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 私には好きな人がいる。


 ノエル・フォーレ。

 同じ学園の出身であり、魔王を倒すため共に旅をした仲間の一人でもある。

 平民の私とは違い貴族で、しかも学園でトップの魔術士。魔王討伐の旅でも彼の火力は勇者に次ぐ主戦力であり、数々の魔物を屠って世界を平和へと導いた。


 もちろんそれは、彼の才能があってこその偉業だ。

 しかし何より尊敬すべき点は、私が好きなところは、彼が努力の天才だということだ。


 学生時代、一年の最初の成績のみ四位だった彼は、以降の三年間全て首席を取り続けた。

それだけではない。

 在学中に彼はいくつもの新魔法を考案。それらの魔法は魔王戦までの旅路でも大いに活躍してくれた。私達が何度ノエルの魔法に助けられたことか……挙げればキリがないほどだ。


 そんな学者肌のせいか、人付き合いこそあまり得意ではなく、特に身分を目当てにすり寄ってくる女性を苦手としていた。

 しかし、貴族でありながら威張ることもなく誰にでも平等で、自分と同じく努力する人を応援できる優しい人――だった。

 少なくとも、魔王戦を乗り越えて祝勝会で最後に会ったあの日までは。


 あの日以降、私達は会う機会がパッタリとなくなってしまった。

 それもそうだ。だって彼は貴族で、私は平民。

 本当は魔王討伐の褒賞として叙爵は打診されていたけれど、私はそれを断っていた。前世の記憶がある私には、とてもではないが爵位を賜ったところで務まるとは思えなかったからだ。


 だから、私は平民として人々のために下町で働くことを選んだ。その分、お金はかなりの額をもらったから、その一部で平凡な一軒家を買い、残りはあちこちの孤児院へ寄付をした。

 仕事は引く手数多だったから、お金の心配もなかったしね。

 しかし、彼は前々から王宮魔道士になることが決まっていたため、私の選択が決定的な別離となった。


 私は治癒士で慢性的に人手不足な職だけれど、王宮には私の親友で家族で、そして――この世界のヒロインであるリリィがいる。支援寄りの治癒士である私より、治癒に特化したリリィがいれば王宮は安泰だ。

 しかも、魔王戦で聖女としての力が完全に覚醒したのだから、なおのこと。

 私が王宮に呼ばれる機会などあるはずもなく、ノエルと会うことのないまま半年以上が経った。


 きっとノエルも忙しかっただろうし、私も私で下町の病院は日々目が回るような忙しさだったから、慣れるまでに時間がかかった。

 ようやく落ち着いてきたのは、最近のことだ。

 仕事にも多少余裕が出来てきて、家のこともどうにかこなせるようになって心に余裕が生まれると、無性にノエルに会いたくなった。


 元気にしているのか。

 ちゃんと食事は取っているのか。

 人付き合いは順調なのか。

 仕事は充実しているのか。


 職場からの帰り道、一人夜空を見上げてそんなことを考える日々。

 けれど、ノエルと会う機会を手放したのは私自身だ。仕方ない。そもそも私が一方的に好きなだけで、付き合っているわけでも何でもないのだから。

 付き合っているわけでもないのに、今後の人生をノエル中心に考えるわけにはいかないでしょう? だから、自分の選択に後悔はなかった。


 親友のリリィは、そんな私の気持ちを知っていた。

 だから、リリィも自分の生活が落ち着き始めた頃から、ちょくちょくノエルの様子を綴った手紙を送ってくれるようになった。

 と言っても、ノエルは基本的に研究室に篭りきりで書くこともないらしく、ほぼリリィの近況報告だったけれど。


 勇者の称号を持ち、この国の第一王子でもあるセドリックの妃として、乙女ゲームのシナリオ通り王宮へ上がったリリィ。王太子妃としての勉強がとにかく大変だ、下町が恋しい、セレナ(わたし)に会いたい、二人で遊びたいと綴られた手紙に、私もリリィに会いたいと何度返事を書いただろう。

 勉強が落ち着いたら必ず城を抜け出して会いに行くと書かれていて、私はその日が待ち遠しかった。


 ノエルに直接会えなくても、何とかなるんじゃないか――なんて甘い考えを持っていたのは、私の恋を応援してくれるリリィ達の存在があったからだった。

親友であるリリィは言うまでもないけれど、特にセドリックはノエルの親友だから、彼が応援してくれるのなら望みはあるんじゃないかと勇気づけられていた。


 それに、身分を気にする私に貴族である他の仲間も、いざとなったらうちで養子縁組をするから身分の差は問題ないと言ってくれて。仲間達があまりに心強いから、すっかり安心しきっていたのだ。


 リリィと手紙のやり取りを続けていた、ある日。立て続けに手紙が送られてきた。

 こんなことは初めてで、リリィの身に何かあったのではと職場の休憩室で慌てて手紙を広げた私は、簡潔に記されていたその内容に目を丸めた。


『今度の土曜日、ノエルがいつもの魔道具店に行くみたい! 会えるといいね!』


 殴り書きされていたその一文に、私は深い安堵を覚えると同時に笑ってしまった。

 それを伝えるためだけにわざわざ王宮の使者をパシったのかとか、王太子妃がこんな字を書いていたらいつまで経っても勉強は終わらないよとか、何でそんな情報仕入れられたのとか。

 思うところは色々あったけれど、リリィの気持ちが嬉しくて、やっぱり私は笑ってしまった。







 木曜日に手紙を受け取り、慌てて準備をしていたらあっという間に土曜日になっていた。


 私とリリィは孤児だ。

 だから帰る実家もなければ私物もほとんどない。

 学園の時は全寮制で、制服も支給だったから、当然おしゃれな私服なんてものもなく……私は今回慌てて私服を買うことになったのだった。


 本当は、綺麗な服なんて買う必要はなかった。

 だってこれはデートでもなければ、遊ぶ約束をしていたわけでもない。単に私が偶然を装って会いに行くだけの、挨拶程度にすぎないのだから。

 それでも、久し振りに一目ノエルを見られると思うと嬉しくて。私の水色の髪が映える綺麗な白いワンピースを、つい奮発して買ってしまった。


 前世の中流家庭で何不自由なく暮らしていた時とは違い、長らく孤児院で物欲とは無縁の生活を送っていたから、自分のためにこうして何かを買ったのは久し振りだった。

 少しでもノエルの目に良く映ればいいなぁ、なんて。


 日本のゲーム会社が作った乙女ゲームであるこの世界では、あらゆる常識が日本のそれと通じている。

 一日は24時間だし、一週間は七日だし、一年は三百六十五日。

 そんな土曜日の午後一番。


 学生時代にノエルがよく通っていたお気に入りの魔道具店へ向かって、私は歩いていた。


 リリィの手紙には時間までは書いていなかったけれど、問題ない。

これでも学生時代と魔王討伐の旅路とで、計五年の付き合いだ。そのためノエルの行動パターンは把握している。朝に弱いノエルが動き始めるのは、大体午後からなのだ。


 もちろん、これは私以外のメンバーも知っている。というか、それぞれがそれぞれの行動パターンを把握している。五年も一緒にいれば覚えるのも必然だ。

 だからリリィも特に時間は書かなかったのだろう。単にそこまでは知り得なかっただけかもしれないけれど。


 でも、こんなことしている自分は正直キモいかなと思ったり。

 でもでも、みんな好きな人と会えそうな場所があったら意味もなく行ったりするよね? 恋する乙女ってそんなものだよね?


 なんて、悶々と考えながら魔道具店へ差し掛かった時だ。

 向かいの人混みに、美しい銀色の短髪と紺色のローブを靡かせて歩くノエルの姿を見つけ、私の胸は一気に高鳴った。


 あれから、たったの半年。されど半年。

 陽の光を浴びて輝く銀色の髪に、伏目がちな青い瞳。魔道士でありながら上背があって、長旅によって適度に鍛えられた体。

 ちっとも変わらない見慣れた姿が眩しくて、私の世界は途端にノエルで一杯になった。


 ――だから、気付かなかったのだ。



「ノエ、ル……」

「! っ、」



 互いに魔道具店へ差しかかった、その時。

 我慢できずに私からかけた声はしかし、ノエルの半歩後ろを歩くようについて来ていた女性達を見つけた瞬間、勢いを失った。


 そのまま、誰に届くこともなく消えてしまえば良かったのに。

 私の声はしっかりノエルと、連れらしい女性達へ届いたようで、パッと顔を上げた彼は私を見て、その視線の先を見て――酷く不快そうに顔を歪めた。

 そうしてフイと顔を逸らし、



「え、」



 声を発することも、立ち止まることもなく、そのまま私の前を通り過ぎて行った。

 私はつい呆気に取られて、その場に立ち尽くしてしまう。



「フフっ」

「クスクス」

「!」



 しかし不意に、品の良い、それでいてどこか嘲笑うような声が耳について、私は我に返った。

視線を巡らせると、ノエルの半歩後を歩いていた女性達が、少し先で立ち止まりこちらを見ていた。綺麗な、それでいてお出かけ用と思しきシンプルなドレスに身を包んだ貴族令嬢達だ。

 彼女達は私を見て思わずといった様子で笑った後、ノエルの後を追うように足早に去って行った。


 その様子にまた呆気に取られてしまった私は、暫く魔道具店の側から動けなかった。


 ノエルとは学生時代も含めて五年の付き合いがある。

 出会った当初こそ愛想の悪かったノエルだけれど、学生時代と長旅を経た今では側から見ても仲良くできていたと思う。それこそ、仲間のみんなに冷やかされたり、互いに踏み込んだ話もできるくらいには仲が良かった――はずだ。

 無視されるなんてことは学生時代でさえ一度もなかった。


 だというのに、どうして……。


 その後、私はどうやって帰ったのか覚えていない。

 気づけば休日が明け、仕事が始まっていて。心はどこかに置いてきてしまっていたのに、体はいつも通り仕事をこなしていた。


 人間って凄い。

 ふとした瞬間に我に返って現状を把握した私は、他人事のようにそう思う。だって、心が伴わなくてもこうしてやるべきことはこなせているのだから。

 半年間、仕事を必死に覚えて良かったと思う。

 危うく私情でとんでもない迷惑をかけてしまうところだった。


 しかし、いつまでも呆けているわけにはいかない。

 私がうだうだ考えていたところで現実は変わらない。ノエルがどうしてあんな態度だったのか、分かるわけでもないのだ。

 だから私は、帰ったらリリィに相談の手紙を書くことで気持ちの整理をつけようと決めて、仕事に集中しようとした。

 けれど――



「セレナちゃん、休憩中にごめんなさいね。あなたに会わせろってお貴族様が来てるんだけど……どうする?」

「私に?」

「ええ。何か、あまりいい感じはしないご令嬢なんだけれど……」

「分かりました。行きます」

「そう? 一応一階の客間に通してあるわ。気をつけてね」

「ありがとうございます」



 予想外の来客で、そんな決意も直ぐに霧散した。

 何となく嫌な予感を覚えつつ、私は白衣を翻して客間へ急ぐ。

 すると、そこにいたのは。



「――ああ、お前だわ。間違いない」

「!」



 一昨日、ノエルと一緒にいた貴族女性だった。


 毛先をこれでもかと巻いた艶やかな金の長髪に、鮮血のような赤い瞳。同じ赤の派手なドレスと青い宝石の装飾品で飾り立てた女性は、そのつり気味な目尻を愉快そうに下げて私を見る。

 一瞬、何故彼女がここに、と呆気に取られたが、貴族相手に無礼は許されない。「お待たせして申し訳ありません」と頭を下げ、彼女の座るソファーへ近づこうとしたところ、



「そのままで結構よ。こんな薄汚いところで働く平民に、必要以上に近づかれたくないの。病気でも移ったら困るでしょう? 言いたいことは一つだけだから、そこで黙って聞いていなさい」



 手にした扇子でビシリと制され、私は足を止めた。

 学園でもそうだったが、この世界の貴族は傲慢な物言いをする者が多い。前世の記憶を持つ私から見ても、呆れるほどに。

 私とリリィは平民ながら特待生枠で学園へ入学したこともあり、こんなお貴族様の態度には慣れっこだ。


 指示を無視して騒がれるのは面倒だったため、素直に部屋へ入って直ぐのところで足を止め、無言で貴族令嬢を見つめる。

 すると、令嬢は広げた扇子で口元を隠しながら「まあ、素直ですこと」と、クスクス笑ってから言った。



「お前に言いたいことは一つだけ。ノエル様に金輪際近づくな、それだよ」

「! ……それは、どういう、」

「あらやだ。学園の卒業生で、下町のものとは言え一応病院で働いているというから、我が侯爵家の下働き程度の頭は持っていると思ったのだけれど……期待した私が愚かだったわね」



 令嬢は露骨に溜息を吐き、扇子をパシリと手に打ちつけて閉じた。

 その仕草は一々威圧的で、



「仕方ないから平民のお前にも解るように言ってあげる。ノエル様は伯爵家の三男だけれど、その類まれなる才能をもって偉大な功績を残し、ご実家と同じ伯爵位を叙爵した方よ。さらには宮廷魔道士として日々研究に取り組み、既に成果も上げていらっしゃる。そんな前途洋々であるノエル様を、国が放っておくはずはないでしょう?」

「……」



 その言葉で、私は彼女が言いたいことを悟った。

 優秀な人間を国に縛るため、また、その遺伝子を残すために家庭を持たせることは貴族社会でよくある話だ。学生時代だって、セドリックやノエルの周りでは度々そんな話が持ち上がっていた。


 特に、魔王を討ち取ってからはそれが加速した。

 当然だ。それだけ優秀な魔道士なら、どんな高貴な家柄だって躍起になって取り込もうとするだろう。国だってそれを後押しするはずだ。


しかし、ノエルに限ってそれはあり得ない。

 何故なら、私にはリリィとセドリックという心強い友人がいる。そんなことになっていたら、リリィがいち早く知らせてくれるはずで――



「光栄なことに、私がその筆頭候補なのよ。まあ、ノエル様の研究には我が侯爵家が多大な出資をしているし、ほぼ確定みたいなものだけれどね。ノエル様とは既に何度もお会いしているわ。一昨日のデートもそう」

「!」

「――でも、ノエル様も旧友に声くらいかけてあげればいいのにねえ? 一時は命を預けあった仲間なのに、あんなにハッキリ無視するなんて……フフッ、可哀想じゃない? 惨めで。ごめんなさいね? 私の婚約者が」



 名も知らぬ令嬢はコロコロと愉快そうに笑う。



「……」

「ノエル様は既に新たな道を歩み始めていらっしゃるの。魔王討伐メンバーに名を連ねたからといって、所詮平民は平民よ。お前もさっさと身の丈に合った道を進むことね。私は優しいからこうして機会を与えてあげるけれど、忠告を無視すれば――後悔することになるわよ?」



 言いたいことを言い終えたらしい令嬢は、私の返事を待つことなく足早に去って行った。


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