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ソウルメイト  作者: KUMAKO
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4話 暗転

「何か知っているって、どういうことですか?」


オリハはエイトが言っていることが皆目見当つかずに戸惑いの表情を浮かべた。


エイトはそんなオリハの表情を少し疑う眼差しで見つめていたが、息をふぅを吐くと、


「いや、なんでもない。知らないのならいいんだ。私も少し、神経過敏になっているのかもしれないな」


と独り言のように呟いてから、オリハを真っ直ぐ見つめ問いかけた。


「で、どうしたんだ?他のメンバーと一緒じゃないのか?」

「はい、昨日エイトさんと話したことで、もう少し聞きたいことがあって」

「昨日の話?シュウがピアニストになるのを諦めさせてくれっていう?」

「はい、だって、ピアノを買い与えて、自分でシュウ君にピアノを教えていたって聞いて、それなのにピアニストになるのを諦めさせろっていうのは、少し矛盾しているなって」

「あぁ、まぁ、矛盾しているかもしれないな」


エイトは少し遠くを見つめて、何かを思い出したかのように。


「私の中には2人の矛盾した人間がいる」

「2人の矛盾した人間?」

「あぁ。叶わない夢なら諦めさせた方がいいという自分と、本当に叶えたいならもっと抗ったらどうなんだと考える自分だ」

「なるほど」


分かりにくい説明ではあったが、オリハはなんとなく心に住みつく矛盾というものを理解していた。


「オリハ君、君は、例えば、ずーっとお前の価値観は間違っていると否定され続け、周囲の評価が全てになり、自分の心を失ったような経験はあるか?」


エイトはオリハの顔をじっと見て問いかける。


「近い経験はありますが、自分の心を失ったことはない気がしています」


とオリハが答えると、エイトはフッと笑って、


「君は賢い子なんだな」


と言った。

「私はあるんだ。そういう経験が。自分の心が分からなくなってしまって。その時、私は負けてしまったんだ。自分の心を見つけるのを諦めて、別の何かにすがってしまった。今は、そのことに後悔している」

「今、シュウ君も同じ状況にあると?」

「あぁ。今、シュウは正念場なのだと思っている。自分より優れた才能を目にして、どうするのか。このまま自信をなくしてピアノを辞めてしまうのか」

「あなたは辞めさせたいと考えている」

「私の都合でシュウにはピアニストになってもらっては困るからだ。でも、、、」

「でも、、、?」

「どこかで、誰からの意見も評価も関係ないという気概を見せて、ピアニストを目指し続けて欲しい。抗って欲しいという気持ちもある。もちろんそれでピアニストになれるかどうかは分からないし、多分なれないだろう。きっと、、、、そうだな、、、。うん。昔の自分といまのシュウを重ねてしまっているんだろうな」

「なるほど」

「ワガママな矛盾した気持ちだな。当時、私が自分の心を探し出し見つけ、心に従っていたら。たとえ損すると分かっていても心に従っていたらどういう人生が待っていたのだろう、と思うことが時々あるんだ。そんな気持ちをシュウで晴らしたいのかもな」

「矛盾した気持ち、、、」

「あぁ。今のシュウはピアノを弾くのも辛そうだからな。親としてはそんな辛い思いをしなくてもという気持ちもある。だけど、シュウは自分が考える以上にピアノが好きなんだ。その自分の気持ちを信じ続けられるのか、、、」


と言ってからエイトは少しハッとして、


「すまない、オリハ君。私のまとまっていない気持ちなどを聞かせてしまって」と言った。


「いえ、エイトさんの気持ちが分かって良かったです」とオリハは答えた。


夏の少し湿気を含んだ風が二人の間をすり抜ける。少し目を瞑ってオリハは不意に口を開いた。


「もうひとつ、エイトさんに聞きたいことがあって、、、、」




その頃、ユリアと熊は木漏れ日の下に「どうぞおすわりください」とばかりに横たわっていた丸太に並んで座っていた。


トンビだろうか、太陽の光を一身に浴びながらも空高く、自由に飛んでいる鳥を見上げながら、ユリアはボソっと呟いた。


「あぁ。鳥になりたいわ」


熊もトンビを見上げて、ユリアの言葉の真意を掴もうとしたが、分かりかねたので、


「きっと鳥は何かになりたいとかどうとか、そんなことは考えたこともないだろうな。実は、鳥だってできないことはたくさんある。走るのも遅いし・・・。だけど、自分ができることを探し続けている、それだけなんだな」


ユリアは熊を見上げ、


「その考え、そんなに嫌いじゃないかも」


と言った。


「でも、自分以外の何かになりたい気持ち、分かる。人間はそういう余計なことを考えるようにできてる」


ユリアはクスクス笑いながら、


「あなたも熊になりたくてそんな格好してるんだもんね」


と、少しリラックスした様子を見せながら、ある出来事について話始めた。


「前にね。どこからか紛れ込んできたシカを見たの。このあたり、たまに大型動物も出るのよ。でね、そのシカ、ガリガリだったの。死にそうだったのよね。だけど、堂々としていたというか、、、なんて言ったらいいのか分からないんだけど」


熊は、ユリアが言わんとしていることがなんとなく理解できたので、言葉をつなげる。


「オレも、昔ガリガリの猫を見たことがある。その姿を見たこっちの息が止まりそうなくらいガリガリにやせ細っていた。でも淡々と生きてた。美しかった。あの後すぐに死んじゃっただろうけど・・・」


「人じゃ、そうはなれないわよね。きっと…」


「自分がボロボロになったり、何もできなくなったりしたら、もがくだろうな。そんな場面でも凛として美しくいられる人間はそうはいない」


「そういう感情があるのが人のいいところでもあるんだけど…。ってかあなた、結構話せる熊じゃない!でも何となくひとめ見た時から思ってたわよ。気が合いそうって」


「なら良かった」


熊はにっこりと(?)ユリアに笑いかけた。ユリアはそんな熊を見ながら、しかし、不意に泣きそうな表情になり、言った。


「双子の妹のさくらはここにきてからしゃべらなくなっちゃったんだ」


「それまではちゃんと喋ってたのか?」

「うん、確かに元気ハツラツってタイプではなかったけど。でも、サクラは物事をよく考えて、正しい言葉で発言することを大切にしていた。言葉を大切にしていたのに」

「この村に来てからしゃべらなくなった?」

「うん。村にきたとき色々あって、ショックで話さなくなっちゃったんじゃないかと思ってるの。だから、私、この村大っ嫌いなの」


ユリアはそう言って、悔しそうに唇をかみしめた。


ユリアの辛そうな表情を心配しながらも、熊は嫌な予感を感じていた。


ーなんかこの村、一筋縄じゃいかなそうだな。野生の勘だけどー




 

「あ、あれ、ケリーさんじゃない?」


その頃、サエとシュウは、シュウの姉であるケリーの元へ来ていた。ケリーが村へ物資を運ぶハンスという青年を手伝っていると聞いて、ケリー監視担当の2人がやってきたのだった。


「へぇ、、、あれがハンスさんかぁ。さっきの話だと、ケリーさんとデキてる、じゃなくて、ケリーさんとハンスさんはいい仲なんでしょ?」


サエの問いかけに少しムッとした表情を見せたシュウは、


「多分だけどね」


と答えた。


「なんか爽やかそうな青年じゃない」


と、サエが言う通り、ハンスは色白で背が高く、爽やかな笑顔がよく似合う青年であった。幅広いタイプの女性に訴求しそうな感じだとサエは分析。


「あの、爽やかな笑みの裏に何かを隠しているに違いない」


とムスっとした表情でシュウは言ったが、


「いや、それって単なるやっかみじゃない」


とサエに一蹴されてしまう。


「あら、シュウ!あとは、えっと」


と、サエとシュウに気がついたケリーが声をかける。


「あ、サエと言います!ちょっとケリーさんとお近づきになりたいなぁなんて!」


と、そういえばケリーさんを見張る口実を何も考えていなかったことに気がついて、焦りながらサエはよく分からないことを口走る。


「あら。嬉しい。シュウも私とお近づきになりたいの?」


と軽口を叩くケリーに対し、


「はいはい、お近づきになりたいですよ」


とぶっきらぼうに答えるシュウ。


「あ、こちらはハンスさん。村に物資を運んでくれている人よ。この村、陸の孤島だから本当に助かっているのよ」と、ケリーはハンスを紹介した。


「どうも」


とサエとハンスは挨拶を交わす。ハンスはにっこりと爽やかな笑みを浮かべていた。




そこへ、ユリアに追い出されたミンダとヨイチがやってくる。


「お〜い!2人とも〜!」


と呼びながら近づいてくるヨイチ。


「あ、ケリーさんどうも〜」とミンダもひょうひょうとしながら声をかける。


「なぁちょっと聞いてくれよ〜」


と、ユリアに追い出された話をシュウとサエにし始めるヨイチ。


その間、ケリーとハンスは物資を運ぶ作業を淡々と他の村の人たちに混じって行っていた。


ヨイチはやたら大げさに「ユリアちゃんに振られた話」をしており、ミンダが色々な突っ込みをするものだから、シュウとサエは笑いながら夢中になって話を聞いていた。


だが、ふと、サエはケリーとハンスが視界からいなくなっていることに気がつく。そして、女の勘が「ピン!」と働いたこともあり、「あ、私ちょっとトイレだわ、失礼、うふふ」と言いながらその場を離れる。


そして、村人たちが集まって、物資を運んでいた場所から少し離れたところに、おあつらえ向きな古い建物があり、案の定、ヒソヒソと男女の話す声が聞こえてきた。


サエは「ビンゴ!」と、「そうそう私って昔から勘だけは鋭かったのよね。熊ちゃんの野生の勘にだって負けないんだから」と思いながら、気配を消して古い建物のドアのない入り口のそばで身をかがめた。


どう考えても、ケリーとハンスが話しているようだった。少し聞き取りにくかったが、深刻そうな雰囲気が伝わってくる。


「・・・危険だよ、やめたほうがいい」

「でも、本当のことを知りたくて」

「今のままで十分幸せなんだろう?」

「そうだけど、心のどこかで違うって声が聞こえて、、、ん、、、」


ケリーの話す声がやんで2人の吐息が聞こえてきたため、サエは2人が唇を重ねていることに気がつく。


「あらららら・・・」とサエは少し照れてしまったが、同時に「これは、シュウ君には見せられない光景だわ・・・」と、シュウの気持ちを慮って、音の出ないため息をついた。


サエはそっと、その場を立ち去り、シュウたちの元に戻った。そんなサエの背中を村人の一人が遠くから見つめていた・・・。



「だからさ、結局、シュウくんは年下と年上の女性のどっちが好きなのよ?」


サエがシュウたちの元に戻った時、すでにユリアちゃんの話は終わっていて、ヨイチは全然違う雑談をしていた。


シュウは、

「どちらかというと年上かもしれない」

と答える。


ミンダは、

「その年齢だと年上の女性の方が多いからな、世界が広がるじゃろう!うん、さすがシュウくんだ」


と訳のわからない点に感心する。


「分かってないな〜!シュウくんもじいちゃんも!」


と、突然ヨイチは、2人にマウンティングをはじめ、


「まだまだ青いよ、2人とも。年下とか年上なんて関係ない。その人を好きかどうかが大切なんだぜ」などと言い出す。


「いや、お前が年上か年下かって聞いたんだろう!」


とシュウはヨイチに突っ込みを入れた。


「あ!サエさんお帰りなさい!トイレ借りれた〜?」


と、ヨイチはシュウのツッコミを無視してサエに話しかけた・・・。




和気藹々とシュウとサエと話をした後、ヨイチとミンダは、ダリアの元へ向かった。


「どうして俺が化け物みたいなばあさんの担当に・・・」


ブツブツ言うヨイチに対してミンダは、


「ヨイチ。この際だから言っておくが、人を見かけで判断しすぎちゃいかん」

「え〜でも。心の状態は結構見た目に現れてくるものだってじいちゃん言ってたじゃんか」

「ある程度はな。でも判断『しすぎ』は良くないんじゃ」

「ダリアばあさんは化け物じゃないってこと?」

「そもそも、女性に対して化け物はやめるんじゃ。確かに世の中色々な人がいるが、見た目だけで態度を変えるなんて最低な人間のすることじゃぞ」

「はぁい。確かにそうかもな」

「人の本質っていうのは、そういうところで出てくるもんじゃ」

「はぁ。気をつけるよ」


ヨイチは大好きなミンダから軽く注意をされて少し落ち込んだが、確かにそうだと思い直し、しっかりとダリアばあさんと向き合うことを決めた。その瞬間、誰かがヨイチの肩をポンと叩く。振り返ったヨイチだったが、


「ぎゃあああああああああ〜」と叫びその場に倒れて気を失う。


ダリアはニヤリと笑って、


「あら、すまなかったね、突然声をかけて。びっくりして失神しちゃったかしらね?」


と言った。ミンダは失神したヨイチを見て、少し呆れた表情になった。


ダリアは昨日の夜、協会に張り付いて化け物扱いされた老婆である。腰はしっかり曲がっており、確かに顔には深くシワが刻まれており、口がやたら大きく、世でいう一般的な美しさとはかけ離れた容姿をしている。


ダリアの家は、民家が立ち並ぶ場所からは遠く離れており、家の前には大きな畑があって、何やら瑞々しい野菜やら植物やらを育てているようだった。


ヨイチが失礼にもダリアを見て失神してしまったために、ミンダはダリアの薄暗い家に招かれ、埃のかぶったソファーにヨイチを寝かせた。


「少し、失礼なことをしてしまったようで、うちの孫が申し訳なかったね」


と、ミンダはダリアに詫びを入れた。


「ヒヒヒ。いいんだよ、私も脅かすつもりでやったんだから」


とダリアは、ミンダにお茶を出しながら悪びれずに言った。そして、


「ところで、あんた、やけにイケメンだね。さぞかし人気者の人生を歩んできただろ」


と少し顔を歪めながらダリアは聞いた。


「いや、確かに元々俳優の仕事はしていたんじゃが・・・」

「へぇ〜!やっぱり、顔面がイケてるとそういう職業につけるんだね。羨ましいよ」

「まぁ。若い頃は特に、自分は選ばれた人間だという自負を持っていたかもな」


そう言ったミンダに対して、ダリアは心底嫌そうな顔を浮かべて、言った。


「・・・・憎いね〜。私は元々顔面が整っている人間が大嫌いなんだ。ほら、私は元々醜く生まれたわけさ。子供の頃からそれはそれは蔑まされて生きてきた。一方で、あんたみたいな顔面の優れた人間は周囲からチヤホヤされ、ほんのちょっとの努力でいろんな物を手に入れるんだ」


と、ダリアは一気に言って、息をはぁ〜っと吐いた。


「あんたの一行にやたらに顔面が美しい男の子がいたね。あの子もさぞかしこれからいい人生を歩んでいくんだろうね。私はね、ああいう人間が1番嫌いなんだ」


とダリアは、さらに早口で吐き捨てるように言った。


ミンダは、ダリアの言う「顔面が美しい男の子」はオリハのことを言っているのだろうと考えながら、果たして顔がいいだけでいい人生を送れるのだろうかと、心だけで思ったつもりがつい口に出してダリアに疑問を投げていた。


「あんたみたいに顔面がいい人間はそういうのさ、顔面だけ良くても中身がないと意味がないだとか、なんだとかね。私を見てみなよ。物心ついた時にはすでに醜かった。中身なんて磨く前に周囲から、家族にすら蔑まされて生きてきたんだ。そんな中で心だけ天使みたいになれって?そうすれば、人に認めてもらえるって?ハッ!そんな人生ごめんだね」


ダリアの口元は醜く歪んでいた。それは、長年彼女が外見において多くの人からたくさんの傷を負わされてきたことを物語っているようだった。


ミンダは少し思慮深い表情を見せながら口を開いた。


「ワシの人生なんじゃが。決していいものではなかった。1番愛した人には裏切られた。人を信じられなくなって、ただ死へ向かって歩いているだけだった時も、長くあったんじゃ。今はこのヨイチ、孫がいるから支えられてはいるんじゃが・・・。でも、そうじゃな。ワシにはダリアさんの気持ちは分からん。でも、お主は本当に周囲が言うような醜い人間じゃったんだろうか」


ミンダからの少し予想外な問いかけに、何かを考えた表情をしたが、


「まぁ、今更遅い、何もかもね」


とダリアは俯いて答えた。


ソファで寝ていたヨイチは意識が戻っていたが、深刻そうな雰囲気を感じて起きれずにいた。そして、心の中で、自分のダリアに対しての態度やこれまでの行動を反省したのだった。



ミンダとヨイチはとりあえず、ダリアの元から協会へ帰ることにした。外は気がついたら少し暗くなっていた。あの後、気まずいながらも3人で少し村について話していたのだが、ダリアは「心ここにあらず」な様子だった。


おそらくミンダが問いかけた「お主は本当に周囲が言うような醜い人間じゃったんだろうか」と言う言葉が心に引っかかっていたのだろう。


ダリアは2人を見送ってから、畑の植物をひとつひとつ見て回っていた。そんなダリアをチラリと振り返りながら、ダリアの家が遠ざかっていく中、ヨイチはミンダに問いかける。


「あのおばあさん、、、、ダリアさんは、色々辛い思いをしてきたのかな?」

「ん?ああ・・。もしかして、ワシらの話聞いておったのじゃな・・・?そうだな、色々辛い思いをしてきたようじゃ」

「オレ、ダリアさんに化け物とか言って、悪いことしたよね?ダリアさんだって、ああいう風に生まれたくて生まれたわけじゃないっていうか。なんか、そういうところ理解してなくて」


ヨイチは少しうつむきながら自分なりに考えながら言葉を発していた。


「まぁ、家族に蔑まれながら生きてきたっていうのは、なかなか人格や考え方を歪めるのには十分な出来事だからな。ヨイチだって、それは理解できるだろう?」

「うん、オレもそうだったからよく分かる。なんかさ〜オレ、これまで可愛い見た目の子が好きだったけど、そういう考えってよくないのかな〜?」

「うん?いや、別にそれが悪いわけではないじゃろ」

「なんでさ、みんな綺麗に生まれてこないわけ?オレだって、イケメンじゃないしさ。じいちゃんはイケメンだけど。これってさ、不公平なんじゃないの?」


ヨイチのストレートな質問に少し面食らったミンダだったが、


「そうじゃな。確かに見た目がよければチャンスも広がる。見た目がいい方が楽に生きられると世間では言われていることが多い。でも、それだけで誰もが幸せに生きられるわけではなく、傲慢に生きればもちろん傲慢さが自分に返ってくるようにも思う」

「うん、そういう人結構いるよね」

「結局、トントンになっていくのか、それとも見た目がいいだけで、やっぱりずっと幸せな人もいるのか。ワシには神の考えることは分からないのじゃ」

「う〜ん。オリハちゃんみたいに綺麗な容姿に生まれれば、それだけで幸せになれるのか。容姿がいい分、もしかしたら、何かを犠牲にしているのか」

「分からんな。でもワシは見た目と内面はゲームで言うダンジョン的なものだと考えているんじゃよ」


突然、ミンダが面白そうなワードを口に出したため、ヨイチは少し身を乗り出して好奇心旺盛な表情をする。


「え?ダンジョンってどういうこと?」

「魅力的な見た目というのはダンジョンの入り口に例えられるってことじゃ。そういうダンジョンの中身を見てみたいと思うじゃろ?」

「もちろん!オリハちゃんが何を考えているのか知りたいのと一緒だろ?」

「そうじゃ。でも、ダンジョンに入ってみて、それがとてもつまらない冒険だったらどうする?」

「入って損したなって思うかな。ワクワクが大きかった分、落胆も大きいかも、、、あ・・・」

「オリハ君は内面も魅力的な人じゃが、そうじゃなかったら、がっかりするかもしれんな」

「確かに」

「でも、入り口がそこまで魅力的でなくても、入ってみようかな?というくらいは魅力的で、かつダンジョンの冒険は非常に楽しかったら。見たことのない美しい花を見つけたり、異空間につながる入り口を見つけたり」

「あ〜。それって、最初は「少しかわいいな」くらいだったんだけど、一緒にいるうちに内面にハマって出られなくなるみたいな感じか」


ヨイチは少し笑いながら話していた。確かに、内面がすごく魅力的な人はいる。自分の知らない世界を知っていたり、ユーモアがあったり、思いやりがあって優しかったり・・・


「そうじゃ。ダンジョンの冒険がつまらなければ、入り口の魅力だけなら、代わりのダンジョンはいくらでもあるからな。じゃから、ワシは人の内面というのは外見以上に重要だという意見なんじゃ」


「へ〜!オレは、その考え方好きだな〜・・・。見た目が全てです、はい終わり!だとオレ、イケメンじゃないから人生嫌になっちゃうもんな」

「ハハハ!ヨイチは、角度によってはイケメンじゃ!それに、結局は、自分の人生をよくするような考え方を選ぶのが勝ちじゃ」

「角度によってはって・・・」


ヨイチは少しムッとした表情をしつつ、ダリアの方を振り返り、彼女と十分距離があることを確認してから言った。


「でも、ダリアさんの見た目じゃ、ダンジョンに入ってみようとも思われないことが多いんじゃ・・・」

「それなんじゃが・・・・ワシは彼女が自分でそうしているんじゃないかと思っている。あえて、誰も入れないように醜さを強調しているんじゃないかとな。ところでヨイチ、ダリアさんなんじゃが」


ミンダはヨイチに緊張した顔を向けた。あまり見ない深刻そうな表情にヨイチは不安な気持ちになった。ヨイチの不安そうな顔を見て、優しく笑ってミンダは言った。


「昔、世間を騒がせた、毒殺犯で間違いないじゃろ」





今日も静かな夜であった。一同は思い思いの気持ちを抱えながら、教会に集まっていた。


ケリーさんが、おそらく殺されてしまうのが、明後日ということもあり、各々緊迫した雰囲気を醸し出していた。


「さて、今日は、それぞれケリーさんやケリーさんに関わる人たちに接触してみたということで、ひとりひとり報告していくということでどうじゃ」


ミンダの声かけに全員が軽く頷く。


「ワシから報告をさせてもらうが、ワシとヨイチはダリアばあさんと話をしてみた」


「ユリアちゃんに追い出されたからね」


ヨイチがすかさずチャチャを入れる。「こいつまだ根に持っているのか」と呆れた顔で熊がヨイチをチラ見する。ミンダは続けた。


「ダリアばあさんは、昔世間を騒がせた毒殺犯じゃ」


「え?」


びっくりしてつい声を出してしまったサエ。


「毒殺犯?」


「あぁ、国が違うからワシも詳しくは知らないんじゃが、各国の犯罪者ドキュメンタリーで見た顔そのものじゃった」


特に、怯えた表情をしていたのがシュウだった。同じ村にそんな人物が潜んでいたというインパクトは大きかったようだ。


「あ、シュウ君を怯えさせるつもりはなかったんじゃ。すまん。それに、この村では大人しくしていたんじゃろ?」


ミンダはシュウに問いかける。


「うん・・・。特段、問題を起こしたりはしてなかったと思うけど。でも父さんとよくヒソヒソと話してたから。姉さんの死に関わっている可能性はありそうなの?」


ミンダは少し考えながら、


「いや、ダリアばあさんは関わっていないんじゃないかと・・・。勘じゃが。だけど、みんなには注意喚起のつもりで話しておこうと思ったんじゃ」


一同は少し不安な表情になりながらも、ミンダの言葉に頷いた。


ミンダはダリアばあさんについてもう一つ、「裁判で死刑になった」ということを知っていたが、不安を煽りすぎるのも良くないと思い、口をつぐんでいた。死刑になったはずのダリアが村で普通に暮らしているというのはどういうことなのか?この村の他の住民たちもきな臭くなってきたなとミンダは思っていた。


「毒殺犯だと、何か硫酸とか粉的なものを仕入れられない限り、何もできないわよね?力は強くなさそうだし」


サエは、物資を運んできたハンスのことをなんとなく思い浮かべていた。


「そうじゃな、でも、この村で自分で毒を作るのであれば、、、、毒が含まれた花や植物で調合することはできるっちゃできるだろうが・・・」


ミンダの言葉に、ヨイチは「ヒッ!」と突然声をあげ、


「てことは、じ、じいちゃん、あのばあさんが家の鉢植えで育ててたあの植物ってまさか・・・」


ゴクリと息を飲んでミンダの方を振り向く。


「あぁ・・・あの植物は・・・」


一同の間に緊張した空気が走る。ミンダは顔のシワがさらに深く刻まれるように顔をしかめて、


「あの植物は・・・シソじゃ。薬味とかに使える美味しいやつじゃ」


と答えたのだった・・・。


「じいちゃんちょっと紛らわしい間を作るのやめてよ!」


とヨイチはミンダをポカポカ叩く。ヨイチは相当怯えていたようだった。


緊張した糸が少し緩んだかのように、みんなは少し笑って空気が和やかになった。その時だった。


協会の窓の外に突然オオカミの遠吠えが響く。逼迫した状況を伝えるかのような、空気を突き刺すような遠吠えに、再び一同の間に緊張が走った。


窓の外にはオオカミの姿。


銀色の輝く毛並みが夜の闇の中で一層美しく艶やかに見え、こんな時でなければオオカミの姿にいつまでも見とれていたいくらいだ。


しかし、オリハの


「何かが起こったんだ」


という声にハッとして、一同は窓の外のオオカミの姿を目で必死に追う。オオカミは、少し森へ向かって走り、こっちを振り向く。


「ついてこいってことだきっと」


オリハは呟きながら、しかし、すでに協会のドアに向かって走っていた。そのあとを追う一同。


新月が近づいているために、森は非常に暗く、やけに静かな夜だった。村の人たちの「祈りの時間」までも後2時間くらいあるために、誰も外に出ている人はいなかった。


シュウは、オオカミに導かれて森を走りながら、嫌な予感を捨てきれずにいた。鼓動が速くなる。走っている時の心地の良い鼓動の速さとは違って、脳ごと揺さぶられるような嫌な鼓動だ。


オオカミは協会から5分ほど走った後にゆっくりと立ち止まって、こちらを振り向く。


オオカミが佇む先には、白いものがぼんやりと浮かび上がっていた。




サエは、


「いやっ」


という声を咄嗟に出してしまい、瞬間的にシュウの方を見る。



そう、横たわっていた白いものは、ケリーだった。


月明かりが少ないために、あまりハッキリとは見えないが、確かにケリーが服を着たまま横たわっている。


普段の健康的な顔が嘘のように青白く変わっており、ツツーっと一筋の血が額を流れていた。


「ね、ねえさ・・・」


シュウは、頭の中が真っ白になって、身体中が震えてしまっているために、うまく口が動かせない。身体中から血の気が引いて、手先にひんやりとした風が触れる。


オリハは、オオカミとケリーの近くにそっと歩いていき、ケリーの細い手首をそっと持ち上げた。そして、脈を測る。何度も場所を変えて、何度も測り直しをした後、独り言のように呟く。


「ダメだ・・・。ケリーさんはもう」


その言葉を聞いて、シュウはその場に座り込む。シュウの震える体を涙を流しながら支えるサエ。



薄い月すら雲が隠し、森に光が届かなくなる。この闇と共に、一同は絶望の底に沈み込んでしまいそうだった。暗い地面に吸い込まれそうな夜。




そんな一同を少し離れた場所で見つめる姿があった。その黒い人影は木に隠れて一同を伺いながら、音の出ない舌打ちをしてその場をそっと離れた。


「おかしいな・・・。先を越されたか?」


黒い人影は首を傾げながら、自身の狂気をそっと心の奥底にしまいこんだ。


ー第4話「暗転」完ー


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