17 特訓開始!その1
いきなりですが、現在ぼくはヴィンさんの家の裏庭にいます。ここならぼく一人が自由に動き回れる程度の広さがありますし、なによりヴィンさん一家以外の存在にぼくの存在が気付かれないようです。つまりはしばらく隠れていてほしい、ということですね。
ことの発端としては、どうやらぼくが外出してた間に何かあったみたい。ヴィンさん曰く、驚くべきことに毒殺事件の首謀者と思われる人を捕まえたそうです。で、その捕まえた犯人がプレイヤーだったとかなんとか。殺しても復活するので、現在は牢屋に監禁中だそうです。一応尋問を試みたものの、ログアウトすることで回避されてるそう。
本来なら、レッドプレイヤーと呼ばれるカルマ値が規定ラインを大きく越えたプレイヤーに関しては、一時的に強制ログアウト以外のログアウトを禁止できるそうなのですが……おかしなことにそのプレイヤーはレッドじゃなくてせいぜいでイエロー止まりだったそうです。なので、今の段階じゃどうしようもできないっぽい。
ただ何の成果もない状態では領民たちの怒りの矛先や示しがつかないので、再発防止と領民の精神安定を狙って、プレイヤーの進入を物理的にも魔法的にも拒むようにしたとのこと。
それでもぼくがこの街に入れてるのは、ヴィンさんやベセミールさんが何とかしてくれたからみたいです。結果的にぼくの存在が領主様にばれちゃったそうだけど、それは異邦人というぼくであって、種族が吸血鬼ということは隠し通せたようです。
感謝の言葉じゃ返しきれないほどのヴィンさんたちへの借りが、どんどんと増えていってるんですが……。
んー。それでも他の領民にばれる可能性もないとは言い切れないということなので、現在の状況に……というかんじです。しばらくはヴィンさんの土地内のみの活動になるのかな。
んー…そういえば、サービス開始からそろそろ1ヶ月なんですよね。今日を含めて単純計算で二週間と6日目ですし。
そのせいか、第一世代のプレイヤーだけで行えるイベントがそろそろくるんじゃないかな?って憶測がよく掲示板で流れてるみたいなんです。実際のところどうなんですかねー?
もしあるとするのなら、バトロワ系やトーナメント制の1on1とかが定番でしょうか。
んー、少しは強くなっておいた方がいいのかも?優先順位的に今は無名の剣術を少しでも使えるようにはしておきたいですが。あの動きを真似るだけなら、十分の一速度ですができるんです……ただ、あの剣術は状況変化の適応に特化した応用力の塊みたいなものですし、ただ真似るだけでは意味がないんですよね…。これに関してはほんとに時間をかけるしかないです。
ということで、今日ものんびりしつつ剣を振っていきましょー。
* * *
「ふわぁ~……ねむいです…丸一日はさすがに寝すぎでした……。」
…ん、あれから2日間徹夜しました。その結果変わらず十分の一の速度ですが、自然にできるようにはなりましたー。
こんなにも早くできたのには理由がありまして……なんとベセミールさんが特訓を手伝ってくれたんです!ベセミールさんはその見た目にそぐわず、いろんな武器を扱えたんですよ。それこそ片手長剣や両手剣・斧・槍・棍・弓等々、すべての武器をそつなく使えるようです。職業もウェポンマスターだそうですし。
おかげで計12回も殺されちゃいました。結果的にはいろんな武器に対応できる、童子切りさんの無名の剣術に近づけたんですが……完璧な再現までまだまだです。
そんなこんなで寝ずに詰めてたせいでしょうか、昨日は丸一日睡眠に時間を費やすことに……ぼくとしてはゲームと同じくらい寝ることも好きなので、時間がもったいないとは思わないですし問題ないんですけど……丸一日というか…一日と12時間といいますか……はい、チトセにものすごく心配されました。
んで、どうやらその寝ていた時間に公式からの発表があったそうです。内容は予想通りイベントのお知らせでした。開催は5日後の午後13時から。やることとしては、専用マップでのバトルロイヤルで、受付はTFO内に届いているメールから三日以内に希望すればいいそうです。
ということで、ログインして早速参加希望申請をしました。やっぱりプレイヤーとして、イベントごとはなるべく参加して最大限楽しむのが礼儀ですよね…………(チトセめぇ……エメマンの缶コーヒー12本はずるいよぉ…。)
ん!こうなったらある程度上をめざしてやりますっ。ええ、やりますとも。ぼくなら100位前後くらいは狙えるはずです!
そのために少しでも強くならないと―――んー?この下り最近もやったような…。
とりあえず、そんなことはおいておきまして。まずは方針を決めましょう。剣術の訓練は毎日一時間以上することにしまして、それ以外の時間をなにかに費やしたいところです。
んー…ここは『敵を知り己を知れば百戦殆うからず』の言葉にならって、自分を知ることから始めましょうか。なんだかんだで、吸血鬼としてのぼくの体質を深くまで理解できていないですし。
「んー、上から順にひとつずつ確かめていきますか。」
「んおっ?…おぉっ、やっと目ぇ覚めたか。」
「あ、はい。おはようございます。」
となると、ひとつめは《物理耐性》ですねー。とりあえず、ベセミールさんに殴ってもらいましょう。
「ということで、殴ってください。なるべく服で隠れる場所にしてくれるとありがたいです」
「お、おおっ?…………どれくらいの強さがいいんだ?たぶんだが全力でやれば軽く死ねるぞ?」
「……あー、三割ほどでよろしくです」
「りょーかい。んじゃあ、いくぞー――そいっ!」
―――ドゴォンッ!!
………なるほど。物理耐性ってそういうことですか。
「お、おーい?生きてるかー?」
「…大丈夫です。考えをまとめたいので、しばらく静かにしてくれると助かります」
「わかった。なにか手助けが必要ならまた呼べよー」
「はい。」
てっきり物理耐性というのは、物理攻撃に対して無意識的に皮膚や筋肉が魔力でコーティングされて固くなるものだと思ってたんですが……よくよく考えてみると、その場合別に種族スキルで表示する必要はないんですよね。
気づいたこととして今殴られた瞬間、攻撃によってぼくの魔力が散ったみたいです。ただ、散るには散ったんですが想像よりかは散った量が少ないんです。
TFOの種族スキルは、その種族の体質と同義。となると、ぼくの場合は魔力体であることを加味した上での《物理耐性》ということになります。
これらのことを含めると、種族スキルの《物理耐性》は種族によってその仕様が異なっているのかも。感覚的にですが、レベルが上がるたびに魔力同士の結び付きがより強固になっていく――ということがぼくの《物理耐性》という認識で良さそうです。
うん、次は《魔法無効》ですねー。フレーバーテキストによると
“魔法効果が体力の2%以下分のとき無効化する。スキルレベルによって無効化する体力値が上昇。”
とのことですけど……体力って何を指してるのかがわかんないんですよね。
んー…わかんないことはとりあえず聞け、ですね。
「ベセミールさん。体力ってなんですか?」
「はぁ?……体力って……生を維持していく体の防衛能力と行動力……ってぇことを聞きたい訳じゃなさそうだな。どれ、何かの鑑定結果で出てきた文なんだろ?文を見ればわかるかも知れねぇから、よかったら見せてくれ」
「えーっと。口頭でもいいですか?」
「あんがとさん。それでも大丈夫だ。」
「“魔法効果が体力の2%以下分のとき無効化する”そうです」
「あ?―――あぁ~、なるほどなぁ…。
確かお前さんは魔力体だったな?」
「ん?はい。そうですね。」
「そうなると、だ。おそらくその体力ってのはお前さんを構成している魔力の残量じゃないか?
他にも手段はあるんだろうが……今のところ完全な魔力体の奴らを殺すには、そいつを形作る魔力を全て無くすしか方法がないんだ。だから、そういう意味では魔力量が体力だったとしてもおかしくはない。」
うん。これは盲点でした。
「試しに、ぼくに魔法を撃ってみてください。」
「え"っ………魔法は苦手なんだがなぁ――行くぞー《空気弾》」
――ヒュゥッ!
……ポスッ
「「・・・」」
「ま、まぁ、これが……俺の魔法だな。お、俺はその辺を散策してるから、何かあったら、ま、また呼べよな~」
……うん。魔力で構成された空気の弾がぼくに触れた瞬間、空気弾の方の魔力が霧散しましたね。たぶんベセミールさんの仮説が正しいような気がします。
理屈は単純でした。ぼくのからだを構成している魔力の質が攻撃の魔力の質よりも高いから散らされないというだけですし。んー……一部分を守りたいとき、その体の箇所に魔力を集めて霧散させる~なんて方法もできそうです。
ということは、《HP自動回復》も魔力の自然回復速度が上昇するという吸血鬼の体質とみて問題なさそうです。
《吸血》はあからさまに種族の体質なのでしょう。ただ、普通に吸血するだけならレベルが上昇することに説明がつかないので、おそらくですが対象の血だけでなくて根源的な何かを吸っているのかも。この何かは俗に経験値と呼ばれているものなんでしょう、たぶん。
後は、《血の契約》については試してみないとわかんないですし……どうしましょう……とうぜんベセミールさんに使うわけにもいきませんし…。
「おっ?!ここいらじゃ滅多に見ない虫も居るんだな。
ほれっ!」
「ひゃっ?!………………………ベセミールさんは嫌いです。」
「あっ!す、すまん!マジですまん!ほんとうに――――」
世の中にいきなり虫を投げつけてくる人がどこにいるんですかっ!しかも滅多に見ないとか言いつつ、飛んできた虫はムカデですよっ?ム カ デ!……しかも結構太いですし大きいですし。本当に血の契約を使ってやりましょうか?!
……さっきからベセミールさんがしつこいほど謝り倒してきてますが、無視です無視。こんな人にかける言葉なんて無くていいです!
んー、決して虫がダメって言う訳ではないんですけどねー…いきなりは、ちょっと……。
丁度いいですしこのムカデに《血の契約》を使ってみますか。
んっ?光った……ってあれ?スキルを使ってみたらムカデさんがいなくなりました。
「どこにいったんでしょうか――あっ!……ムカデさんが影のなかに潜ってる…」
影に潜るだけじゃなくて、体から魔力の霧を産み出したりもできるみたいです。もしかすると、ぼくの種族スキルのいくつかが引き継がれてるのかも。というわけで鑑定してみました。
名前:ムカデさん
種族:大魔百足 Lv0
属:オオムカデ
種族スキル
《潜影Lv1》《魔霧Lv1》
うん。《血の契約》の諸諸についてはまた今度にしましょう。要するに、後回しって言うやつです。ここで検証できる内容はそう多くないですし。
《ブラッドオペレート》と《魔霧化》は今さらですしだいじょぶかな。強いて言うなら、この二つはレベルが上がれば上がるほどに精密性や想像した通りにいきやすくなるみたいです。そのうちブラッドオペレートで操作する魔力の硬度が、鉄よりも固くできたりして……さすがに無理ですかねー。あ、でも骨密度の概念を以て再現すれば……どっちにしろスキルレベルを上げないとですね。
さて……個人的に一番の問題体質の《影化》です。んー、“影化”なんですよねー………。