば喜ぶだろう。


 庭でのキャンプは大人気で、度々開催されていたこともあって子供達も慣れたもの。みんなでテキパキとテントを張ったり昼食の準備をしていると、裏手の流し場で野菜を洗っていた私のもとへ、酷く慌てた様子で子供の一人がやって来た。



「セ、セレナ姉ちゃん!」

「うん? どうしたの?」



 茶色の短髪を揺らしながらバタバタと駆けて来たのは、年中組のリーダー的存在であるジャックだった。



「あの、その、リリィ姉ちゃんが!」

「リリィ? リリィがどうかした?」



 身振り手振りで焦りを表現するジャックをどうどうと宥めながら、続きを待つ。



「リ、リリィ姉ちゃんが! 王太子さまと来てるんだ!」

「え?」

「セレナ姉ちゃんはいないかって、門のところで待ってて!」

「! 分かったわ、今行く。貴方はみんなのところへ戻って準備を続けてて」

「わ、わかった!」



 リリィだけなら何てことはないが、セドリックまで来ているとなるとジャックが混乱するのも納得だ。何せ子供達にとっては天井人なのだから。

 しかも、あの二人が護衛もつけずに出歩けるはずはないので、相当数の騎士も引き連れているのだろう。そんな仰々しい一行を前にして落ち着けという方が無理な話だった。


 未だに混乱――もとい興奮しているのか、ジャックは首がもげそうなほどブンブンと縦に振ると来た時同様、バタバタと慌ただしく駆けて行った。


 わざわざ私を指名した、ということは――単に救助、支援目的で来たわけではないのだろう。その手の話なら院長先生に通せば済む話なのだから。



「何となく、嫌な予感がするわね……」



 来訪のタイミング的に、先ほどの地震関連の話とみて間違いないだろう。わざわざ二人が来たということは、単なる災害(じしん)ではなかったのかもしれない。

 胸騒ぎがする。


 立ち上がってワンピースの裾の埃を払うと、溜息混じりの独り言を溢してからリリィ達が待つであろう敷地の正門へ向かった。

 裏手から正面へと回り、一行の視界へ入った途端、



「っ、セレナ!!」



 勢い良く飛び出して来たリリィに飛びつかれた。



「リリィ! ――久し振り。元気そうで安心したわ」

「うん! セレナも元気そうで良かった!」



 私より十センチ以上背の低いリリィは、キツく抱き着いたまま私を見上げて嬉しそうに笑う。その笑顔は百合(リリィ)というよりは向日葵を彷彿とさせる快活さに溢れていて、見ると訳もなくホッとしてしまう。

 魔王討伐の旅路でも、リリィの笑顔は度々沈みかけるみんなの心を晴らしてくれていたように思う。流石はヒロインだなぁと思ったものだ。


 手紙では互いの安否を確認していたけれど、やはり対面でしか分からないことは多い。

 城で不自由のない生活をしているからか、セミロングの桃色の髪も、白くてきめの細かい綺麗な肌も昔以上に艶があるように思う。

 しかし、勉強疲れなのか目の下には薄ら隈があるし、水色の瞳はどこか不安そうに揺れている。前向きで明るいリリィが不安を露わにするなんて、益々嫌な予感しかしない。


 私がつい癖でリリィの頭を撫でていると、



「セレナ、久し振りだね」

「! セドリック」



 まるで、じゃれ合う子猫を見ているかのような微笑ましい表情を浮かべたセドリックが歩み寄って来た。

 金の短髪に青い瞳を持つ美青年のセドリックは、前世の記憶で言うところの理想の王子様像そのものだ。

 しかも、王太子でありながら勇者の称号を持ち、民のために尽くす素晴らしい性格の持ち主なのだから、乙女ゲームのメインヒーローであったことも頷ける。



「君の様子はリリィから聞いていたのだけれど、こうして直接元気な姿を見る事が出来て嬉しいよ」

「貴方もね。二人が仲良く過ごせているみたいで私も嬉しいわ」

「ふふ、ありがとう。リリィの姉代わりである君がそう言ってくれると私もホッとするよ」



 セドリックと私は和やかに微笑み合う。


 勇者としては前線で魔物をばったばったと薙ぎ払っていたセドリックだが、その性格は実に穏やかだ。身分による忌避もなく、今では平民に戻った私や他の仲間達にもこれまで通り接してくれるし、接して欲しいと頼まれている。

 そのため、私達は今でもこうして素の口調で話しているのだ。

 もちろん公の場ではゴリゴリの敬語だけれどね。



「それで――何かあったの?」



 私はセドリックの嫉妬を買う前にリリィをそっと離すと、単刀直入に切り込んだ。

 地震が起きてからはまだ一時間弱だ。

 これが単純な震災であったなら、王太子であるセドリックは今頃城で慌ただしく各所方面に指示を出しているところだろう。それにも関わらず自ら出て来たということは、相応の問題が発生していると見て間違いない。



「……ああ。ここでは何だから、何処かで落ち着いて話したい。と言っても、そう時間はないのだけれど」

「それなら私の家へ。でも、」



 私は庭で野営の準備をする子供達をチラと見る。

 年長組と出かけた若い先生方がまだ戻らないため、私がここを離れると仮に余震が来た時が心配だ。正直離れ難い。



「騎士の一部を残して行くから、子供達のことは彼らに任せて大丈夫」

「……流石セドリックね。それじゃあ、行きましょうか」



 相変わらず用意周到なセドリックに、つい苦笑いを零す。

 院長先生達に声をかけ、騎士にみんなのことをよろしく頼むと、私はリリィ達を連れて急ぎ自宅へと戻った。


 職場と孤児院からの距離を考慮して買った家は、静かな住宅街にある。

 騎士は外で待機をするとのことでリビングへは二人だけを通し、最低限お茶くらいは出そうとしたところ、セドリックはその間すら惜しんで私を席へ促した。



「悪いね、セレナ。本当に時間がないんだ」

「気にしないで。本題に入りましょう」



 孤児院では人目があったからか、いつも通りの爽やかな笑みを絶やさなかったセドリックだけれど、今はその表情からありありと焦燥が見える。

 先程からやけに大人しいリリィといい、私の不安は募るばかりだ。どうか深刻な事態ではありませんように――。



「セレナも体感したと思うけれど、先程王都を襲った大きな揺れ――あれは自然災害ではないんだ」

「……既に原因がわかっているのね」

「ああ、南門の守衛から連絡が来た。王都の南部に広がるイリニクス平原に、突如魔物の大群が現れた、とね」

「!?」



 願いも虚しく、突き付けられた衝撃的な事実に私は言葉を失った。


 イリニクス平原はここ、王都の南部に広がる美しい平原である。五、六歳の子供でも倒せるような小動物型やスライムといった弱い種類の魔物しか生息しない平和な場所で、観光地としての人気もあるほどだ。

 平原であるため非常に見晴らしが良いのは言うまでもなく、結構な距離があるはずの隣の街の輪郭がハッキリと見えるほどで、異常があれば――ましてや魔物が集い始めたりしたら直ぐに気付く場所だ。


 そんなところに魔物の大群が現れたなんて、にわかには信じがたい。先程の地震を引き起こすほどの数の魔物が、何の前触れもなく現れたというのか。一瞬にして。


 そもそも、魔物は基本的に群れを成さない。

 同種の個体であれば自然と小さな群れを成すことはあるが、種の垣根を越えて集うからには率いる者がいるはずなのだ。

 そして、多くの場合それは魔王に他ならない。


 仮に、魔王に魔物の大群を転移させるようなことができたのであれば、人類はとうに滅ぼされていたはずだ。

 しかし、私達が倒した前魔王にそのような力はなかった。

 魔王亡き今、一体誰にそんなことができるというのか。この短期間で恐るべき力を有する新たな魔王が誕生したとでもいうのだろうか。



「そんな、まさか……」

「その数は目測でも数万。しかも、その群勢を率いていると思しき者から、要求を突き付けられた。ご丁寧に城の内部にいた全ての者に聞こえるよう、高度な通信魔法でね」

「……その、要求は?」



 迫り上がってきた諸々の感情をコクリと喉を鳴らし飲み込んで、私はセドリックに問う。

 しかし――



「セドリック! やっぱりダメだよ!!」

「リリィ?」



 ガタンと椅子を揺らして立ち上がったリリィが、珍しく声を荒らげてセドリックに言い募った。

 そんなリリィの様子に、私は目を丸める。



「やっぱりこんなの間違ってるよ! そんなことしなくても、みんなで戦えばきっと……!」

「……リリィ、君の気持ちは痛い程よく分かる。しかし、喉元に刃を突き付けられた我々に選択肢はないんだ。王都に住む三十万の民のためにも、今出来る最善策はこれしかない」

「っ、でも……でも……!」



 真っ白になるほどキツく手を握り込みながらポロポロと涙を零すリリィに、セドリックは「済まない」と呟き、優しく抱き締め宥める。

 そんなやり取りを見て、私は二人がやって来た理由を漠然と察した。

 リリィがここまで取り乱す理由など、そうないのだから。



「リリィ、落ち着いて。――セドリック、続きをお願い」



 そう告げると、私が悟ったことを察したのか。セドリックは神妙な面持ちで一つ頷いて、再びリリィを座らせてから自身も座り直し、話を再開した。



「向こうの要求は、ただ一つ。『リリィ王太子妃の家族であり、魔王討伐メンバーの一人である治癒士のセレナを自分の元まで連れて来る事』だ」

「なっ!?」

「三時間以内にこの要求が満たされない場合、魔物に王都を――ひいては国を蹂躙させる、と」

「……そう」



 二人が会いに来たことに加え、リリィがここまで取り乱すからには私に関わりがあるからなのだろうとは思ったけれど、まさかそんなことになっていたなんて流石に想像もし得なかった。

 正直、驚きすぎて言葉が出てこない。


 どういうこと? 何で私が指名されたの?

 混乱して暫し押し黙っていると、苦し気に俯いたセドリックがポツリと呟いた。



「済まない、セレナ……」

「セドリックが謝ることじゃないでしょう?」



 現状、要求を跳ね除けるという選択肢はないはずだ。

 一治癒士でしかない私は、王宮からすると危険を犯してまで守る価値のある人間ではないし、寧ろ私を差し出すことで王都を守れるのであれば熨斗をつけて差し出すだろう。

 上からすると私が行くことは決定事項なのだ。

 しかし、セドリックやリリィはきっと反対したのだろう。特にリリィは。



「……でも、なぜ私なのかしら」



 単純に向こうが私を指名した理由が気になった。

 魔物を従えているからには、この要求を突き付けてきた人物? は、魔王ないしそれに近い存在のはずだ。そんな人物がなぜ、私を名指ししてきたのだろうか。

 単純に考えれば単なる一治癒士である私よりも、聖女であるリリィや勇者であるセドリックの方が余程邪魔な存在だろう。

 となると、単純に戦力云々の問題ではないのだと思われる。



「それは私達も気になっていたんだ。仮に魔物を率いている人物が魔王に匹敵する者だとして、真っ先に狙うとしたら聖女か勇者のはずだ。強いて言えば、聖女の弱点――と、考えられなくもないけれど……」

「こんなことが出来るくらいだもの、そんな回りくどい手は使わないでしょうね」

「だね。だから、正直君が狙われる理由がまるで分からないんだ」

「そうね……」



 セドリックの言葉に頷いた私だけれど、一つだけ思い当たる節がある。

 それは、魔王戦を生き残った私に世界の修正力・・・・・・が働いた――という可能性だ。本来死ぬはずだった私が生き残ったことで、何かしらの歪みが生じているのかもしれない。


 とはいえ、セレナ生存ルートは後付けとはいえど、れっきとした正規ルートである。乙女ゲームのシナリオ通り、特定の時期にとあるアイテムを入手することでセレナは生き残ることが出来るのだ。

 現に私が生き残っていることから、セレナ生存ルートは確かに存在するといえる。

 であれば、修正力が働いたというのもおかしな話だろう。


 ちなみに、生存ルートではほんの少しだけセレナの過去が語られていたが、だからといってセレナに特別な力があるようなことは書かれていなかった。

 故にそちらの線でもないのだろう。

 仮に何かしらの力があるのなら納得だったのだけれど。


 う~ん、ダメだ。

 考えてみてもサッパリ分からない。



「まあ、行ってみれば分かる話ね」

「セレナ!!」



 リリィがぐすぐすと泣きながらも私を睨みつける。



「リリィ、分かるでしょう? ここまでの侵入を許した以上、要求を飲む以外に道はないわ」

「でも、セレナを連れて行ったからって魔物を退けるかどうかは分からないじゃない! セレナを手に入れた上で魔物に王都を襲わせる可能性だって十分にある! だったら最初から籠城戦で戦った方が!」

「でも、私が行けば一切戦わずに済む可能性だってあるわ。一瞬で魔物の群勢を出現させたなら、一瞬で消せる可能性が高い。そうなれば無駄に戦って被害を出す必要もないのだから」

「それは……そう、だけど……」



 もちろん、行かなくて良いなら行きたくない。

 名指しされた理由は分からないけれど、十中八九穏やかな理由ではないだろう。相手は魔物を率いる者なのだ。要求通り向こうへ行けば、その場で殺される可能性が高い。

 だからこそ、リリィは頑なに反対し続けてくれている。


 私達は物心がついた時から一緒だった。血は繋がっていないが互いに本当の家族だと思っているし、誰よりも私を大事に思ってくれるその気持ちはとても嬉しい。

 私だって逆の立場なら、セドリックをぶん殴って人質に取ってでも王宮の決定を覆させるところだ。


 しかし、自身を犠牲にすることで無駄な血を流さずに済むかもしれないとなると……それが最善だと思ってしまうのも仕方ないだろう。

 仮に要求を跳ね除けて開戦してしまったら、逃げる間もない一般市民――孤児院や職場のみんなが巻き込まれてしまう。力のあるリリィやセドリックはもちろん、ノエルだって戦闘に加わることになる。


 いくら魔王戦を生き抜いたみんなでも、万を超える魔物を相手にして無事で済むはずがない。一番穏便に済む方法があるのなら試すべきだろう。



「リリィ、言っただろう? 要求通り、セレナを連れて行くより他にない。――しかし、一人で行かせるつもりもないよ」

「え?」



 セドリックの言葉に私とリリィは目を丸める。

 そんな私達を見てセドリックは優しく微笑んだ。



「私達も行けばいいんだよ。向こうの要求はセレナを連れて来る事であって、一人で来いとも付き添いが不可とも言っていない。武装して来てはいけないともね。今、城でノエル達が使えそうな装備や魔道具、回復薬を掻き集めている。出来得る装備をもって魔王戦メンバーで向えば、いざという時にセレナを連れて脱出くらいは出来る筈だ」

「セドリック……!」



 セドリックの言葉で、涙に濡れていたリリィの瞳がパッと輝く。が、反対に私の表情は険しくなった。



「ダメよ! 二人も行くなんて陛下がお許しになるはずないでしょう! セドリック、今の貴方は正式な王太子なのよ? 魔王戦の時とは違うの!」

「分かっているよ。けれどセレナ、私達がダメと言われて大人しく言うことを聞くと思うのかい?」

「ぐっ……、それはまあ、確かに……」



 セドリックは根が優しい。

 けれどだいぶ腹黒なので、自分が正しいと思ったことは権力や財力をフル活用してでも成す人間だ。

 一見、一歩間違えるととんでもなく危険な人物なのだが、そこは乙女ゲームのメインヒーロー。神の如き善性と慈愛でもって、清く正しい道を歩み続けている。

 ゆえに仲間や臣下にも慕われているのだ。

 私もセドリックのことは仲間としてとても大事に想っている。だから、セドリックにも同じように想ってもらえるのはとても嬉しい。



「でも……」

「絶対私達も行くからね! じゃないとセレナも行かせないんだからっ!!」



 立ち上がってテーブルにバンっ!と両手を突いたリリィは、鼻息荒く言った。

 こうなるとテコでも動かないのがリリィだ。

 それに、セドリックも。


 どちらかと言えば大人しそうな可愛い顔をしている割に、二人揃ってもの凄く強情なのだ。何という見た目詐欺。うっかり軟禁でもされては困るため、私は大きな溜息を零すと渋々頷いた。



「……分かったわ。けれど、後で陛下に怒られても知らないからね」

「そんなのへっちゃらよ!」

「リリィを怒らせる方が余程怖いからね」



 そういうわけで、私は懐かしのメンバーと共に魔物の蠢く平原へ向かうこととなったのだった。理由も分からぬままに――。

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