03 妹の帰宅前夜
「ふあぁ……もう19時かぁ…昼夜逆転しちゃってるなぁ。まぁいいかぁ」
軽くシャワーに入り、コーヒーを一缶飲んでから、VRチェアに腰をかける。
すぐさまログインして見える風景は、この六日間で全く変わっていない。そもそも見えてないからね。
ただ《空間把握》によってわかる距離はだいたい半径100mまでに延びた。正確な距離はわかんないけどね。
名前:ユウ
種族:ゾンビ Lv0
属:低位不死者
SP:7
種族スキル
《物理耐性 Lv1》《HP自動回復 Lv1》《低位不死者》《腐乱死体》
異邦人スキル
《敏捷強化Lv1》《筋力強化Lv1》《器用強化Lv2》《鑑定Lv5》《空間把握Lv30》
ステータスはこんなかんじ。
この六日間でレベルは上がらなかった……少し泣きそうです。てか動けない。その代わり、《空間把握》を自在に扱えるようになったのでよしとします。
具体的には、距離の調整とか色彩の設定、音の集約精度などを細かく切り替えられる。一応瞬時に変更できるほどには空間把握マスターになったつもりだよ?というかそれくらいしかすることがなかったんです。
この切り替えが器用と捉えられたのか、《器用強化》も1レベルだけあがった。
んで、スキルによってはレベルが上がりにくいものもあるみたいで、この場合だと《鑑定》がそんな感じ。
二日目に気付いたことに、目を使うスキルはなぜか空間把握とリンクしていて、空間把握で認識できる領域を一括して鑑定してみたんだけど……情報過多で脳に負荷がかかり強制的にログアウトという結果に。
そこまでやって上がったのがたったの2レベルだけだったから少しショック……まぁ、そこからは地道に鑑定しまくって上げました。
そうそう、スキルレベルが上がったことでSPというものがゲットできたんだけど、ヘルプによるとこれは取得可能になったスキルを入手するために使うらしい。
他にもヘルプ曰く、このSPを増やす方法として種族レベルの上昇で3p、スキルレベルの上昇が五の倍数ごとに1p、特殊クエストの報酬で何pかもらえるみたい。
三日目に気づいたのが、リアルとTFOの世界の時間は共通していて、朝なら朝、夜なら夜となっているということ。ただこの事を批判する人が多いらしく、1ヶ月後の第二陣がくる時には改善するみたい。公式の発表では体感時間を引き伸ばして、リアルの一日がTFOでの三日になるようです。
四日目で、やっと納得の行くオプション設定にできた。痛みの設定は100%にしてある。高ければ高いほど現実の感覚に近くなるみたいで、反射能力もこれを100%にしたほうが速い……らしい。まだ試してないからなんとも言えないけども。そもそもゾンビだから痛みは感じないですし。
で、昨日は装備の確認とインベントリの中身を見たんだけど……何というかまぁ酷いものだった。
[装備・防具]腐敗した襤褸 レア:Normal 品質:F
ボロボロになり繊維が腐った服だったもの。もはやゴミである。
着ているものは、これだけ……まぁ、死体だし当然なのかな。
んで、なんとインベントリの中には――なにも入ってませんでした。因みに人系統を選んだ場合は回復ポーションと、携帯食料が入ってるみたいだね。
といっても、不死族は回復ポーションで大ダメージを受けるっぽいからなくて良かったかな。そう前向きに考えよう。
そんなこんなで、毎日空間把握と鑑定に時間を注いで今日まで過ごしてきたんだけど。動けないからやることがないんです。いや、ほんとうに。いっそのこと、ここでずっと瞑想でもしてようかな?
そんな感じで途方にくれていたとき、急にシステムの音声が脳に届いた。
〈称号:無病息災を獲得しました〉
そして、その称号を得た瞬間に異常が起きた。
空間把握のおかげか、その異常がどうやって起こっているかすぐに確認できたので、幸いパニックにはならなかったけど。いきなりは心臓に悪いよ、もう。
どんな異常かというと、0や1の形をした光の粒子が大量に辺りを舞っている、というもの。発生源は――ぼく。パソコン画面がブルスクになったとき並みに胸がキュッってなりました。
よくわかんないけれど、体力が減っているわけではないから危険はないと判断する。次にやることは、おそらくこうなった原因の称号を把握する事。
メニューの新しく出来た称号欄から[無病息災]を選択して効果を確認する。
[無病息災]効果:自分への悪影響を無効化(1日に一度)、自動回復系の効果上昇(大)
特にこれと言って目立つものはないはず。悪影響を無効化ということは状態異常を無効化する感じのものだろうし……って、あれ?…それだったら低位不死者にある"状態異常を無効化"という表現でいいはずだよね。
いろいろと考察すること暫く。
――遂にぼくをおおっていた光の粒子が消えた。
「んぅっ!…………いやいや。悪影響って、スキルのマイナス効果も含むのかぁ……しかも自動で発動しちゃうのかぁ……」
メニューに映るぼくの姿は、見たことのあるアバターへと変化していた。
ようするに、ぼくは設定したアバターとほぼ同じ体に変化したということで――いや、もとに戻ったという方が正しいのかな?ただちょっと肌が生白いけど。
何でいきなりこんな称号を獲得したのか調べるため、メニューから無病息災をピックアップする。ふむふむ、初ログインから六日間いっさいダメージを与えず常に状態異常にかかっていると仏様の慈悲より加護をくれるって書いてある。意外と入手しようと思えば誰でもできるものなのかな?たぶん。
スキルの方にも変化があって、《腐乱死体》が無くなり。代わりに《純麗な死体》というものが表れた。効果は、腐敗しなくなり、腐臭が消え、さらにリスポーン時の確率で肉体の一部欠損が起こらなくなった。
いやぁ、仏様に感謝感謝です。掲示板とかにこの情報をのせた方がいいのかな?ゾンビ仲間にはうれしい情報だろうしさ。
……んー、どのみち明日には妹が帰ってくるからそのときにきこうかな。β版経験者な訳だし。
「ただなぁ……視力が邪魔になっちゃうんだよねこれじゃあ…というかすんなりしゃべれるようになるんだ…」
うーん、プラスかマイナスかで言えば圧倒的にプラスなんだけど…空間把握が死にスキルになっちゃうかなぁ。目をつぶってれば大丈夫だけど……
相変わらず耳は遠いけど、聴力と空間把握とがリンクしているからそこまで気にはならない。
やっと、歩けるようになったから早速このエリアを探索もといマップ埋めをする。
腐臭がしなくなっからか蠅とかが飛んで来なくなったのが地味に嬉しかったりする。あ、あの汚い服モドキはそこら辺に捨てました。さすがに腐ったものを持ち歩きたくなかったですし。さっきまで腐ってたやつが何言ってんだと思うかもしれないけど。
因みに今いる場所のマップ埋めはもう終わってるから、今は地下に降りる階段へと向かっている途中。ほんとに空間把握が優れものでマップ埋めが簡単に行えるんだよねー。壁の向こう側とかも把握できるから、何でこのスキルが死にスキルになったのかわかんない……いやまぁ、本当はわかってるよ?
お~、どうやらいくら綺麗な死体になってもゾンビっていうことは変わらないみたいで、同胞からはまだ襲われない。そういえば、ゾンビの感覚にきれいとか汚いとかの概念ってあるのかなぁ?
「あ、死体…」
次の地下への階段へ向かう途中にやたらゾンビが群がってるところを見つけた。よく見るとその中心には人の死体がある。
ああして肉体が残る死体はNPCしか今のところありえないらしいから、NPCの冒険者かなにかなんだろうなー、きっと。一応、この地下墓地もダンジョン認定されてるみたいですし。
遺品のひとつでももらおうかな?と盗賊っぽい考えをして近づいてみると、群がっていたゾンビが何をしていたのか分かった。一言で言えばお食事中ってことになるんだけど……不死族って食事や睡眠は必要ないはずだよね?
何のために食べてるんだろう?暫くの間足を止めてお食事中のゾンビを鑑定して眺めてると、そのゾンビのレベルがいきなり1上がった。しかもLv6からというなかなかな高レベルから。レベル上昇に伴って食事をやめたのでもう確定ですねー…これは。
「食べればレベルが上がるのか……うぅ、人は食べたくはないんだよなぁ………」
でも今の最高レベルが掲示板によると人族のLv43らしいし…この六日ぶんのレベル差を詰めるには…でも……むぅ、…遺品は家族に届けるから…その…少しだけ………少しだけ…だよ?
一気にLvが4まで上がった。さすがに肉を食べるのはちょっと……血だけ啜って終わらせました。それでもこれだけレベルが上がるなら……うん、やるなら誰も見てないところでしよう。
あ、さすがにゾンビのは啜らないよ?鑑定したら腐ってるって出るし。さっきのNPC冒険者のは古くなったと出ただけで、腐ったとは出てないから問題はないはず……です。それに吸血行為が攻撃判定されたら面倒なことになりますしー…。
下へ下へと階段を下りていく。一階降りるごとに、ゾンビのレベルが高くなっていき、地下3階(最初の場所を地下一階とする)になるとゾンビの進化先であるハイゾンビまでもが現れるようになった。
それに加え、朽ち果てているNPC冒険者の数もちょくちょく増えてきて、現在のレベルが8まで上がっている。そのせいか、獲得可能なスキルに《吸血》が追加された。取得にはポイントが3必要だったけど、体力回復と獲得経験値増加が見込めるため取ってみましたー。因みにこの吸血スキルは種族スキルの方に反映されるみたい。
…言いたくないけど、血を啜る効率も上がりましたとさ。
あれから5時間ほど経ち、マップ埋めも順調に進んでいる。どうやらこの地下墓地は全部で6階層構成のようで、1~5階層までは一辺100m四方の正方形のエリアになってるよう。一応迷路みたいに道が入り組んでいるけど、空間把握があるため壁は意味をなさないのだ!……あれ?このスキルって以外とチートに近い?………うん、運営がなにも修正しないってことは問題ないはずです。きっと。
「ただ…ここの階層だけ何かおかしいんだよねー……んー、"开"の形なのかな?」
ただ、最後の層だけ他と違うように感じた。空間把握で六階層を見ると迷路みたいに入り組んでるけど、なぜか"开"の形が浮いて出てくる。どう言うことなんだろうか?
……んー、あっそうか!道の幅が違うから他の道と比べてみると浮いて見えてくるのかな。
でも、これは何を示してるんだろうね?"开"の形で思い浮かぶとしたら神社の鳥居くらい……もしかして本当に鳥居だったりするのかなぁ。
物は試しに"开"の形をした道を鳥居に見立てて、入口に当たる場所から入ろうとしてみる。
このままじゃ土の壁にぶつかるー、って言う寸前で体を止める……が、ゾンビだからか神経の伝達が悪くすぐに体が動かなかった。
いやいや、このままじゃほんとに壁にぶつかるー!
―――どすっ…
「いてて……あ、少しだけ体力が減ってる…初のダメージがこけた怪我って何かパッとしなくてカッコ悪いなぁ………んー?」
ゾンビだから痛みとかの感覚は感じないんだけど、ついつい痛そうなことがあったら言っちゃうよね。ゲームやってると特にさ?
そうそうてっきり体力は確認できないと思ってたんだけど、数値として確認できないだけで、HPバーみたいなものがみえるようになってましたー。ついでに言うとスタミナバーとかMPバーはないみたい。
うん、話は戻って……ここどこだろう?回りを見る限り朽ちた日本風の墓が乱立してるけど…。
あまりにも廃れすぎてて怖いと言うよりも寂しいって思うなぁ。あ、ぼく怖いのは平気なんだよねー……うん。
とりあえず起き上がって探索しよう。といってもほぼ一本道だから進む先は決まってるようなものですけども。
しばらく道なりに歩いてると、あからさまにボスです!!っていう風体をした人がいた。鑑定してみたんだけど……
名前:童子を切りし者
種族:死体歩きLv50
属:中位不死者
スキル:不明
こんな勝ち目のない結果が表示されちゃったんだよね。ちなみにハイゾンビは低位不死者ですー。この六層目に現れていた敵の平均レベルが30前後だから、比べるまでもなく強いことがわかる。
同じ種族の敵の場合はこっちから攻撃をしない限りノンアクティビティなんだけど、種族の違うハイゾンビも攻撃してこなかったから、何を判定基準にしてるかわかんない。それを考えるとこいつが襲ってこないか不安だよね。スキルも何があるかわかんないし。
「そーっと……ばれないように近づこう。あそこだけ他よりも大きい墓だしなにかいいアイテムがあるかも…」
抜き足差し足忍び足で近づくこと数十分、なんと"童子を切りし者"の真横まで近づくことができた。うん、もうわかる。こいつも同種っていう判定だと。
けっこう綺麗な状態の死体で、位の高そうなお侍さんの格好をしてる。あ、こっち向いた……あれ?もしかして危険な状況?
「こんばんわ?」
「…………。」
おおー、軽く顎を引いて頷いた!……TFO初めての会話が死体とって何か悲しいよね。……あ、ぼくも死体だった……そも、会話にすらなってないよね…しょぼーん。
ま、そんなことはどうでもいいとして、気になる墓の中身だけど無許可でとるのはさすがに不味いかな?ということでわかんないときは質問だー。
「この墓の中の物はとったらだめかな?」
「………。」
縦に頷いた……。
―――そりゃあ人の墓の物を勝手にとっちゃだめだよね。ゲームの中だったからか常識が抜け落ちていたみたいです…てへへ………ごめんなさい。おもえばゲームだからって血を吸うなんて正気じゃないですよね…まぁ、ゾンビだからか味を感じなかったことが幸いかな。うん、しっかりとこの遺品は届けないと。
「この墓の人は知り合いなの?」
「……。」
頷いてから墓の前にひざまずいた。うん、これは自分の主様ってことを示してるのかなたぶん。
「じゃあ、しばらくここを探索したらもとの場所に戻るよ。邪魔しちゃってごめんね」
「…………!……。」
少し考え込むポーズ?をしたあとなにかを思い付いたかのようにさらに奥の方へ走って行った。んー、死体歩きなのに走るって……いいのかなぁ。
好奇心から走って行った方向を少しのぞく。ちょうどこの大きな墓で見えなかったんだよね。
「あ、神社だ…寺かもしれないけど。」
さすがに風化してボロボロだけどまだ形は保っていたから和風な建築物だと判別できた。手前にまた鳥居があるから神社なのかなー?その辺は詳しくないからよくわかんないです。
あ、何か抱えて戻ってきた。
「…、…、……。」
息切れしているかのように肩で呼吸?のようなものをして汚れた布に包まれたなにかを渡してきた。なんだろうねこれ。というかこの童子切りさんの動きが人間くさくておもしろいです。
「これ、もらってもいいの?」
「………。」
「ありがとうございます。でも……これはどういう風に使えばいいんですか?」
「……!…………。」
「えっ!………ほんとに?」
「………。」
「り、了解です………じゃあ、戴きますね」
会話した結果、この"大きな片腕"を本当にくれるよう。使い方も聞いたし一旦落ちようかな。
え?そういえばなんで会話できてたのかって?……ふぃーりんぐです。