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8 ヒロイン『アイーシャ』

更新しました。よろしくお願いします。

ジャハラードの首都「アルナ」は、私の想像をはるかに超えた美しい港町だった。


海沿いの山々を切り崩し、斜面に沿って作られた街並み。

白で統一された外壁は陽光を受けてまぶしく光り、大小さまざまな家屋にはカラフルな屋根がのる。上に行くに従い敷地と家屋が大きくなるのはおそらく意味があるのだろう。その証拠に、街の最上部には城壁に囲まれた広大な敷地。上方にチラリと覗くドーム状の丸屋根は昔見た外国の王宮によく似ている。おそらく王族の宮殿と見て間違いないだろう。


港に目を向ければ、桟橋には数えきれないほどの船が係留され、たくましい体つきの船乗りが積み荷を運ぶ。泊地には岸にたどり着けずやむなく順番待ちを強いられた船が無作為に停泊し時を待つ。退屈そうにキセルを咥える小型船の商人がいれば、大きな貿易船の甲板から釣り糸を垂れて居眠りをする船員、そんな彼らに食事を提供する地元の小舟まで、入り江は大賑わいだ。


それらにぶつからないよう、慎重に船は進む。やがて港の一角に着岸すると一斉に周囲が騒がしくなった。


「殿下」


10人ほどの騎士が姿勢を正しアレンの背後に控える。一瞥し顔を正面に向け、マントを翻しながら颯爽とタラップに向かうアレンの姿は、思わず見とれてしまうほど美しかった。


(それじゃ私も下船の準備を…)


皆の背中を見届け、荷物を取りに戻ろうと踵を返した私の襟首を、いきなり誰かの手がつかんだ。


「ぐえっ……!」

「どこへ行く?こっちだ」

「え…でも荷物が…っ」


警護の末席にいた若い騎士に引きずられるように連れていかれた先は、なんと先頭集団。


「ちょ…なんで…っ」

「殿下のご命令だ。傍を離れるな」


キッと睨まれ、思わず押し黙る。そのままアレンの次席にまで押しやられ、場違いな立ち位置に冷や汗をかく。


「なんてことしてくれるのよ……っ」


笑顔と姿勢を崩さず、前方の殿下に文句を囁く。


「僕の専属メイドなんだから同然だろ」

「だからって…っ」

「ほら、ちゃんとして。ヒロインが来たよ」

「……っ!」


耳打ちされ、ハッと前方に目をやる。タラップの先には美しい黒髪の少女が目を奪われるほどの艶やかな笑みを浮かべてこちらを見上げていた。






「ようこそ我がジャハラードへ。歓迎いたしますわ、アレクシス殿下」


小鳥のさえずりのようなかわいらしい声。美しいカーテシーにさらさらと流れる黒い髪。風になびくベールから漂う甘い花の香り。


(うっわぁ……っ。本物の美少女きたぁ……っ!)


まるで宝石(エメラルド)がはめ込まれているんじゃないかと思うほどキラキラと輝く瞳。

南国育ちとは思えない白い肌に、熱を帯び、わずかにピンク色に染まるふっくらとした頬。まだあどけなさの残るはにかんだ笑顔と控えめな仕草。どれも目が離せないほど愛らしく映る。


(やだ…どうしよう…っ想像以上にかわいらしい…っ!これがヒロインのオーラか……っっっはぁぁ、かわいい!)


きらびやかな装飾品で飾り立てられた面積の狭い踊り子風の衣装もイメージ通りよく似合う。そしてその顔に似合わぬ、メリハリのある体。そのアンバランスさに興奮が収まらない。


「ステ…じゃない、サラ。顔……」


こっそり耳打ちされてハッと我に返る。

半開きだった口元を慌てて閉じる。


(危ない…)


咳払いと同時に気を引き締め、キリリとした顔を作る。そんな私に気づいた彼女がふいにこちらを見つめニコッと微笑んだ。


(わら…っっ!天使…っっっ?!)


そんなアイーシャに魅了されたのはどうやら私だけではないらしく、護衛騎士の何人かが頬を赤らめ、チラチラと彼女に視線を送る。


そんな中、この男だけがブレることなく颯爽と姫の前に一歩を踏み出した。


「王女自らの出迎え、光栄に思います。私はロクシエーヌのアレクシス。お会いできるのを楽しみにしておりました、アイーシャ王女殿下」


アレンが美しい所作で軽く腰を折る。


「まあ、私のことをご存じでいらっしゃいますの?」

「もちろんです。殿下の人柄と手腕はわが国でも称賛されておりますから」

「光栄です。私も殿下のお噂を聞いて是非お会いしたいと思っていましたの。同じ思いで大変うれしく思います」


小首をかしげながらしゃべるのは彼女の癖なのだろうか?その姿がこれまた愛らしい。


「本来なら王太女である姉が出迎えるべきなのですが、あいにく体調を崩しております。非礼をお許しください」

「そうでしたか。ご回復心よりお祈りいたします」

「ありがとうございます。アレクシス殿下」


アレンがほほ笑む。その笑顔にアイーシャの頬が僅かに赤く染まる。


「ひと月と短い期間ではありますが、互いの国益のため更なる友好を深められたらと願っております」

「私も同じ思いです。今後の両国のため、互いに尽力いたしましょう」


アイーシャがアレンの前に右手を差し出す。

通例通りであればアレンがその手に口づけを落とし、形式的な挨拶は終了となる。



それなのに



アレンはそうはしなかった。


「……?」


アイーシャが小首を傾げ、不思議そうにアレンを見つめる。


「非礼をお許しください、アイーシャ殿下。実は私には、国に残してきた大切な婚約者がおります。この唇はいつ何時も彼女のためだけに捧げたいと思っております故、その手を取ることはご容赦頂きたい」


(……っ!)



静まり返る周囲と、冷や汗で凍り付きそうな私。そして見つめ合うアレンと王女。


「婚約者がいらっしゃるの?」


アイーシャが訊ねる。


「はい。この世で一番愛しい女性です」


(……!)


真剣な目で王女を見つめるアレンに、今度は私の頬に熱が集まる。


アイーシャは静かにアレンの顔を見つめていたが、すぐに目を細め優し気にほほ笑んだ。


「そうでしたか。そのように殿下に思われるお相手とはいったいどんな方なのでしょう?羨ましいわ。ぜひ一度お会いしてみたいです」

「僕にはもったいないくらいの素敵な女性です。いずれ機会があれば是非」

「ふふ、お待ちしておりますわ」


終始和やかな雰囲気の二人。


(婚約者の話を持ち出されてもあんなに穏やかだなんて…。これホントにゲーム関係してるのかしら?お姫様、アレンのことなんとも思ってないみたいだけど…)


ピンと張りつめていた緊張の糸が若干緩む。


「皆様もお疲れでしょうから挨拶はこのくらいにいたしましょう。宮殿までご案内致しますわ」

「お心遣い感謝いたします、殿下」



差し出していた手を引っ込め、にこやかに微笑む王女の足元でシャランと澄んだ音色が響く。小さな鈴がいくつも取り付けられたアンクレットは動く度シャランシャランと耳障りのいい音色を奏でる。

その軽快な歩みからは、先ほどのアレンの言動に対する動揺や落胆は一切見られない。


(もしかしたらアレンは対象外なのかも。考えてみれば対象者はアレンだけじゃないんだし、他に好きな人がいてもおかしくないんじゃない?)


前もってフラグをへし折ったアレンのやり方はある意味最善だったのかもしれない。


(にしても、ほんとかわいいなぁ。もし意中の人がいるなら絶対に結ばれて欲しい。応援するくらいいいよね?)


先を行くアイーシャの後ろ姿に熱い視線を送る私。

そんな彼女の表情を窺う事は出来なかった。



本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

次回更新は明日11/12(土)19時頃を予定しております。

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