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ブロックくずれ

作者: 檜慈里 雅

 ブロック。




 どいつもこいつも、不快な文言ばかり吐き散らかしやがって。僕は「このユーザーをブロックしますか?」の問いに、またしても迷い無く肯定の意思を示した。


 人差し指で画面を叩き、その作業を終える。




 これで何人目だろう?まあ一人の人間が別のアカウントを使うケースも少なからずあるからな。それでも確実に、三桁の人数はブロックしているだろう。


 そもそもネット上の呟きなんて、殆どがゴミばかり。その向こうにいるのが、僕と同じ人間だって?笑わせるな。


 笑わせるなよ。




 学校まで歩く。同じ制服を着た、無個性な人間が構成する波。こいつらは何故、未だ死なずに生きてて、意味の無い教育なんか受けに来てるんだ?


 それ以外の選択肢を持たないから、という回答。


 頭の中の黒板に書いたのは、僕自身。




 授業を受ける。授業を受ける。受ける。受ける。帰る。寝る。


 つまんない人生だ。あと何十年あるんだろう。




 4月1日。怠い春休みも終盤。


 朝から、僕のスマホに通知が入った。


「リアル人生もブロックして快適に!アプリ『存在ブロック』」


 何だこれ?しかも勝手にダウンロードされている。気味が悪いな。


 ……まあ、いいか。そう言えば、エイプリルフールだ。誰の悪戯か知らないが、付き合ってやろう。




「所属先を入力してください」終田高校。

「2年3組」……なんで、自動入力されたんだ?

「所属先の総人数 30人」これも、勝手に。


「登録しました」

「ブロックする理由を音声入力の上、『○○(人名)をブロック』と話しかけてください」


 まったく性根の腐った奴が作ったアプリなんだろうな。


 何にしても、そもそも登校してみないとクラスに誰がいるかもわからないから、試しようがない。




 新学期。


「ヤマモト、また同じクラスだな!」


 モリシマが話しかけてきた。


 そして座席が五十音順ってことは、またこいつが前の席なんだろうな、っていう推論になる。


「ああ。くされ縁だな」

「ははっ、今日のそれ、控えめな表現だよ。おまえにしては」




 初めて2年3組の教室に入り、その後ろのほう「ヤマモト」の席に座ってみる。


 全員を見渡せる。また、こういう景色か。


「あ、ヤマモトくん。中学の時以来だね」


 モリシマの前の席に、ミヨシがいた。


 特別に可愛い女子のミヨシ。すれ違うだけで、良い匂いがするミヨシ。


 ……なんで、俺とミヨシの間にモリシマの野郎がいるんだ。




 休み時間。俺はアプリの存在を思い出した。スマホを取り出す。


「ブロックしたい理由、邪魔。モリシマをブロック」


 何をやってるんだ、僕は。ばかばかしい。




 しかし。


 突然、モリシマは消えた。




 ……え?


 モリシマの席も無くなり、ミヨシ、俺の順番に並んでいた。


「なあミヨシ、モリシマって知ってる?」前のミヨシに尋ねた。


「モリシマって?人の名前?」




 存在を、ブロック。


 信じ難いが、これは現実にとり得る手段らしかった。


 いいじゃないか、これ。ネットと同様、気にいらない奴は消してしまえばいい。残念ながら有効範囲はクラス内だけのようだけど、誰でもブロック出来るんだから最高だ。


「ヤマモトくんとは、1年振りに前後の席だよね!よろしく」

「ああ。まあ、よろしく」


 ……最高だ。




「うるさくて授業に集中出来ない。キノシタをブロック」


「香水くさい。ヒロセをブロック」


「おどおどして一々鬱陶しい。シマダをブロック」




 5月に入ると、もうクラスは15人だけになっていた。元々、そうであったかのように。




 ……あれ?アプリの「今までブロックした人」のリストは、16人になっている。僕は確認した。全員、僕自身がブロックした人間共で間違い無い。


 そう言えば、あいつ。クラシナ。2年になるまで見たことなかったな。




「あ、そうだよ。私は編入扱いだから。申請してから色々あったらしくて、正式に決まったのは4月に入ってから、本当にギリギリだったみたい。


改めて、よろしくね」


 クラシナは僕の問いに答えた。




 4月1日、アプリに登録した時点の2年3組は30人だったが、始業式は31人で迎えていたらしい。


 よく考えると座席の並びも当初、はみ出ていたな。僕が最後尾だった。


 それは初日の午前にモリシマをブロックして解消されたから、すっかり忘れてしまっていた。




「えー。この時期ですが、家庭の事情で編入してくる生徒がいます」


 6月、担任はそう言った。


 ふと横を見ると、俺の隣に新しい席が用意されていた。




「今日から皆様と同じクラスに入ります、ゆ、ユラガキです。あ、名前。えーと、ユラガキ、アイです。あの、よろしくお願いいたします」




 ……神の使いか、そういった何かだろうか?


 同じ空間に存在しているとは思えない、美しさを極めた何か。ユラガキさん。その髪も、顔も、体も、声も。


 クラスの全員が、その一点の曇りも無い容姿に驚き、夢を見ているような空気に包まれた。


 こんな女子と同じクラスで、授業を受けることになるとは。




 休み時間。誰もユラガキさんに声をかけられない中、空気を読まないスガの野郎が話しかけに来た。


「初めまして、ユラガキさん。えー、やっぱ近くで見てもめちゃくちゃ可愛いね!よろしく」

「あ、よろしくお願いします。あの、お名前を伺っても……」

「俺の名前?スガだよ!徒名はねー、だいたい」


 俺はスマホを取り出していた。殆ど条件反射と言っていい。


「ユラガキさんに対して、気持ち悪い態度をとった。スガをブロック」


 スガは消えた。




 2学期。3組の生徒は僅か5人にまで減っていた。


 僕が減らした。


 生徒が減る度に、合わせて教室の面積も小さくなっていく。既に今、この教室はヤマモト家の一部屋くらいの大きさしかない。僕以外の誰ひとり、それを気にも留めない。


 そのほうがいい。ユラガキさんの近くに居られる。




 ユラガキさんに話しかけたい。何しろ、未だまともに会話出来たことすら無いのだ。


 僕とユラガキさん、あとの3人は全て女子。編入生のクラシナと、ミヨシ、そして比較的おとなしめのトダ。


 全員が、学年でも上位の美人。


「なあ。クラシナって、ユラガキさんといつ頃から話すようになった?」


 僕は訊いてみた。こいつは美人の中でも話し易いほうだ。それほど緊張しなくて済む。


「え、きっかけは何だったかな?忘れちゃったけどさ。


まあ私も編入の扱いだし、それもあって仲良くなったんだ!アイとはね。


何、羨ましいって思ってる?あはははっ」


 駄目だな。クラシナは、僕の苦しみを理解しようとしない。


「ユラガキさんを名前で呼び捨てにした。クラシナをブロック」


 クラスは4人になった。5人より静かだ。




 3学期。


 この狭い教室で、ユラガキさんと会話がまともに出来たのは結局、片手で数えられる回数だった。


 今になって考えると、僕を除いて女子だけのクラスなのだから、女子同士ばかりで絡むのも必然、そうなる。それは予測出来たことのはずだった。



 ……僕の人生の苦しみは、そこに邪魔な人間が居ても居なくても、世界が広くても狭くても、大して変わらないらしい。




 このまま終わるのは嫌だ。




「ねぇ。春休みさー、女子3人で旅行しようよ!」

「あー、それいいねー。今年のうちに遊んどかなきゃね。そろそろ受験で余裕無くなってきそうだし」

「でしょ!旅行の案、アイちゃんはどう?」


「んー、わたしは……」


「日程合わせて、どこか行こう!私、沖縄とか行きたいなー」

「えー、あたし逆に北海道がいいな!アイは、どっち派?」


「あ、あはは……えーと」




「ユラガキさんを誘う言動が強引。ミヨシをブロック。


それと、ユラガキさんの話を聞こうとしない。トダをブロック」




 この狭い世界は、僕とユラガキさんの二人だけになった。




 終業式の前日。


 僕はずっと考えていた。


 ……ユラガキさんと、少しずつ話も出来るようになってきたんだ。


 洋菓子より和菓子が好きなユラガキさん。綺麗なロングの髪をばっさり切ってみたいと思っているユラガキさん。猫を飼っているユラガキさん。


 彼氏がいないユラガキさん。




「あの、ユラガキさん」

「あ、はい。どうかしたの?」




 言葉が、出ない。首筋が冷え、汗だけが流れていく。




「大丈夫?ヤマモトくん、体調良くないの?」

「いや、そうじゃなくて。あの、ちょっと聞いてほしいことがあって……」

「わたしでいいなら、全然いいよ?役に立てるかは、微妙だけどね。ふふ」


 ユラガキさんは天使だ。


「春休み、さ。どこかのタイミングで、一緒に遊びに行かない?」


 息が苦しい。心臓のあたりが痛い。


「そうだね……あの、わたし、春休みはちょっと忙しいかも知れなくて」


「忙しい?」


「まだちょっとわからないんだけど。本当に、ごめんね」




 ああ。ごめんね、か。




「僕の誘いを断った。ユラガキさんを、ブロック」


 全員消えろ。僕の前から。




「エラーが発生しました」




 その一瞬で、教室は本来の姿に戻っていた。




 広い教室、僕は31人目の最後尾。全員を見渡せる位置。


 ……夢だったのか、あれは?あの「存在ブロック」は。ユラガキさんは。僕は大きく溜息を吐いた。


 ガタ。


 椅子を引く音が聞こえて、僕は不意に後ろを振り返った。


 ユラガキさんが居た。




「ヤマモトくん」


 ユラガキさんは、無表情だった。


「あなたがブロック機能を使っても、そこに人は、ちゃんと居たんだよ。ずっとね。


あなたが見ることを拒んだから、見えなくなってただけ」


「ゆ、ユラガキさん。どうして、ブロックのことを……」


「わたしが春休み、忙しいって言ったのはね。母方の実家のほうに帰省するから、本当に会えそうになかったからだよ。


もし理由が無かったら、断るつもりなんて無かった」


「なんで、アプリのことを知ってるの?」


 僕の言葉を聞いたユラガキさんは、細い指で手持ちのスマホを弄んでいた。


「アプリの設定で、ヤマモトくんは最初にクラスの人数を『30』って登録したよね?


あなたが最後にブロックしようとした『ユラガキアイ』で、31人目だったよ。だから、エラーが出たみたい」


「だ、だから、なんでそれを」


「五十音順みたいだね。選ばれるのは」


 ユラガキさんは、その白い手に収まるスマホの画面を、ちらと僕に向けた。


 あの見慣れた画面がそこに在った。




「ブロックしたい理由を音声入力の上、『○○(人名)をブロック』と話しかけてください」




 ユラガキさんは、ゆっくりとスマホに話しかける。


「理由、わたしをブロックしたから」


「ユラガキさん、待って。僕は」




「ヤマモトくんを、ブロック」




(終)

 ある方のTwitterの書き込みを目にしたとき、この作品のアイデアを瞬時に閃きました。


 圧倒的感謝……!

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[一言] 話に引き込まれていきました! 瞬時に閃いたとは思えないです!
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