18 特訓開始!その2
んー、文字通りだとそのまま影に変化するってことなんですが……今までの使い方だと《潜影》とかわりがないんですよね。強いて言うなら、自分の影をコートみたいにできることが違いでしょうか。スキル風に言うとしたら《操影》とかになるのかな。あるのかはわかんないですけど。
つまるところ《影化》という名前に見合った使い方をしてないんですよね、ぼくは。
うーん…悩んでても進みませんし、とりあえず行動してみますか。
というわけで、前と同じように影の中に入ってみました。
相変わらず影の中って真っ暗……というよりかは真っ黒?という感じです。あっ、ムカデさんがいる。んー、真っ黒なのに存在だけがくっきり見えるのが不思議です。
「ムカデさん。こっちおいで」
せっかくなのでムカデさんを呼んでみます。影の中でも感覚は変わらないか確かめてみたいですし。
「んー?こっちだよ。おいで。」
むぅー、ムカデさんが来てくれないです。来てくれないというか、キョロキョロしてる感じでしょうか?触角をちょろちょろさせてますので。
――もしかしてぼくの姿を見つけられてない…?
「んっ!……影化ってそういうことだったんですか。」
自分の姿がどうなっているのか調べるために空間把握を展開したんですけど、どこにもぼくの姿が映ってないんですよね。
となると、ぼくが景色と同化しているから見えないということになるのかな。ほんとに《影化》って文字通りだったみたいです。
「分かったことは、影の中に入ると影そのものに変化するということくらいですか…。」
―――そういえば、影の中に入るって……よく考えればおかしなことですよね。
魔法も問題なく使えて、しゃべることもできますし。それに、1地点の影の中に入って自由に他の地点の影の中に行けるなんて、まるで“影”という別の世界があるみたいです。
つまり、ぼくが影そのものならこの影の世界もぼくそのものということになるのでしょうか?
さすがにこの考えは飛躍しすぎかもと思ったときにアナウンスが流れました。
〈称号:[影]を獲得しました〉
1文字の称号なんてあるんですか……今までしてきたゲームの中では初めてです。
詳細を開いても[影:あなたは影。影はあなた。]としか書いてないですし…。効果のある称号とない称号が存在するのかも。
ん、でもこの“影の世界”を掌握?把握?できたような感覚があるのでこれは称号[影]の効果かも。
「っ…?……影の世界になにか違和感を感じるのですが…」
影の世界を把握できたのはいいんですけど……。上下の概念があるのかわからないですが、下の方になにかがいるような気配がするんですよね…。
なんとなく行き方はわかるんですが……な~んか、嫌な予感がするんですよ。でも、何事も挑戦してみないとわからないですし。
「うん。いってみよう」
『ちょっ~と待った~!!』
下に行く方法としては、自分が沈んでいくような感覚になるだけでいいみたいです。
『あっれー?無視?まさか無視してるのかな?!…………おーい!聞こえてますかー!ってこの前もこんなことやりましたよねぇ!天丼ですよっ?天丼!!』
「うるさいです。聞こえていますので、そこまで騒がなくても大丈夫です。」
『だよねー。』
「ん、何かあったんですか?」
『そうそう!
―――一応TFOはR15指定になってるんだけど、とある場所やシーンはもしかすると精神に異常をきたしちゃう恐れがあるんだよねー♪』
「それじゃあ、この先は進めないってことですか?」
『ノンノン♪――実はここにこういうものがありまーす!』
デデンッというSEをどこかから流しながら『契 約 書』と大きな文字で書かれた紙を渡してきた。んー、影の中でもアイテムって顕現できたんですね。
『えーっ?これにも反応なしですかい……』
「これにサインすれば先に進めるんですか?」
『えー、まぁ……そういうことになるかなー。だけど、本当にちゃんと契約書をよんでね~?それにも書いてあるように、下手するとキャラロストなんてことも起こり得るからね☆』
んーざっとみた感じだと、リアルで精神が不安定になったり、キャラロストしたりするけどこちらは責任を負わないよーってことが書いてあるかな。要するに、これに自己意思でサインしたんだからここから先は自己責任になるよ。だから気を付けてねってことですね。
ちゃんとした契約書の体になっていますし、たぶん裁判になってもこれが使えるんじゃないかな。うん、精神を病んだからといって裁判にかけても無意味ってことですね。
それでもまぁ、ぼくはサインするんですが…。
『おっけー!サインが確認されたよ。それじゃあ、この先も楽しんでいってねっ♪』
「んー、ちょっと質問。ふと思ったのですが、こういう契約書の類いって未成年が勝手にして良かったものなんでしょうか?保護者のサイン等が必要ないみたいですけど…」
『あっ!言ってませんでしたね~。実は優様の祖父に当たる方から既にサインはもらってました!そうそう、千歳様もβ版の時はサインしてましたねー。あ、今は別キャラ扱いになってるからサインは解除されてるよ!』
「ん、そうなんですか。いろいろとありがとうございました。」
『はーい!じゃ、バイバーイ!』
うん。サインはしたけどあんまり実感はないです。形に残るものがないからというのもあるのでしょうが…。
〈契約書のサインにより一部のマスクデータが解放されました。
人間性:その者の奇形度や精神性に関する数値。数値が極端に高いほどまた極端に低いほど一般的ではないとされる。平均値は-3~3。
〉
うん。いきなりでびっくりしました。もうちょっといいタイミングはなかったのかな。
とりあえず下に行くまで時間はありそうですし、新たなデータの人間性について考えてみますかー。
ステータス的にはSPの下に表記されてます。現在のところ人間性:-10となっていますし、一般人よりかは低めですね。どのくらいが異常と呼ばれるほどの数値になるのかは知りませんけど……そこそこ低いほうなのかな?
ん、そんなこんなで下につきましたね。うん…やっぱり何かがいるみたいです。
『あら。こんなとこに美味しそうな子供が来るなんて♪今日はなんていい日なのかしら!』
うわぁ……美女には美女なんでしょうけど……髪の毛がうねうねしてて気味が悪いですし…目が悍ましいですし……確かに病む人は病みそうな見た目ですね。SANCとか入りそうです。
「……貴女は誰ですか?」
『うん?わたし?そうねぇ……うふふ、ヒ・ミ・ツ。ってことでいいかしら。
そんなことより、わたしは早くあなたを食べてみたいのよ。まだ人間の範疇にいるうちに食しとかないともったいないじゃない。
ねっ、いいでしょ?』
んー、抵抗してもよりひどくなりそうな未来しか予想できないんですよね、これ。
食べられながら死ぬというのはなかなか体験出来ることじゃないですし……まあいいかなー。
「はい。ぼくでよければいいですよ。」
『やったー!いやー、ほんっとうに久しぶりの贅沢品ねっ♪
ねぇ、あなた。感謝するわ!名前を教えてくれるかしら?』
「ユウです。」
『ユウちゃんね!覚えたわ。素直にその身をくれたことに感謝して
―――イ タ ダ キ マ ス♪』
んっ!…あ"ぁ~……あっ………
うん…さすがにこの体験は今回限りでいいです……
* * *
しばらく感じていた形容しがたい感覚も、少しずつぼくが何かに呑み込まれていくような感覚も、なにもかもが段々と薄れていって。そんな最期の薄い意識の一瞬、この存在と一体化したと感じたときに。
〈スクリーンショットを保存しています〉
―――また、ぼくは消えた。
〈称号:深淵に触れた者を獲得しました〉
『あはっ♪と~っても、おいしかったわァ……ウフフッ…
ごちそうさまでした!』