昼の受注課(コルナのお仕事)
コーヒーを一口飲んで、書類の束に立ち向かうコルナ。
「これは討伐で、これも討伐・・・。」
増えた書類を分類していくコルナ。しかし、昼から増えている書類に少し疑問を抱く。
「さっきから、討伐が多いですね。」
討伐の山に置いた書類数枚をもう一度見直す。そこには、依頼内容と依頼者の名前が書いてあった。
「あれ・・・?」
奇妙な事に気付いたコルナは、まじまじと依頼者の名前を確認する。
「この名前、さっきも見たような。」
一先ず、目の前の書類を全て分類するコルナ。次の書類の束が来ない事を確認して、もう一度討伐に分類した書類の束を手に取った。
「えっと、あれ?」
書類を今度は名前順に分けてみるコルナ。今回の山の四分の一が同じ依頼者だった。
「どういう事かしら?」
本来、分類の次は審査である。しかし、まだコルナは審査の仕事は出来ない。
「すっごい気になる・・・。よし!」
この書類の謎が気になるコルナは、おもむろに書類を持って席を立つ。
気になりだしたら、行動に移してしまう癖のあるコルナは、次の審査係に直接聞くことにした。
コルナが向かったのは、審査係と書かれた部屋だ。そこに、分類が終わった書類を持っていくまでが受注から分類までの仕事だ。
「フォーク先輩、分類終わりました。」
そう言って、コルナは、椅子に座っている白髭を蓄えた白髪の男性に書類を手渡す。
「ご苦労様、コルナ君。」
手渡された書類を軽く確認するフォーク。その確認のころ合いを見計らって、コルナはフォークに尋ねる。
「あの、一ついいですか?」
「何かな?コルナ君。」
書類の確認も程々に、コルナの方へ顔を上げるフォーク。
「この依頼、ちょっと気になるんですけど。見てもらえませんか?」
コルナは、フォークの手にしている書類から数枚を抜き取り、それを見せる。
「何かな?」
「この依頼達なんですけど、おかしくないですか?」
「どれどれ・・・。」
見せられた依頼に目を通すフォーク。そして、おもむろにコルナに尋ねる。
「どこが、おかしいと思ったのかな?」
試す様な口調でコルナに聞き返すフォーク。
「ここです、ここ。」
コルナは、書類の一部分を指さす。
「この依頼書、依頼者が同じ何です。」
「ふむ、別に珍しくは無いが。」
「それだけじゃないんです。ここも見てください。」
そう言って、コルナは書類に指を滑らせる。
「討伐依頼ですが、対象が書かれていないんです。」
「なるほど。でも、難しく考えることはないよ。」
フォークはその書類を、書類不備の籠に放り込んだ。
「書類不備にそれ以上もそれ以下も無いからね、沢山ある書類不備の一つだよ。」
「こういうのは、沢山あるんですか?」
「まあ、多くは無いが、少なくも無いよ。これも、ギルドが忙しくなる原因の一つだよ。」
フォークの答えに、一瞬納得しかけたコルナだが、肝心な事が判っていない。
「そうなんですか。でも、同じ人が、同じ間違いを何度も繰り返すのはおかしくないですか?」
「そうだな。しかし、そう言うのを考えてたら、この膨大な量の審査なんて終わらないよ。」
目の前に積まれた大量の書類を前に、軽く笑うフォーク。しかし、コルナはどうしても納得できない。
「同じ人が、同じような間違いを、同じ日に何度もするものですか?」
中々引き下がらないコルナを見て、フォークはニヤリと笑った。
「そんなに気になるかね?」
「はい、気になります。」
仕方ないといった表情を見せて、フォークはコルナに不備のある書類を手渡した。
「コルナ君、この後、直ぐに仕事に戻るのかい?」
「え?」
「時間があるなら、これから少し受付を覗いて見るといい。」
「受付、ですか?」
突然の提案に、コルナは驚く。
「ああ、きっと勉強になるよ。」
「判りました。少し見て戻りますね。ありがとうございます。」
コルナはフォークに一礼して、受付に向かった。
受付は、昼を回って幾分落ち着いている様だ。受付を見つめているコルナに気付いた女性が、コルナに声をかける。
「あれ、コルナ、どうしたの?」
「ナナ先輩。ちょっと、気になる事があって。」
「気になる事?」
「これなんですけど。」
そう言って、コルナはナナにフォークに渡された書類を見せて尋ねた。
「この依頼、すごく気になるんです。で、さっきフォーク先輩に聞いたら、ここを少し覗いて来ればいいって。」
ナナはコルナの書類を受け取り、内容を目に通す。そして、納得した表情を見せた。
「そう言う事ね。いいわよ、いずれコルナもここの仕事をしてもらうかも知れないし。」
「はい。判りました。」
コルナは大きく声を上げる。
「でも、フォークさんもちゃんと教えればいいのに・・・。」
「え?」
「いや、何でもないわ。あ、噂をすれば。」
不自然に取り繕うナナは、視線をカウンターに向ける。その先には、フードを深くかぶり、ふらふらと歩く冒険者が書類を提出するところだった。
「あの人、ですか?」
「そうね。この依頼はあの人が出してるわ。大体、今の季節になったら来るわね。」
ナナの説明を聞きながら、奇妙な冒険者を見つめるコルナ。
「今の季節?」
カレンダーを見るコルナ。今は暑い季節だ。
「奇妙な人ですね。あ・・・。」
書類を提出した冒険者は、再びふらふらと歩きだし、書類記入カウンターへと足を向けた。
「え?!」
冒険者の行動を驚きの表情で見つめるコルナ。
その冒険者は、カウンターに備え付けの書類に手を伸ばし、再びペンを持ち記入を始める。
「同じの、書いてるんですか?」
「多分、そうだと思うわよ。」
コルナの質問に、ナナが答える。しかし、コルナはその理由が判らない。
「一体何のために・・・?」
冒険者の行動を注意深く観察するコルナ。そして、奇妙な事に気付く。
「ナナ先輩、今日、暑いですよね?」
「そうね、冷気の魔法が効いているとはいえ、ちょっと汗ばむわね。」
首筋に手を当てて、体温を確認するナナ。コルナに指摘された通り、少し気温は高い様だ。
「それなのに、あんなに厚着の装備、一体何なんでしょうか?」
「人によって、快適な気温って違うからね。装備に気温調節の魔法を仕込んでる冒険者もいるし。」
ナナの説明を聞いて、首を大きく縦に振るコルナ。
確かに、極寒の地や極暑の地に不釣り合いな装備をしていく冒険者もそれなりにいる。その一人なのだとコルナは思った。
しかし、それでもコルナには疑問が残る。不備のある書類を出し続けるその意味が解らないのだ。
「ナナ先輩、あの人、一日中ああやってるんですか?」
「そうね、この季節になるとやってきて、ずっと書いてるわね。」
書類に向かってはいるが、記入する速度はすこぶる遅い。
「ギルドの業務妨害なら、もっと早く書くだろうし、そもそも一人じゃやらないだろうし・・・。」
首をかしげるコルナに、ナナが声をかける。
「さて、そろそろ仕事に戻らないと、コルナも仕事が溜まってるでしょ?」
「は、はい。判りました。」
コルナはナナに一礼して、自分の机に戻った。
自分の机の上には、また書類が積んであったが、午前中ほどの量ではない。すぐに終わるとコルナは考えていた。
「とりあえず、これを片付けよう。」
積まれた書類に手を付けて、分類を始めるコルナ。その書類にも、先ほどと同じ名前の書類が数枚入っていた。
「また、これもですね。」
コルナは少し薄気味悪くなる。そこで、急いでその書類を審査係のフォークの元に持っていく事にした。
「フォーク先輩、分類終わりました。」
「ん?コルナ君。ご苦労様。」
分類した書類をフォークに手渡すコルナ。
「あの、やっぱりさっきの依頼は気になるんですが。」
「誰が依頼を出しているか、それははっきりしたんだろう?」
未だに疑問に思っているコルナを見て、ニヤリとするフォーク。
「それは判ったんですが、どうして全く同じ依頼が出て来るのかが謎のままです。」
「なるほど・・・。なら、近くでその冒険者を見るしかなさそうだね。」
そう提案するフォーク。その提案を首をかしげて聞くコルナ。
「何だか、ストーカーっぽくなってしまいますね。」
「気になるなら、迷惑にならない程度に調べるのはいいんじゃないかな。」
「そう、ですかね?」
コルナがそう言うと、フォークはまたニヤリと笑って仕事に戻る。
そんなフォークの言葉に背中を押されたコルナは、その冒険者を調べることにした。
まず、コルナは自分の机に戻り、仕事の追加が来ていないことを確認する。
「受注、そろそろ落ち着いたかな。」
そう呟きながら、受注カウンターを覗き込む。ちらほら人が見える中、例の冒険者もまだ書類を書いているようだった。
「あの冒険者、まだやってる・・・。」
コルナはそっと席を立ち、受注カウンターに近づき、依頼者の顔が見える場所にそっと立った。
そこから暫く様子を見ていると、例の冒険者がまたふらふらと受注カウンターに書類を手にやってきた。
「あれ・・・?よく見てみると、指がやけに細いような?」
背丈は普通の男性冒険者よりも一回り大きいぐらいだが、それにしては指が細く見える。
そして、コルナはそのまま視線を上にあげて、フードに隠された顔を覗き込む。
「ん?」
黒い影の中に、白い色と青白い部分が見えた。コルナの頭は、それが何を意味するかを理解してしまった。
「う・・・そ・・・。」
コルナは自分の呼吸が荒くなっていくのを感じた。そして、立っていられない程に足が震えはじめる。
床にへたれこんだコルナは、そのまま気を失ってしまった。
「ん・・・ん?」
うっすらと目を開けるコルナ。朦朧とする意識の中、今の状況を把握しようと顔を左右に向ける。
「ここ・・・は?」
小さな声で疑問を発するコルナ。その声が、近くにいる何者かに届く。
「気が付いたかな?」
声がする方へ顔を向けるコルナ。そこには、白衣を着た男性が椅子に座りこちらを見ていた。