0 手を貸してもらえると
東への街道は、思った以上に静かだった。
時折荷馬車とすれ違うかなどうかな……といった具合に。
俺は本来、ふらふらとした当てのない弟子探しの一人旅のつもりだったが……ノエルという幼い少女と出会い、そして早速だが弟子として面倒を見ると決めた。
そうなると、幼女に徒歩旅行をさせるのはあまりにも忍びない。
という訳で、今は錬金術で作った“荷車のようなもの”を、“馬のようなもの”にひかせる形で旅をしている。
本来ならもっと早く、快適に移動できる設計だ。
……が、この方法でも問題がひとつ。
荷車と馬、どちらか片方でも良からぬ人間がみてしまえば、「何が何でも奪ってやる」となってしまうような希少なものだということだ。
本物の馬に要求される維持コスト、疲労は全く関係ないし、荷車に乗せられる重量は見た目よりもはるかに多い。
別にその良からぬ誰かが現れても……それこそ“操魔の書 第一偽典”を持った男が現れても撃退はできるが、それはノエルがいなければの話。そもそも余計な争いを起こさないことが、最も生存率が高いはず。
そこで俺は、さらにもう一つ錬金道具を使って、外見を一般的な安馬と木製の小型荷車に擬態させていた。もちろん監視・透視対策もばっちりだ。
「……せんせぇ、それってれんきんじゅつの使い方、間違ってない? です?」
俺の膝の前で手綱を握るノエルが、呆れたように言う。
「なんでだい」
「すごく便利な馬車と馬を作ったのに、それをわざわざしょぼく見せるなんて……」
「旅というか、危険を避ける基本は“目立たないこと”だよ。こういう錬金道具は力を見せるためじゃなく、必要な場面で使うためにある」
「……でも、せんせぇが持ってるやつ、目立たせた方がぜったいすごいのに」
「うん、だからこそ隠すんだ」
ノエルは口を尖らせながらも、馬のようなものが向かう先を向いた。
これでも彼女なりに納得してくれているらしい。
そこでふと、彼女の村のことを思い出した。
あの村の復旧の様子を見届けられなかったことが少し心残りだが、東の皇国に向かう理由を考えれば、立ち止まっている時間は少ない方が良い。
理由はもちろん、“操魔の書”関係なのだが……正しくはその中の能力の一つ、劣化増殖というものが関係している。
これは第一、第二……とより下位の“操魔の書”の偽典を作り出し、より上位の偽典、あるいは原典を持つ者から、操った魔物ごと与える効果を持っている。
想定としては、大軍団になった魔物たちを小隊長毎に権利ごと分配するというものだ。
もちろん安全装置として、上位の“操魔の書”の命令の方が基本的には優先される。俺があの男を倒したときのように。
ノエルの村を襲った男が持っていたのは“第一偽典”。つまり原典の直下にあたる。
王が持っているのが原典とするなら、このレベルとなると……王以外の王族とかが持つような代物だ。
そこらのチンピラが、そもそも持てるようなものではない。
ちなみにあの男がそこらのチンピラレベルの小悪党であったことは確認済だ。もちろんノエルには、このことは話していない。
となると、あのレベルの錬金道具に何か変化があったかもしれない。
元々弟子探し以外に目的はなかったから、まあ製作者としてその様子は見ておこうと思ったんだよな。早い話がアフターサービスだ。
「さて、昨日の錬金術の復習でもするか」
「えぇ〜……せんせぇ、わたし全部覚えてるよ?」
空気を変えるために、ノエルと錬金術の話でもしようと思ったが、これだ。
嫌そうな声でとんでもないことを……しかもその言葉が真実なのがこの弟子の恐ろしいところだ。
昨日も試しに質問してみたら、言葉の順番や例え話までそっくりそのまま答えられて、俺が目を丸くしたくらいだ。
「じゃあ昨日学んだ内容から問題。氷属性の錬金道具を高温の環境で使う時、威力を落とさずに安定させるには?」
「えっと……出力を強くする! です!」
「うん、悪くない。単純だが正しい方向性だ。ただ、それだと材料消費が増えるし、長時間はもたない。それに道具の寿命を削ることになる。もう一つ方法があるよ」
「そうだよね……えーっと、昨日教えてもらったことだと……」
ノエルは頭から今にも煙が出そうなほど悩んでいる。
……もういいかな。
「別の方法として、熱を逆に利用する道具を使うんだ。周囲の熱をエネルギーとして取り込んで、氷の生成を加速させる。結果的に必要な材料は減るし、安定性も増す」
「あ! しなじぃの話!」
「そうそう、シナジーの話だよ。錬金道具が本領を発揮するには、道具一つだけではダメなんだ。メインの道具と、補助の道具があると、効果は何倍にもなるんだよ。昨日学んだものだと、風を起こす道具もそういうことができるってわかるはずなんだけど、どう? わかるかな?」
ノエルはしばらく考えていたが、ふと顔を上げて言った。
「せんせぇ、あの雲……ドラゴンに似てます」
……ありあまる記憶力の応用や活用についてが、大きな課題になりそうだな。
そんなやり取りをしていると、道の先でやけに騒がしい声が響いた。
「よいしょっと! ……あーもう、ひっくり返るなって!」
視界が開けた場所に、荷車を必死で支える男がいた。
荷台の片方が完全に地面にめり込み、男がテコの原理で持ち上げようとしているが……うまくいっていない。
「……あれは、典型的な“助けてください”ポーズだな」
「ほんとだ! ……助けましょう!」
ノエルが小走りで駆けていく。俺も仕方なく馬車を止めて後を追った。
「おやおや、そこのお二人! 見ての通り、ちょっと手を貸してもらえると助かります!」
男は三十代半ばくらいか、背が高く、日焼けした顔に人懐っこい笑みを浮かべている。
腰まである荷物をくくりつけた荷車は、どう見ても重量オーバーだ。
「片側を持ち上げるだけでいいですか?」
「ええ! せーのっ!」
三人で力を合わせると、荷車はあっさりと元の位置に戻った。
……いや、あっさりすぎる。
見た目よりずっと軽い。積んでいる木箱も麻袋も、ほとんど重さを感じない。
「いやぁ助かりました! お礼にこれでもどうぞ」
男が荷物の1つから取り出したのは、焼き菓子だ。
「おお、いい焼き加減だな」
「ええ、さっき……って言いたいところですが、実は昨日の残りなんです。でも温めたときの味は保証しますよ!」
軽口と一緒に差し出される菓子を、ノエルは遠慮なく受け取った。
「すごく美味しそう!」
「ははっ、でしょ? 僕、ガレットといいます。しがない行商人です」
「俺はキリオン。魔法使いだ。こっちは弟子……見習いのノエルだ」
「見習いです!」
「旅の魔法使いとは、また珍しいですね!」
ガレットはにこやかに頷き、荷車の後ろをぽんと叩いた。
「ちょうど皇国方面に向かうところでしてね。途中までご一緒しませんか? 荷物も多いし、護衛がいると助かる」
ちらりとノエルを見ると、もう目が「行きたい!」と言っている。
こういう時、否定しても聞かないのは経験上わかっている。
「……途中までなら」
「やった! じゃあ決まりですね!」
陽気な笑みと共に、ガレットはまた荷車を引き始めた。
その背中を見ながら、俺は少しだけ首を傾げる。
あの荷車、やけに軽かったな……。
普通の商人の荷じゃない気がする。