1 きづくこと、ない?
街道の向こうに、家の屋根が重なって見えた。なんとなくいろんな人が話してる声も聞こえてくる。
響いてくる金槌の音、なにかを焼いている……たぶんパンとかの甘いかおり。活気のある村だと、すぐにわかった。
「止まれ! そこの荷車、通る前に名を名乗れ」
門の前にはヤリを持ったおじさんが2人。ぴしっと背筋を伸ばして、わたしたちをじろりと見る。
「行商のガレットでーす! 今回は3週間ぶりですね!」
「デカい荷馬車だからそうだろうとは思ってたぞ! で、そっちは?」
「えっと、わたしはノエルで、こっちはせんせぇの――」
「キリオン、魔法使いです」
せんせぇが笑って言葉をかぶせてきた。
……多分だけど、れんきんじゅつしって言いそうになったのバレてる。せんせぇからは、れんきんじゅつって言葉は外で使わないように言われてるのに。
「旅人ね、怪しい荷はないだろうな」
「ありませんよ。ほら、子どもも一緒でしょ」
「子どもがいる方が怪しいこともある! 例えば――」
門番さんの説教が長くなりそうだったから、せんせぇが空をちらっと見上げた。
「“風よ”」
ふわり。気持ちいい風が吹いて、門番さんの兜がカポッとずれて目が隠れた。
「うおっ!?」
「……とまあこんな感じで、今日は風が強い日ですね。気をつけてください」
せんせぇはにっこり。わたしは思わず笑いそうになった。たぶん、あれは錬金道具なんだよね。魔法っぽく見えるけど。
「……むぅ。まあ、ガレットは顔なじみだ。通ってよし!」
「助かる助かる!」
「こっちの二人の荷も確認終わりました! 大丈夫です!」
「お前たちも通っていいぞ」
「ありがとうございます」
私たちが乗ってるこれ、普通の荷馬車じゃないはずなんだけど……きっとせんせぇのれんきんじゅつがすごいんだね!
村に入ると、道沿いにお店と家がぎゅっと並んでいて、人、人、人。牛がもーって鳴いて、パンを焼くかおりが鼻にくすぐったい。
「おじさんだー!」
「ガレットだ! 3週間ぶり!」
子どもたちがわーっと駆け寄って、ガレットさんの荷車を取り囲んだ。
「今日はお菓子ある!?」
「もちろん! あるとも!」
ガレットさんは笑って、荷車の取っ手をぶんぶん振る。
わたしはその輪の少し外から眺めていたけど、ふと気づいた。
みんなの手に、小さな木の笛。焦げ茶色で、表面に細い線の模様が彫ってある。形は……似てる、かな?
「ねえ、それ貸して?」
「いいよ! これはね、前にガレットから買ったんだ」
「買ったのはおかーさんでしょー?」
「そうだけど、ことばのあやってやつだよ!」
男の子がひょいっと渡してくれて、みんななにか笑ってるけど、わたしは笛をじっと見る。
指でなぞって、くるくる回して……ふと別の子が「ぼくのも見る?」と差し出してくれた。
二つを並べると……大きさも模様も、削れた感じまで、同じに見える。
「……ふしぎ」
「ふしぎ?」
「うん、同じ職人さんが作ったにしても、こんなに全部同じって、あるのかなって」
胸の奥にもやっとした雲が、小さく生まれる。けど、まだただのもやもや。
わたしは首をかしげて笛を返した。
「ありがと。すごくきれいだね」
「いいだろー! 音も同じなんだぜ! もう売ってくれないだろうから、ぷれみあ品? なんだぜ」
「そっかそっか、いいね!」
音が同じかどうか、わたしにはよくわからない。けど、今見た形は、たしかに同じ“ように”見えた。
「やあやあ、ガレット様のおなーりー!」
ガレットさんが広場の端に荷車を止めると、布をぱっと広げ、木箱を並べて、カチャカチャと手際よく準備を始めた。人だかりができて、笑い声がさらに大きくなる。
「待ってました!」
「今日は布はあるかい?」
「もちろん! 生成りと藍染! ほら、触ってごらん!」
おばあさんが指で布をなでる。さらさら。顔がふわっとほころぶ。
「これはいい手触りだこと」
「お代はね、“笑顔割”で2割引き!」
「何それ!」
「笑った分だけお得! 今のは“にっこり”だったから2割! 腹抱えて転げ回ったら5割!」
「腰がやられるよ!」
周りからツッコミが飛ぶ。みんな笑ってる。笑うと、買い物って楽しくなるよね。
「パンもあるよー! 今日は温め直し!」
「わあ、いい匂い!」
切り分けられた平たいパンが蜂蜜をまとって、お皿に並ぶ。おいしそう……!
「せんせぇ、半分こ」
「ありがとう」
ひとかけ、口に入れて、もぐもぐ。
外は少し固くて、中はもっちりした感じ。おいしいなぁ。
でも、じっと見ると、角の焦げ目の位置がどれも同じ“ように”見える。厚さも、切り口の波も、なんだか似ている。ううん、似てるというか……同じ、かも?
「せんせぇ」
「どうしたんだい?」
わたしがそっと袖を引くと、せんせぇは微笑んで聞き返してくれた。
「……ううん、なんでもない、です」
「そう?」
そこからも、ちょっとずつ不思議なことが続いた。
「香辛料はあるかい?」
「あるとも! 鼻に抜ける辛いやつ!」
小瓶のふたを開けると、ぴりっとした匂いが広がる。わたしも顔を近づけて、くんくん。うん、いい匂い。けど、隣の瓶も、隣の隣の瓶も……同じ“ように”感じるし、前に村でかいだものよりも、何となくだけど薄く感じる。
「はくしっ!」
「ほら、言わんこっちゃない! 鼻に来るから気をつけて! 笑ってれば鼻が強くなるよ!」
「ならないよ!」
また笑いが起きる。広場はちょっとした縁日のみたい。
「見て見て、剣!」
子どもたちのところへ行ってみると、木の剣が山になっていた。普通の木よりも磨かれて光ってる。
ガレットさんから許してもらって、一本借りて、持つところを指でなぞってみる。溝の深さ、端の丸み、釘の位置、その他いろいろ。並べた別の一本と比べると、やっぱり同じ“ように”見える。
「ノエル、さっきから色々見たりしてるけど、どうしたんだい?」
「せんせぇ、この2つの木剣、どう思う?」
「どう思う、って?」
「何かきづくこと、ない?」
「ふーむ……その答えを言うよりも先に、教えておくべきことがあったね」
せんせぇはそう言うと、私に目線を合わせるようにしゃがんでくれた。
そして周りの大人たちには聞こえないような小ささで話してくれる。
「いいかいノエル、君は僕の弟子見習いで、確かに教えてもらうこと自体は大事だよ。でもね、僕たち人間には頭がある。何を見て、何を考えて、どういう意見を持っているか。その意見を、下手でもいいから自信をもって伝えられるか。それは教えてもらうことよりも、正解よりも、大事なことがある」
「正解よりも大事、です?」
「そうだよ。さて、ノエルの考えはまとまっているかい? まとまっていないなら、必要なものって何だろうね? ちなみに言っておくけど、どんな意見でも怒ることは無いよ。そこは安心してほしいな」
……そう言われて、私はだまってしまった。
怒られるのがイヤなんじゃなくて、頭のもやもやが残ったままだったから。
わたし以外の人は誰も気にしてない。布を手に取ったおばあさんも、香辛料を買ったおじさんも、みんな楽しそうに笑っていた。
「おや、旦那さん。工具はどうだい?」
「いや、今日は遠慮しておくよ」
「つれないねぇ」
「足りてる分を買ってもしょうがないだろう。ところでガレット、こいつらはどこで仕入れてるのさ」
「企業秘密! ……と言いたいけど、親父や祖父からの倉庫があってね。掘り出し物がよく出るんだ」
「いい父親を持ったもんだな」
「どうせならお得意様とか店とかを残してもらいたかったけどな!」
わっはっは、とガレットさんが村のおじさんが笑いながら、肩掛けの古い鞄をバシバシと叩いてる。
くたびれた革の鞄は金具も古いように見えるけど、多分よく手入れされてるんだと思う。
あれもガレットさんのおじいちゃんからもらったものなのかな?
「さあさあ、“笑顔割”で2割引きだ!」
「なにそれ!」
ガレットさんの声でまた笑いが広がる。笑い声と夕方の光が混ざって、広場はお祭りみたいだった。
わたしはパンをかじりながら、もう一度だけ笛を思い出した。……やっぱり、変。全部同じに見えるなんて。
「今日は村の宿で休むのか?」
私が悩んでいると、せんせぇがガレットさんに話しかけてた。それは私も知りたい。
「もちろん! 明日も売る気満々だよ!」
「商品は……片付けるのかい?」
「大丈夫大丈夫、広場の見張り番がいるし、盗まれて困るほど高い物は置いてないから」
「そうか、気をつけてな」
ガレットさんそう言って、次の村人さんとまた話し始めた。
これなら明日も、ガレットさんの売り物を見れるね。
「せんせぇ、ありがとう」
「いいよ、俺も知りたかったしね」
……せんせぇも私と同じところが気になってるのかな?