Twinkle twinkle Little star
さくさくっと打ったので後で所々直すと思います。
月明かり射し込む四畳の畳の部屋。タンスやおもちゃに囲まれたこの城の真ん中でもぞりと動いたかまくらにぽっと灯りが灯った。カサカサと揺れながらクスクスと笑っている。
「お兄ちゃん。もう、それ、やめてよ。お腹苦しい。」
変顔した兄は顎に当てた懐中電灯を少し離し弟の前に置いた。
「でもおもしろかったろ?」
目を細めニヤリと笑った口元にチラリと犬歯がのぞく。
「おもしろかったけど…」
やりすぎだよと僕は少し頬を膨らませた。
「ねぇねぇ!もっとお話し聞かせてよ!」
兄は親指を顎に当て空を見る。僕たちは夜になるとよくこうやって話をする。絵本を読んだり、物語を作ってはふざけて笑っていつの間にか眠りにつく。僕はこの時間がとても好きだ。このまま朝なんて来なければいいのにと、いつだか言ったら兄は困ったように笑って「明日が来なかったらまた夜に話ができなくなるだろ?」と頭を撫でてくれた。それもそうかと納得して眠りについたことをよく覚えている。僕にとって兄はー…
「お!そうだ!」
何を思い出したのか兄はくるりと僕に背を向け右手を背に回した。
「なぁ、これ、出来る?」
いまいち『これ』が何なのかわからなかったが、まねて右手を背中に回してみた。
「これ?あってる?」
兄が僕を振り返り背中をのぞく。
「ちがうよ!もっと、こう!」
また兄が背中を向け手を回している。
「手をさ、もっとこう。上の方にのばして。そしたらぼこって出てくるじゃん?これ!…出た?」
背中に回した手を兄と同じように上へとのばす。ちょっと痛いかもと思ったところで指先が何かに当たった。そっと撫でると指先にも背中にも触れた感覚があった。平らだと思った背中に急にできたコブ。一体自分の体は今どうなっているのか。自分の体なのに自分の体ではないような感覚に名前のわからない不思議な気持ちが沸き上がる。
「お!出てるな!」
いつの間にか兄が覗き込み犬歯をちらつかせ微笑む。僕は大きくうなずき笑い返す。
「それでさ。それ、“けんこうこつ”って言うんだけどね。」
「けんこうこつ?」
「そう。“けんこうこつ”」
僕に伝わるように一つ一つ区切りながら名前を教えてくれる。
「それ、実は天使だったなごりなんだって!」
兄が目を輝かせて僕の両目を覗き込む。
「天使だった“なごり”?」
「うん、なごり。僕たちは生まれる前は天使だったんだって!そこに翼があったんだよ!」
こんな風にと兄が両手をめいっぱい横に広げる。
「そうなの?!」
兄は大きく何度も頷く。
「でも翼が出てると邪魔だから、きっと今は体の中に入っちゃってるんだよ。」
「僕たちのツバサ。どんなツバサかな?」
見てみたいなぁとウキウキワクワクしながら考える。
「俺、大きくてカッコいい翼がいいな!」
兄も考えていたのだろうか、顎にあてていた指をパッとおろし、そう言った。
「うん!お兄ちゃんはカッコいいのすごく似合うと思う!僕は…強いのがいい!お兄ちゃんを守れるくらい強くて大きいやつ!」
息も荒く、頬を蒸気させて告げると兄はびっくりした顔のまま固まった。しかし、ゆっくりと溶け頬が緩むと「ありがとう」と言って優しく僕の頭を撫でた。
感謝の言葉も撫でる手も、どこかくすぐったくて声がもれる。
「なぁ。お腹空いてない?」
兄は急にそう声をかけると返事もまたず「もう母さん箱あけたかなぁ」と呟きながら布団から這い出た。
ちょっと待ってよと僕も布団を押し退け兄を追う。2人でそっとリビングへと続く部屋の扉にピタリとくっつき、そっと開ける。ひんやりとした空気が足首を撫でる。月明かりでカーテン越しでも少し明るいリビングのテレビの前にお目当ての箱があった。フローリングに足跡をつけながら近づきそっと伺う。ぴったりくっついていたであろうガムテープは剥がされ、フタの役をしていたダンボールが少し浮いていた。どうやらお母さんは中身を確認して行ったようだ。ほっとしてフタを左右に開く。一番上に手紙だろうか?たくさんの文字が書かれた紙が何枚か置いてあり、その上に僕と兄の名前の書かれた空の小さな袋が置いてあった。僕はそれを端によけ箱の中身を確認する。
「あ、これ!好きなやつ!」
何かのキャラクターをあらわした、丸い凸凹した黒に近い茶色のそれは青い棒に突き刺さりこちらを見ていた。そっと手に取り、その重さを両手に確かめる。
「食べよう」
兄はもうテーブルについていて手招きをする。
僕もテーブルにつくと手にしたそれを裏返し、端をめくって引っ張る。ふわっと甘い香りが鼻をくすぐる。それだけで美味しい気分になり心が弾む。青い棒をしっかりと持ち、口へと運ぶ。
甘い。
と感じた瞬間、奥歯に痛みが走る。
痛いと思わずあげた声に兄が反応し側へ寄る。
「どうしたの?歯が痛いの?」
左手を左頬に当てたまま、何度も何度も頷く。
兄がなだめるように背中を擦ってくれた。
「きっと噛んだから痛いのかも。口の中でゆっくり溶かして食べよう。」
痛みが引いていき、兄の言葉にゆっくりと頷き、甘いそれをもう一度口の中へいざなう。今度は歯に当たらないように。
どのくらいたっただろうか、口の中に甘さだけを残して1本の棒になってしまったそれを名残惜しくくるくると回しながら眺めていると隣にいる兄が「あ!」と大きな声をあげた。
僕はびっくりして隣に座る兄を見る。
兄は目を輝かせて斜め上を見上げていた。目線を追うとベランダへ繋がる窓の外だった。灰色の空に月がまるまると顔をだしていた。
「流れ星!流れ星が見えたんだ!」
「流れ星?」
「そう!流れ星!あー願い事言っとけばよかったー。」
兄が残念そうに肩を下げる。その横で僕はもう一度窓の外を眺める。黒になりきれない灰色の空は星1つ見つけられない。青い棒をテーブルに投げ、窓へと向かう。鍵をあけ、少し重たい窓を押し開けると冷たい風がチクチクと肌をさした。窓から3歩先にある柵をしっかりと握りしめ空を仰ぐ。
「僕も願い事したいな」
口から出た言葉が白いもやになって風に流され消えていく。
真ん丸のお月さまが手が届きそうなほど近く光輝いていた。
左手でしっかりと柵を握りしめ、右手をめいっぱい月へとのばしてみる。
「無理だよ。」
後ろを振り向くと兄が悲しい顔をして窓の側に立っていた。
「ううん。無理じゃないよ。」
僕は大きく首を横にふり、左手を離す。
「あと少しで届くと思うんだ。」
僕は窓をくぐるとお菓子の入っていた箱をひっくり返し、寒空の下へと持っていく。
「僕ね。流れ星に『遠いところに行きたい』ってお願いしようと思ったの。」
逆さまのダンボールを柵の前におく。
「でもね。今日月に届きそうだから。月に掴まって行けそうだから。」
箱の上にのり、右手をのばす。
「お兄ちゃんも一緒に連れてってあげるんだ。」
左手を柵から離し空高くのばす。
するとその手を兄が握っていた。驚いて兄を見上げる。
「天使、なってみようか」
兄は僕に微笑むと空を仰ぎ柵に手をかける。
「けんこうこつから翼を出してさ。めいっぱい広げて一緒に行こうよ。」
兄が手すりに足をかけた。
「それとも…こわい?」
月に照らされた兄の顔が心配げに僕の目をのぞく。
「ううん。お兄ちゃんと一緒なら、僕、何もこわくないよ。」
そう。お腹が空いたって、お母さんに怒られたって、殴られたって、苦しくたって兄と一緒なら大丈夫だった。
兄と繋いだ手をぎゅっと握りしめ、背伸びをして手すりに体を預ける。
「僕、この手絶対に離さない。」
俺もと兄は大きく頷いた。
月を見据える。
体が傾く。
その瞬間、兄の背中に大きな、とても大きな翼が広がって体が中に浮いた。
僕は繋いだ手をもう一度強く強く握りしめ兄を追いかけた。
ー今朝4時頃、◯◯区のマンション前の道路で子供の遺体が発見されました。遺体はそのマンションに住む“そらちゃん”6歳とみられ、ベランダの窓が開いていた事から転落死ではないかと捜査を進めています。また、住んでいた部屋からは死後1年ほど経つ子供の遺体も発見されており、一緒に住む母親から詳しく事情調査を進めていくようです。次のニュースで…
読んでくださりありがとうございました。