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ソウルメイト  作者: KUMAKO
3/6

2話 暗闇に浮かぶ月

「え、シュウ君どうしたの?何か、体調でも悪い?」


シュウの様子にサエは目を丸くして心配する。


「あ、あれは……」


「え?」


「あ、あれは、オレの村、だ」


バスは震えが止まらないシュウに構うことなく速度を上げていく。外の美しい景色は、まるでバスを祝福しているかのようだったが、少しずつ重苦しい雰囲気をまとった村が近づいてきた。


「なんか、あの村、おどろおどろしい雰囲気だよなぁ。なんていうかさ、ほぼ裸の人間が火の周りで変な踊りとかしてそう。……な〜んつって」


ヨイチは、村が見えてきたことによる興奮からつまらないギャグを飛ばしたが、ミンダは慌てて


「しっ!」と、シュウのおかしな様子を察しながらヨイチの口を押さえる。


ミンダとヨイチのワタワタをチラ見しながらも、オリハは、美しい景色の先に見えてきた村の様子を伺う。


ーずいぶん田舎に見える。トタン屋根の一軒家がポツポツと、あとは畑に、森。宗教的な理由で文明を持たないのだろうか。


バスはぐんぐんとスピードを上げながら、陸の孤島のような村の入り口に近づいていった。


村との距離が縮まるにつれて、シュウの震えはひどくなっていった。


「嫌だ、嫌だ。行きたくない」


シュウの隣に座るサエはどうしていいのか分からずに、シュウの背中をさする。


ーこんなに嫌がるなんて。あの村で・・・自分の村で・・・一体何があったのかしら。


涙目になって震えるシュウを見かねたミンダが、シュウの席の隣にある補助席を倒して座った。


そして、手で顔を覆いながら「嫌だ」「ごめんなさい」「俺はダメなんだ」などとブツブツ繰り返すシュウに向かって言った。


「行きたくないなら、行かなくてもいいんじゃないか?」


え?という顔でヨイチがミンダたちの方を振り返る。


「じいちゃん、行かなくてもいいんじゃないかって…。流れ的にたぶんあの村にしか行きようがないっていうか、勝手にバスが向かっちゃってるっていうか。本当に何なのこのバス?」


ヨイチは諦めの顔をミンダに向けたが、


「バスが勝手に村の前で止まったとしても、シュウ君だけ降りなければいいじゃろ?」


と答えた。


「まぁ、それは、できなくもないんだろうけど…」


しかめ面で返事をするヨイチの言葉を遮りながら、


「シュウ君は、何かトラウマのような感情を持ってしまっているんじゃろ。そんな場所に、こんなに震えながら行く必要もないじゃろ」


ミンダはシュウに語りかけながら、少し窓の外を見た。そして、


「…ワシは人は『逃げる』という選択肢を持ってもいいと思っているんじゃ」


と、何かをふわっと思い出したように呟いたのだった。


ミンダの言葉を聞きながら、どうしようもなくパニックになりそうだったシュウの震えも少しずつ収まってきた。


そして、急に熊が会話に割って入る。


「じいちゃんの言ってること一理ある。動物は捕食者に対面した時、すぐ逃げる。もしくは知恵を絞って生き延びる方法を探す。それなのになぜか人間は、時々勇敢にまっすぐ立ち向かって玉砕する。人間、時々バカ」


「いやいや待て待て!」


とヨイチ。


「まず、人のじいちゃんのことを勝手にじいちゃんって呼ぶのやめろよな。熊のじいちゃんが人間なんてことは生物的にあり得ないだろ!あと、『人間バカ』やめろ、今、人間バカって言った時こっち見ただろ!」


ヨイチの激しめのツッコミにオリハがクスリと笑った。


そんなオリハを見て真っ赤になるヨイチ。


「でも…」


それまで口を閉ざしていたシュウの隣に座っていたサエが口を開き、


「バスを降りないとしたら、その後どうなるか分からないわよ」


と、幼いシュウが心配でならないと言った表情を向けた。


「それは、状況に合わせて考えるしかない。バスに乗りつづけていることを選ぶなら、選んだ結果は受け入れないとな」


ミンダは答える。


「なんか厳しい気がするけど…。まだ子供なのに」


とサエ。


「確かに子供じゃ。それは分かるんじゃが」


とミンダは少し困った顔をしながらも、


「逃げると言う決断をしても、結局逃げた先でも人生は続く。それが人間だからな。子供も大人も関係なく」


とハッキリ答えた。熊は感動した表情で


「う〜ん、じいちゃん流石だな。確かに動物、逃げ続けても問題ない。長く生きることが1番大切。だけど、どうやら人間は逃げ続けるだけじゃダメになる。時に何かと向き合わなきゃいけないらしい」


と、答え、ミンダと熊が、「そうそう、そういうことなんだよ」といった様子でお互いに頷きあう。


「いや、なに気が合っちゃってんだよ」と、ヨイチは少しムッとした表情を浮かべた。


そして、シュウが口を開く。


「……行くよ」


と。


「シュウ君…」


「行きたくないんだ。俺、村から逃げるようにしてこのバスに乗っているんだ。村に帰ったら、自分の無力さを思い出す、、、きっと、、、。だから、、、逃げたら、また逃げられたら…。たぶん、一瞬は楽になると思う」


「でも、なんとなく行かなくちゃいけない気がしている。逃げようとすると心がざわつくんだ。今は逃げてはいけない時なんだって。そう、分かるんだ、分かっちゃいるんだ」


とうつむきながら答えた。


ミンダは、


「そうか…」


とシュウを慮るようにつぶやいた。人は、葛藤しながらも正しい道に進んでいけるものなのかもしれないからなーと思い、シュウをバスに残す選択肢を消した。


そして、気分を切り替えないと、と思ったのか、


「…で、ここ一体どこなんじゃ?村?」


と明るい声でサエに聞く。


「シュウ君は、『俺の村だ』って言ってたけど…。シュウ君が住んでいる場所なの?」


シュウは頷く。


「へ〜。ずいぶん田舎に住んでるんだな〜。ってかファンタジーの世界?とかに行くのかと思ったら、結局現実に戻ってきたってこと?」


ヨイチは疑問を投げかけるが、


「そうねぇ、ここで降りてどうすればいいのかしらね?少し滞在するとかかしら?」


サエはもう深く何かを考えたくないと言った表情で答える。


「てか、こんな田舎で暮らせるのかよ。野生じゃあるまいし。いや、熊は別だけどさ〜」


とヨイチは熊に「ハハーン」という顔を向けたが、「ガウ」などと凄まれ、「ヒッ!」と怯えていた。


オリハは笑いながら「君たち仲良いよね」と声をかけ、「仲良くない!」「ガウガウ!」と各々が返したところで、バスのドアがゆっくりと開いた。


「ま、じゃあ行きますかね」


シュウの隣の補助席を畳みながらミンダがシュウに声をかけた。シュウが頷いて立ち上がる。


そして、一同は村の中へと入って行った。


村の入口には、「ようこそおいでくださいました。村では問題を起こさないようお静かにお過ごしください」と嫌な感じのする看板が左右に立っていた。


村の入口を入るとすぐにトタン屋根の古い家がポツポツと見えてきた。


一同は無言でシュウのあとをついていく。おそらく、シュウの家に向かうのだろうということと、あまり何かを深く聞いてはいけないのだろうという気持ちを全員が持ちながら。


しばらく歩いていると、トタン屋根の家の集団から少し離れた場所にあるひときわ大きい水色の家が目につく。


シュウは水色の家を指差しながら、


「あれが、俺の家だ」


と緊張した面持ちで声を発する。


「おしゃれな家だね。家の近くには森があるのか。シュウ君はよく森で遊んだんじゃない?」


とオリハが声をかけるが、シュウは答えなかった。


すると、家からひとりの中年の男が出てきた。スラリとしていて背が高い印象だが、Tシャツから見える腕には筋肉が適度についていて、肉体が若々しいことが伺える。


顔には深いシワが刻まれていたが、クールな顔立ちと真っ黒い髪の毛がシワを渋く見せており、一般的に「いい男」の部類に入りそうだ。


「父さん…」


シュウは消え入りそうな声で呟いたが、シュウの体が震えていたことをオリハは気が付いていた。


「シュウ…?」


中年の男は、眉間に皺を寄せながらシュウに声をかけ、一緒のメンバーを不思議そうな表情で1人1人見ていく。


「父さん、ごめん、勝手に家を出て…」


と小さい声で答えるシュウだったが、


「あれ?シュウ?何しているの?今日はピアノの練習に行かないの?」


と、栗色のサラサラした長い髪をなびかせた女性が家から出てきたところで、シュウの動きが止まった。


そして、目を見開いて、


「ね、姉さん!?」


「え?シュウ、お友達??え〜っと、村の人じゃないわよね…」


とキョトンとした顔をしていたが、それにはお構いなしに、


「ねえさん!ねえさん!」


とシュウは泣きながら、走り、女性に抱きつく。


「シュ、シュウ、どうしたの?久しぶりね、あなたがこんな感じで甘えてくるの」


と女性は少し照れたような表情をする。


「ねえさん、生きてたんだね、ねえさん…。ごめん、俺、役立たずで何もできなくて」


ワアワア泣きながら、必死に抱きつくシュウ。


中年の男は、そんなシュウの様子を訝しげに眺めながら、他のメンバーに、


「なんかね、シスコンでね。シュウは」


ハハハと、その場を取り繕うように苦笑したが、オリハの顔を見て、


「あれ?きみはオリハ君だね?」と、顔をパッと明るくして言い、「来てくれたんだね!手紙、ちゃんと届いたようだな!」


と嬉しそうな笑顔を向ける。


戸惑うオリハだったが、中年の男は続けて、


「あなたに手紙を送ったエイトですよ。村にピアノを聴かせにきてほしいって。ささ、オリハくん、とりあえず家に入ってくださいよ。少し話しましょう」


とエイトはオリハだけを家に連れて行こうとする。


泣きじゃくるシュウを受け止めながら、女性は、


「他の人たちは、オリハさんのお付きの人?なのかしら、シュウ?」


と、シュウに聞く。シュウはどう答えていいか分からずに困り、そして、あろうことか、


「…拾った」


と答えた。


ヨイチはその言葉に


「ひろっ!?」


と答え、女性も


「え?拾った?…熊も…?」


と、抱きつくシュウと熊を交互に見つめたが、ミンダが、


「わしらのことは気にしないでくれ。オリハくんとここに来る途中で会ってな。連れてきてもらったんじゃ。ほら、わしら、世界を旅する、、、、あれじゃ、旅芸人じゃから」


と、その場の空気を読みつつ調子を合わせる。エイトは、


「なるほど。この村は陸の孤島で、なかなか出回っていない地図がないと来れないから不思議だったんだが。オリハ君には地図を送っていたからな。まぁ、ここに滞在してもいいけど、宿がないんですよね。申し訳ないのですが・・・。家もオリハ君くらいなら泊まってもらえるけど…」


「いやいや!ワシらは、ほら!あっちの森で野宿でもしていた方が気楽なんでね!」


というミンダの言葉に、ヨイチ、サエ、熊はギョッとしてミンダを見つめる。


「そうですか…」


エイトは、色々合点がいったという表情をしながらも、


「まぁ、この村はなかなか外部の人が来ないもので。安全に過ごすためには、村の色々なことに合わせるようにしてくださいね。また、何か見てはいけないものを見ても…」


穏やかなエイトの瞳が一瞬で変わり、鋭くミンダを見つめる。そして、その時、夕焼け色に染まる空を不気味な声でカラスが鳴きながら飛び去った。オリハたち面々は立ち込める不穏な雰囲気に、ゴクリと唾を飲み込んだ。


が、熊がなぜかカラスの方を向いて「ガウガウ」と威嚇したので、雰囲気が台無しになった。


ヨイチは、


「お前は…」


と、呆れた顔をする。


「…まぁ、いいでしょう。とにかく、あまり長くこの村にいても仕方がないとだけ、伝えておきましょう」


エイトは少し咳払いをしながらそう言うと、


「ささ、オリハ君」


と、オリハだけを家の中に連れていった。


そして、そんな2人を見守った後、女性はシュウを体から離すと、


「あの、私は、シュウの姉のケリーです。父はああ言ってますけど、何か分からないことや困ったことがあったら、おっしゃってくださいね。というか本当に野宿…で大丈夫なんですか?」


と、特にサエの方を心配そうに見つめる。


サエは、


「まぁ、大丈夫でしょう!なんとかなるかな!あはは」


と、ヤケクソ気味に引きつった顔で笑った。そして、オリハ以外の面々は森の方に向かって行ったのだった。



オリハはシュウの家に招かれた。


アンティークのような趣味の良いインテリアが並んでいるリビングを経て、ギシギシと音がなる階段を登り2階に連れていかれる。


シュウも家に入ってきて、1階で姉さんと何やらボソボソと話しているようだった。


「ここの部屋にとりあえずいいかな」


テーブルとテレビだけがあるシンプルな部屋に通される。窓から森の景色が見えた。


「ちょっとお茶入れてくるから待っててくださいね」


「はい」


オリハはテーブルに添えてあった背もたれが緑色の椅子に座った。静けさがオリハの頬をなぞり、ゾワっとした気持ちにさせられた。


そして、手持ち無沙汰になって窓の外の森やテーブルの木目を見つめていたが、ふとTVのリモコンを見て不思議に思う。


「テレビのチャンネル…3つしかないのか」


その時ガチャッとドアが開く音がした。美しい花柄のカップに入れた紅茶をお盆で運ぶエイトが部屋に入ってくる。


「すみませんね、お待たせしました」


オリハに紅茶を振舞いながら、オリハの前の席に座る。


「まさか、来てもらえるとは思いませんでしたよ」


「いえ…」


実は、オリハはエイトが出したという手紙を読んでいなかったが、話を合わせておいた方がいいと思い、ここまでなんとかやってきていたのだった。


「で、村で演奏ってことでしたっけ?」


「あ、それは建前でね」


「建前?」


怪訝そうな顔をするオリハを見つめながらエイトは、


「シュウがピアニストになりたいというのを…」


と言い、ふとオリハから視線をそらし、窓の外の空を見つめ、


「諦めさせてほしいんですよ」


「え?それって…」


「手紙にも書いた通り…、シュウはあなたがピアノを弾く姿をTVで見てから、少しずつ自信をなくしています」


「……」


「小さい頃はあんなに楽しそうにピアノを弾いていたのにね。ピアニストになりたいなんて考えずに、ただ弾くのが好きで」


「ぼくは、もう……」


「あ、分かっています。あなたが今後ピアニストとしての活動をしないかもしれないってっこと。あなたの身に降りかかった出来事もすべて。だけど、あなたは正真正銘の、天才でしょう?」


「天才……」


エイトはおもむろにTVをつけ、ある少年がノクターン9-2を弾いている動画を映しだす。少年はシュウだった。シュウは今より幼く、10歳くらいだろうか。おそらく、アンダー11歳のジュニアの大会に出た時の映像のようだった。


大人顔負けの滑らかなショパンの音色が聴こえてくる。


「美しい音色ですね」


オリハがそう言うと、エイトは目を丸くして、


「ハハハハハ!」


と急に笑い出した。


「いや、すみません。あなたほどの天才がこの程度のピアノにおべんちゃらを使うなんてと思って」


「おべんちゃらって」


「いや、分かるでしょう。才能がないこと。この時の大会もどうしても出たいからと出演させたんですがね。3位でしたよ」


「…すごいじゃないですか」


「あなたは6歳の時にこの大会で優勝していますよね?」


「…」


「そういうことなんですよ」


エイトはふぅと息を吐くと、


「シュウのピアノには感情がない。いいピアニストは、後世に名を残すピアニストは、必ず豊かな感情表現が出来る」


「…シュウ君はまだ若いじゃないですか。ピアノにはその人の人生経験が現れる。人生で悩み考えてきたことが音になって、音に色がつく。諦めるのはまだ早いのでは?」


「オリハ君の6歳の頃のノクターン9-2聴いたけど、感情的だったよ。非常にね。美しかった。まるで暗闇の中にぽっかりと浮かぶ月のような静けさと…」


エイトは何かを言いかけたあと、辞めて、フッと笑いながら、


「叶わぬ夢を見ることほど辛いことはないからね」


と呟いた。



その頃、「野宿組」のミンダ、ヨイチ、熊、サエは不気味な森の中を歩いていた。外は少しずつ暗く染まってきていた。


「はぁ…」


ヨイチは下を向いてため息をつきながら、


「野宿ってなんだよ、無理だよ、マジで。じいちゃんは長い間山に住んでたからいいかもしれないけどさぁ」


と恨めしそうな顔でミンダを見る。


「意外と野宿も楽しいもんじゃ」


なぜかミンダはウキウキしているようだった。


「まぁ、そこらへんの住民の人に聞いてみれば、雨をしのげるシートくらい借りれるじゃろ。それでテントを作るとして…」と一呼吸置いたあと、


「さあ火を起こすぞ〜!ファイヤ〜!」


と叫び出し、そこら辺に落ちている枝をボキボキと折り出す。


「よっしゃ〜!今日も上腕二頭筋絶好調〜!」


「ちょ、、、ミンダさんどうしたの?」


急なミンダの変わりように驚くサエ。


「あ、なんか筋肉スイッチ入ったみたいで」


と答えつつ、ミンダに対し、


「じいちゃん、普通に足で押さえれば無駄な力使わずに枝折れるから!筋肉をパンプさせるのやめろ!」


「こうやって枝を折ったほうが雰囲気出るじゃろ」


「雰囲気ってなんの雰囲気だよ・・・。いや、それにさ、確かに肌寒いから少し暖かさ欲しいけど。そもそも火を起こしても食べ物がなくちゃ…。鳥でも捕まえて焼くの?」


「確かに…。ワシはプロテインしか持ってないし」


おもむろに胸から出したプロテイン容器をシェイクし出すミンダ。


「そうそう、たんぱく質は髪の毛や肌のためにも重要だからな、、、ってどこからプロテイン出してんだよ!」


そんなやりとりを見ていた熊、何かが疼いたようで。


「オレに任せておけ!」


と急にしゃしゃり出る。


「熊!確かに、お前、こういう自然の中が本拠地じゃないか!よし!頼んだぞ!」


とヨイチ。


「向こうに川が見えたから…」


「ウンウン。グリズリーと言えば、川に逆流してきたシャケを捕まえて…」


「アザラシ摂ってくる」


「ハイハイ、アザラシは脂肪分が多くて食料として素晴らしく…。ってバカ!それはホッキョクグマが獲るやつ!海まで行くつもりなの!?」


すると、隣から「フンフン、フンフン」と声が聞こえてくる。ミンダが倒れた木で筋トレを始めていた。


「そうそう、じいちゃんは背中の筋肉が少し弱いからな、ベントオーバーローで鍛え…。って今背中鍛えてもどうしようもないでしょ!」


「まったく…お前ら真面目にやれよ。夜になったら本当に少し寒くなりそうだぞ。ちゃんと準備しなくちゃ!」


と叫ぶヨイチ。


の傍らで、急に始まったボケとツッコミの応酬をただ唖然とした表情で見ていたサエは、


ーどうしよう、まったくボケが思いつかない


と、ショックを受けていた。


ーねえ、待って。あのヨイチ君って、ノリツッコミの天才じゃない?熊の種類別の餌とか、、ベントオーバーロウ…?細かいギャグにまで対応して…。


そんな、緊張感のないやりとりをしている彼らの元に、穏やかな表情を浮かべた白髪の男性が近付いてきた。黒く長い服を着ていることから、神父と思われる。


彼は全員の様子をゆっくりと伺ったのちに、


「話は聞いたよ」


と、話しかけた。


「え?」


誰も白髪の神父に気がついておらず、急に話しかけられてびっくりした顔を見せる。なんというか、存在感の薄い人物だ。


「あ、どちら様ですか?」


ヨイチは顔をしかめて、少し猫背気味の神父を見た。


「うん、急に話しかけてすまないね。私は向こうの教会に住んでいる神父だよ。シュウ君のお父さんから話を聞いてね」


白髪の神父はニコニコと笑っていたが、どこか目は笑っていないような、人を疑っているようなそんな表情だった。


「よかったら、教会に寝泊まりしないか?」




一方、シュウの家に招かれたオリハは、「ほら、シュウ、とりあえずオリハ君にピアノを習ってきたなさい。せっかく来てくれたんだ」と家を追い出されていた。


並んで歩くシュウとオリハ。


「いつも、シュウ君はピアノの練習を教会でしていたんだね」


「…うん」


「すごいね、プロの先生に習ったりせずに、独学なの?」


「…いや、父さんが教えてくれた」


「そうなんだ…」


オリハはシュウとの間に、少し気まずさを抱えながらも、


ー自分でピアノを教えたのに、諦めさせようとしているのか、エイトさんは


などと考えていた。


「姉さんは生きていたんだ。父さんがそんなことするはずはないんだ」


シュウは誰に話しかけるわけでもなく、ブツブツとそんな言葉を呟いた。


オリハは、シュウの言葉を聞きながらも、姉さんの話を聞くのを避けていた。なんとなく今は聞かない方がいいと考えたからだ。


「シュウくん、ちょっと聞きたいんだけどさ」


「うん」


「TVのチャンネルって3つしかないの?」


「うん。え、それが普通じゃないの?」


「いや…。3つのチャンネルってどんなことやってるの?」


「う〜ん、ニュースとか。クラシックの番組とか…。その番組で見たんだ、お前がピアノ弾いてるとこ」


「最近のニュースってどんなことがやっていた?」


「え?いつも通りだよ。どこどこで戦争があったとか、、、外の世界って危険なんだろ?オレはコンクールに出たときにしかこの村を出たことはないけど」


ーおかしいな


オリハは瞬時にそう思う。戦争なんてずっと起きてない。


ボソボソと会話を続けながら、オリハとシュウは畑を通り過ぎた後、森の中を歩く。畑では農作業をしている人たちがいて、こちらをチラチラと見ていた。


森を抜けると、大きな教会が見えてくる。くすんだ白色の教会のてっぺんに十字架が刺さっていて、こちらを圧迫してくるような雰囲気だ。


「この教会にピアノがあるの?」


「うん、ここにしかないんだ」


重い古びたドアを開け、教会へ入るとズラ〜っと左右に並ぶ椅子、そして真ん中が通路になっており、1番前に黒々としたピアノが置いてある。


「スタンウェイ…」


遠くからでも分かる美しいピアノの姿。


ーこんな田舎に高級なピアノが置いてあるなんて、少し不思議だな


とオリハは思った。そして、シュウとピアノの前まで歩いて来て、シュウの表情を伺いながら声をかける。


「じゃあ…。エイトさんもああ言ってたことだし、とりあえず聞かせもらおうかな、シュウ君のピアノ」


オリハはおそらくエイトがシュウにピアノを教えるときに座っているであろう、ピアノの横に置かれた椅子に座った。


シュウはピアノの前の椅子に座った。そして、ピアノの鍵盤に指をおろしたが、指の震えを抑えることができなかった。


「シュウ君…?」


シュウは少し呼吸が荒く、過呼吸気味になっていた。


「自信がない…。自分がピアノを弾く意味が、もう、分からない」


「そっか」


オリハはふっと笑って、


「じゃあ、ぼく、弾いちゃおうかな」


と、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。


シュウはピアノの前にある椅子から、教会の1番前の椅子に移動した。オリハは、椅子の高さを調整する。そして、深呼吸をして、力の抜けた腕をピアノの鍵盤に置く。


オリハが鍵盤に指を置いた瞬間、世界が変わった気がした。


万物の全てがその世界観に吸い込まれていくような、ここではないどこかに連れていかれるような、そんな静けさの後、美しい音色が響き始める。


「エオリアンハープ…」


シュウは呟く。そして、なんという美しい音色だろうと思う。




「わぁ〜!綺麗な音!」


神父についてきたサエは、教会から聴こえる美しい音色に耳を済ませた。


教会に寝泊まりしないか?と誘ってくれた神父に対し、ミンダ以外は大賛成、ミンダは「野宿も楽しいのに」と少し拗ねていたが、結局は一緒についてきた。


「本当だ、誰が弾いているのかな?」


とヨイチも音をじっくり聴くために目を瞑る。


「うん、うちの村ではシュウ君しかピアノが弾けないから、シュウ君だと思うけどね」


神父はそう言いながらも、


「シュウ君のピアノっぽくない気もするけどね」


と首をかしげる。


「あぁ、オリハ君じゃない?オリハ君てピアニストなんでしょう?」


とサエが言う。


「オリハちゃん…。あの若さでこんな素敵なピアノが弾けるのかぁ〜。いやぁ、最高っすよね!フゥ〜!」


とヨイチがウキウキとしながら言い、


「オリハ、お前からしたら完全な高嶺の花」


とヨイチの横を歩く熊の言葉を完全に無視する。


「高嶺の花だぞ」と、もう1度呟きヨイチへ圧迫感を与える熊を笑いながら見ていたミンダだったが。


急に顔色を変え、


「…それにしても、あの銅像は一体なんじゃったのか」


と、1番前を歩く神父には聞こえないように、小さな声で疑問を投げかける。


「あの、女神が勾玉を持っていた像ね。なんか血の涙を流してて…」


サエは少し怯えた表情をして答える。


森から教会へ来る途中、『血の涙を流した女神が勾玉を持っている』不気味な銅像があり、見た瞬間にサエは思わず「ひっ!」という叫び声をあげたのだった。



「そういえば、最初に会ったオオカミにも勾玉の模様あった。勾玉模様、人間の中で流行ってるのか?」


と言う熊の言葉に


「勾玉が流行る世の中なんて聞いたことないよ」


と笑うヨイチ。


少し盛り上がり出した一行の言葉が聞こえたのか聞こえていないのかは分からないが、神父が振り返って不気味な笑みを浮かべ、


「さ、どうぞどうぞ、あまりお構いはできませんが」


と教会のドアを開けた。




オリハの演奏は4分程度であったが永遠のようにも感じられた。


演奏中、心地の良い別世界に連れていかれていたシュウであったが、演奏が終了し無味乾燥な現実世界に戻された。


「この曲は、ショパンが作曲したことは知っていると思うけど、エオリアンハープの他に『牧童の笛』と呼ばれることがあるんだ」


オリハがシュウに話しかける澄んだ声が教会に響く。


「牧童の笛?」


夢から覚めたばかりの表情を浮かべてシュウは答える。


「牧童は家畜の番をするこどものことね。ショパンは、この曲を弾くときには、牧童が、近づいてくる嵐を避けて洞窟の中に避難している様子を思い浮かべろと言ったんだ」


「へえ」


「洞窟の外は激しい風や雨、すごい轟音が鳴り響いて。木や物が激しく飛んでるかもしれないよね。だけど…」


「洞窟に避難している牧童は怯えているの?嵐に?」


「ううん、外側の激しさからは考えられないくらい静かに、美しい旋律で、笛を吹いているんだ」


「静かに笛を…」


「ショパンはね、そういう場面を思い浮かべて、この曲を弾いてみるようにって言っていたんだよ」


「外はどんなに荒々しくても、洞窟の中は静かな音楽で満たされている」


「うん、まるで外側と内側では違う時間が流れているようなね」


「ふ〜ん」


シュウは分かったような分からないような表情を浮かべていたが、何か思い切ったような顔に変わり


「聞きたいんだけどさ」


「うん?」


「お前って、もう大きなホールでピアノ弾けないんだろ?」


「うん、まぁ、少なくとも当分は無理だろうね」


「ピアノ、やめないの?」


「うん、やめないよ」


オリハは迷うことなくキッパリとした声で答える。


「あ、もちろんやめようと思ったこともあったけど、というか、全部投げ出したいと思ったこともあったけどね」


と、ちょっと照れたような表情で言葉を付け加えながら、下を向く。


「今は、思ってないの?」


「うん、ピアノはやめないよ。やめられないよね」


「あのさ…。なんでやめないの?だってさ、大きなホールで人前で弾くっていう目的はないわけだろ?誰からも評価されなくなるわけで。それでもお前がさ、ピアノを弾く意味ってなに?」


「は〜ん、なるほどね」


「え?」


「いや、シュウ君が何を疑問に思っているのか理解しただけ。う〜ん、そうだね。ぼくがピアノを弾く意味はシュウ君が考えているよりも、もっと単純だよ。つまり、エオリアンハープだね」


「エオリアンハープ?」


シュウはオリハが何を言ってるのか分からず、困った顔をする。


「どんなに外側が荒れ狂っていても、、、つまり、世の中から批判や非難が自分に向かって来ていたとしても、ぼくはピアノを弾いている時はぼくになれるんだ。誰かに聴かせるためじゃない。ぼくにとってピアノが必要ってこと」


「ピアノを弾いているときは自分に戻れる…。周囲の状況にかかわらず…?」


オリハの言葉を自分なりの言葉で噛み砕いた後、ハッとした表情をしたシュウ。そして、何かを言いかけたが、ドアが開く音にかき消された。




「はい、どうもどうもオリハちゃ〜ん!やっほ〜!」


と、教会の入口から入ってきたヨイチがオリハに能天気に手を振る。


「こいつバカなやつ」


と熊が言う。


「熊っちはヨイチ君にあたりが強いわよね」


と、サエはクスクス笑いながらシュウとオリハに手を振った。


「寝室は1つしかなくて、小さいベットしかないんです、すみません。なので、こちらの部屋で寝泊まりしてもらうことになります。野宿より多少マシってくらいなんですが」


「いえいえ、ありがたいです!」


とサエは申し訳なさそうにしている神父に慌ててお礼を言う。


「雨風防げるだけでラッキーです!野宿なんて野生動物以外無理なんで」


と、熊をチラ見しながら、ヨイチも重ねて感謝する。


「うん、あなたたちがいい人みたいでよかったです。毛布と、あと、ご飯も、パンとレトルトのスープくらいですが、お持ちしますよ。」


「ガウ〜!」


と、ご飯ネタに1番喜ぶ熊。


「いや、お前は川でアザラシ獲っとけよ!」


とヨイチが反抗し、「川にアザラシはいない、お前バカ」「さっき、お前が言ったんだろう!」などとワチャワチャする2人。


周囲の人たちの笑い声が教会に響く中、シュウだけが少し何かを考え込む表情をしていた。





「はぁ、お腹が膨れて落ち着いた」


神父からもらったパンとスープを平らげてヨイチがため息とともに呟く。


教会の窓から見える景色は黒に染まり、欠けた月がぽっかりと森を照らしていた。


「月が綺麗じゃな〜」


ミンダは金色に輝く月をボーッと眺めた。


「本当ね、なんか月を見ていると、よく分からない旅をしていることを忘れるというか、ホッとするわね」


元気な印象が強いサエも流石に色々あって疲れたのか、黄色と黒のコントラストに目を細める。


「そうじゃな〜。人はいつも忙しないから。こうやって自然を眺める時間が必要なんじゃ、本来はな」


「…自然はただそこにあるだけだけど、人はそこから色々なことを感じ取り、心を慰められるんですよね」


ミンダとサエが窓の外を見つめる後ろにオリハが立ち、話に入ってくる。その言葉に、


「オリハ君ってなんか大人っぽいわよね。14歳には思えないわ」


とサエは感嘆の声をあげる。


「そうですか?なんか色々考えるのが好きで」


「深く考えるのが好きなの?」


「はい、なんか、人生とは、とか。どうして最後には死ぬのに、今生きているのかな、とか。…幼い頃からそういうことを自然に考えてしまって。変ですよね?」


「いや、変じゃないけど」


ー変じゃないけど、幼い頃から内省を好むような人は、何か辛い経験があることが多いんじゃーという言葉を言いそうになり飲み込むサエ。


心を落ち着かせる子守唄が聴こえてきそうな静かな夜。オリハとサエとミンダは、それ以上話すことなく窓の外を見つめていた。


ヨイチと熊とシュウは椅子に座っている。ヨイチが熊のパンをとろうとして威嚇されたりしていた。ってか、熊はどう食べ物を入れてんだ?




シュウは、ヨイチと熊がギャーギャーやっている横で今日のことを思い返していた。正直、色々なことがありすぎて頭がパンクしそうだ。


ーまず、姉さんが生きていた。


シュウがバスに乗ったきっかけは、


父さんが姉さんを殺した


と思い込んだからだった。


姉さんは確かに死んだ。あの日、遺体になって帰ってきた。父さんは、事故で頭を打ったと言っていたけどその数日前から姉さんの様子がおかしいことに気が付いていた。だから…


シュウは混乱した頭に振り回されながら、何気なく殺風景な教会の壁にかかっていた小さいカレンダーを見た。


ー1819年6月ー


「1819年?…6月?」


シュウの口から思わず声が出た、その時、


「毛布持ってきたのでよかったら使ってくださいね〜。もう初夏になるのに、夜はまだ肌寒いですからね、うん」


と、神父が登場する。


「やっぱり初夏なんだ、この地域は」


神父の言葉を聞いてオリハが呟くように言った。神父はシュウに人数分の毛布を渡す。


「ねえ、神父さん、あのカレンダーなんだけど」


シュウは毛布を受け取りながら、教会の壁に申し訳なさそうにかかっているカレンダーを指差して、


「数ヶ月もめくり忘れているみたいだけど」


「え?」


神父は、シュウの言葉にカレンダーに近づいたが、シュウが何を言っているのか分からないと言った様子で


「いや、忘れてないよ。うん。いつも1日になるとめくるからね。わたしはそういうところ神経質なんだよ」


神父の言葉にシュウは固まり、顔色がサッと青くなる。そんなシュウの様子を少しおかしいと思いながらも神父は気をきかせたのか、


「じゃあ、何かあったら呼んでくださいね。おやすみなさい」


と、全員に声をかけ、廊下につながるドアを開け、階段を登っていった。


「シュウ君どうしたの?」


サエは、シュウの様子がおかしいことに気がつき、声をかける。バスの中で、尋常じゃなく震えていたことを思い出し、その時と同じような顔をしているシュウのことを心配する。


「そういうことなのか…」


シュウは、納得できたようなできないような表情で絞り出すようなかすれた声で言った。


「え?何が〜?なんかあった?」


熊とワチャワチャしていたヨイチがシュウに問いかける。


「ここは、姉さんが殺される前の過去なんだ」


「え?」


「ガウ?」


ヨイチも熊も訳がわからないといった表情の声をあげる。


「そうみたいだね…」


オリハは、今のシュウの言葉でパズルのピースが全て揃ったようだった。そして、一呼吸置いて、この村に来て感じた最大の疑問を口にする。


「ぼくの住んでいる場所は北半球なんだけど、ここも自然の感じからするとどう考えても北半球なんだよね。ぼくたちがバスに乗ったのは12月。それなのに、同じ北半球なのにどうして夏の匂いがするのかなって。だから、ここは、過去か未来かどっちかなんじゃないかと。で、シュウ君がお姉さんが生きていると抱きついた時から…」


「え?なになに、どういうこと?」


サエは理解できずにオロオロし出す。


「ここはシュウ君の村で、なおかつ、過去の世界っていうことなんじゃな?」


ミンダも自分で状況をまとめながらも、信じられないといった顔で問いかける。


熊とヨイチはもはや話についていけないようだ。いつも威嚇し合っているのに、今だけは腕を掴み合って目を丸くしている。


そして、シュウは、


「姉さんが殺されたのは、6月の新月の日」


と、震えながら声を絞り出す。


「そう」


唯一状況を理解して受け入れているオリハだけが、シュウの言葉に静かに反応する。


「あの月の欠け方だと、あと3日。姉さんが殺されたという日まで、あと3日だね」


ー第2話「暗闇に浮かぶ月」完ー



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