8 これもれんきんじゅつのせい?
あの日から、二日たった。
朝の光が村全体に広がって、木の屋根や土の道をやさしく照らしている。外からは、木槌の音や大人たちの掛け声が絶え間なく聞こえてくる。
みんな、壊れた柵や小屋を直すために動き回っているんだ。
わたしは布団の上に座って、ぼんやりと一昨日の出来事を思い返していた。
あの時のキリオンお兄さんの姿??魔物たちを一瞬で支配して、金色の光を放つ本を作り出したところ。
何度思い出しても、胸がどきどきする。絵本の中の英雄みたいで、でも本当に目の前にいたんだ。
……昨日は、一度も会えなかった。
「調べ物をしたい」と言って、村の人たちともほとんど顔を合わせなかったらしい。小屋にこもりきりで、何をしているのかは分からない。
わたしがやっているのは、近所の子たちと一緒に遊んであげること! 支度をして、マーくんとキリオンお兄さんにもらったフライパンのパンちゃんを持って外に出る。
外に出ると、村のあちこちで人の姿が見えた。
オーグおじさんたちは大きな丸太を運び、他の人たちは倒れた壁や散らばった瓦を片付けている。
その中で、わたしはふと耳にした会話に足を止めた。
「そっちの梁、持ち上げるぞー……よし」
「しかし、不思議だよな。あん時、俺たちを助けてくれた……ええと……誰だったっけ?」
「おまえ、忘れたのか? ノエルちゃんと一緒にいた旅人だろ」
「旅人? ……いや、うーん……なんか、そんな気もするが……」
わたしは思わずむっとした。
一昨日のあの光景を、もう忘れてる? あんなにすごいことを見たはずなのに……。
別の場所でも同じだった。
もうすぐ4歳になるディルくんのお母さんに、「キリオンお兄さんは? どこにいるかしってる?」って聞いたら、
「キリオン……? ごめんね、知らない人だわ」
と、首を傾げられてしまった。
頭の中が混乱して、胸の奥がざわざわした。
「あ、ノエルちゃんおはよー」
声をかけてくれたのは近所に住んでる、同い年のアンちゃん。ちょっとぽわぽわしてるけど、可愛くて私といつも一緒の子。
「アンちゃんおはよう、あのさ、このフライパンのこと話したの覚えてる?」
「んー……ノエルちゃんの大切なものだよね。いつも持ってる……あれ、いつから持ってるんだっけ? マーくんの後だったとおもうけど」
よくわかんないけど、今行かないときっと絶対後悔する!
「ディル君やほかのみんなのこと、お願い!」
「えー、ちょっとノエルちゃん、どこいくのー?」
「キリオンお兄さんのところ!」
「……えーっと……キリオンお兄さんって……?」
アンちゃんの答えは聞かずに、とにかくあの場所を目指して走り出した。
「はぁ……はぁ……よかった、まだあった……」
キリオンお兄さんが住んでる小屋の前に立つと、ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。一昨日の朝と同じだ。
「……あー……誰かと思えばノエルちゃんか」
わたしがぜぇはぁしていると、がちゃりと扉が開いて、そこには髪が四方八方に跳ねたキリオンお兄さんが立っていた。
寝癖っていうか、もう嵐の後みたいで、一昨日の朝をそのまま切り取ったみたいだった。
「もう、ぶふっ……笑う体力ないのに……おもしろすぎだよ……」
「……とりあえず、これ、飲んでみる?」
キリオンお兄さんは、水の入った透明なうつわをわたしの前に持ってきてくれた。
一昨日のご飯の時にも使っていた、ガラスみたいに中の水が見えるけど、ガラスよりも全然軽いうつわ。
「ありがとうございます……んっ、んっ、んっ……ぷはっ、おいしいです!」
「そりゃあ、よかった。息も落ち着いたみたいだね」
「……そうみたい、です! これもれんきんじゅつのおかげ?」
「そう、その水も錬金術で」
「じゃなくて! あのね、村のみんなが、キリオンお兄さんのことを忘れちゃってるみたいなの。もしかして……これもれんきんじゅつのせい? おかげ? ううん……?」
私の言葉に、キリオンお兄さんは大きく目を開いたかと思うと、すぐに細めて、ちょっと苦しそうな笑顔を浮かべた。
「合ってる。でも、それだけじゃない。……正確には“それだけが理由じゃない”んだ。中においで」
「うん……? どういうこと?」
案内されて中に入ってすぐに見える机の上は、一昨日とは全然違う感じで、村で見たことない形のビンや金属の器具が並んでいて、どれもうっすら光ってる。
香草のような匂いと、金属を熱したような匂いが混じっていて、不思議と落ち着く。これも村では知らないにおいのはずなのに。
「リビングの机の上はちょっと危ないから、こっちで話そうか。”2人分の会議椅子を出してくれ”」
キリオンお兄さんがそう言うと、リビングにあるものとは違うイスが床から生えてきた。
……イスって床から出てくるものだっけ??
「びっくりが一周して何も考えられてなさそうだね。とりあえず座って。色々と覚えているノエルちゃんに、話したいことがあるんだ」
その声は、いつもの軽い調子ではなく、少しだけ重たかった。
わたしは、そっと椅子に腰掛けた。