3話 勾玉を持つ女神の像
ー最近、姉さんの様子が変だ
シュウは、ケリーの様子が少しおかしいことに気がついていた。いつも明るく自分を励ましてくれる姉。
シュウもケリーも養子として父エイトに育てられている。本当の両親のことは何も知らない。あまり知りたいと思ったこともない。
村にはユリアとさくらの姉妹以外、自分と同じ歳くらいの子どもはいない。ユリアとさくらには寝たきりの母親がいるが、他に親子のロールモデルとなるような見本がいない。
だから、本当の親子の関係がどういうものか分からないというのもあるが、自分には父と姉がいれば十分幸せだと物心ついた時には理解していた。
そして、シュウは本人は気がついていなかったが明るく聡明な姉に対し、淡い恋心を抱いていた。尊敬なのか憧れなのか、恋なのかとても曖昧なものではあるが。
だからこそと言うべきか、シュウは姉が思っている以上に姉の様子の変化に敏感に気がついていたのだ。
例えば、姉が村に物資を運んでくれるハンスという青年と恋人のような関係になったことも、直感的に気がついてしまっていた。
その時の姉は、極めて冷静さを装うとしていたようだが、隠しきれない喜びで満たされていた。恋というものの高揚感をシュウは知っているような知らないような感じではあったが、本能で2人が何か以前とは違う関係になったことを分かってしまったのだ。
もちろん、姉が少し前からハンスに好意を持っていたことも、少しの心の痛みとともに受け入れていた。
だが、最近の姉はどうだろう。元気がなく、明らかに悩んでいる様子だ。
窓の外をボーッと見つめながら、
「人ってどうしていつも自分にないものを探しているんだろうね。ないものを必死に探して、自ら不幸になっているとしか思えないよ。外側の耳を閉じて心の声、ううん、心の声は違うな。魂の声かな・・・を聞くのは、どうしてこんなに難しいのかな」
なんて呟くこと、これまでにはなかった。
姉が自分の声を、魂の声を・・・?聞けなくなっているなんて。
いつでも自分の気持ちに正直で、
「シュウの本当にやりたいことをやっていいんだよ!」
「ほら、シュウ、何か遠慮している?本当は何を思っているのかハッキリ言って!」
と、姉が、自分の心の声を聞くように、自分に正直に生きるように励まし続けてくれていたのに。どうしてしまったというのだろう。
シュウはそんなことを思っていたら、眠れなくなってしまった。ベットにふと腰掛けて窓から森の様子を伺う。
自然はその美しい景色で心を癒してくれることもあれば、底知れぬ恐怖を与えることもあるが、今日は後者だ。
ちょうど新月の夜で、あたりが真っ暗ということもあるだろう。シュウはボーッと窓の外を眺め、そのうち自分の魂が夜の暗闇に溶けて沈んでしまうような恐怖心を感じていた。
ふと、真っ暗闇の中に動く人影が見えたような気がして、シュウは目をこする。こんな時間に森に向かう人影があるのは不思議だなと思いながら、ベットサイドの棚の上にある時計を確認する。
ー夜中の2時半か…。村の人たちの祈りの時間はだいたい10時くらいだしな。何だろう。
シュウは暗闇の人影がやたらと気になり、しばらく心から離れなかった。それは、背丈や歩き方が父エイトのものに似ていたからだった。
ー父さんが夜中外に出かける用事なんてないはずだしな。これまでもそんな話を聞いたことはなかったし…
シュウは底知れぬ不安に飲み込まれそうになり、必死に違うことを考えようとする。
………こういう夜は、何か心温まる物語でも考えてみようか。例えば、そうだな。ショパンのノクターン9-2にあわせて、うさぎの家族が踊る物語だ。
「シュウ、眠れなくなったら、何の意味もない事を考えてみるといいわよ」
「何の意味もないことって何さ?」
「なんか、ウサギが踊ってるところを想像するとか」
「え?何それ」
「ほら、シュウってちょっと物事をアレコレ深刻に考えることあるでしょ?昔から眠れないってよく私のベットに潜り込んできたじゃない」
「それは、小さい時の話だろ?」
「今だってまだまだ子供よ!別に姉さんが一緒に寝てもいいけど、最近は恥ずかしがってこないみたいだし。時々、シュウがちゃんと眠れているのか心配になるのよ」
「眠れているよ!ただ、小さい時は姉さんに甘えたくて…」
真っ赤になって俯くシュウ。
「繊細であることはピアノを弾くときに生きてくるからいいけど、自分を守る方法も身につけていかないとね。まずは、眠れなくなったらバカみたいな事を考える!」
「バカみたいなことね」
「人は何かを考えすぎると眠れなくなっちゃうからね。羊を数えると眠れるのも何の意味もないことを考えて頭を空っぽにするためなのよ」
「なるほどね」
シュウは、ケリーとのそんな会話を思い出しながら、頭の中でウサギの家族が仲睦まじく手を繋いで踊っている姿を想像していた。くるくる回るウサギの家族。父と姉と弟。シュウの家族と同じ構成。
そして、いつの間にかシュウは深い眠りに沈んでいったのだった。
姉の遺体が発見されたのはその翌日のことだった。
青白い顔をした姉と、村に唯一ある遺体安置所で対面した時、自分の足元が崩れ去るような気持ちになった。自分が立っているのか立っていないのかすら分からない感覚。
「シュウ…姉さんとお別れをするんだよ」
父の静かな声が遺体安置所に響く。
姉さんが死んだと聞いてから、何か頭をレンガで殴られたかのようにボー然として何も考えられなくなったシュウをしっかりした足取りでここまで連れてきた父。
まだ知らせを聞いてから30分くらいしか経っていないのに。あまりにも急な事で、お別れと言われてもシュウがピンとくるはずなどない。
そこには父と神父がいた。そして、
「シュウ君、強がらなくてもいいからね。泣いてもいいんだよ」
と、シュウが姉を人一倍慕っていた事を知っていた神父が心配そうな面持ちで話しかける。
しかし、シュウは涙が出なかった。シュウはケリーが死んだ事を受け入れられていなかったから、悲しめなかったのだ。
「どうして、父さん…」
シュウは、涙のかわりにそんな疑問を父に投げかけていた。
「あぁ、本当にちょっとした事故でね。朝、森を散歩していたみたいでね。突然倒れてきた木が頭を直撃して。打ち所が悪かったのだろうと、医者が」
ケリーの顔は心なしか穏やかに見えた。最近、深く悩んでいたようだったから、悩みから解放されて穏やかに眠っているのだろうか。
シュウはとっさにそんなことを思ったが、しかし、
ー姉さんとお別れ?本当に?姉さんは本当はまだ生きているんじゃないかな?
という矛盾した気持ちも抱えていた。そして、周囲の景色が現実感のない色に変わるのを体で感じたのだった…。
「姉さんが死んでから…」
ポツポツと考えながら話し出すシュウ。
「ずいぶんかかったんだ。姉さんがこの世にいないというのを受け入れるまで」
オリハとミンダは大きく頷く。
「まだ12歳じゃったか?その若さで、受け止めるには大きすぎる出来事じゃろ。受け入れるまでに時間がかかって当然じゃ」
ミンダは、シュウの気持ちを慮るような表情で言う。
「そして、オレが家を飛び出すまでの半年間。父さんはますますオレに厳しくなった。特に、ピアニストになる夢は諦めろとずっと言ってきた」
シュウは教会にあるピアノをチラリと見つめた。
「これまでは姉さんが励ましてくれたけど、もう、励ましてくれる人はいなくなった。自分には才能がないと強く思うようになって、ピアノから離れてしまった…」
オリハはシュウの言葉を窓の外を見つめながら聞いていた。
「姉さんの死を受け入れられたのは本当に最近なんだ。それまでは、どこかで生きていると思うことで、事実を受け入れないことで自分を何とか保ってきた。でも、一向に姉さんは帰ってこない、だから…」
シュウの絞り出すような声を聞きながら、サエが少し涙ぐむ。
「だから、姉さんが死んだ事実を受け入れることにしたんだ。もう姉さんはいないんだって。でも、それが苦しくて…。どうやって生きていけばいいのか分からなくなって、そんな時に手紙を受け取って…」
「今の話を聞いていると」
とヨイチがまだ信じられないという顔をしながらも、
「君の父さんが姉さんの死に関わっているってことなの?」
「こら、ヨイチ、そこはデリケートな話じゃから」
ミンダが口を挟んだが、シュウはハッキリと言った。
「うん、父さんが関わっていると思う」と。
「それどころか、父さんが殺したとオレは思っている」
シュウの言葉にヨイチは目を丸くして、
「いや、自分の娘を何だって殺すんだよ」と言った。
「オレたちは養子なんだ。それに、姉さんが殺された夜中に父さんらしき人が森へ向かって行ったことが忘れられないんだ、オレ。だから…、何か歯車が狂って父さんが、、、そうとしか思えなくて」
シュウは言葉を詰まらせた。
「…なぜ、事故だと断定されたのかな?普通は警察が詳しく調べたりするよね?」
シュウの表情の奥にある気持ちを見つめるようにオリハが聞く。
「この村には、そういうのないから。だいたい、医者と父さんと神父で判断しているんだ」
シュウは、少し苦しそうな表情をした。サエはそんなシュウの背中をポンポンと慰めるように触れた。
「他に、怪しいやついないのか?ライオンとか、ピューマとか…」
と、この場の重苦しい気持ちを少し変えようとしたのかもしれない熊の言葉に、「いや、そんな獰猛な動物この村にいないだろ、リスくらいしか見なかったぞ」とヨイチが突っ込む。
「父さん以外にあやしい…?ずっと父さんが殺したと思い込んでいたけど…」
「もう1度フラットに考えてみたらどお?せっかくここに5つの客観的な目があるんだし」
とオリハから言われ、困ったように少し考えるシュウ。
「そういえば…。姉さんが殺される数日前に、姉さんとユリアが言い争いをしているのを見た。ユリアはオレより少し年上の女性で、さくらという双子の妹がいるんだ」
「え?もしかして2人ともかわいい?」
と全然関係ない質問をするヨイチに対し、
「こいつのバカはピューマに頭かじられてもなおらない」
と辛辣な言葉をかける熊。
「ユリアとさくらと2人の母親は2年前くらいに村に来たんだ。来たばかりの頃、母親が何か泣き叫んでいるのを見たんだけど、そのあと、病気になって今は寝たきりだよ」
シュウもヨイチの言葉を無視して説明を続ける。自分に対する扱いに、少し頬を膨らませて抵抗するヨイチ。
「それは、どうして言い争いをしていたのかは気になるね。もしかして、何かお姉さんの死にかかわるヒントが得られるかもしれないし…。他にあやしい人はいる?」
オリハが話を進める。
「あとは、医者の…」
その時、突然、バンッと音がして窓に化け物の影が映った。
「キャアアアアア〜!」
サエが思わず叫ぶ。
「ば、化け物、バケモノよ!」
熊とヨイチは怯えながら腕を掴み合い、
「じ、じいちゃん、筋肉で化け物を追い払ってくれよ!」
と叫ぶ。
「き、筋肉もバケモノには通じないんじゃ!た、助けてくれ、オリハさん!」
「オリハさん!」
と、サエとミンダは、なぜか勢い余ってオリハの後ろに隠れる。
いつも冷静なオリハも流石にびっくりした表情をしていた。というか、2人が自分の後ろに隠れたことの方にびっくりしていた。そして、窓の『バケモノ』をよく観察して、
「いや、アレ、化け物ではなくておばあさんみたいだけど」
と、苦笑いをしながら言った。
確かに一同がよーく見てみると、非常に醜い顔をした老婆が窓からこちらをのぞいているようだということが分かる。
「なぁんだ、おばあさんか…」
とサエが言い終わるか終わらないうちに、老婆がニヤリとなんとも言えない不気味な表情で笑ったため、サエは再び
「キャア!」と叫び声をあげた。
「さっきから森に向かって人が歩いて行くのが見えるんだけど、今日は何か集会でもあるの?」
と、ずっと窓の外を見つめていたからこそ気がついたオリハの問いかけに、
「あぁ、村の人たちの祈りの時間だね」
と平然とした表情でシュウが答える。
「祈りの時間って何?」
と怪訝そうな表情で答えるヨイチに対して、
「え?みんなお祈りってする習慣ないの?」
と不思議そうな顔で答えるシュウ。
「オレは祈らない。本能で生きてるから。熊だし」
と返答する熊。一方で、サエは、
「私は朝と夜、お祈りする習慣があるわ。お寺にもよく行くし」
と答える。そして、
「う〜ん。お祈りという習慣は世界各地にあるし、色々良い効果もあるようじゃが、、よし、どんなお祈りをしているのか、ちょっと見に行ってみるか!」
とミンダが若干好奇心をくすぐられたようで、「さぁさぁ」などと言いながら、オリハやサエ、ヨイチの背中を押して、外へ行くように促す。
そして、一同は教会の外に出て、村の人たちが集まっている場所までこっそりと移動した。
村の人たちが集まっているのは、熊とサエ、ミンダとヨイチが昼間に見た『勾玉を持った女神像』の周辺だった。オリハははじめて銅像を見たが、目から血を流している姿に少し背筋が凍る思いがした。
そして、シュウはふらりと村の人たちの集団に加わる。
シュウの姉や父もいた。化け物のような老婆もいる。そして、みんなブツブツと何かをお祈りしているようだった。
「罪をお許しください…。女神様、罪をお許しください…」
『勾玉を持った女神像』は、柔らかい月の光に照らされ不気味に輝いていた。
「なんか変わったお祈りの仕方ね…」とサエは、少し怯える。
木の陰から村人たちの様子を伺っていた熊も、ブルブルと震えだす。
ヨイチは呟く。
「やっぱり野生の厳しさよりも、人間の狂気の方が怖いってか」
すると、いつの間にか後ろに神父が立っていた。
サエは「ヒッ!」と叫びそうになり、口を抑える。そして、涙目になりながら、
「もういや、今日は心臓がバクバクしっぱなし」と嘆いた。
そして、
「いったいなんの罪を許してもらおうとしているのか」
と言うオリハの言葉に、神父は目を光らせ、
「うん、人間は生きているだけで罪を背負っているものだよ。特に、自分は正しく生きていると思っているやつほどタチが悪いんだ」と、オリハへの返事のようなそうでないような言葉を投げかけた。
そして、いつの間にか祈りを終えて戻って来たシュウが話を続ける。
「父さんも神父さんと同じようなこと言ってて、『どんなに綺麗事言ったって聖人みたいな人がいたとしたって、そもそも人は最低な生き物』だとかなんとかって」
その言葉を聞いてミンダは、
「まぁ、確かにそれはある意味、正しいような気もするんじゃが、う〜ん」と考え込みながら、先ほど教会の窓に張り付いてこっちを見ていた老婆をチラリと見て、
「あのおばあさん、どこかで見たことがあるような…」
と言った。
「ミンダさん」
と、神父がミンダの肩を叩き、
「あんな感じのおばあさんなんてどこにもいますよ、うん。あまり、深く考える必要はないですよ。この村では宗教というより、、、自己啓発的な取り組みで『祈り』を習慣にしているだけですよ」
と、笑顔で答えた。が、相変わらず目は笑っていなかった。
ミンダは、神父の心なしか強く肩を握る力に違和感を感じながらも、それ以上は何も言わなかった。
「さて、どうしようか?」
一同は教会に戻り、神父からもらった毛布で体を温めていた。
「とにかく、ここが過去だとしたら、シュウ君のお姉さんが3日後に…。どうする?シュウ君」
と、話しかけた。ケリーが3日後に殺されるという事実を知ったため、オリハはシュウの気持ちを尊重すべきだと考えて疑問を投げかけた。
シュウは少し心ここにあらずという表情をしながら、
「どうするって…。どうしたらいいのか、分からないよ」
と、頭を抱えた。
「姉さんは死んだんだ。オレはそれを1回苦しみながら受け入れた。それなのに、姉さんは生きていた。どうしろって言うのさ?例えば、ここで姉さんを助けたとして、オレが生きてる現実は変わるの?それすら分からない…」
「確かに、ここが過去じゃとして、ワシらがいたのが未来だとして、ここでケリーさんを助けたら未来は変わるんじゃろか?」
ミンダは、率直な疑問を口にする。
「う〜ん。漫画とかだと、いくつもの未来が存在して、、、、だから、私たちの未来は変わらないみたいになることも多いわよね」
サエは言葉を選びながら話す。
「でもさ!ループものとかだと未来が変わったりするよな〜!これって、どういう現象なんだろうな?」
とヨイチも自分が持っている知識を話す。
そんな議論がされる中でシュウは、
「もう分からないよ。せっかくこっちの世界で姉さんを助けても、オレの世界では死んでいるかもしれないってことでしょう?何も考えたくない。…オレ、姉さんが生きているこの世界にずっといたいよ」
と、うなだれながら弱音を吐く。
「こっちの世界にずっといるってことできるのかな?う〜ん、話が難しくなってきてない?なんか?」
とヨイチが、話がまとめられなくなってきたことを嘆く。
そして、一同は少し静まり返ってしまった。熊も何か悩んでいるのか、悩んでいないのか分からないが「ガウ…」と言ったきり黙ってしまった。
「そうかな…」
沈黙を破るようにしてオリハがゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「そんなに難しいことかな?もっと単純だと思ったんだけど」
「単純…?」
「ガウ…」
と、ヨイチと熊が意味もなく見つめ合う。
「単純って。姉さんが死んだことを単純で片付けるのかよ」
シュウは少しイライラしながらオリハに噛み付く。
「違うよ。でも、分からないことを考えても仕方ないと、ぼくは思うんだ」
「分からないことを考えても仕方ないって、分からないことしかないじゃないか!!」
シュウは頭を抱えて感情を爆発させた。
「バスで来たのがなんでオレの村なのかも分からないし、何で過去に来たのかも。受け入れたはずの姉さんの死に、また直面しなくちゃいけないかもしれないことも、もう何もかも嫌なんだよ!!」
そして、
「もう、もうあんな苦しい思いしたくないんだ」
と、絞り出すように言った。
オリハは困ったような顔でシュウを見つめながら、
「それが答えなんじゃないかな?」
と、柔らかい声でシュウを励ます。
「たぶん、ここで何もしなければ君の姉さんは現実通りにまた死んでしまう。みんなが言うように分からないことは多い。この過去の世界のケリーさんを救っても、ぼくたちの現実は変わらないかもしれない、でも…」
オリハは静かな声でとつとつと話しながら、また窓の外の景色を眺める。
「つまり」
ミンダがオリハの言葉を受け継ぐ。
「分からんことも多いけど、結局は今できることをやるしかないって、オリハ君は言いたいんじゃな?」
「うん」
「…シュウくん」
ミンダはシュウを優しい表情で見つめながら、
「辛いじゃろうし、何も考えたくないじゃろうけど…。でも、ケリーさんが殺されるという3日後は迫っておる。…シュウ君はどうしたい?」
「オレは…」
パニックになっていたシュウだったが、2人の言葉に少し頭が整理されたのか、深く息を吸ってハッキリとした言葉で言う。
「今度は、姉さんを助けたい」
「…うん。シュウ君の心から出た言葉のようじゃな」
ミンダは、力強くシュウの言葉を受け取った。そして、他のメンバーも何かを覚悟した表情に変わった。
「オリハ、、、さん」
シュウはオリハの顔を見ずに呼びかける。
「オリハでいいよ」
「オリハ、ごめん。八つ当たりして。あと、サンキュ。頭、整理できたわ。なんかオレ、感情に流されていたみたいで。オリハが言ってくれなければ、また姉さんが死ぬ現実をただ見ているだけの木偶の坊になってた」
「いや」
オリハは首をふるふると振って、
「シュウ君はぼくがいなくても、何度でも今の決断にたどり着いていたよ。君は、実は自分が思っているよりずっと強い人間なんだよ」
と言った。
「よし!」
ミンダは大きな声で叫び、
「じゃあ、まぁ、よく分からないことも多いが、とりあえずケリーさんを救うために協力しようじゃないか!」
と、一同を見渡した。
「でも、どうするよ?とにかくケリーさんに張り付いていれば、危険はなくなるのかな?」
ヨイチは「う〜ん?」と唸りながら疑問を呈する。
「ケリーさんをひとりにしないのは第一条件よね。でも、シュウ君が経験した現実通りに、この世界でも進むかわからないっていうところもあると思うわよ」
とサエ。
「うん。ぼくも、ぼくたちがシュウ君の過去に関わることで、何か影響があると考える方が自然じゃないかと考えている。ケリーさんを見守るのも大切だけど、誰かに殺された疑いがあるなら犯人を探しておくべきたと思う」
とオリハ。
「確かに、3日後にケリーさんが死ななかったとしても、殺した犯人が村にいるとしたら安心できないな。よし、そしたら、ケリーさんを見守りながら、怪しい人物をマークしようか?」
というミンダの言葉を引き継ぎサエが、
「シュウ君さっき言ってたわよね。ケリーさんを殺したのはお父さんと思い込んでたけど、怪しいのが…」
と聞く。
「うん、怪しいというかユリアと喧嘩してたのを見たっていう。あと、怪しいのは、医者。さっき窓から覗いていたおばあさんだよ。ダリアさんって言うんだけど、いつも父さんとコソコソやってるからなんとなく怪しい気がする」
「なるほど、あのばあさん。ダリア…か…」
ミンダは少し複雑な表情をしながらも、気を取り直して、
「そしたら、ケリーさん、お父さん、ユリアちゃん、ダリアばあさん、をそれぞれ見張りつつ調査する感じじゃな?」
と一同に同意を求めるよう、ひとりひとりの顔を見る。
「そうだね、あまり不自然じゃない形で見張る必要があるよね」
とオリハ。
「とはいえ、おれたちがすでに不自然な存在だからなぁ」とヨイチが天を仰ぐ。
「まず、父さんを見張れるのはオリハだけだとは思う」とシュウ。
「え?だって、父さんが姉さんを殺したかもしれないんでしょ?危険じゃないの?オリハちゃんみたいな可憐な女子が見張るのは…」とヨイチがびっくりした表情で返す。
「父さんはオリハのことを気に入っているし、オリハのピアノが好きだから。警戒心が強いタイプなのにオリハだけは家に泊まらせようともしていたし」とシュウが答える。
それに対し、「オレ、一緒に父さん見張ろうか?オリハ守るぞ」と熊が口を開く。
「待て、熊、お前。お前みたいな獣とオリハちゃんが一緒に行動するのは、なんかよくない気がする!」とヨイチが叫ぶ。
そんなヨイチの姿に、
「ヨイチ、、、1回私情を捨てなさい」とミンダが呆れて注意する。
「ぼくはひとりで平気だよ」
オリハは少し笑いながら答える。
「エイトさんがケリーさんを殺したのかもしれないのなら、やっぱりあまり厳重に見張る方が良くないと思うよ。ぼくがひとりでエイトさんを探る。本当にケリーさんを殺したのがエイトさんだって思ったら、みんなに助けを求めるよ」
「え〜大丈夫?オリハちゃん心配だよ」
とヨイチはここぞとばかりにオリハに話しかける。
「大丈夫だと思うよ。ぼくって結構、頭いいって言われるから」
いたずらっぽく笑うオリハ。ドギマギするヨイチ。を、冷めた目で見る熊。
「ま、じゃあエイトさんはオリハさんにお任せするとして、シュウ君はケリーさんについていた方がいいじゃろな」
と言うミンダの言葉に対してシュウは頷く。そして、ミンダは続ける。
「あとは、ケリーさんにはもうひとりくらいついていた方がいいじゃろな。殺されるのが3日後だとしても心配は拭えないし」
「あ、じゃあ私がシュウ君と一緒にケリーさんを見張るわ」
とサエが申し出る。
「大丈夫か?もしかして危険かもしれんから、ワシが一緒に見張ろうと思ってたんじゃが」
と心配そうな表情をするミンダ対して、
「私、頭はそんなに良くないけど、体術は自信あるの。ラウェイって言う格闘技を20年以上やっているんだ」と、少し胸を張りながら自慢する。
「え?サエさん格闘技やってるの?カッコいいな〜!」と憧れの目を向けるヨイチ。
「えへへ。だから、大丈夫よ。シュウ君と協力して、しっかりケリーさんを見守るわ!」
「じゃあ安心じゃな。サエさんは頼り甲斐がありそうじゃし。あとは、ダリアばあさんとユリアちゃんじゃが…」とミンダが言い終わらないうちに、
「オレ、ユリアちゃんな」とヨイチがすかさず口を挟む。そんなヨイチを心から嫌そうな表情で(?)見つめる熊。
「スケベ目的か?」とハッキリ聞いた熊に対し、オリハをちらりと見ながら、「ち、違うよ!ほら!年齢が近いだろうから、心を開きやすいかなと思っただけ!」と慌てて否定するヨイチ。
そして、「女なら誰でもいいんだな」とさらに追求する熊に、
「いや、お前は本当に、、、じゃあ、お前がユリアちゃんを見張ればいいだろ!」と、熊に詰められ、叫ぶヨイチ。
「まぁまぁまぁ」と2人を制しながらミンダが、
「確かに2人はユリアちゃんの所に行った方がいいじゃろ。ワシがダリアばあさんを見張る。実は、ちょっと彼女に思うところがあってな」
と眉間にシワを寄せながら深刻そうな顔をする。
そして、「え?じいちゃん、もしかして恋したとかそういうこと?」ミンダの表情を全く読み取れずに空気が読めない発言をするヨイチに、「お前、頭の中お花畑なのか?」と呆れる熊。
ヨイチは少しムッとした表情をしたが、何を言っても部が悪いことに気が付いたのか、それ以上口を開くことはなかった。
次の日の朝、教会の椅子に寝ていたオリハは目を覚まし、寝ぼけ眼で教会の遠い天井を見つめた。
ーどうやら今日はいい天気のようだ
窓から差し込む光が宙を舞うホコリをキラキラと照らしていた。昔、図鑑で見た蛍のようだとぼんやりした頭で考えていた。
「それでね、こういう隙間なんだけど」
あまり長く寝た感じはしていなかったが、もう起きている人がいるのかと上半身を起こす。
サエとシュウだ。結局、シュウは家に帰らず、教会に泊まったのだ。
サエは棒にティッシュを巻きつけた何かよくわからない道具?を持ちながら、シュウに真剣な表情で話しかけていた。
「こういったタンスの隙間って、結構忘れがちな場所なのよ」
「でも、やっぱりちゃんと綺麗にしなくちゃいけないってこと?」
「そうね、確かに見えない部分ではあるけど、神は細部に宿るって言うし」
「いや、なんかそれって違う意味だった気がするけど」
ーそういえば…
オリハは教会を見渡して思う。
ー昨日より少し綺麗になったような。サエさんが掃除をしてくれたのだろうか
「なんでそんなに掃除が好きなの?」
シュウが不思議そうな顔でサエに聞いていた。
「掃除はなんて言うか、私にとっては夏の暑い日に川にダイブするような行為なのよね」
「????」
「こう、あ〜、暑い、暑くて仕方がないわ、、、あ!あんなところに川が、、、!バシャーン!みたいな」
「どんどん分からなくなってるんだけど」
少し笑いながらシュウが答える。
そんなシュウを見ながらオリハはホッとした。お姉さんの件で精神的に辛い思いをしていないだろうか、今の状況に耐えられるのだろうかと、心配していたからだ。
ーシュウ君は、やっぱり強いんだな
オリハはそんな風に思い、サエとシュウに向かって、
「おはよう」と声を掛けた。
神父が持って来てくれたスープとパンを食べながら、一同は今日の計画について話し合いをはじめる。
「じゃあ、誰を見張るかは昨日話し合った通りとして、みんな気をつけるんじゃぞ。何があるか分からないからな」とミンダは注意を促した。
「そうね、お姉さんが死んでしまうという新月の日は明後日だからまだ時間はあるけど…。何が起こるか分からないものね」サエも少し心配そうな表情で答える。
「とりあえず、なるべく村の人に何かを勘付かれないよう各々調査しよう。そして、今日の夜またこの教会で話し合おう」とオリハは不安をなだめるように話す。
「オリハちゃん、頼りになるなぁ」とヨイチは頬杖をつきながらニコニコとオリハに笑顔を向ける。そんなヨイチにムカついたのか、肘を押してバランスを崩させる熊。「あいてっ」と顎を椅子にぶつけるヨイチ。
そんなヨイチを見てクスクス笑うオリハ。
ーとても不思議なのだが、このメンバーのことを誰も嫌いになれない。どうしてだろうと、オリハは考えていた。
これまで付き合ってきた人たちに対してこんなにすんなりと自分をさらけ出せていただろうか?不思議だ。いつもは5人もいれば、1人くらい「嫌だな」と感じる人がいるのに。みんな個性的だけど、誰に対してもいやな気持ちが湧いてこない。不思議な世界にいるから、そういう感情も消えてしまったのだろうか。
でも…。この人たちも、今は優しくしてくれるけど、何かのきっかけでぼくのことを嫌いになるのかもしれない。あの日、優しくしてくれていた学校の友人たちの態度が急に変わった時のように…
「…オリハ、オリハ!」
深い思考の中に落ちてしまったオリハに語りかけるシュウ。
「あぁ、ごめん」
オリハはハッとして顔を上げる。
「大丈夫かよ、お前?父さんは結構手強いぞ。頭もいいし、強いんだ。昔、村に紛れ込んできたヘラジカを仕留めたことがあったくらいに」
「え?ここら辺ヘラジカ出るのか?」
好奇心丸出しで身体を乗り出し、シュウに問いかける熊。
「たまに紛れてくることがあるんだ。周辺には熊もいるらしいけど、お前の、友達ってやつ?」とちらりと熊を見ながら、「まぁでも、人がいるところには普通そういった動物は近づいてこないからほとんど見ないけど」
「俺ら、友達」キラキラした表情で仲間の熊に想いを馳せる熊。
「熊なんて、お前だけで十分なんだよ!」とツッコミを入れながら、「じゃ、オリハちゃん気をつけてね」とつかさずオリハに笑いかけるヨイチ。
「うん、君たちもね」とヨイチに微笑み返し、オリハは深く潜り込んでしまった思考をなかったことにした。
「シュウ君いわく、ユリアちゃんという子は結構クールな女の子みたいじゃな」と森の中を歩きながら話すミンダ。
「クールビューティーってやつかぁ」とワクワクした表情を浮かべるヨイチ。
そんなヨイチに「お前に聞きたい。好みのタイプじゃなかったり、可愛くなかったりしたらどうするんだ?」と意地悪な質問を投げかける熊。
「バカ!女の子はみんな可愛いだろ!」とヨイチはヘラヘラした後、少し真面目な顔に変わり「見張るって難しいな。変に勘ぐられないようにしなくちゃいけないし」と、ミンダに問いかける。
「オレら、旅芸人ってことになってたな。旅芸人って、何している人だ?」と熊。
「旅しながらお金稼いでいる人…じゃな、たぶん。じゃから、芸事をみてください的な感じでお近づきになるかの?」とミンダ。
「芸事って何さ?一発芸みたいなやつ?オレ、何もできないよ!面白いことやれとか言われてもさっ!」
ヨイチは、人前で何かをやることを想像してドキドキしてしまったようだ。ミンダに絡みつきながら駄々をこね始めた。
「ヨイチ、、、こういうのはな、出たとこ勝負なんじゃ」
「出たとこ勝負?」
「そうだ。ユリアちゃんという子の前に出て、その時に降りてきたインスピレーションでギャグを披露する。気をつけるべき点は、決して恥ずかしがってはいけないことだ。思い切りやる!面白くないと思っても思い切りやるんだ!」
と、なぜか笑いについて熱弁するミンダ。
「おぉ〜!じいちゃん・・・オレ、頑張る!」とこれまたなぜか心を打たれた様子の熊。
「思い切りって…。思い切りやって滑ったら辛いじゃんよ」と、まだブツブツ言うヨイチ。
「ハートを強く持て!ハートを!」と胸をドンドン叩くミンダの後ろで、ドラミングする熊。
「いや、ドラミングはゴリラだろ…」
などと、ヨイチが「解せぬ」という面持ちでいるうちに、森を抜けたすぐそばにあるユリアの家の前まできた。
「シュウ君に聞いたユリアちゃんの家はここみたいじゃが。コロンとしてて可愛い家じゃの」
ユリアの家は小さく、他の家と同様トタン屋根の古めかしい家だったが、屋根がピンク色だったり、窓から見えるカーテンが明るい色の花柄だったり、可愛い印象を持つ家だった。
「うちに、何か用?」
戸惑う3人の後ろから、低く落ち着いた声が響く。
「あ、えっとユリアちゃんでしょうか?」
と振り向いてからキラキラした目で問いかけるヨイチ。
「そうだけど、何?」
少しイライラしたようなぶっきらぼうな調子で3人を見るユリア。ユリアは、片側で編み込みをしていて、黒いフリフリのワンピースを着ていた。
「あ!同じ、三つ編みですね!」などと嬉しそうに話しかけるヨイチを無視して、
「あなたたち、外から来た人よね。早く村から出て行きなさいよ」と不躾に言う。
ユリアの言葉から、嫌味というより真剣な気持ちが伝わってきたために、ミンダはユリアに対し、
「この村は、、どういったところなんじゃ?」
と聞く。
ユリアは、
「それは私からは何も言えないけど。でも、私は、私たちは2年前にこの村にきてからずっと出て行きたいと思っていたわ。だけど無理だった。だから、わざわざ自分からこの村にくる人たちの神経が理解できないだけ」
と目を伏せながら苦しい顔で、言葉を絞り出すように言った。
「そうなんじゃな。ユリアちゃんはこの村を出ようと…。もしかして、ユリアちゃんはワシらのことを心配してくれているのかもしれないが、私らのことは心配しないで大丈夫じゃ。余計な心労を増やしてしまって申し訳ないんじゃが」
と、ミンダはユリアの気持ちを慮った言葉を口にする。
「別にあんたたちがいいならいいけど。心配なんてしてないし」
とユリアは答えながらも、ミンダのユリアの気持ちを組んだ言葉に、少し警戒心を解いたような表情になる。
「ところでユリアちゃ〜ん!」
と、ヨイチは自分もユリアちゃんと話したくて仕方がないのか、テンション高めに話しかける。
「オレら、旅げ、、旅芸人?ってやつなんだけど、ちょっとさ、オレたちの芸を見てくれないかな?」
ユリアはヨイチに対して、面倒臭そうな顔を向けたが、
「ガウガウ!」
と、ヨイチに追随する?熊をじっと見つめたのちに、フフッと少し笑い、
「いいわよ。暇だしね」
と何か気が変わったような表情で答えた。
自分より熊に惹かれている様子のユリアを不満げに見ていたヨイチであったが、
「よし、じゃあじいちゃん最初にいってみよう!」
と、ドスベリのトップバッターだけは避けたいという気持ちの方が先にきたようだった。
「え、ワシから?」
とびっくりしながらも、ミンダは腹が据わっていたようで。
「コホム」という謎の咳払いをしたのち、
「ユリアちゃん、ワシの勇姿を見ててくれ」と言い、
「筋肉パーーーーーーーーーーンプ!」
と、筋肉をパンプさせ、
「タイルではなく大胸筋!羽ではなく広背筋!餅ではなく上腕二頭筋……」
と各筋肉でギャグを繰り出す。
「ドローイングで鍛える腹横筋!ひねりで鍛える外腹斜筋!」
と、もはや途中からギャグでもなんでもなく単に各筋肉の鍛え方を吠えるだけの、負け戦になってきたミンダ。
ヨイチはもう見ていられなくなり、目を閉じて天を仰ぐ。
そして、ミンダの声は静かな森の中に無情にもこだまする。
そして、ギャグらしきものが終わった後、一同、そして周囲の動物や昆虫、植物すら息をするのを忘れたかのような静けさが周辺の空気をつんざく。
葉っぱが「カサリ」と落ちる音すら聞こえてくるような状況で、ユリアは口をポカンと開けていたが、不意に、
「ごめんなさい、何が面白いのか分からない・・・」
と、謝らなくていいのに謝ってしまった。
普段なら、「何が面白いのか全く分からない」とだけハッキリと口にするような性格のユリアであったが、ミンダの勢いと、ギャグのつまらなさに逆に衝撃を受けてしまったようだ。
ーヨイチは震えていた。
ーこんな状況の中で次のギャグを、、、?こんな試練、これまでにあっただろうか、、、?
「さ、ヨイチ、次はお前じゃ」
と、ミンダは全くウケなかったくせになぜか満足げな表情を浮かべて、ヨイチに次のネタをやるよう促す。
ユリアと熊が心配そうな表情でヨイチを見つめる。
ヨイチは怯えた表情で、しかし、覚悟を決めたように3人の前に立つ。
「こんな村は嫌だ」
どう考えてもこの村が、こんな村は嫌だを凝縮しているような村なのだが大丈夫か、、?
震えた声でヨイチは言う
「村の掟を破った人を十字架につるした周りで松明を持って集まる村人がいる、、村!」
と、勢いよく言ったが・・・・・結果は、ご想像の通りだった。
が、なぜか熊だけは大爆笑。何が面白かったんだろう?
「ほら、最後は熊だぞ」
と、ドスベリしたヨイチが涙目で熊にギャグを促す。
熊は大爆笑を解いて、真剣な(?)面持ちになる。そして、
「こんな熊は嫌だ。熊の確定申告」と言い、突然一人芝居を始める。
税務官「いや、この費用は経費にはできないから」
熊「どうしてですか?生きてくのに必要です」
税務官「生きていくのに必要というか、仕事に必須である必要があるんですよ」
熊「私の仕事は熊であることです。なので、熊であるために必要な経費です」
税務官「いや、何言ってるか分からないんだけど」
熊「ですから、シャケ代は経費になります」
と謎の演技をしたのち、
「こんな熊は嫌だ。確定申告の時、経費にシャケを入れる」
とギャグを締めた。
熊以外の3人はあっけに取られていたが、ユリアだけは少しフフと笑った。
ミンダも何か感動したようで、
「そうかぁ。一人芝居によってギャグに臨場感と現実味を持たせるとは、、、お主やるな!」と熊の手を握る。
そして、ユリアの方を向いて、
「ユリアちゃんどうかな?こんな感じでギャグはまだ未熟でな。村にいる間、練習に付き合ってほしいんじゃ。あと、暇なときに村の案内なんて頼めたら嬉しいんじゃが」
と、厚かましいお願いをする。
「そうね、つまらなすぎたから、そのギャグで稼ぐつもりなら全員稼げないで野垂れ死ぬとは思うけど、、、」と言った後何かを考えるような表情をし、「でも、、、」と言った後、「コホム」とミンダがしていたわざとらしい咳払いをして、
「熊さんなら、いいけど」と、少し顔を赤らめて熊の方を見つめる。
「え、僕たちは、、ダメですか?」とヨイチが残念そうに聞く。
「そうね。熊さん以外とはあまり話したくない」
と答える。
「じゃ、わしらは退散するかの!」とミンダはヨイチを促す。
ヨイチは後ろ髪を引かれるような思いで、しかし、渋々とミンダと共にその場を去る。
「ユリアちゃんは熊が好きなのかな、、、」と呟くヨイチに、
「まぁユリアちゃんだったら、熊さんだけで見張れるじゃろ」とミンダは答える。
「いや、そういうことじゃなくて、、、ま、いいけど」とため息をつくヨイチ。
「わしらは、ダリアばあさんのところに行こう。少し思うところがあって、注意してかかわる必要があることを覚えておくんじゃ」と、ヨイチに気を引き締めるように促した。
その頃、オリハは森の中を歩いていた。
教会からシュウの家に行ったところ、途中でケリーさんに会って、シュウの父・エイトさんが森に向かったと聞いたからだ。
オリハは森が好きだった。美術館に行くたびに気がつかないうちに同じポストカードを購入していたのだが、なぜかいつも同じ森の絵のポストカードだった。
そして、時々、脳内のイメージで、森の中で寝そべっている時に目にするような、木々が風に揺れ太陽の光に輝いている、そんなイメージが浮かぶのだ。青と緑のコントラストはこの世のものとは思えないほどに美しい。
オリハは森の中を歩きながら、
ーもしかしたら、僕は前世、森の中で、ゴロゴロと寝そべっているのが好きだったのかもしれないな
などと思っていた。
すると、ちょうど『勾玉を持った女神像』のそばに立っているエイトの姿を見つけた。
オリハが声をかけようと近づくと、警戒したような険しい瞳でオリハの方を見つめる。
「オリハ君か、、、」
「どうか、されたんですか?」
エイトの焦燥感が見られるような表情にオリハはびっくりして聞く。
「この文字なんだが」
エイトは『勾玉を持った女神像』が立つ土台の部分に細く、石のようなもので刻まれた文字を指差す。
そこには、
『マビアの復活』
と書かれていた。
オリハは何のことだか見当もつかずに首を傾げる。
エイトは、表情を歪めてオリハを見つめる。
「君は、君たちは、、、何かを知っているのか?」
と。
ー第3話「勾玉を持つ女神の像」完ー