5 行先はまさかの…
おはようございます。
「それで? この船はどこに向かってるの?」
ようやく本題に入る。
カップから口を離し、アレンが上目遣いに私を見た。
「ステラはジャハラードって聞いたことある?」
「ない」
即答一択。
予想通りだったのか、特に動じる様子もなくアレンが続ける。
「ジャハラードはロクシエーヌのはるか南西に位置する島しょ国で、この世界で唯一、女性国王を掲げる王国の名なんだ。僕たちは今そこに向かっている」
「へぇ、女王様…」
島の女王。何となく某海賊マンガの蛇を連れた美女が脳裏に浮かぶ。
「今回の目的はかの国の視察と親善。それと復権した僕のお披露目ってとこかな。ジャハラードの女王とベアトリーチェ前王妃は頻繁に交流してたみたいだから。初公務としてその任を引き継ぐことになったんだ」
「ベアトリーチェ王妃…」
たった一度お会いしただけの前王妃。アレンの実の母、ルイーズ様の後妻として王妃となり国のために生涯をささげ、自ら命を絶った賢女と呼ばれた人物。
「期間はおよそひと月。行きと帰りの旅程を含めるとひと月半は拘束されることになると思う」
「ってことは、春休暇が丸々つぶれるってこと?」
「まあ、そういうことになるかな」
「はぁぁ…、そっかぁ」
この休みは新事業の立ち上げに使おうと思っていた。その予定が狂い深く息を吐く。
まだほんのりと湯気の立つカップから「コフィア」の豊潤な香りが漂う。前世では「コーヒー」呼ばれた琥珀色の嗜好品。この世界にも存在していたことを心の底から喜ばしく思う。
「それにしたって、なんでこんなに急なの?前もって話してくれればそれなりの準備ができたのに。いくら王族だからってレディの寝込みを拉致るのは犯罪だと思うんだけど」
そうだ。もっと早く言ってくれたら、きちんと下調べもできたのに。
「…言ったら、たぶん君は来ないと思ったから」
「なんで?」
タダで旅行。しかも国外なんてこんな楽しいこと断る理由がない。
しかも船旅なんて前世でもしたことはない。当時は晩年の目標として世界一周クルーズを掲げ貯金してたけど、30歳を目前に死んでしまったため結局叶えることはできなかった。
(メイド仕事込みだけど、多少の自由時間はもらえるだろうし。知らない文化に触れる絶好の機会だもん。二つ返事でOKにするに決まってるのに)
「じゃあさ、紗奈は【救国の乙女アイーシャ】って言葉に聞き覚えはある?」
「救国のアイーシャ?」
急な話題変換と敢えての過去名呼び。察するに過去頃も含めて考えろという事だろう。一応頭をひねるが、覚えはない。
「さあ…?知らないと思うけど…」
そう答えたはしたものの、何かが引っかかる。言われてみればどこかで聞いたような気がしないでもない。
「【救国の乙女アイーシャ】。君が主人公だった【白き乙女ステラ】の続編として制作された乙女ゲームのタイトルなんだ。ヒロインの名は【アイーシャ】。舞台となる【ジャハラード王国】の第三王女だよ」
「そう。って、なんでいきなりそんな話?今回の視察となんの関係が……」
思考が止まる。
耳から入った情報がうまく脳内で解読できない。
「…私たち、どこに向かってるんだっけ…?」
「ジャハラード王国」
「ゲームの舞台は…?」
「ジャハラード王国だね」
「…………」
「…」
ぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽく…………………………………………………………………………………………………………チーン。
脳内で単調な木魚がリズムを刻み、やがて電球が灯る。
本日2度目のひらめき。
私は椅子を倒しながら勢い良く立ち上がった。
「……ジャハラード王国?!……アイーシャ…っ?!王女って……っまさか!!!」
カチャリと音をたて、ようやく私の中の何かがはまった。
アレンの満面の笑顔が腹立たしいほど光り輝き、ゆっくりと頷く。
「そう。僕たちは今、続編の舞台になる王国、ジャハラードに向かってるんだ」
「…っゲーム……っ?!続編?!!またぁぁぁっ――――――っっ?!!!」
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回更新は本日11/6(日)19時頃の予定です。
引き続きよろしくお願いします。