医務室にて(コルナのお仕事)
「え・・・あ、ここは?」
不意に帰ってきた言葉に驚き、一瞬で意識がはっきりしたコルナ。どうやら、ベッドの上に寝ていたようだ。
「ここは医務室だよ。急に意識を失って倒れたそうだけど、名前は言えるかな?」
「え?あ、はい。コルナです。」
白衣の男性は、コルナの名前をカルテに書き記す。運ばれた時点で、名前は判っていたが、こういう時は本人に尋ねるのが一番だ。
「大丈夫そうだね。仕事頑張りすぎたかな?」
「えっと・・・。」
コルナは少しづつ自分の記憶を整理する。そして、自分が倒れた時の情景を思い出す。
「そうです!一体あの冒険者は何者なんですか・・・?!」
強烈に記憶に残った青白い冒険者。その姿を思い出すたびに、コルナの二の腕には鳥肌が浮かぶ。
「あの冒険者?」
コルナには誰だか判ってはいるが、男性にはそれが何かわからない。
「あ、すみません。少し気になる冒険者がいまして。」
「気になる冒険者・・・一目惚れかい?」
男性がコルナに笑いながら答える。コルナはそれを青ざめた顔で必死に否定する。
「となると、どんな風に気になるのかな?」
「あの・・・人間って、顔の肉が無くなったら、死んじゃいますよね?」
おかしな事を聞く物だと、男性が不思議に思いながらコルナに答える。
「まぁ、失う量にもよるけど、その状態で生き続けるのは難しいかもしれないね。」
その答えを聞いて、再び体中に鳥肌が出て来るのを感じるコルナ。
「じゃあ、あの時見た冒険者は・・・。」
「こちらからも質問良いかな?」
「あ、はい。」
不意の質問に、コルナが生返事を返す。
「コルナ君はどんな冒険者を見たんだい?」
「そ、それは・・・。」
思わず言葉が詰まるコルナ。そして、ゆっくりと見たものを話し始めた。
「黒いフードで身を隠した冒険者が居たんです。」
「ふむ、黒いフードの冒険者か。」
コルナの証言をカルテに書き込む男性。
「他には、特徴があったのかな?」
「はい。フードから見える顔が、顔じゃない感じがして。」
「顔じゃない?」
コルナの奇妙な証言を聞き返す男性。
「なんだか、生気がない感じがして。で、よく見たら、顔は青白い部分と、真っ白い骨みたいなものが見えました。」
「ふむ・・・そうか。所で、どうしてそれに気づいたんだい?」
男性がカルテに証言を書き記す。その中で、男性が何かに気付く。
「最初は、不備のある依頼が多くあって、おかしいなって思ったんです。先輩方にも聞いてみたんですが、見た方が早いと言われて。」
「なるほど。それで、自分で調べてみた。そう言う事ですか。」
男性はコルナの情報量の少ない説明で、何が起こったのかを理解する。それほど、このギルドでは有名な事なのだろう。
「コルナ君、冒険者ギルドの理念は知ってるかな?」
「理念、ですか・・・?」
コルナは少し言葉に詰まる。確か、ギルドに勤め始めた時の研修で教わった記憶がある。
「えっと・・・冒険者ギルドは、全ての冒険者のためにある。」
コルナの答えに、男性が頷いて答える。
「そうだね。で、今回の件は、全ての冒険者と言う所が肝だね。」
「全ての・・・冒険者?」
コルナは、男性の言葉を聞いて少し考えこむ。
「そう。これは、言葉通り、全ての冒険者に対して、冒険者ギルドは力になるという事。」
コルナは研修で教わった事を思い出そうとして、下を向いて無口になっている。それを見て、答えられそうな質問を投げかける男性。
「冒険者ギルドが、冒険者として認めているのは、何を基準にしてたかな?」
「基準・・・指輪ですね!」
「その通り。冒険者一人一人に必ず支給される指輪が、その証明になる。では、その例の冒険者の指には、指輪があったかな?」
そう言われて、ハッとするコルナ。例の冒険者の片手を実際に見ているが、指輪までは気が回っていなかった。
「片手しか見てませんが、指輪は・・・すみません、確認してませんでした・・・。」
「謝る事は無いよ。もしかしたら、もう片方の手にしてるのかもしれないね。」
少し落ち込んでいるコルナに、男性が笑いながら答える。
「あの人は、冒険者なんですか?」
コルナは、最も基本的な疑問を尋ねる。男性はゆっくりと首を縦に振る。
「ああ、冒険者だよ。」
「生きて・・・いるんですか?」
その質問に、男性はゆっくりと首を横に振った。
「彼は、生きてはいないな。いわゆる、アンデッドだよ。」
男性の言葉を聞いて、コルナの体中に鳥肌が出来ている。
「あ、アンデッドって、日の光に弱いから、夜間に動き回る物なのでは?!」
コルナは、見た物が信じられないために、必死に反論を返す。しかし、男性は首を横に振る。
「アンデッドと言っても、色々あるよ。そもそも、日の光は聖なる光ではないからね。」
「そ、そうなんですか?」
コルナは、自分の知っていた知識が否定されて驚いている。
「アンデッドが・・・ギルドに依頼だなんて・・・。」
「例え、アンデッドであろうとも、冒険者であれば、冒険者ギルドは力になる。それが、冒険者ギルドの理念なんだ。」
男性の言葉を、コルナは複雑な気持ちで聞いていた。そして、コルナは再び質問する。
「先生は、あの冒険者を知っているんですか?」
「そうだね・・・。僕がここに赴任した、翌年から来るようになったから・・・。」
男性が指を折って数える。
「大体5年前ぐらいかな。」
「5年前?!そんなに前から来てるんですか?!」
思ったより昔から来ていた様で、コルナは驚いている。
「あの冒険者は、昔からここの常連だったらしくてね。だから、あの姿になってもここに来るんだろう。」
男性はおもむろに立ち上がり、部屋の窓を開ける、窓からは新鮮な空気が室内に入ってくる。
「あの、もしよかったら、ああなってしまった事、教えてくれますか?」
「どうして、聞きたいのかな?」
「好奇心もありますが・・・あの人の出す依頼が・・・。」
「あぁ、あの依頼か。」
男性も、あの依頼の事を当然のように知っている。男性は、コルナの要望に応えるように首を縦に振り、外を見ながら話し始めた。
「彼は、ここでよく依頼を受けてくれた、いわゆるスイーパーと呼ばれる冒険者だったんだ。」
「スイーパー・・・ですか。」
「このギルドには、無くてはならない存在だったんだよ。彼のおかげで、どれだけの依頼が期限切れにならずに済んだか。」
ギルドの依頼には、有効期限がある。中には無期限な依頼も存在するが、それはかなり特殊な条件があるため、一般的ではない。
「そんな彼だけど、ある日、一つの依頼を受けたまま、姿を消してしまったんだ。」
男性の話を聞き入っているコルナは、思わず生唾を飲む。
「それから、数日後に、聞きたくなかった報告が上がってきたよ。彼の生命反応が消えたというね。」
「そんな・・・。」
予想はしていたが、その予想通りの言葉が男性口から発せられる。
「コルナ君は、まだ知らないかな。冒険者の指輪は、装着者の生命反応を感知しているんだ。そして、生命反応が消えた場合、ギルドに通信が入る。」
男性が自分の指輪をコルナに見せながら説明する。コルナはその説明を頷きながら聞いている。
「その通信が入った冒険者は、捜索リストに追加されて、ギルドが定期的に行っている捜索隊に渡される。そして、指輪や遺品を回収することでその冒険者の死亡を確認するんだ。」
「確認した後は・・・?」
「遺族が居れば、遺族に遺品を渡す。後はそのままさ。」
その言葉に、コルナは少し複雑な表情を見せる。
「弔いはしないんですか?」
「そもそも、ちゃんとした遺体が見つかる事が稀だからね。」
男性の意外な言葉に、コルナは思わず聞き返す。
「どうしてですか?」
「死んだ状況にもよるが、もし盗賊に襲われたなら、死体が残る。獣に襲われたなら、荷物が残る。もし両方なら、骨が残る。」
男性はコルナの方を向きなおして、言葉を続ける。
「捜索して見つかるのは、ほとんどが骨なんだよ。」
「そう、ですか・・・。」
「その骨から、指輪を回収して、捜索は完了なんだ。でも・・・。」
「でも?」
「彼を見つけることが出来なかった。その全てが無くなっていたんだよ。」
男性の話を聞いて、少し寒気がしてくるコルナ。両腕には、鳥肌が立っている。その腕を手でさする。
「まあ、そう言う事は冒険者にはよくある話でね。捜索隊が見つけてくれたら、最後のラッキーと言うものだよ。」
「そうなんですか。」
「でも、彼の場合はここからが違っていた。彼は、帰ってきたんだ。あの様な姿でね。」
コルナは、男性の言葉を聞いて、冒険者の姿を思い出す。
「それ以来かな。今の時期になると、あの様な依頼を出しに来るんだよ。」
「一体、何が起こったんでしょうか・・・?」
「それは、彼のみが知っているだろうね。」
寂しそうに男性が答える。
「あの、あの人は、今も冒険者なんですか?」
「ああ、彼はまだ自分の指輪を持っている。だから、間違いなく冒険者だよ。」
男性が、コルナの質問に即答する。
「あんな依頼を、ずっと出し続けるなんて、本当に何があったんでしょうか。」
「さっきも言ったけど、彼にしか判らないよ。最後に受けた依頼は判るけどね。」
男性のその言葉に、コルナが食いついた。
「一体、何の依頼だったんですか?」
「確か、アイテム採取だったよ。」
「え?アイテム採取?」
コルナは少し驚きの声を上げる。アイテム採取でどうやって命を落としたのかが判らない。
「アイテム採取とは言っても、色々あるからね。彼は、スイーパーだったんだ。その彼が受けた依頼だ。意味は分かるよね?」
「色々な理由で誰も受けなかった。ですか?」
「そう言う事だね。」
「何を取ってくる依頼だったんでしょうか?」
「えっと・・・。」
男性は机にあるファイルを持ち出す。そして、一枚の書類を見つける。
「あったあった。これだね。」
男性はその書類をコルナに手渡す。
「ネクロピース?これは何ですか?」
聞いた事のない名前を見たコルナ。男性に尋ねてみる。
「死の根源となる力を集めた欠片だよ。錬金術によく使われる。」
「それが、なぜ不人気になったんですか?」
「普通に集めようと思うと、自分の命と引き換えになるからね。報酬は良くても、本当に死と隣り合わせの依頼だから不人気になったんだよ。」
男性の言葉を聞いて、コルナが疑問に思う。
「あの冒険者は、かなりの腕だったんですよね?そんな依頼を受けて、危ないって事が判っているのに、失敗しちゃうんですか?」
「油断してたのかもしれないな。そもそも、あの依頼と言うか、あのアイテムは曰くがあってね。」
「曰く?」
「あのアイテムは、その特性上、高額で取引されるんだ。でも、いざ集めるとなると自分の命と引き換えになる。」
コルナが思わずゴクリと生唾を飲む。
「じゃあ、集め方を知らない人間はどうやって集めるか?」
「え?えっと・・・。」
突然の男性の問いかけに、言葉を詰まらせるコルナ。
「一番簡単なのは、集めた人間を襲ってアイテムを奪う事だね。」
「襲って集める?!」
もっとも単純な方法が提示され、コルナは少し驚く。
「あのアイテムは盗賊の格好の的だからね。集めている人間も、極力隠そうとする。」
「じゃあ、あの冒険者は盗賊に襲われて、命を落としたと。そう言うわけですか?」
「恐らく、そうだろうね。」
今までの話を聞いて、話が見えてきたコルナ。
「あの冒険者がずっと出し続けている依頼は、自分を襲った者の討伐依頼・・・ですか?」
「それは、本人に直接聞かないと判らないけど、多分そうだろうね。」
ようやく政界にたどり着いたコルナ。しかし、たどり着いてもすぐに次の疑問が浮かんでくる。
「あれ?この冒険者は、今の時期にはここで依頼を出すって、言われてましたよね?」
「ああ、そうだが?」
「今の時期以外は、何してるんでしょうか?」
コルナの質問に、困った表情を返す男性。
「今の時期以外か・・・何してるんだろうね。」
頭を掻きながら答える男性に、気になるものを感じるコルナ。
「まだ、何か知ってますね?」
コルナの問いかけに、再び苦笑いを返す男性。
「答えは知らないけど、予想ぐらいならできるよ。」
「予想?」
「今の時期以外は、自分が殺された場所に戻るんじゃないかな。」
「それって・・・?」
コルナの言葉に、頷いて答える男性。
「ああ。彼は彼なりに、仇を探してるんだと思うよ。」
「死んだら、永遠の安息だって聞いてました。死んでも、安息が無いんですね。」
「冒険者と言うものは、そんなものだよ。だから、実入りも多い。」
男性は、そう言いながら、死亡者リストと書かれたカルテを取り出す。
「最近は、このカルテに追加される冒険者も少なくなった。出来れば、このままでいて欲しいね。」
「それは・・・いえ、何でもないです。」
カルテの内容を聞こうとしたコルナだが、思いとどまる。
「さて、そろそろ体の方も大丈夫かな?」
男性がコルナの様子を確認して尋ねる。
「あ、はい。もう大丈夫です。仕事に戻れそうです。」
そう答えて、コルナはベッドから立ち上がる。
「そうか。頑張りすぎないようにな。」
「ありがとうございました。」
一礼して、医務室を出るコルナ。その際に、時計を確認する。倒れてから一時間程経っていたようだ。
「仕事、戻らなきゃ。迷惑かけちゃったよね。」
コルナは、少し重い足取りで自分の机のある部屋に戻った。
事務所の扉の前で、少し深呼吸をするコルナ。そして、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開いた。
「すみません。ご迷惑をおかけしました・・・。」
ドアの開いた音を聞いて、室内の視線がコルナの方へ一斉に向いた。
しかし、その視線の殆どは、すぐにさっきまでの元へ戻る。しかし、二つの影がコルナの元へ駆け寄って来た。
「コルナ!大丈夫だったの?!」
「急に倒れるから、心配しましたよ。」
声をかけたのは、ミリカとナナだった。
「ご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。」
深々と頭を下げるコルナ。そんなコルナに二人は声をかける。
「今年は、コルナだったかぁ。」
ミリカが申し訳なさそうにコルナに話しかける。
「今年は?」
奇妙な言い回しに、疑問符を浮かべるコルナ。
「毎年、この時期になると、新人の職員が興味本位で調べて、こうなっちゃうのよ。」
「ごめんなさいね。あの時ちゃんと説明しておけば・・・。」
ミリカが説明し、ナナが謝る。その姿を見て、コルナが二人に悪気はないという事を理解した。
「いえ、私も変に拘ってしまって。」
申し訳なさそうに答えるコルナ。
「いやいや、そんなところに気付くほど仕事熱心なのはいい事よ。」
「私達も、あの冒険者が初めて来たときは驚きましたね。」
「そうね、警備が飛んできたり、他の冒険者があの冒険者に攻撃しようとしたり。大騒ぎだったわね。」
笑いながら昔話をする二人。そして、ミリカがコルナに話しかける。
「そう言うわけで、あの冒険者はこのギルドの風物詩みたいなものだから。深く気にしないほうがいいわ。」
「それに、どんな方でも、冒険者であればギルドは支援を惜しまない。それが理念ですからね。」
「そう、ですね。」
コルナが二人の言葉を聞いて、小さく頷く。
「さて、コルナ。お仕事が残ってるわよ。ちゃっちゃとやって、今日は早く帰りなさいな。」
「はい。ミリカ先輩。」
そう言って、コルナとミリカとナナはそれぞれの持ち場に戻った。
「ふぅ・・・。今日は色々とありました。」
机に戻ったコルナは、机の上に溜まっていた書類を片付けながら呟く。
「まだまだ、覚えないといけない事がたくさんあるなぁ。」
改めて、新人教育の時にもらった冊子に目を向ける。
「今度、ちゃんと読み直した方がいいかな。」
冊子に手を伸ばそうとするコルナ。その時、追加の仕事がコルナの机に置かれ、そちらに意識が向く。
「仕事、終わらせてからだよね。」
書類を分類していくコルナ。例の書類もまだ数枚入っていた。
「この依頼・・・いつの日か、受領される時が来るんでしょうか・・・。」
討伐対象の書かれていない書類を別に纏め、次の部署に回す用意をする。
そんな時、ギルド内にチャイムが鳴り響く。それは、コルナの仕事がもうじき終わる合図だった。
「あ、これを持っていったら、仕事終わりかな。」
そう言って、コルナは書類を手に席を立つ。そして、審査の部署に向かう。
「フォーク先輩、持ってきました。」
「ああ、コルナ君、ご苦労様。そこに置いておいてくれるかな。」
椅子に座ったまま、首をコルナの方へ向けるフォーク。
「聞いたよ。倒れてしまったそうだね。」
フォークは椅子から立ち上がり、思い出したようにコルナに話しかける。
「はい。あの依頼書の依頼者を見て・・・。」
「悪い事をしたね。ちゃんと説明しておくべきだった。」
ばつが悪そうに、少し頭を下げるフォーク。
「いえ、良いんです。いい勉強になりましたから。」
「そう言ってくれると、助かるよ。」
フォークが苦笑いする。それに合わせて、コルナも笑みを見せる。
「では、私はこれで帰りますね。」
「ああ。ゆっくり休んでくれ。」
手を上げて挨拶するフォーク。そして、一礼して部屋を出るコルナ。
それを見届けたフォークは、コルナの持ってきた書類に目を通す。
「おや?」
いつものコルナなら、大まかに分類してきたはずだが、今回は書類不備も分類されていた。
フォークは、コルナの成長を見届けながら、自分の仕事を始める。
そんな時、フォークの視界に男の姿が入った。その男は、フォークに近づいて声をかけてきた。
「フォーク、お疲れさん。」
「ああ、カルダか。これから仕事かい?」
フォークがカルダと呼ばれる男に手を上げて答えた。