21.おのれ貴族6
この話を考えた時からここまでは書きたかったので初投稿です。
突然だが、属性の偏りを修正する時、通常であれば偏りを均すように修正する。
水が足りなければ水の属性を足し、火の属性が多ければ減らすといった形だ。
魔法を使ったあたりの属性に偏りが見られなくなる程度まで修正する必要があるため、原理魔法使いは常に余力を残しながら戦う必要がある。
ただし、偏りの修正、もっと言うと魔物のリポップには例外がある。
条件が厳しく、先ず実践する機会はめぐってこないので俺もエルフ達に教わってから使うことは無かったが。
実戦で使う場合、空間魔法、特に結界が張れることと結界内部を純粋な属性で埋め尽くす強力な魔法が必要になる。
師匠達曰く、『自然でない』『あくまでも邪法』『後始末が大変』とのことだったが……。
「覚えておいて良かった」
……極端な話、酸素が含まれない純水の中に魚は住むことはできない。零下273度で生きる生物はいない。
それは魔物においても同様である。だとするならば、魔物をリポップさせないだけならば
「こんな風に結界に区切られた空間を純粋な火属性で満たして、生き物が到底住めない地獄みたいな環境にすれば言い訳だ」
結界内には何も残っていなかった。
魔物の骨も皮も、魔石さえも塵すらも残さずに焼却されていた。
本来ならここから結界内部の後始末が必要だが、急いでいるので結界ごと亜空間に収納する。後日後始末に奔走されるだろうが仕方ない。
「こっちは終わった。後はクララ……さんの方だ。大丈夫だと良いが……」
念のため周辺の属性に偏りが無いか確認し、俺はその場を後にした。
なぎ倒された草木を頼りに戦場にたどり着く。
「間に合った、か……?」
戦端は既に開かれていた。
ゴブリンやオークと堀を挟んで兵士が向かい合っていた。
魔物側の知能が低いため、側面から回り込むみたいな戦法は存在しない。
そのため、堀の向こうから槍を使えるため兵士が有利な状況で戦っていたらしい。
いたというのが重要で既に戦線は崩れかけている。
いくつかの箇所で堀が死体で埋まっていること。
後ろからヤバいやつらが来ているため魔物側が必死なこと。
そして最も大きな問題が中央で戦っているオークキングである。
「くっ‼」
中央でクララが対峙しているが、旗色は明らかに悪い。
今も両手剣で切結んで距離をとったが、肩で息をしている。
「やはり、そういうことか……」
状況と原因を理解したところで、クララが攻撃を外してオークキングの攻撃がもろにあたり、吹き飛ばされる。
クララのところに駆けつけていく。
吹き飛ばされたクララの代わりにいつの間にかいたハンネさんが戦闘を続けている。
クララの容態だが、鎧の上からの打撃だったので、出血などはあまりない。
ただ、吹き飛ばされたときに腕をついたのかおかしな方向に曲がっている。
「クララ……さん!ご無事ですか!」
「……貴殿か……」
明らかに憔悴しているが、意識の混濁は見られない。
「やはり……、無理だったのだ。私、では、」
「女の身では、誰よりも前で戦い、華々しく敵を打ち倒す、父祖のようには……」
「そりゃ無理だろ」
思わず真顔で突っ込んでしまった。
「では!どうすればよかったのだ!!」
「まず笑うことだろ」
「そんなことで!!!」
「大事なことだ。先頭に立つ人間、戦いで重要な役割をこなす人間ほど笑顔でないと他の人が不安になる」
「ついでに言うと笑顔で相手を威圧できるぐらいが良い。あいつもそれが得意だった」
あいつのことを思い出す。
「あいつはさ、自分が有利な時にもよく笑うんだけど、不利な時は必ず笑うんだ。それも人を2,3人食い殺してそうな顔でさ」
はっきり言って一度見たら忘れないし背中からでも思い出す怖い顔である。ゴブリンくらいなら顔を見たら逃げ出しただろう。
「でも、それにみんな勇気づけられるんだ。こっちにいる怪物の方が怖くて強そうだからな。あいつが言うには不安な顔だとみんな不安になるから勝てる戦も勝てなくなるんだと」
一言一句思い出せる。体感的にはほんの1年前の出来事だ。おまけにさんざん調べた。元の世界に戻ってから、あの出来事が自分の頭の中で起きた妄想でないのかが不安になって、世界史何かを必死になって漁った時期があった。
だからこそわかる。あいつ……ドノバンが如何に凄かったのか。自分の妄想では絶対に出てこれないだろう英雄の強さは、この世界できっと俺だけが知っている。
「『あいつ』も直接戦闘は苦手でさ、防御主体でようやっと他の将軍と打ち合えるぐらいしかなかった」
本来魔物の群れは、単純な同時発生でなければ強い魔物が率いている。強い魔物を倒してしまえば群れは弱くなるし、逃げ出すことすらある。
したがってこれを倒す軍、特に将軍に求められるのは個としての強さである。
その点で言えばあいつは確かに『無能』と呼ばれるに足る理由があった。
「でも、『あいつ』が強かったのはそこじゃないんだ。誰も持ってなかった強さで王国で最後に残った将軍として戦い続けたんだ」
魔王という『絶対に倒せない個』の前に今までの対魔物戦術は一気に瓦解した。
そうでなくとも魔王軍は将軍クラスの人間が1対1で倒しきれるかという魔物たちが徒党を組んで襲い掛かってくる。
今までの戦術が通用しない中で、あいつの価値はその時になってようやく気づかれたのだ。
「まさか、貴殿の言う『あいつ』とは……」
「猿真似にしかならないけどさ。君によく似た『あいつ』の戦い方はきっと参考になると思うよ」
亜空間から取り出したポーションをクララの前に置いて、オークキングに向かう。地面の土を魔法を使って大きな盾を作って、錬金術で固めてから。
魔力はあんまり残ってない。体感時間を引き延ばして精密な動作をしたことで正直疲労もある。普通に戦う方がきっと楽に終わるだろう
だが、きっとこれを見せることは俺にとって必要なことなのだ。
ミスリルナイフに魔力を込めて氷の刃を作る。盾の邪魔にならない片手剣並みの刃渡りにする。
続けて魔法で風を操る。声が遠くまで届くように、彼のように地声と伝令で何とかは流石にできない。
声を張り上げる。
「総員、傾注!!」
追加で魔物たちの後ろで風を破裂させて大きな音を出す。
突然の状況の変化に敵味方が戸惑うが、だからこそよく通る命令の言葉に兵士は言われるがままに従う。
「堀を捨てて、4歩後退せよ!!」
全員が後退する。
足並みにまとまりが見える。兵士自体の質は高いらしい。
単に集団戦闘の経験がないだけか。
もっと残念な状態だと思っていただけにうれしい誤算ではある。
「兵士は並んで槍を構えよ、冒険者は兵士の両翼に集まれ‼」
オークキングの攻撃を盾で防ぎながら声を張り続ける。
力を絶対の指標とする獣人すら下につけ、人間、エルフ、獣人の諸兵科連合を完璧に運用しきった『本物』と比べたら猿真似もいいところだろう。
だが、この規模なら猿真似でも何とかなる……と思う。
ゴブリンとオークがようやく戸惑いから回復して、堀を乗り越えようと動き出す。
乗り越えたゴブリンが頭を出したあたりで……。
「今だ!突け!!」
氷の刃でオークキングをの腕を狙いながら、叫ぶ。
一斉に槍が突き出され、堀の中から出てこようとしたゴブリンの頭を突く。当たり所が悪い奴が死に、生き残ったやつも押されて後ろに倒れこみ、後ろから堀に入ってきた魔物に踏みつぶされる。
そうして、一瞬だけ堀が詰まって最前線の動きが止まる。
「再度、構え!!」
そこに兵士が一斉に槍を構えればどうなるか。
魔物にも感情はある。向けられた切っ先にろくな装備も丈夫な皮膚も持たずに突っ込んでくるのはよほどの例外<アホ>である。
後ろから押されたのかいくらかの『よほど』がいたようだが、槍を突くこともなく、自ら槍に刺さっていった。
「冒険者は側面から攻撃!!」
魔物全体が前に向かうために押し合った状態で、満足に武器も触れないまま側面から冒険者が襲い掛かる。
冒険者は数が少なく、全体的に隙間をあけて戦っているが、オークのようなデカくて強力な奴はそもそも間を抜けられないし、押し合っているため小型の魔物も抜け出すことはできなくなっている。
ろくな戦闘もできないまま刈り取られていく魔物たちは冒険者から距離を置こうとする。
そうして魔物の群れは徐々に押され、中央に集まってくる。
オークキングがその剛腕をふるう中央に。
「ゲギャ……」
「ガァ!……ア?」
「ああ、イイ感じだ。その調子で味方を殺してくれると助かる」
オークキングの相手も最初に比べてだいぶ楽になってきている。
今までは魔物側も巻き込まれないように距離をとっていたが、押し合いの結果、それがなくなりつつあるのだ。
先ほどよりも威力が落ちた一撃を難なく盾で弾き、無造作に氷の刃を振るう。
先ほどまでなら1歩下がれば簡単によけられていたはずのそれは、周りの魔物が邪魔をして、吸い込まれるように動けないオークキングの腕にあたった。
「ゴギャァアアアアアアアアアア!!!!」
危機感を感じたのだろう。オークキングは周囲の魔物を殴り飛ばしながら滅茶苦茶に暴れだす。
「ギ、ギィ!?」
元々半包囲の状態である。
その上で中央で暴れだし、背中を向けた味方を殴り殺すやつがいればどうなるか。
「ギィャァァ!!」
「ギャヒィィ」
まあ、逃げ出すのである。
「見ろ!奴ら逃げていくぞ!!」
「こんな……、簡単に……」
敵が総崩れになったことで、兵士達の士気が上がる。
後ろの方でも驚愕したような声が聞こえたが、最後の仕上げが待っている。
「冒険者諸君、ボーナスタイムだ。背中から切りかかってやれ」
暴れるオークキングの攻撃をそろそろ疲れた腕で何とかいなしながら伝える。
やがて周囲から味方だった魔物がいなくなり、動きやすくなったオークキングがニヤリと笑うが……、
「おいおい、いいのかよ。笑いたいのはこっちだぜ?」
オークキング単体なら、冒険者でも倒せるやつがいる。
魔物の群れを冒険者が相手できないのは群れているからだ。
そして、魔物の群れを相手にしていた人の群れは、手隙になった
「私の付近にいる兵士諸君!!」
勝利に湧く前に、風を調節して指令を出す。
勝利により士気が上がり、勝利に導いた俺の言葉にタイムラグなく従う彼らは、最早集団戦闘の経験がない新兵ではない。
紛れもなく精兵である。
「囲め!!!」
ザッ!と靴音を響かせながら兵士がオークキングの周囲を3層になって囲む。
「槍、構え!!!」
突然の戦況の変化にオークキングは反応できない。
「突け!!!」
オークキングに大量の槍が突き出される。
残念ながら、オークキングを貫いた槍はほぼなく、かすり傷がせいぜいだが目的はそこではない。
鉄製の槍が数十本、何十人もの力で押し込まれている状況にある。
「グ……、ゴ……」
槍を振りほどけないオークキングの動きが、完全に止まる。
いつの間にか首筋に刺さっている毒の塗られた針も関係があるだろう。
「ありがとうございますハンネさん」
「なあに、森にいた奴らの相手に比べりゃ100倍は簡単だっただろうよ」
そうして、後ろから走ってくる気配に向かって話しかける。
「最後は頼みました。クララさん」
「ああ、任せてくれ」
ポーションで傷を治したクララが両手剣を大上段に構えて跳ぶ。
横目に見たその顔はそこいらの獣が逃げ出すくらい、
獰猛に、嗤っていた。
「おおおおおおおおおおお!!!!」
動けないオークキングの頭を両手剣が砕き割り、
戦いは、終わった。
ドノバン・ゲルハルト
主人公とともに戦った人間の将軍。
直接戦闘においては歴代将軍の中でも最弱で、かつては『無能』といわれ、さげすまれることもあった。
だが、彼の真価はそこにない。
この異世界において育つ下地のない、類稀な戦術の才能、戦略性、あるいは練兵能力。
”100の雑兵を持たせれば空飛ぶ龍すら地に落とす”といわれる力で、滅亡しかけの人類を、王国を守り抜いた。どちらかといえば地球の『将軍』に近い。
『鉄壁』の異名は彼の号令の下、盾を構えた兵達を形容したとも言われる。




