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11 奇跡の結果(1ヶ所目後日談)

 瓦礫をどかす音が、朝からずっと村に響き続けている。

 倒れた柵、焼け焦げた壁、地面に転がる石や壊れた家具……。

 魔物が暴れ回った痕跡は、あちこちにくっきりと残っていた。

 だが——不思議なことに、この村ではあの日以降、誰一人、命を落としていなかった。


 俺はトンプソン。

 村が魔物に襲われたあの日、騎士たちの支援や“奇跡の工房”を求めて王都に行き……希望が打ち砕かれて村に戻った男だ。


 俺は、積み上げた木材の束に腰を下ろし、額の汗をぬぐう。

 斧を振るい続けた腕はもう重くて、指先までじんじんしていた。


「ひでぇ有様だが……襲撃の日以降は誰も死ななかったのが奇跡だな」


 独り言のつもりだったが、すぐそばで柱を立て直していた老人が振り返った。

 全く気にしていなかったが、村長その人だった。


「そうじゃな。あの夜はわしも覚悟した……だが、こうして皆、生きとる」

「つーか、村長が肉体労働するなよ。老い先短いんだから」

「そうは言ってものぉ、皆が頑張っている時にわしも頑張らんでどうする」

「……志は立派なんだけどなぁ……」


 頑張れば子供でも運べそうな小物を運びながら言われたら、威厳が半減するってもんだ。


「まあでも、生きてて良かったよな」


 遺物(アーティファクト)持ちが俺の村を襲ったに違いない。


 王都でそう聞いたとき、もう終わったと思った。

 帰る頃には皆の命も、下手をすれば村さえもなくなっているんじゃないかと。

 それが、骨折や火傷はあっても村人のほとんどが生きている。これを奇跡と呼ばないでどうするんだ。


「よっと……なぁ、本当に村が襲われた後のことは覚えていないのか? 王都との往復で2週間はかかったんだぞ?」

「うーむ……裏山の洞窟に避難し、村の掃除をし始めたのはもちろん覚えておるが、その間の記憶はさっぱりじゃ。不思議じゃのう」


 眉をひそめた俺は、他の作業班にも声をかけた。


「おい、やっぱどうやって魔物がいなくなったのか覚えてねぇのか?」

「昨日からそればっかだな。覚えてないって」

「ハンターとか冒険者がたまたま来たんじゃないか?」

「そうだとしても……なんで全員が顔も名前も覚えてねぇんだ」


 返ってくるのは、首をかしげる仕草ばかり。


 腕のいいハンターか、冒険者か、あるいは魔物をけしかけた者と同じく遺物(アーティファクト)の使い手が助けに来たのだろう。

 だが、なぜ誰もその人物を覚えていない?

 頭の奥に、ひっかかるような感覚が残る。


 そんなことを考えていたときだ。

 元気な子どもたちが、笑い声を上げながら俺の横を走り抜けていった。

 泥だらけの靴、膝に貼られた絆創膏。復興の合間でも、子どもはたくましい。


 だがその中に、見慣れた姿がなかった。


「あれ……」


 俺は無意識に声を漏らしていた。


「名前は忘れちまったけど、いつも熊のぬいぐるみを持ってたあの子がいないような?」


 近くで物を運び終えた村長が顔を上げた。


「ああ、ノエルちゃんのことか」

「そうだそうだノエルちゃんだ。どこ行った? 最初の襲撃の後は生きてた……よな?」

「旅立ったよ。とある旅人と一緒にな」

「旅人だぁ?」

「名前は忘れてしもうた。だが……不思議な男じゃった」


 村長は縄の端を結びながら続ける。


「お主も知っとるかもしれんが、ノエルちゃんは記憶力がずば抜けて良い子じゃった。村の古い出来事や細かい道具の置き場所まで覚えておる。少なくともわしは、あの子はこんな村にとどめておくにはもったいないと思っておったわい」


「あー……あの子がノエルちゃんか。熊のぬいぐるみとその頭の良さが結びついてなかったな。それで?」

「その旅人が村の外の世界に誘ってくれたらしいんじゃ。村もこんな様子じゃし、わしらからすれば渡りに船じゃった」


「……親は?」

「泣きながら見送っていたよ。それでも、あの子の決意は揺らがなかった。あんな強い目をした子は、そうそうおらん」

「……そうかい」


 俺はそれ以降の言葉を言えなかった。

 確かにさっき通った子供たちも、元気ではあるが痩せていた。正直なことを言えば、村の外に伝手があるなら、その方が生き残れる可能性は高いだろうから。


 ただ、


「……その旅人のことも、村を救ってくれた恩人も、誰も覚えていない、か」


 王都で聞いた、“奇跡の工房”の真実と重なってしまう。


 どうやって救われたのか、遺物(アーティファクト)を手に入れたのか、覚えていない。

 しかし奇跡の結果だけは目の前にある。


「不思議……って言葉で片づけても良いもんかねぇ」


 誰かが本当にたまたま救ってくれたのか、それともノエルちゃんが奇跡を引き寄せたのか、ほとんど当事者じゃない俺にわかるはずもなかった。


「村長、こっちは片付け終わった。次はどこだ?」

「広場の北側だ。トンプソン、お主も怪我するでないぞ」

「ご老人に言われるまでもない」


 再び瓦礫を担ぎ上げる。

 肩にずしりと重さがのしかかるが、不思議と足取りは軽かった。


 きっとあの子は、これから先、もっと遠くまで行くのだろう。

 俺は、その背中を見送ることもできなかったけれど——無事であったらいいなと思う。


 風が村を抜けていく。

 木槌の音と、人々の笑い声が重なって響く。

 それを聞きながら、俺は再び腕を振り上げた。

 復興は、まだこれからだ。

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