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ソウルメイト  作者: KUMAKO
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5話 不思議な洞窟

夜中、シュウは教会を出て、森をあてもなく歩いていた。静かな森を歩いていると、姉さんが死んでしまったことが嘘のように思えてくる。


ーケリーが遺体で発見されたとき、シュウは何もできずにただ震えていた。


オリハがケリーの脈を確認した後、父が騒ぎを聞きつけやってきて、オリハと共にケリーを家に運んでいった。シュウは、それをただただ眺めていた。


サエとヨイチに支えられながら、「とりあえず教会で休みましょう」とまるで遠くから聞こえてくるようなサエの言葉に頷く。


「シュウ君、すまなかった。ケリーさんを助けられなくて・・・」とミンダは申し訳なさそうな表情で遠慮がちに言ったが、ミンダのせいでないことくらいは理解していた。


他の面々も、シュウにどう声をかけていいか分からない様子だった。


シュウは、教会に着いたあと「とりあえず、眠りたい」と弱々しい声を出した。


ー不思議だ。こんなにショックなことがあったのに、体は疲れて眠りたいと考えているなんて。


シュウの言葉に他のメンバーは顔を見合わせて、少し戸惑った表情をしながらも、全員何も言わずにブランケットに包まって横になった。


そして、いつしか眠りについた。


横になったシュウは、浅い眠りを繰り返していて、寝ても寝ても悪夢を見てしまう。しかし、何度目が覚めても姉さんが死んだ現実からは逃げられないということを認識させられる。


シュウは、目を覚まして教会の遠い天井をしばらく見つめていたが、そっとブランケットから体を出し、そっと教会の外に出た。


時刻は夜中の1時か2時頃だろうか?月は雲に隠れて、あたりは本当に真っ暗だった。


この暗闇の中に溶けて自分がなくなってしまえばいいのにと感じた。自然は優しいから、自分みたいな人間でも受け入れてくれるのではないのだろうかと。


暗闇に目が慣れてきたシュウは、森の中を何処へでもなく歩く。姉さんが倒れていた場所は自然と避けている自分に気がつきながらも、歩みを止めずに進む。ぼんやりと、ただ前を見つめて。


すると、木がスッとなくなり、開けた場所に出る。そのことにシュウはびっくりして、ハッと顔を上げる。


「こんな場所あったんだっけ?」


森で遊ぶことの多かったシュウは、迷路のような森の構図が頭に入っていた。こんな時でも、自分がどこにいるかを理解はしていて、シュウは川沿いに向かって歩いていたはずだった。


本来川にぶつかるはずの場所に開けた場所があり、何やら洞窟につながっているような入り口が見える。周囲は木々に囲まれていた。川はどこに消えてしまったのか?


「この村に洞窟が?」


シュウはそう呟きながら、これまで1度も見たことのない洞窟の入り口を見つめながら、昨日オリハと話した「エオリアンハープ」のことを思い出していた。


外がどんなに嵐で荒れていようとも、洞窟の中には静かな笛の音が響き渡っている・・・。


シュウは惹かれるように洞窟に吸い込まれていった。


森の暗さに慣れたシュウの目でも何も見えないような漆黒の暗闇。それでもシュウは洞窟が奥深いことを知っている気がして、行き止まりを恐れることなく突き進む。


ぼやんとした光が目に入ってきた。何か神々しいような金色の光だ。そこに、白い服を着た女の人が浮かび上がる。


ーショックでついに幻覚が見えるようになったか


と、シュウはため息をつく。すると、


「シュウくんはじめまして。うふふ」


と女の人は喋りはじめた。銀色の髪と白い肌、白い服と明るい表情。


ー天使みたいだな


とシュウは思った。


しかし、その天使は突然


「私、昔聞いた『人魚姫』って話嫌い」


と言い出した。


「え?」


とシュウが戸惑っていると、


「あれさ、おかしくない?王子のために人間になったもののさ、最終的に王子の幸せを祈って自分は精霊になるだっけ?なんだか忘れたけど、自己犠牲がすぎない?」


女の人は、少し怒った表情をしながら、


「王子殺せば自分は人魚姫に戻れるんでしょ?勘違いヤローの王子、しかも、勘違いさせやろーの王子なんてひと思いにやっちゃえばよかったんじゃないの?」


と話を続ける。シュウは、天使みたいな人だと思ったことと、話す内容のギャップに面食らっており、口をあんぐりと開けてしまった。


「あ、ごめんね、1人でペラペラと。シュウくんに久しぶりに会ったからつい懐かしくなっちゃって。あ、私はヒマリって言うの。よろしくね」


シュウは、ヒマリの顔を記憶から探ってみたが、全く覚えがなく戸惑っていた。


しかし、ヒマリは、


「あ〜!シュウくん懐かしい!うふふ。変わってなくて、やっぱり好きよ、私は」


とひとりで興奮している。


「あ、ごめんごめん、それはいいとして、この洞窟は村の人たちが探している場所なの」


と、戸惑っているシュウの顔を見ながらヒマリはサラリと重要なことを言ったようだった。


「村の人たちが探している?」

「そうそう。あ、シュウ君はこの村がどんなところか分かってないんだったわよね。この村はね〜。ま、、、それはいっか。」


と、少し微妙な表情をシュウに向けながら、


「ともかく、この洞窟は夢の洞窟よ」

「夢の?」

「そう。シュウ君が望む世界につながっている洞窟なの」


その時、真っ暗だった洞窟がふわりと明るくなり、周囲が見えてきた。洞窟に入ってきたつもりだったけど、周囲に壁が見当たらない。


「うわ!」


シュウは自分の足元を支える土のようなものがないことに気がつき、心臓がヒヤリとして思わず声を上げる。


「大丈夫よ〜。ここ、宇宙空間みたいなものだからぁ〜」


ヒマリは呑気な声を上げるが、シュウは「宇宙空間ってなんだよ!」と心の中で叫ぶ。


だんだん足元を直視できるようになって周囲の様子が分かってくると、どこか明るい場所にいるようだった。明るいような暗いような。ぼやんとした光に囲まれ、どこか異次元の空間に自分がポツンと浮かんでいるように思えた。


「それでね、シュウくん。シュウくんの意思を聞きたいんだ」

「オレの意思って?」


シュウはその空間になぜか安心感を覚え始め、少し眠くなってきていた。


「もし、シュウくんが望むなら。今の世界とおさらばできるのよ」

「今の世界とおさらばって、、、?」

「シュウくんが、こうなったらいいな、ああなったらいいな、って思う世界。シュウくんが望む全てが叶う世界にいけるよ」

「オレが望むことすべてが叶う世界」

「行きたい・・・?」


ヒマリの優しい問いかけにシュウは戸惑いながら考える。


ー自分が望む世界。例えば、姉さんが生きている世界。ピアノの才能がすごくあって、誰からも認められる世界。父さんが夢を応援してくれる世界。誰からも否定されない世界・・・・。他に、オレは何を望んでいるんだ?


ヒマリはシュウの心が読めたかのように


「自分が何を望んでいるのかって分からない部分もあるよね。とりあえず、経験してみよっか?」


と少し妖艶な笑みを浮かべながら言った。


そして、現実のシュウは深い眠りについたようだった。


ヒマリは思う


ーいつの時代も人の望みというのは難しいわよね




シュウは、ビルに囲まれた都会的な場所に降り立っていた。


自分が住んでいる村ではなく、1度ピアノのコンクールのために来た場所のような・・・。スタイリッシュな建物などコンクリートに囲まれ、着飾った人々が行き交っている。


「おはよう!」


ふと、シュウは声をかけられたので振り返ってみると、制服を着たケリーが立っていた。


「ね、姉さん・・・」


と、シュウは声をあげようとしたが、なぜか、ここが本当の世界でないことに気がついていた。そして、ケリーは姉さんではなく、先輩であることに気がつく。自分と同じ制服を着ている。


「先輩・・・」

「どうしたの?なんか元気ないじゃん!課題曲がうまくいかないの?」


そう、シュウはこの都会的な場所で、音楽の学校に通っているのだ。シュウが育った村には学校はない。なので、知識でしか知らないがずっと憧れを持っていた。


「課題曲難しいんだ。今はシューマンをやっているんだけど」

「ほう!やっぱりね!シュウ君はさ、ショパンとリストに関しては完璧だから、他の作曲家の課題曲で悩んでいると思ってたよ」


自分の意思とは別に会話が進んでいくようだった。それにしても、ここの世界で、自分はショパンとリストに関しては完璧に習得しているらしい。


「オリハ君と学校始まって以来の天才って言われてるもんね。でも、ここだけの話」


ケリーは少しいたずらっぽい笑みを浮かべながら、


「シュウ君の方がうまいよね。特に感情表現が素晴らしいっていうかさ。オリハ君は天才っていうか秀才って感じかなぁ。努力家だし」


なるほど。


オリハもこの世界にいるらしいが、天才オリハはこの世界では秀才でかつ、自分の方が実力があるという。なんと都合のいい世界。


「あ、オリハ君だ!聞こえてないよね今の?じゃ、また今度一緒に練習しましょう!」


それまでシュウと並んで歩いていたケリーだったが、校門の前にいるオリハに気がつくと、慌ててて走っていってしまった。


ケリーと自分はどうやら仲がよく、ケリーはこの世界では、自分のことをすごく可愛がってくれる音楽学校の先輩らしい。シュウは心地よさを感じながらも、校門の前でこちらを見ているオリハに気がつく。


少し敵意を向けたような、シュウが見たことのないような表情で立っていた。


「シュウ君おはよう」


オリハが声をかける。そして、


「この間の演奏会。シュウ君が最優秀賞をとったことは認めるよ。君のバラード1番素晴らしかった」


シュウはどうやら学校内で行われた演奏会に出演し、ショパンの曲の中でも多くのピアニストが愛する「バラード1番」という難曲を弾いたらしい。現実のシュウは、まだ弾いたことがなかったが。


「正直悔しい気持ちでいっぱいだよ。だけど、やっぱりボクはまだシュウ君には叶わないみたいだね。先生にもシュウ君の感情表現を見習えと言われた」


オリハの美しい顔が少し歪んだが、すぐに「フフ」っと息を吐いて言った。


「ぼくは君のことをライバルだと思っているけど、君にとってぼくはそうじゃないんだろう?」


オリハはシュウをまっすぐに見つめたが、シュウはなんと答えていいのか分からなかった。


ー違う。それは逆だ。オレはオリハの才能を強烈に意識していたが、オリハはオレのことを知りもしなかった・・・


シュウはそう言いたかったが、喉が焼けたようにヒリついて言葉にならなかった。そうまるで、声を奪われた人魚姫のようだ。本当のことを伝えたいのに、伝えられない。


しばらく、シュウの言葉を待っていたオリハだったが、シュウが何も言わないので諦めたような表情になった。そして、クルリと背を向けて、校門の中に消えていった。


周囲の生徒たちがヒソヒソと話す声が聞こえる。


「シュウくんよ。あの最優秀賞の!」

「素敵!演奏会、本当に素敵だったわ」

「私もファンなの」

「いいよな、天才は」

「自分が一生懸命練習してるのが嫌になるな」


シュウはピアノの天才として認識されているようだった。


ー違う。オレは天才なんかじゃないのに。


そう思いながらもシュウは特別な才能を持った人間に向けられる羨望と憎悪が入り混じった視線を始めて感じていた。


ー天才になれば。才能さえあれば、全てがうまくいくと思っていたけど・・


シュウは必要以上に人から注目されることの居心地の悪さを感じていた。そして、校門に入れず、どうしていいか分からずうつむいていると、


「あ、じいちゃん!あの人ピアノめっちゃうまいやつじゃね!」

「ミンダ、やめなさい指差すのは!・・・まったく」


と、何か懐かしい声が聞こえてきた。


ヨイチとミンダだった。


「あの!わたくし、あなたのファンでして!握手いいですか?」


とヨイチが差し出した手をシュウは握る。シュウは少し泣きそうな顔になった。こんな全てがおかしくなった世界で、変わらない2人に会えたからだろうか?


「シュウ君、トップを走ることは大変なことじゃ。努力も必要じゃし。色々辛いこともあるじゃろうけど、頑張ってな」


ミンダは相変わらず優しくシュウに声をかける。でも、この世界では2人とはなんの関わりもない。2人は単なる通行人でしかなく、気がついたらシュウに背中を向けてどこかへ消えていた。


居心地が悪い中、校門の中に足を進める。シュウは教室に着くまでの間、人からチラチラを視線を送られているのを感じていた。


その居心地の悪さは、教室に入っても変わらなかった。


特に、このクラスは音楽学科の中でも特別な才能があるメンバーを集めているようで・・・。教室の中の方がさらに刺すような、感情的な視線を浴びる羽目になった。


隣の席にはオリハがいたが、澄ました顔をして、音楽史のようなものを読んでいた。


ーオリハはこんな気持ちだったのだろうか?


人とは違う才能を持って生まれ、「あいつは俺とは違う」と心の距離を置かれる。羨ましいと憧れられることもある反面、そのあまりの輝きに影が生まれる。影を生むつもりなどなくても、勝手に影は生まれる。


教室に先生が入ってくる。父だった。この世界では父がクラスの教師のようだ。朝のホームルームが終わった後、満面の笑みで話しかけられる。


「シュウ、この間の演奏会とてもよかったぞ」


シュウの才能をかけらも疑うことのない、シュウを心から褒め称えるような笑顔だった。


「先日教えたコーダ、滞りなく弾けていた。いやはや。本番に強いやつだな、シュウは。これからも期待しているぞ」


それだけ言うと、エイトは教室を出て行った。生徒たちはシュウの方に目線は向けずとも、耳だけはしっかりと会話をキャッチしていた。


こんな風に、いつも先生から特別目をかけられているシュウを好意的に見れるはずがないと、周囲の生徒たちの気持ちを理解したのだった。


1日中、居心地の悪さを感じながら学校を終える。


シュウは学校に行ったことがなく、地域によっては学校のようなものがあると聞かされていただけだった。


それでも、学校に憧れを持っていたのだが、夢見ていた学校生活とは随分違っていた。友達を作って、楽しく過ごしてみたかったのだが・・・。


学校が終了し、シュウはひとりでトボトボと家に帰る。どうやら寮で1人暮らしをしているようだ。寮は1人1棟が割り振られているような立派な建物だった。ドアの前まで来たとき、


「シュウ君、いま帰り?」


と、突然声をかけられた。少しビクッとしたシュウだったが、振り返るとサエさんが笑顔で立っていた。この世界では、どうやら寮のオーナーの娘さんという設定らしい。


仕事から帰ってきたばかりなのか、ビシッとしたスーツを着こなしていた。そのスタイルの美しさと優しい笑顔にドキドキして何も言えないでいると、サエは、


「シュウ君のピアノ、また聞かせてね」と少しうっとりしたような表情で、お願いする。


分からない。分からないけど、この世界ではサエはシュウのことが好きという設定なのかもしれないと気がつく。なぜなら、現実のシュウは、サエに憧れ始めていたのだから。


この世界はなんだろう?洞窟にいた女性は「シュウくんが望む全てが叶う世界」に行けると言っていた。確かに、ピアノの才能はあるし、父さんも夢を応援してくれている、だけど、教室で友達と楽しく過ごすという望みは叶っていない。


すると、突然、辺り一面が、時が止まったようなセピア色に変わった。そして、


ーあ、ごめんね。それも望みなら明日からクラスメイトをシュウ君に好意的に接するようにしておくわ。いや、シュウ君の1番の望みがピアノの才能だったから、そちらを強く出したら、周囲がそんな感じになっちゃって。なかなかバランスを調整するのが難しいのよ


という声が聞こえてきた。シュウは心から怯えた気持ちになって、セピア色の景色とヒマリの声が消えてからも、その場に立ちすくんでしまった。


「シュウ君?」


サエが心配してシュウの顔を覗き込む。


「こんな、こんなニセモノの世界・・・」


シュウはブツブツと呟き、寮に入らず無言でその場を走り去った。サエの視線と驚きを背中で感じながら。


どこを走っているのかも分からないが、視界には都会的な住宅街が流れ続ける。


自分の希望が全て叶う世界。誰もが行きたいと思うだろう。しかし、どうだろう、実際に経験してみると、なんとも言えない虚しい風がシュウの心を通り抜けていく。


ーオレがおかしいのだろうか。


シュウは走りながらそんなことをグルグルと考えていた。


夢中で走っている中、どこかの時計台からショパンのノクターン9-2の音色が運ばれてきた。そのかすかな美しい音色を耳で捉えながら、はじめてこの曲を聞いた時のことを思い出していた。


まるで子守唄を聞いているような、温かい感覚を、はじめての感覚を抱いたことを。


しかし、今はどことなく、寂しげに聞こえてくる。


「人生はとても儚く、まるで夢のようなもの」ショパンにそう言われているようだ。


その時、


「きゃ〜!!!熊よ!!」


という女性の甲高い声が聞こえてきた。


シュウはびっくりして、声の方を見ると都会的な住宅街の中になぜか熊が出現していた。


「熊、あいつ何やって・・・」


シュウは、熊がどう見ても熊だったので、慌ててそちらの方に向かった。


銃を持った警官が熊めがけて駆けつけてきたので、シュウは、


「ちょっと待ってくれ!」


と熊を守るように両手を広げた。


「銃殺しないでくれ、こいつは熊じゃなくて、、、いや、熊なんだけど、熊じゃないんだ!」


と、シュウはパニックになって訳のわからないことを口走る。


警官は訝しげな表情になったが、銃を構えた腕の力を抜いた。


「君はシュウ君だね。この国の宝。君がそういうなら、、」


と、言って、警官は後ろを向いて何処かへ歩いて行ってしまった。


そして、いつの間にか緊張した雰囲気が消え、いつもの都会のざわめきに戻る。


シュウはホッとして息を吐いて、熊の方を振り返る。熊は、こちらを見つめていたが、その表情は分からない。


「気持ちのいいこの世界にいてもいいんだぞ」


そうボソッとつぶやいて、シュウの前から消えていった。


シュウは、この世界で起こる出来事に心が追いついていかず、熊が消えてからもしばらくの間その場に立ち尽くしていた。


ー現実に帰りたい


そう思った自分にびっくりしながらも、きっとこれが正直な気持ちなのかもしれないと思った。

と、その時、どこからか波の音が聞こえてきた。どうやら、どこかの防波堤にいるようだった。波の音だけがひたすら響いていた、繰り返し、繰り返し。


シュウはとりあえず、寄せては返す波をただただ見つめていた。そして、考える。


ー自分は何を望んでいるのだろうか?自分が望んでいる世界、望みが現実化した世界にいるのになぜこんなに居心地が悪いのだろうか。


ーさっき、「現実に帰りたい」と脳裏に浮かんできた。それは、辛い現実のがいいと思っているのだろうか?いやそんなはずはないのに。姉さんが死んだ現実なんて・・・。


ーなんで、人って生きていなくちゃいけないんだろうか。


シュウは頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えていくふんわりしたものを掴めそうで掴めないでいた。分からない。自分の望みも気持ちも分からない。現実は姉さんが死んでしまって、自分の夢を実現できる実力もなければ、人に嫉妬ばかり、その上、父親は自分の夢を応援してくれない。何もいいことがないじゃないか。そうだ、この世界にいよう。この世界に。


「まぁ、チートみたいなものだね」


突然、背の高い男性が、シュウに話しかけてきた。


シュウはびっくりして、


「うぁ、、、、」


とよく分からない声を出した。


「ごめんごめん、なんか悩んでいるようだったからさ!」


背の高い男性は顔全体をしわくちゃにして笑う。背が高く、髪の毛は爽やかに短くカットされている。細身でありながらも肩幅ががっちりしており、何かスポーツをやっていそうな体をしていた。


シュウはこの世界にきて、こんな屈託のない笑顔を見たのは初めてだったので、少しホッとした気持ちになった。同時に、なぜか彼に対して懐かしい気持ちになったのを、不思議だなと思いながら、


「チートって何ですか?」


と、シュウは彼の名前も聞かずに話を続ける。


「ゲームのチートだよ。ほら、シュウ君はゲームってやったことある?」


「小さい頃に少しだけ・・・」


「いや小さい頃って、僕から見たら君はまだまだ小さい頃だけどね」


ふっと彼は笑いながら。


「ゲームの楽しさってさ、うまくいかないところにあるだろう?なんていうか、うまくいきそうでいかなくて、それを乗り越えた時に達成感をもらえて、一気に楽しくなるっていうか、、」


「はい」


シュウは分かったような分からないような気分だったが、とりあえず相槌を打った。


「でもさ、ゲームがなかなかうまくいかなくってチートを使うとさ、最初はいいんだけど、一気につまらなくなるんだよな」


「チートって言葉よく分からないんですけど」


「うん、チートってのはさ、最強になるってやつだね。ゲームを簡単にするために装備をマックスにしたりして。努力しなくても簡単にゲームクリアできちゃうんだ」


「・・・え?それの何が楽しいんですか、、、?簡単にゲームクリアできても・・・」


シュウはそう言いながらハッとした。


ー今のオレの状況はゲームの「チート」のようなものなのだろうか。自分の望み通りの世界にただただ生きる。簡単に望みが手に入る・・・


「虚しさがあるのかもしれないね」


彼は少し寂しげな表情で海を見ながら笑った。波の音が心に迫ってくるようだった。


「生きてるとさ、苦しくて苦しくて消えてしまいたい時ってあるわさ。僕もね、ある。周りからは明るく見えているだろうけど、自分に自信がないんだ」


「え、そうなんですか」


シュウは、彼のような見た目が恵まれていて、明るく、雰囲気の良い人でも自信がないなんてことがあるのか、と思った。


「うん。そうやって毎日心に鉛があるような状態で過ごしていると。どうにもこうにも惨めな気持ちで過ごしていると。別世界に生きたくなる時があるんだ」


「なんか分かる気がします」


「でも、別世界に来たら来たで、君が体験したような虚しさを感じてしまうんだろうな」


「そういうものなんでしょうか」


「あんまり言いたくないんだけど、こういうことはさ。綺麗事みたいになったちゃうから。でもさ、なんか、結局さ、君の魂は求めているんだよ、辛さをね」


ーそんなバカな・・・


ー世の中には全てを持っていてチャラチャラしているやつだっているのに。楽な方に楽な方に向かって生きているやつだっているのに。何だってオレだけ辛さを求めなくちゃいけないんだ。


「君の考えていることも分かるんだけど」


シュウは心の声が聞かれたような気がして目を見開いて彼の方を見た


「それは人それぞれなんだ。人それぞれで、なんかふんわりと人生を乗り越えちゃう人もいるんだろうと思うんだ。だけど、僕たちは、、」


と、途中まで言葉を発してから飲み込み、シュウの方を見た。


「僕たちはそうじゃないだろう?きっと、辛さを求めてこの世界にやってきたんだと。ふと思う時があるんだ。本当に、ふと」


「ふと、、、」


シュウは彼の言葉を繰り返しながら、心が、魂が、荒れ狂うようにざわめくのを感じていた。


そして、気がつくと、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


涙を流しながらも、シュウは決意した表情になり言った。


「オレ、行くわ」


そんなシュウを少し寂しげに、優しい表情で見つめた彼は、何も言わずに頷いた。そして、


「行ってらっしゃい」


と言って、手を挙げた。シュウは、彼とハイタッチをした。


その瞬間、元の洞窟に戻っていた。


そこにはヒマリがいて、なんだか申し訳なさそうな表情をしていた。


「ごめんね、シュウ君、私が失敗しちゃったかな?もっとうまく、世界づくりをするから。もう一度チャンスをちょうだい」


流れ続ける涙を止められないままシュウは思い切り首を横に振る。


「シュウ君、私のせいだよね?望み通りの世界に行けるんだよ。ごめんね、もっとうまく・・・」


「うるさい」


「え?」


「もううるさい。失敗だよ。色々と。そしてオレは、この世界で生きていく。自分の望み通りの世界なんてどこにもないんだ!」


シュウは叫ぶと、洞窟を飛び出していってしまった。


ヒマリは、後を追いかけようかと思ったが、洞窟の入り口に人の気配を感じたので、追いかけるのをやめた。そして、苦々しい表情で、シュウの背中を見送った。


シュウは暗い洞窟をどこまでも走っていった。永遠に洞窟が続くんじゃないかと思ったくらいだったが、突然、


ドン!


と誰かにぶつかって、ふらふらと尻餅をついた。


尻餅をついたついでに夜空を見上げると、美しい星が輝いていた。いつの間にか洞窟を出ていたようだ。


ーそうだ、ここは本当の世界なんだ


シュウはそう思った。


「シュウ君」


シュウは不意に声をかけられてびっくりしたが、その優しい声がオリハのものだということにすぐに気がついていた。


「シュウ君、お帰りなさい」

オリハはシュウを上から覗き込むようにして、声をかける。


なぜオリハがそこにいたのかは分からない。こんな夜中に、何をしているのか分からない。シュウがここまでに体験したことを知っているのかも分からない。でも、シュウはオリハの言葉に答えたいと思った。


「ただいま、、、ハハハ!」


ー第5話「不思議な洞窟」完ー









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