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2/17

1 夢と現実の狭間で

本日より連載開始しました。

宜しければお付き合いください。

あれは、私だ。



西日が射しこむ、人気のない図書室。

窓際のいつもの席に腰を下ろし、ぼんやりと外を見下ろす一人の少女。

視線の先には体育館と、渡り廊下で繋がれた武道場。それぞれの開け放たれた窓からは、部活動に励む生徒たちのかけ声や楽しそうな笑い声が漏れ聞こえてくる。そんな喧騒ですら、学校生活に全く刺激を感じなくなった今の私の耳には心地よく響いた。


外練の集団の中に、ふと見知った顔を見つけた。

誰よりも早く学校の外周を早く走り終え、ゴールに駆け込む一人の少年。

荒い息を整えながら、額の汗を紺色の道着の袖口で拭う。マネージャーと思しき少女が駆け寄り笑顔でタオルを差し出すと、無表情でそれを受け取りガシガシと頭を拭う。そんな男の子らしい一面を目の当たりにし、思わず笑みが浮かぶ。


少女が上目づかいに彼を見上げわずかに小首を傾げる。そうしてはにかむような仕草で道着の裾をちょこんとつかんだ。その頬はおそらくピンク色に染まっているんだろう。そんな彼女を一瞥し、少年が僅かに唇を動かす。そしてその手をやんわりと制すると、そのまま背を向けて歩き出した。


(あの娘…、剣道部のマネになったんだ)


少女には見覚えがあった。


(名前は……確か一条…。名前は…るみ…だっけ、いやルイだったかな……)


おととしのクラスメイトではあるが、残念ながら名前までは思い出せない。


(まあいっか今更。どっちでも…)


彼女とは初対面の印象があまりに悪すぎた。

学年が代わってからは一度も話したことはない。おそらくこれから先も二度と関わることはないだろう。


(最初から私なんかに頼まないで、自分で動けばよかったのに。そうすれば…)


ついつい浮かぶ恨み節。そんな事を思ったところで今更過去に戻れるわけでもない。


(…まあ、もう私には関係ない話だけど…)


別に彼女の恋路を邪魔しようと思ったわけじゃなかった。私の言い方が悪かったのかもしれないしそうじゃなかったのかもしれない。でも結果として私の居場所は今、図書室(ここだけ)になった。


前を歩く康介を彼女が追う。揃いの道着を着た部員たちが冷やかすように揶揄い、彼女が大きく拳を振り上げた。怒りつつもどこか嬉しそうな彼女の態度につい冷ややかな視線を送ってしまう。その先を、まるで無関心な態度の康介が歩いていく。


(昔は甘えん坊で泣き虫だったくせに…)


恋愛対象として多くの女子の目にとまるようになった少年に、つい上から目線な言葉を吐く。


(まあ、あれだけかっこよくなったんだから無理もないか…)


たった2年の間に、私と同じくらいだった身長はぐんと伸び、声も随分と低くなった。剣道も全国大会に出場できるほどの腕前になったし、他校から彼目当てに訪れる女子も一人や二人じゃない。


初恋だと思っていた自分の気持ちが「子を見守る親」の感覚に近かった事実に思わず笑いがこみ上げる。


「そうだね、康介。確かに…私はもう必要ないかもね」


彼の言葉を思い出し、少し寂しい気持ちになる。成長した幼馴染が建物の影に入る瞬間まで見つめ、私は読みかけの本を閉じ、静かに席を立った。


その時だった。


彼の足が突然止まった。

どうしたんだろう見つめていると、ふいに彼が振り返りこちらを見上げた。その眼差しが真っすぐに私を捉える。



どうして…?



目が合うはずがなかった。そもそも私がここにいる事を彼は知らない。それに拒絶されたのは私の方だ。


急に視界が白く霞み始めた。体全体がフワフワと揺らぎ激しい眩暈に襲われる。まるで船にでも乗っているかのような酩酊感に気分が悪くなりその場にしゃがみ込もうとした…が、なぜか足元に地面が…ない。


(落ちる…っ!!)


真っ暗な穴に吸い込まれながら、瞬間的に伸ばした手がむなしく空を掴む。



「康介―――っ!!」



白く霞んでいく視界の向こうに消えていく彼の名を、思わず叫んだ。




◆◇◆




暗闇の中、はぁはぁと荒い息づかいが聞こえる。それが自分のものだと気付くのにそう時間はかからなかった。ゆっくりと瞼を上げると明るい光が視界を奪う。再び目を閉じ、徐々に整う呼吸を感じながら、無意識に伸ばしていた手で顔を覆った。



「夢か…」



丸窓から差し込む光の眩しさに、今まで自分がいたのが夢の世界だと気がついた。


(なんで今更、あんな夢…。ずっと忘れてたのに)


体を起こし息を吐く。いやな汗が手足を冷やし、胃の奥がキュッと痛む。


(水…飲みたい…)


枕元の水差しから水を注ごうと伸ばした指先に「はい」とタイミングよくコップが手渡された。「ありがとう」とお礼を言い、ごくごくと一気に飲み干したところで違和感に気づく。


「……っ!」

「おはよう、ステラ」


学園の女子寮。居てはいけないはずの人間の声に、一瞬心臓が止まった。…かと思った。


「……ぅわぁっ!!」


ありえないほどの至近距離から聞こえてきた声に顔を巡らす。そこには鼻がくっつきそうなほど間近に、美しい婚約者の顔面が微笑んでいた。


「ぎゃ…っ!!」


令嬢にあるまじき声を上げ、口から飛び出しそうになった心臓を慌てて飲み込むと可能な限り飛び退(すさ)る。意外に近かった壁に思い切り後頭部を打ち付け、目からチラチラと星が舞った。


「いった……っ!」

「……大丈夫?!」


大丈夫…なわけがない。後頭部を押さえうずくまる私に、


「朝から元気だね、ステラは」


フフッ、とアレンが呆れたような声で言う。

「誰のせいで!」と「どうしてここに?」は、痛さのあまり言葉にならない。静かに悶え苦しむ私の脇にアレンが腰を下ろした。


「どうしたの?急に()の事『康介ッ』なんて呼ぶからびっくりした。あ、もしかして()()の頃の夢でも見てた?」


そう言いながら私の後頭部に手を伸ばすと患部に優しく触れながら優しく撫でる。蕩けそうな顔で私を見つめるその表情が何とも神々しく、思わずギュッと目を(つむ)る。


(眩しい…っ!眩しすぎて直視できない…っ!)


王家の象徴であるサラサラな金髪(ブロンド)に宝石のように輝く緑柱石(エメラルド)の瞳。本来の姿に戻ったアレンの、いかにも王族然とした容姿にはなかなか慣れる事ができない。スラム時代の緋色の髪、藍色の瞳が懐かしい。


「どんな夢だったの?」


何気なく聞かれただけの軽い問い。なのにうっかり言葉を詰まらせた。


「ああ…えっと…ね……」



(昔話に花が咲くような夢じゃなかったんだよね。どうしよう…)


まだ中学生だった当時の苦い思い出。産まれた時からずっと仲が良かった私達だったが、徐々にその関係は崩壊した。お互いがお互いを想った行動は徐々にすれ違い、結局死ぬまでその心はすれ違ったままだった。


(今更お互いの傷をえぐる必要はないよね。アレン、結構思い詰めてたみたいだし…)


私はごまかすためにへへっと笑ってみせた。


「夢…?あぁ、夢ね。…えーと、なんか見てたような気もするけど…なんだっけ?アレンがびっくりさせるから忘れちゃった。ごめん!」


ウソをつくのは苦手だけど、これくらいはいける…と思う。


「…そう?」


アレンが納得いかないように片眉を上げ、探るように私を見る。が、ニコニコと微笑み続ける私に根負けしたのか、やがてはぁ…と大きく息を吐いた。


「全く…頑固なんだから…」


そう、ボソボソとつぶやく。


そうして乱れて顔にかかっていた私の髪を一筋掬い上げるとクルクルと自分の指に絡め、優しく微笑んだ。


「幼馴染兼婚約者としては、君の事は何でも知っておきたいんだけど…まあ、()()()()()()教えてくれればいいよ。でもそのかわり…」


絡めた指先に顔を寄せその髪に優しく口づける。そして、上目遣いに私を見上げた。


「おはようのキスをしてもいい?」


この顔面でそんな風にねだられて、断れる人がいるだろうか。


「あ…えっと……。ど、どうぞ…」


ガラにもなく、熱を持った顔を隠すべく視線を外した私の顎を、彼は強引に持ち上げ、その唇に優しく触れた。


お読みいただきありがとうございました。

そこそこの長編になる予定ですので、しばらくお付き合い頂けると嬉しいです。

週1回~2回のペースで更新予定です。ブクマ登録、ユーザー登録して頂くと活動報告等で更新をご確認いただけます。宜しければご活用くださいませ☆

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