01 プロローグ
人がなんのために生きているか、誰でも子供の頃に少なくとも一度は考えてみたことがあるのではないだろうか。
この答えをある人は、単純に幸せになるためと結論付けてこれ以上考えるのをやめるだろう。
考えるのをやめなかった人は"幸せになるため"というフレーズがただ設問をすり替えたに過ぎないということに気がついて、やがて思考の泥沼にはまっていく。
またある人は、高校で習っているであろう倫理の教科書で欲求段階説なるものを知って、それを人生の目的だと決めつける。
なんのために生きているかを見つけるために生きているんだ!と言った循環論法で満足する人もいるだろうし、最初からなにも考えない人だっているだろう。
ぼくが小学4年の少し目立ちたいと思って小難しいことを考えていた頃、この問題に立ち向かってみたことがあった。
数時間悩んで結局納得できた答えが"死んでいないから"というものだった。
そして、今。暗い部屋の中でぼくはもう一度この問題を再考していた。
結局のところ、"死んでいない"というのは"なぜ生きているか"の解答にはなっても、"なんのために生きているか"の答えにはなり得ない。当たり前だ。
それに、死んでいないからと言って生きているとは限らないということを知った。いや、体験した。
父親が逮捕され、ネットでは晒し叩かれ、マスコミはどんなところでも押し掛けてくる。そんな状況に母親はノイローゼとなり遂に壊れ、まるで魂が抜けたかのようにぼぅっとし、死んでいないのに生きてもいないという不思議な状態になった。
じゃあ、生きていることが定義できないのだとしたら、一体なんのために生きているのだろうか?
考える"意味"がない。
そう、この問題はきっと考えている限り答えはでないのだろう。それこそ数学の方程式に当てはめるとするならば、無数の変数が存在し代入しても余計にこんがらがるようなものだ。
それならば考える意味がない、生きていることに意味はないということだ。
少し考えが飛躍したかのように思えるだろう、だけど生きていることの定義が考える意味のないものだとするなら、生きていることそのものに価値がないと言うことになる。
再考して出た答えがこれだった。
先日購入したロープと留め具が今日の朝方にやっと届いた。
ぼくはもともと身長は高くないから体重も軽い。市販のロープでも心配はないだろう。
最後の手紙もしたため、唯一心残りがあるとすれば妹のことだけだ。でも、あっちの祖父母は優しく人格者であると共にお金も権力もある。おそらくこれから先の人生に苦労は少ないはず。
ぼくの"コレ"が妹の心を傷つけてしまうのは心苦しいけど、あの子なら泣いて、哭いて、泣きまくって、最後には許してくれるんだろうなぁ。
あぁ、結局ぼくは妹頼りの情けない人間だ。自分勝手な人間だ。
―――だからこそ、こんな身勝手なぼくでも許してほしい。最初で最後のお願いだ。
そう小さく呟き、ぼくは宙へと浮かんだ。
「……………ッ!!……てよっ!…ねぇ、お願いだからぁ……」
意識が浮上していくと共にそんな声が聞こえた。とても聞き覚えのある、いや前よりも少し大人びた懐かしい声だ。
意識の覚醒に身を任せて少しずつ目を開けていく。
視界いっぱいに久しぶりの家族の顔が映る。たった一人の血の繋がりのある人。
その表情は涙で崩れ、笑ってるのか泣いているのかわからない。もしかしたらどっちもなのかもしれない、と思うのはぼくが自分に甘いからなのだろうか。
ただ、妹をぼくのような人のために泣き続けさせたくはなかった。さっき隠そうとした本心だ。だから、安心させるために言葉を送った。
―――大丈夫だよ
言葉は届かなかったかもしれない。それもそうだ先程まで首がしまっていたのだから。ぼくの細い喉では空気をはくだけの結果となる。
そして、からだが思い出したかのように空気を欲し、咳が止まらなくなった。
すると、誰かに抱き止められた。妹だ。
「…バカッ!!……大丈夫よりも言うことがあるでしょ?…」
笑いながらぼくに問いかけた。
そうだった。確かに言わなければいけなかった言葉があった。
「…ぁりがとぅ……」
「どういたしましてっ!…」
今度はしっかりと言葉にできた。
そして今さらながらにして気づく、もう部屋は明るかったことに。
世界を震撼させる新型ゲームの発売、三日前のことだった。
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「ねぇねぇ、ユウ!見た?!今日だよ今日!!」
「なにをさ?…てまだ夜中の12時じゃんかー…ふあぁ…むにゃむにゃ」
「おーきーろーっ!」
いつまで経っても布団から離れそうになかったので仕方なく私こと 蓮見 千歳は唯一の家族の蓮見 優の布団を引ったくる。
「あぁ…ぼくのふとんがぁ~……ふあぁ、まぁいいや。で、どうしたのこんな時間に」
「もう!廃ゲーマーなのに「いやぼくはそこまで…」今日がなんの日かわからないのかな?!」
「んー?…あっ!そうか、今日が発売日なんだねー」
「そうだよ!んもぅ!」
何の発売日なのかというと、なんと!初のフルダイブ型のバーチャルリアリティオンラインゲームが発売されるのです!
今まではフルダイブ型でもマップが限られたFPSゲームやホラーゲームしかなかったんだけど、いろんな会社が技術協力をして遂に完成したみたい!
ただ、このVROは従来のフルダイブ用ゴーグルじゃできなくて、私がβ版に当たったときにもらえた"TFO専用フルダイブチェアΩ"の一台しかないんだよね。
だから!β版でとある条件を達成したときにもらえる特典の力を行使して、なんとかもう一台確保することに成功しました!イェーイ!!
「て言うことで早速取りに行こっ!」
無理矢理ユウの手を取って外に連れ出す。
少し驚きつつも苦笑しながらついてきてくれるのは、ユウの優しさなんだろうと思う。いつのまにか財布も準備してるし
「何がて言うことなのかわからないけど…もしかしてゲーム購入の予約をしてくれたの?」
「うーん、まぁそんな感じかな………久しぶりだね、ユウと一緒にゲームするの」
「そう…だね……ありがとうチトセ」
三日前、やっと優の周りも落ち着きはじめて、マスコミの影が見えなくなった頃を図って無理矢理にでも私のいる家に引き込もうとしたあの夜。
ユウが天井からぶら下がっていた光景をみて最初に思ったことが、ユウもきっとこんな光景を見たんだろうなっていう同情と……カーテンの隙間から少しだけ月明かりが伸びてユウの身体を照らしている光景に、なぜか綺麗だという感嘆だった。
私は真っ先にユウを助けられなかったことに、助けようと思えなかったことにひどく後悔した。そして、その数秒のせいで最後の家族がいなくなっちゃうのじゃないかなと思うといてもたってもいられなくなった。
そんな心がぐちゃぐちゃになっていたときにかけられた言葉が"大丈夫だよ"だったんだ。こえにはなってないけどなんでか分かったんだよ。
その一言だけで私は救われた。またユウに助けてもらったんだ。
「はぁ……やめやめ!せっかく世界初のVROがこれからプレイできるんだよ?!もっと楽しい雰囲気で行こうよ、ね?」
「ぼくとしてはいきなり真夜中にたたき起こされたかんじなんだけどね…でもたしかにチトセのいうとおり、新しいゲームをやるのに暗い雰囲気は良くないね!」
「そうだよ!さっすが蓮見家のNo.1ゲーマー!私と息が合う合うっ」
「えー?、ぼくと血繋がってるから息が合うんじゃないの?」
「どっちでもいいじゃん。さぁ!ついたよコンビニ711に。受け取りはここで行えるようにしてあるからもう届いているはず!」
「あ、ついでにコーヒー買ってっていいかな?」
「いいよー、じゃあその間に受け取りをしておくね」
そう言って私はユウと別れた。さぁ!受け取りだ!
「あのー、〇〇町の〇〇〇〇当てに届け物とか来てないですか?」
「はい、先程届いたばかりのためすぐに持ってこれます。こちらで本人確認をよろしくお願いします。」
「おーけー!」
えーと、この書類とこれと、これを渡してっと……あ、β版のログのやつもここに通してっと
「これでいいですか?」
「はい………ご本人ですね。ではこちらの台車に載せさせていただきます。台車は次回お来しになられる際にこちらへ戻してください」
「わーい!ありがとうございます!」
礼を言ってからコンビニ711の外に出ると、ユウが既に大量のコーヒーが入ったレジ袋を持って私を待っていた。
「ごめんごめん!待たしちゃったね」
「大丈夫だよ、というかぼくのこれも台車にのせていいかな?」
「えー、それくらい自分でもってよね!」
「はーい……」
行きと同じようにくだらない楽しい時間を過ごしながら何事もなく、私たちの住む場所へと帰った。
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「はぁ~……さすがに重たすぎるよ!私のときもそうだったけどさ?」
「ま、まぁ、設置まで手伝ってくれて本当にありがとう」
「む……家族だからね!助け合うのは当然のことだよ!」
「じゃあ、早速プレイしてみようかな。まだ1時だしそんなに人もいないだろうから」
妹がここまで準備してくれたのだからここでやらない手はないだろうと思って提案をしてみた。
「あ、それなんだけど…さ……私冬休みの最初の一週間だけ友達と一緒に旅行に行くんだよね……ごめん」
まぁ、そりゃそうだろうなぁ…妹は現役の高校一年生だ。外の世界に生きているわけだから、友人関係は大切だろう。
少し寂しいけど仕方ないかなって思う。なにより妹の人生だ、好きなようにやればいいんじゃないかな?だから謝る必要はないよと言うことを伝えた。
「ほんとにごめんね!でも、帰ってきたら一緒にやろうね。それまではプレイになれておくといいかも!……それじゃあ私は明日早くに友達の家にいかなきゃいけないから、ちょっと寝るよ……おやすみ」
「うん、おやすみ」
わざわざぼくにこれを渡したいがためにこんな時間に起きてくれたのだと思うと、家族思いの良い妹だとあらためて思う。
「さて、と…チトセの言うように早速プレイしてみようかな」
ゲームの名前はTo Freedom Online 通称【TFO】
たぶん、自由になんでもできますよーって言うのを表したんじゃないかな?パッケージに書かれているキャッチコピーも"あなたの求める自由は、ここにある!"ってやつですし。
想像を越えるほどのいろんな企業や個人経営の店まで提携して作り上げたゲームのようで、説明書に書いてある企業及び店名の数がとんでもないことになっていた。
なんでも、餅は餅屋の精神でいくつもの細かいものをそれぞれの本職の方へと任せた結果こうなったらしい。
一応、その全てをまとめてゲームのデータとして落とし込む、開発兼運営の会社が『フリーダムソフトウェア』と言う、なんとも頼りない自由奔放そうな会社名のところである。
剣に魔法はもちろん、弓矢にボウガン、あげくの果てには攻城兵器なんかで魔物達と戦うことができるよう。他にも生産系には鍛治や裁縫・・・などの現実にあるものだけでなく錬金や魔導具制作といった、いかにもファンタジーなものも可能で、土地を買うことだってできるそう。
推奨はあまりされてないけど、盗賊や海賊にもなれて、所謂プレイヤーキラーやNPCキラーにもなれるそうだ。ただ、日々の生活がプレイヤーやNPCから狙われるスリリングなものへと変化するそう。……うん、ちょっと怖いからぼくは嫌かな?
そして狙ってやろうとおもっても完全に同じビルドにはなり得ないほどの大量のスキルがあって、装備も無数の種類があり同じ物は作った本人にしか作れないと言われるほどらしい。そのためオリジナリティしかなく、ファンタジーな世界の第二の人生で自分の思う自由をつかみとれというのがこのゲームにおけるコンセプトみたい。
そのまま説明書を読み進めていく。
初期設定ではTFO専用フルダイブチェアに搭載されたセンサーによって骨格から身長や体重、スリーサイズに性別までスキャン可能で、最初のアバターモデルは限りなく自分に近い感じになるそう。
ただ、誤差は数ミリ単位であるそうなので最初に情報を入力しておくとより精密なスキャンになるとのこと。
後はアバターのいじり方についてなんだけど…ん、この辺はやりながら覚えていけば問題ないかな。実際、キャラの初期設定のときにはお助けAIが来るみたいだし。
後は通知設定とかそんな感じかな……とりあえずフレンド申請は全部拒否に設定することにして、アラームと強制ログアウト機能だけはオンにしとこうかな。
えーと、ゲームの方にはなんかあるかな?
早速ゲームの方を開けると、TFOのディスクと共にペラッペラッのつるっつるのうっすい紙が出てきた。
んーっと、なになに?
あー、以外と長かったのでまとめるとこうだ。
このゲームはフルダイブ型バーチャルリアリティマッシブリーマルチプレイヤーオンラインつまりFDVRMMOで、ネットマナーをしっかりと守り楽しくプレイしようね!
あと、詳しいことや聞きたいことがあったら運営の公式サイトを頼ってね!
――ピラッ
「ん?何かマジックで書いてある?」
何気なくその薄い紙を裏返してみると、もともとは真っ白だっただろう裏側に黒のマジックで
"運営より:β版の特典ボーナスとして当ゲームディスクにもキャラクター特別メイクが一度だけ可能になっています。具体的には少しアバターのいじれる部分が増える程度だよ~☆"
と書かれていた。
もしかするとこの運営の人たちって、本当に会社の名前通りなのかもしれないなぁ……
「まぁ、そんなことはさておいてっと……早速始めよっか」
TFO専用フルダイブチェアにTFOをセットして乗り込む………うわぁ!すごいねこの座り心地は……ふっかふかで変に力が入りゃない……ふあぁ
うん、寝るのは後にしてとりあえず始めようか
どうだったでしょうか?これからも続けてほしいと思ってくれているとうれしいです。不定期更新ですが1週間に一回を目処に更新していきますー。構成は最後までできているのでダイジョブナハズ……
あっ、もしよければ評価やブックマークよろしくですー!!