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19.おのれ貴族4

初失踪なので初投稿です。

ワイバーンの羽を両手のナイフで切り裂く。

そのまま頭を踏みつけて跳躍し、リッチーの魔法を避ける。

着地を狙ったバシリスクの毒ブレスを氷の刀身を伸ばし地面に刺して空中で避ける。

そのまま魔剣で噛みついてきたヒドラの首をキメラナイフで一つ飛ばし、氷の刀身を折って着地し、後ろに下がる。


わかってはいたが、魔法を完成させる隙が無い。

後ろに下がることはできる。距離をとって時間を作るだけ(・・)なら問題ないだろう。だが、それはできない。理由は簡単だ。


「っああ!またかよおい!」


魔物の群れが向かった方向に歩き出した地竜にミスリルナイフを投げつける。

氷の刃が刺さったことで叫びながら地竜はこちらに向き直った。こちらは投擲と同時に走り出しており、こちらに向き直った地竜は俺を見失う。その隙に刺さったままの氷の刃を膝で叩き折って、キメラナイフで切りつけてから離脱する。


時間を稼ぐことができない理由の一つがこれだ。

距離をとろうとするとこうして魔物の群れの方向に向かう奴らが出てくるため、うかつに距離をとると魔物がどこに向かったか、把握できなくなってしまう。一体倒すのに砦か将軍クラスの英雄が必要な魔物もいる。後ろに逃がすことがあってはならない。


魔力を流して氷の刃を新たに生やし、キメラナイフを振るってオーガヒーロー(・・・・・・・)の拳を迎え撃つ。鍔迫り合いになったところで後ろからやってきた地竜を避けるために力を抜いて横に飛ぶ。2体の衝突を横目にワイバーンの首を狙って氷の刃を……


「だめか、強度が足りない」


ワイバーンを狙った氷の刃は肉を切り裂いて骨で止まった。そのままねじって剣を引き抜こうとして氷の剣身は粉々に砕ける。


これも時間稼ぎができない理由だ。単純に攻撃力と手数が足りないのである。キメラナイフの方はなんなら傷口を腐敗させて被害を拡大させるためともかくとして、ミスリルナイフは氷の刃を付けても一部の魔物の鱗や骨などを切り裂くことができない。むしろ刃が欠けたり折れたり新しくする必要がある。


時間をかけて丁寧に刀身を作り直せば切り裂くことも可能だが当然そんな暇はない。最初に作った刀身が血の温度で溶けて折れた段階で戦闘は一気に苦しくなった。


そんな理由で敵に決定的なダメージを与えられず、切りつける際も無造作にではなくよく部位を狙わないといけない。そんな縛りを抱えながらのため、いまいち攻めあぐねている。



まあ、ここまでならまだ何とかなった。これだけであれば魔法の発動にこだわらず長期戦を行えばクララ達の手伝いこそ遅れるが殲滅しきることはできただろう。

それも難しいのは最後の理由が一番厄介だからである。


ワイバーンがのたうち回るのを巻き込まれないように前に走って抜ける。狙いはその奥にいるバシリスク。何かを見失ったようにきょろきょろしてこちらに背を向けてどこかに走り去ろうとするそいつの首を再度作り直した氷の刃で一息に刈る。今度はきちんと骨まで切り裂き、首が転がる。


その死体を踏みつけて戦場の中心に飛び込んだところで、


「……やっぱりだめか」


新たに2体の魔物が発生した。

「燃えてる蛇と8本脚の黒い馬、確か『ファイアサーペント』と『スレイプニル』だったかな?……さっきのは一体だけだったのに」


これが最後の理由、魔物を倒してもすぐにリポップするのである。

実は既にバシリスクと合わせて3体の魔物を倒している。

そのうえでオーガキングを倒してバシリスクとオーガヒーローが、ワイバーンを倒して再度ワイバーンがリポップしたのを確認している。

原因はわかっている。周囲の魔力属性がめちゃくちゃに……何というか『偏り』を通り越して『歪み』まくっているのだ。

その原因であったデカい石は既に破壊した。が、既に放出した歪みはそのまま残ってしまっているのだ。

周囲に充満しているそれは恐らく何日もかけて魔力を込め続けていたのだろう量であり、一人で真っ当に浄化しようと思ったら魔物がいない状態でぶっ通しでも5日はかかるだろう。


この規模になると魔物の討伐と浄化で役割を分けて複数人で泊まり込みでやるのが一般的なのだ。この規模を魔物討伐を含めて一人でできるならそいつは聖剣を使いこなす勇者並みに理不尽な存在である。


少なくとも今の俺には魔物を相手にしている間は浄化なんてほとんどできない。新しい魔物が産まれることで多少歪みが減るが、ほとんど誤差である。自然に霧散する量の方が多いぐらいだ。


もちろん霧散するのを待っていたら流石に過労で死んでしまう。


結果として、今の俺が何とかするなら魔法を使う必要があるのだ。

幸い、準備していた魔法を使えばそこから先はどうにでもなる。例の『後が大変になる魔法』になるが、贅沢は言っていられない。解決方法はあるのだ。集中する暇さえあれば。


「もっと練習しておくんだったかな……」


何せ大規模な魔法である。キメラと戦った時に考えたように剣戟の最中でも魔法を準備できるようになれば別だが、生憎まだできない。かつての冒険の名残で最もよく使っていた魔法である亜空間は開けるようになったが、できることなど死体の収納かポーションを取り出すことぐらいである。


「それでも普通に魔法を使うより短縮はできるんだけどな、……一分は欲しい。」


これは200年前の戦いで俺が発見した方法である。大規模な魔法でも一人で、短時間で完成させられるが、それでも咄嗟に使う火の魔法とは規模が違う。



使える手札は少ない。モンスターは無限沸き状態で増えることもある。足を止め続けるのも勘弁願いたいし、早くクララ達の助けにも向かいたい。

最悪に近い状況である。


それでも俺の顔には


「久しぶりだね。こんな最悪な戦場は」


笑みがこぼれていた。


リッチー

人型の上級魔物。個体によって2-3種類の魔法を使用するほか、組みついた状態で生命力を吸収する特殊能力を持っている。

かつては幽霊、亡霊の類とされたが、都市の結界内に湧かない、人が踏み入ったことの無い箇所での目撃があったなどの理由から、ただの魔物であることが判明した。

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