5 “奇跡の工房”
一方その頃、キリオンが去った王都でのお話。
俺はトンプソン。
今いる王都から東に向かって乗合馬車で1週間くらいのところにある、辺鄙な村の出身だ。
そこから馬を飛ばして5日で王都にたどり着いた。ものすごい疲れたし金もかかったが、そんなことを言っている場合じゃない。
俺の働き次第で、村の運命が決まるかもしれないんだ!
「ギルドは……あった! このマークで間違いない!」
門番や王都にいる人たちへの聞き込み、書いてもらったマークで、目的地の冒険者ギルドを発見した。
冒険者ってのは、ギルドで依頼を受けて主に魔物討伐を行う職業のことだ。腕っ節だけでのし上がる世界だから、村でも腕に覚えのあるやつは過去に何人か冒険者になっていた。
だがそのギルドは、俺の村みたいな田舎には無い。基本的に都市まで依頼を持ってこなきゃいけないんだ。
あとはここで、依頼を出すだけ……
「いらっしゃいませ。本日はどのような要件でしょうか?」
「依頼を、出したいんだ」
「どのような内容でしょうか」
美人の受付嬢さんは、手早く紙とペンを用意してくれる。
都会の人は仕事もスピーディーだなあ……っていやいや、感心している場合じゃない。
「俺らの村に、魔物の群れが現れて襲われちまったんだ! 金ならここにある、早くなんとかしてくれ!」
「お、落ち着いてください。どのような魔物か覚えていますか?」
「ええっとええっと、……狼みたいな魔物に、猿みたいなのに、大男みたいなの。それからそれからでかいウサギみたいなのもいたし……後はなんだったかな……そうだ! でかいコウモリみたいなのも……ってなんだよその顔は」
早口でわからなかったとか? とにかくその受付嬢は、なんだか疑うような目で俺を見てきた。
いつのまにか、ギルド全体も静まり返っている。
水を打ったような静けさの中で、受付嬢は俺に向かって問いかけてきた。
「本当なのですか? 複数の種類の魔物が、あなたの村を襲ったというのは」
「あ、当たり前だろ!? 何十体もの魔物の群れが襲って、手当たり次第に物を壊しちまったんだ! だからこうして依頼を出しにきたんじゃないか! 村総出で作った金も持ってきてよ、ほら!」
俺がカウンターに出した袋を広げて中身を見せる。
どれも小さい額の硬貨だけど、これだけあれば依頼を出すのには困らないって長老も言ってたし大丈夫なはずだ!
しかし、受付嬢は首を横に振った。
ハッとして周りを見渡すと、席についてクダを巻いてた厳つい男達もどこか残念そうな目で俺を見ている。
「申し訳ありませんが、金額の問題ではないのです。貴方の言っていることが本当であれば、冒険者ギルドの領分を超えているのです」
「は!? どういうことだよ、冒険者は魔物を殺すのが仕事じゃないのか!?」
「確かにそれも冒険者の仕事の1つです。ですが、それは野生の魔物、かつ少数に限っての話。何十体、しかも複数種類の群れともなれば少人数でどうにかできるものではありません。騎士団に掛け合って、討伐隊を組んでもらうほどの案件ですから……」
「じゃあその討伐隊ってのが組まれるのはいつなんだよ!!」
「それは……」
答えは聞くまでもなく、田舎出身の俺でもわかる。
こんな都会から辺鄙な村に騎士団がくることなんぞありえないってことを。
もし天地がひっくり返って来てくれたとしても、その頃には手遅れになるってことも。
どうしたらいいんだ……と悩んでいると、俺の頭は村に寄ってくれた冒険者の話をなぜか思い出していた。
「……そうか! おいアンタ、冒険者は探し物の依頼も受けてくれるんだよな?」
「は、はいそうですが」
「じゃあよ、“奇跡の工房”ってのを探してくれないか!? 昔冒険者が言ってたんだよ、この町にはそんなスゲえ場所があるって!」
俺の発言に再び静まり返るギルド。
少ししてから、建物の中はさっきまでとは違い笑いで包まれた。
目の前の受付嬢も、やれやれと言った感じでため息をついている。
「なんだよ……何がそんなにおかしいんだよ!」
「それはですね、」
「おかしいんだよ、兄ちゃん。よく考えな」
そう言って近づいてきたのは、村一番の力自慢でも敵わないような筋肉ダルマって表現がぴったりの巨漢。腕が俺の太腿くらいあるんじゃないか……!?
とんでもない圧力に足がすくむ。
「そもそも“奇跡の工房”ってなんだか知ってるか?」
「あ、当たり前だろ! なんでも願いを叶えてくれる道具、遺物を作ってくれる工房だよ」
遺物。
それは今の人間達が作れないような超高度な技術を使って作られた物を指す。その効果は様々だけどどれも常識をはるかに超えている。
この王都、シーヴァ・オリジエンはその遺物の一大産地で世界中で有名なんだ。
昔の冒険者曰く、この街にはそういう施設があるんだろうって、そうでもないとダンジョンも無いのに遺物が多く出てくるなんてあり得ないだろうって話だった。それに、
「この前凱旋された勇者様の聖剣だって、その“奇跡の工房”で作ってもらったって話なんだろ?!」
「ああそうさ、そう言われているな」
「だったら……!」
「だったらよ、兄ちゃん。工房で売られているならそいつはもう遺物でもなんでもなく、ただの店売りの品物だ。それができないから遺物、違うか?」
「そ、それは……」
「それにな、確かにこのシーヴァ・オリジエンは遺物で有名だが、皆口々に言うんだ。“遺物をどうやって手に入れたか覚えてない”ってな。国仕えの魔術師様が陛下の御前で確かめたんだから間違いない。だからこそ、世界中の人々はこの街全体を“奇跡の工房”って呼ぶのさ。奇跡的に願いを叶える遺物が得られるかもしれない街、って意味を込めてな」
「……」
「“どうやって手に入れ”るかわからない遺物にすがるか、決めるのは兄ちゃん次第だ。……最も、俺は諦めることを進めるがね」
「どういうことだよ……村を見捨てろっていうのか!?」
「一旦落ち着けよ……おうお前ら!」
巨漢は野太い声で冒険者ギルド全体に響くほどの大声を上げる。
「話は聞いていたな!? この兄ちゃんの話が真実だとして、同じようなことは過去にあったか?」
巨漢の質問には、誰も答えない。
「じゃあよ、そんな誰も知らないようなことを、俺たちの常識を超えたことを起こすのにはどうすればいい!? 何が必要なんだ!?」
「……ははっ」
俺はこの漢が言わんとしていることがわかった。わかってしまった。
というか、ついさっきまで俺が探していたものじゃないか。
そんなことができるのは、遺物。
俺たちの村を滅ぼしたい。きっとそんなことを思っている奴が奇跡を掴み取ってしまった。
確証はない。ただ、村にとって、俺の家族にとって最悪な奇跡に、俺は打ちのめされてしまった。
それから先のことはよく覚えていない。
いつの間にか王都を出て、体が村に向かっていた。
鞄には金が入ったままだ。よく盗まれずに持ってたなと自分でも感心した……けど。
ーーもう何もかも、残っていないかもしれない。
せめて妻や村長、村の子供達が、逃げてくれていることを祈りつつ、奇跡が起こるわけもない草原の中で、それでも俺は奇跡を祈ることしか出来なかった。