6 いやだ!!
「いやだ!!」
「え、ええ……??」
キリオンお兄さんがめちゃくちゃ困ってる。
でもこういう時は勢いが大事!
「ここで一人で待つのは怖いよ!」
「まあ…確かに…?」
「それにキリオンお兄さんが守ってくれるんでしょ?」
「あー…、うん、そうだね。その方が確実だ。じゃあ一つ約束してほしいな」
そう言うと、お兄さんが頭をなでてくれた時みたいに視線を合わせてくれた。
「危険には飛び込んでいかないこと、何かあったら俺を呼ぶこと。いいね?」
「はい! です!」
「お、いい返事だ」
今度はお兄さんがわたしに背中を向けてくれた。手は下に出してる。これは……
「ちょっと急ぐからね、おんぶしてもいいかい?」
「ん、わかった!」
わたしはキリオンお兄さんの背中に飛び込んだ。「おおっと」と言ってちょっとよろけるのはロバートお兄さんに似ているかな。
「ありがとう、じゃあ先に……“守れ”“弾け”“魔を退けよ”“研ぎ澄ませ”“影の祝福を”“歩みは未来へ続く”……」
なんだかめちゃくちゃ早口で何か言っているけど……キリオンお兄さんが光ってる!?
「……こんなもんかな。ちょっと本気出すから、少しだけ目をつぶっていてね」
「は、はい、です!」
「“ダッシュ”」
キリオンお兄さんが外に出てすぐに、わたしは目をぎゅっと閉じた。
目を開けると、まるで絵本の中のこわいページみたいだった。
村のみんながいる洞窟の前には、たくさんの魔物たちが並んでいた。目が赤くて、体が大きくて、牙も爪も鋭くて……ひと目で「人を襲う魔物」だってわかる怖い魔物。
昨日のうるふだけじゃない、気持ち悪い小人みたいなの、大きい蛇みたいなの……とにかくたくさん!
オーグおじさんたちは、昨日キリオンお兄さんにしたみたいに、ヤリやクワを魔物に向けてる。……こっちも見たことないくらい怖い顔。
「おまえら、絶対武器を下すなよ」
「わかってるけど、手が震えて……!」
そんな声が聞こえてくる。
……あれ? なんでこんなに遠いのに聞こえるんだろう?
「——!!!」
突然、魔物たちがオーグおじさんたちに一斉にとびかかった!
「あ、あぶない!」
「“隔てろ”」
光が走った。ぱっと空間がきらめいて、まぶしくないのに目を引く、不思議な光。その光は、まっすぐわたしの前から向こうに伸びていた。
「——!?」
魔物たちが次々と光にぶつかって、鈍い音がして、はね返されるのが見える。
「な、なんじゃこりゃ!?」
「あ、昨日の旅人!?」
「またノエルちゃんと一緒にいるぞ!!」
村のみんながわたしたちの方を向いてがやがやしている。ごめんね心配させて。わたしは大丈夫だよ! って伝えるために大きく手を振った。
「こりゃあまた、とんでもないことになってるね……ノエルちゃんは、皆のところに行っていいよ」
キリオンお兄さんがみんなの前にゆっくり歩いていって、わたしを降ろしてくれた。
「あんたが、俺らを助けてくれたのか?」
「そういうこと。……にしても異常だよなあ、この魔物の群れ」
キリオンお兄さんは、武器を構えたままのオーグおじさんと何かを話している。
「そう、なのか?」
「ああ。こんだけ多種多様な魔物が群れるなんてまず聞かない。小型ばっかだし、エサでもなくなったのか……?」
魔物たちは、光の壁を前に何もできないみたい。唸り声をあげてキリオンお兄さんをにらんでる。
わたしだったら泣いちゃいそうな顔を向けられても、キリオンお兄さんは全然気にしてないみたい。
「とりあえず向こうのお客さんには、ご退場願おうかな」
キリオンお兄さんが、指輪がたくさんついた腕を魔物たちに向ける。
「“貫け、氷棘陣”」
お兄さんが指を鳴らすと、地面から氷のトゲがいくつもいっせいに飛び出した。魔物たちが、鋭いトゲに刺さって白く凍っていく。
とんでもないことをしているはずなのに、なぜだかとても神秘的で、怖くはなかった。
光のこっち側も、あっち側も、静まり返っていた。
「すご……」
村の誰かがつぶやいた。この声はネル君かな?
わたしも、思わず言いそうになった。でも声を出したらいけない気がして、ぎゅっと口を閉じた。
お兄さんは、ただただ静かだった。魔物がどんなにうなっても、吠えても、私といたときと変わらないと思う。
「“切り裂け、零刃輪”」
今度は光の向こうに氷でできたわっかが現れて、飛んでいる魔物たちにビューンと飛んで行った。くるくると回るそれが、魔物の翼を器用に打ち抜いていく。
翼がもがれた魔物たちはさっきの氷のとげに真っ逆さまに落ちて行って……それが何度も、あっという間に繰り返される。
そして氷のわっかが無くなる頃には、魔物たちは全部とげの中に納まっていた。
「やった……!」
思わず声が出た。するとまわりの村人たちも、わあっと安堵の声を上げる。
「いやー、どうもどうも」
みんなの歓声に、手を上げて答えるお兄さん。
(れんきんじゅつし? ってちょー大魔法使いさまよりすごいかも……)
そんな風に私が思っていると。
その空気を、つめたい声が破った。
「ほう。なかなかの腕だな」
そんな声が、岩の上から聞こえてきた。
見上げると、そこには黒いマントを着た男の人が立っていた。顔はフードでかくれていてよく見えない。でも、右手には分厚い本を持っていた。
遠くから見ても、なんだかおかしい雰囲気があるというか……。
キリオンさんもその本を見ているみたい。
「……誰だ?」
「名乗るほどの名は持っていない……“魔物使い”とでも呼んでくれ」
「ほー……? じゃあ魔物使いなら、魔物が倒されたらおしまいじゃないか?」
「当然そうだが、今のはあくまで先鋒だ」
男がぽつりとつぶやくと、本が光る。キリオンさんの光とは全然違う、おどろおどろしい光。
その光に吸い寄せられるように、森の奥から地面を揺らして魔物が出てきた。
さっきのとは違う。もっと大きくて、目がぎらぎらしていて、口から煙を吐いてる。
数も多い。5体、6体、それ以上──
「っ……!」
さっきは無言で、安心して見ていられたのに、今度はわたしも震えてしまった。
「あんたたちは下がってくれ」
キリオンお兄さんはというと、静かに一歩、前に出た。
オーグおじさんたちは、すぐに洞窟に戻ってきた。あんなの、大人の人でもかないっこない……はずなのに。
「さて、あれが何なのか確かめる必要があるよな。装具じゃ心もとないし、あれがアレなら、時止めは効果が無いかもしれない」
キリオンお兄さんが、右手を私たちに、左手を男の方に向けた。
「“絶望から退け給へ、そして守り給へ、彼らは世界に愛される。聖域”」
「“我は観測者、我が眼には真のみを写す。我は天道、天の道より逃れること能わず。“全を睥睨する義眼”最大出力——天眼”」
「あの光を壊せ」
キリオンお兄さんが何か言い終わるのと、魔物たちが光のカーテンを砕くのはほぼ同時だった。