4 クローゼットの中身は「白」と「黒」?!
「早かったね」
メイドに案内されたのは、船内とは思えないほど豪華な内装に彩られた食堂だった。繊細な彫刻が施されたテーブルには上質なクロス。その上にはおいしそうな朝食がこれでもかと並んでいる。
給仕の男性がひいてくれた椅子に腰を下ろすと、すかさず運ばれてきたのは黄金に輝くオムレツのプレート。ホカホカと立ち上る湯気からはクリーミーな香りが漂ってくる。
「ああ、それにしたんだ。いいね、とてもよく似合ってる」
「……おめがねに叶ったなら何よりです」
窓に詰まる、というありえない失態から半刻ほど後。
朝食というにはあまりに遅い食事の理由が、自分にあることを猛省しつつ「いただきます」と手を合わせ、オムレツをパクリと頬張る。
(おおおっ!!これは…おいしすぎる…っ!)
細かく刻んだベーコンと一緒に流れ出るとろっとろのチーズ。味や見た目は元より、食感、舌触りも最高の逸品だ。
(さずが王家のヘッド・シェフ…っ!できる事ならおかわりしたい…っ)
「ここから先、目的地までは10日ほどの船旅になる。鮮度の落ちるものから消費していくから、豪華なのは今だけだよ」
「そっか、なるほどなるほど」
それは味わって頂かなくては。
心行くまで咀嚼…するまでもなくオムレツはあっという間に喉の奥に消える。
その余韻を楽しみつつ、
「……それじゃ、改めて説明してもらえる?これと…それからこれについても」
私は今着ている服と顔面を指し示すと、そう切り出した
◆〇◆
窓から救出された私が、ブツブツと船医に小言を言われつつ、若干手荒な治療を施されている間に、アレンは姿を消していた。テーブルの上には彼の字で残された手書きのメモが1枚。
「クローゼットに服を用意したから好きなのを着ていいよ。着替えたら食堂に来て」
言われた通りクローゼットを開け、思わず言葉を失う。
(……………なぜに?)
クローゼットにぎっしりと詰め込まれていたのは、あふれんばかりの「黒」と「白」。
「黒」はデザインや丈に多少の差こそあれ、色や雰囲気がほぼ同一の清楚なワンピース。
「白」はそれらの上に重ねられるよう準備されたエプロンドレス。
それらがおよそ、7:3の割合でぎゅうぎゅうに詰め込まれている。「白」に関して言えば被りのモノから後ろで結ぶタイプまでデザインは様々。共通点は純白であることと肩や裾にたっぷりとフリルがあしらわれていることくらいだろう。組み合わせ次第でスタイルの幅は無限に広がるが、一歩間違うと痛い女子になりかねない、センスが問われる難しい衣装ともいえる。靴はバリエーションが少なく黒革一択。すべてが踵の低いもので統一され華美な装飾は一切なし。髪飾りも然り。キャップかカチューシャの二択で色は白。
散々迷った挙句、ひざ下10センチ程の長袖のワンピースに、細かいピンタックの入ったフリル少なめのエプロンを合わせた。被りではなく後ろで結ぶリボンタイプにしたのは単に着用の手間と動きやすさを重視しただけ。同じ理由で足元は脱げにくいストラップ付の靴。それに黒のタイツを合わせ、髪にはシンプルなカチューシャを選んだ。そして暗黙のルールに従い、髪は低い位置で一つに束ね、邪魔にならないようお団子にする。
これならどこに出ても恥ずかしくない立派な令嬢………もとい使用人といえるだろう。
メイド服。
人は皆、親しみを込めてこの「お仕着せ」をこう呼ぶ。
「何でメイド服……って……あ?」
鏡に映った自分を見る。
「んんっ?!」
そして無意識に、自分の顔を撫でくりまわした。
◆〇◆
「今回の公務には、どうしても信頼できる側近の侍女かメイドが欲しかったんだ。だったらステラがいいなって打診したらOKが出た」
「打診って…誰に?」
想像に難くない質問を敢えてする。
「国王陛下」
「……」
「でも、『白き乙女』として君を国外に出すのはまずいって言われて、じゃあ姿を変えたらいいんじゃないかって話になって。急遽バーナードにそれを作ってもらったんだ」
アレンが私の首元を指さす。そこにはウズラの卵ほどの大きさの琥珀をトップにあしらったシンプルなネックレスがかけられていた。
「それには変身魔法が込められてる。身に着けてる間しか効果はないみたいだから滞在中は絶対に外さないようにって」
「……」
着替えを終え、鏡に映し出された自分の姿を見て驚いた。茶色みがかった黒髪に黒い瞳。そこには見知らぬ少女が映し出されていたのだから。
「貴重なものだよね?これ」
この石には見覚えがある。三大公爵の一家門であるアドラム家が、代々守ってきた護り石の一つに間違いない。
「まあね。本当はバーナードを同行して直接魔法をかけてもらえたらよかったんだけど、謀反の家門の跡取りを国外に出す訳にはいかないから。とはいえ、これだけの遠距離で魔法を維持するのは無理だって言うから代わりの媒体として、それに魔法を込めてもらったんだ」
変身魔法。
この世界ではロクシエーヌの4大家門、王家と3つの公爵家にしか魔法の力は世襲されない。その中でも上位の魔法士にか使えないのがこの変身魔法だ。
以前、アレンには同様の魔法がかけられていたことがある。
緋色の髪に藍色の瞳。
当時はそれが、彼の本当に姿だと思って疑わなかったけど、実は王子としての素性を隠すためにかけられた仮の姿だと知って驚いた。しかもかけたのはたった5歳の幼い男児。
ロクシエーヌの前宰相の息子である彼は、三大公爵家の一つアドラム家の唯一の後継者でもある。父親である先代公爵が大罪によって処刑された現在、後見人であるハリエット侯爵家の預かりとなっている齢14歳の土魔法の天才だ。
ピカピカに磨かれた銀食器に映る見慣れない自分。
けれど、どこか懐かしいその姿に不思議と違和感はなかった。
「懐かしいね」
唐突にアレンが言った。顔を上げると目を細めてじっと私を見つめる彼と目が合った。
「ほんと…すごく懐かしい…」
あふれる思いを抑えるかのようにぐっと唇を引き結び、もう一度小さくそう呟くと、静かに目を伏せた。
「……」
彼が何を思うのか。
にぶちんの私にもそれくらいはわかる。返す言葉が見当たらず、カップに目を落とした。無言で揺蕩う水面をぼんやりと見つめる。
「君の呼び名だけど…」
「ん?」
「…サナってどうかな?」
「……」
顔を上げると、いつも通りのアレンの笑顔がそこにあった。
「…ほら、仮名は必要だろ?ステラって呼ぶわけにはいかないし。もちろん、他の名前が良ければそれでもいいけど、なにかある?」
微笑みの裏にある感情には、あえて触れないことにした。
「いいんじゃない?それなら呼ばれてもちゃんと返事ができそうだし」
ふふっと笑って見せる。
「だね。…じゃあ今日からよろしくね、サナ」
安堵の笑み。かすかに揺れる瞳を見つめ、私はそっと彼の手に自分のそれを重ねた。
未だ彼の中に宿る後悔の念。生まれ変わり、気持ちが通じ合った今となっても、深く彼の心に根付いている心の闇。
(アレンにはこれから、前だけを見て生きて欲しい。過去じゃなくて今を)
そう、静かに願った。
本日もお読みいただきありがとうございました。
次回更新は明日11/6(日)11時頃を予定しています。
よろしくお願いします。