おねえちゃんのカレシ
おねえちゃんはずるい。
だって、なんでも買ってもらえる。
「小鳥は? 小鳥もお人形がほしいの!」
ほら、おねえちゃんからののちゃん人形もらったでしょう? お着替えもたくさんついてるじゃない。それに、乳母車にランチセットも。すごいねって、お友達の笑ちゃんも言ってたでしょう?
「だって、あれはおねえちゃんのだもん。小鳥だけのお人形さんがほしいんだもん」
ワガママ言うんじゃありません。おねえちゃんからもらったおもちゃは、おもちゃ箱に入れっぱなしじゃないの。すぐに飽きちゃうんだから、新しいおもちゃなんていらないでしょ?
「ちがうもん。自分のだったら大切にするんだもん!!」
だけど、お母さんはちっとも小鳥の言うことをきいてくれない。
おねえちゃんはずるい。
おねえちゃんの発表会。おねえちゃんのコンクール。おねえちゃんの陸上大会。おねえちゃんの受験。おねえちゃんの送り迎え。
「小鳥も笑ちゃんちに行くから、車で送って!」
なに言ってるの、自分で行けるでしょう。
「だって、雨降ってるもん」
傘があるでしょう。これからおねえちゃんを塾に送っていくのよ。
「おねえちゃんおねえちゃんって。おねえちゃんばっかり!」
おねえちゃんは美人。おねえちゃんは頭が良くて運動神経だって抜群で、いっつもニコニコ。
私がずるいって言うと、おねえちゃんはちょっとため息をついて「小鳥は自由でいいじゃない?」なんて言う。
自由なんかじゃない。欲しいものも買ってもらえないし、送り迎えだって、してもらえない。習い事だってそうだ。おねえちゃんは英語だってピアノだってスイミングだってやっていたのに、私は何度も何度もおねだりをして、ようやく最近ピアノを習わせてもらえるようになっただけだ。もちろんピアノはおねえちゃんのおさがり。
神様は、不公平だ。なんだって私の鼻やらほっぺたの上には、こうもそばかすがいっぱい散らばっているんだろう。
近所のおばさんも「おねえちゃんは美人さんねえ」って言う。「小鳥は?」って聞くと、ようやく「小鳥ちゃんはかわいいわよ」って言ってもらえるのだ。おまけみたい。
美人なおねえちゃんは当然モテる。というか、おねえちゃんは美人なだけでなく、勉強も運動もできる。そのうえおしとやかで、聞き分けが良くて、優しい……らしい。
ズルすぎると思う。
おねえちゃんにカレシがいるっていう噂を最初に聞いたのは、私が小学校一年のときで、おねえちゃんは六年生だった。
だけど、おねえちゃんは彼氏を一度も家に呼んだことはない。だから私は会ったことも、見たこともない。
そのせいか、おねえちゃんの彼氏というものは、私にとっては遠い存在で、気にしたことなど、これまで一度もなかった。
ところがある日、おねえちゃんが、彼氏を家に連れてきたのだ。
まったく予想もしていなかったので、すごく驚いた。予告も何もなく、それはまったくとつぜんだったから。
学校帰りに立ち寄ったらしく、おねえちゃんが彼に渡すものを部屋に取りに行っている間、玄関先でひとりぽつねんと彼は待っていた。お母さんは「上がっていって?」と言ったが「すぐに帰る」からと、その日おねえちゃんの彼氏は家に上がることはなかった。
「こんにちは」
私がリビングの入口から玄関を覗いていると、彼が笑いながら声をかけてきた。
「君、小鳥ちゃんでしょ?」
私は、ドアの影でぽかんと口を開けたままその人に見とれていたと思う。
少しクセのある柔らかそうな髪の毛。その下のぱっちりした眼。優しそうな笑顔。高校生になったおねえちゃんのカレシはやっぱり高校生で、小学校のクラスの男子とは何もかもがぜんぜんちがう。
「可愛い名前だよね。僕はシンヤっていうんだ」
「シンヤ……くん」
呼んでみる。
「うん。よろしくね」
かかかかっと、顔が熱くなって、私はその場から逃げ出してしまった。
熱くなったほっぺたを手で押さえながら、おねえちゃんはやっぱりずるいと思う。
それ以来おねえちゃんは、時々シンヤくんをうちに連れてくるようになった。そして私は、シンヤくんが家にやってくるのを、密かに楽しみにしているのだ。
シンヤくんも私に色々話しかけてくれて、好きなお菓子を買ってきてくれたり、面白い本を貸してくれたりする。
仲良くなれたみたいで、うれしかった。
それなのに、終わりはすぐにやってきた。冬休みが終わった頃から、シンヤくんはまったく家に来なくなってしまったのだ。
ねえ、どうしてシンヤくんはうちに来なくなったの? もしかしておねえちゃんとシンヤくんはケンカしたの?
おねえちゃんに「小鳥には関係のないことじゃない」と言われて、自分もシンヤくんのお友達になれたと思っていた私は、なんだかとっても悲しかった。
それで、私はおねえちゃんの通っている高校に、シンヤくんを探しに行くことにしたのだ。
『少しおそくなります、しんぱいしないで下さい、小鳥』
ちゃんと手紙を書いて、リビングのテーブルに置いた。
お気に入りの白いふわふわのセーターに、ギンガムチェックのフリルがたくさんついたミニのキュロットをはいた。コートはクリスマスにサンタさんにもらった、少し大人っぽい黒のダウンコート。お母さんが作ってくれたポシェットにはハンカチとティッシュと小さいお財布を入れた。最後の仕上げに白いふわふわの毛糸の帽子をかぶって、私はおねえちゃんの通っている高校を目指す。
おねえちゃんの通っている高校は、ピアノ教室の近くにある。いつも一人で通っている道だから、ちゃんと迷わずにたどり着くことが出来る。おねえちゃんの高校が家から近くてよかったと思う。
高校は、坂道を登った先にある。ただ、ここに来たことをおねえちゃんに知られたくないので、校門の近くの街路樹の影にこっそりとかくれることにした。
しばらく木のかげからのぞいていると、校門から高校生が、一人二人と出てきはじめた。
私はなるべく肩をすぼめて小さくなっていたのに、出てきた数名の生徒が、不思議そうにこちらを見ている。
「どうしたの? 誰か待ってるの?」
そんな声をかけてくれる人までいる。
「大丈夫です」
そう答えたのに「呼んできてあげるよ?」なんて、目の眼の前まで来て、腰をかがめて聞いてくる人まで現れるしまつだ。この坂道の先にあるのは高校だけなので、高校に用のない人以外は登ってこない。ここに隠れたのは失敗だったかもしれない。次第に私のまわりの人だかりが増えていく。
おねえちゃんに見つかったらどうしよう。
「なになに、どうしたの?」
「やーだー、かわいい。誰の妹?」
ほっといて欲しいのに、誰に会いに来たか言うまで離してもらえそうにない。
私は涙目になり、「シンヤくん」と消え入りそうな声で言った。
「シンヤ?」
「シンヤって知ってる?」
「ああ、一年五組の大崎シンヤかな?」
少し離れたところにいたお兄さんが言う。
私は、顔を上げてそのお兄さんをみた。
多分、それがシンヤくんで間違いない。だって、おねえちゃんも一年五組だったと思うから。
「あ、良かったじゃん、出てきたよ、シンヤ」
シンヤくんを知っているらしいお兄さんが言うと、一番話しかけてきてくれていた髪の毛の短い元気なお姉さんが、校門の方に向かって手を大きく振った。
「おおーい、君、シンヤくん? 面会人が待ってるよー!」
やややや! やめて下さい。おねえちゃんが近くにいたら、どうするんです。私は慌てて、大声を張り上げるお姉さんの制服を引っ張った。
「あれ?……小鳥ちゃん?」
近くまでやってきたシンヤくんがびっくりしたような顔で、私の前でしゃがみ込む。
シンヤくんだ! ふわふわのシンヤくんの髪が、夕日にキラっと光っている。
「よかったねー」
「おお、おまえの妹か?」
「じゃあな」
そう言って、私の周りを取り囲んでいた高校生たちは手を振って坂道を下っていった。
「ああ、うん、ありがとう」
そう言って、彼らを見送ったシンヤくんが、私を振り返った。眉毛がハの字になっている。
「小鳥ちゃん、おねえちゃん、呼んできてあげようか?」
そう言ってシンヤくんは、私に背を向ける。私は慌てて「ちがうよ! 私はシンヤくんに会いに来たんだよ!」ととっさに声を張り上げた。
私の声にシンヤくんの動きが止まって、ゆっくりとまたこちらを向く。
「オレ?」
「そうだよ! だって、シンヤくん最近ぜんぜん遊びにこないじゃん! 私、シンヤくんと遊びたかったんだ」
それだけ言ってしまうと、ここにくるまでだってドキドキしてたけど、それよりももっとドキドキしてくる。だって、シンヤくんがちょっと困ったような顔をしてるから。
でも、シンヤくんは「そうかぁ」というと、ふっと笑った。
それで、私も勇気が湧いてくる。
心のなかにぽわんとひだまりができたみたい。
「うん。そうだよ。遊べる?」
「だけど小鳥ちゃん、もう四時だよ。お家に帰らなくちゃでしょ?」
「大丈夫。ちゃんと手紙置いてきたの。しんぱいしないでって。ご飯がいつも六時半だから、それまでに帰ればいいと思う」
私は、用意してきた答えを早口で言った。五時までにお家に帰るのよ。……いつもはそう言われているのだけれど、手紙を置いてきたから、きっと大丈夫。
「そうか……。じゃあ、六時になったら、お家に送っていってあげればいいかな?」
そう言うとシンヤくんは、私に向かって手を差し出してくれた。
「小鳥ちゃんは、どこか行きたい所ある?」
手を繋いで坂道を下りる。
「ううん、どこでもいいよ」
「ワイワイは?」
シンヤくんの提案に私は「行きたい!」と、跳び上がった。
ワイワイというのは、最近駅前に新しくできた施設で、色んな体験が出来たり、子ども図書館や、体験博物館やプラネタリウムも入っている。
私も時々お買い物のついでに母さんに連れて行ってもらう。とっても楽しい場所だ。
ワイワイに着くと、私とシンヤくんはまず、体験博物館に入った。
博物館の入り口は迷路になっている。迷路の中には小さな部屋がたくさんあって、シャングルジムのようによじ登ったり、縄を伝って下りたりして、出口を目指す。出口にたどり着く頃には、汗をかいてしまっていた。
シンヤくんがコートをロッカーに入れてきてくれる。
博物館の中には大きな木が一本立っている。触ってみると、本物の木の感触なんだけど、この木はニセモノの木なんだって。木の幹にはいろんな虫がとまっていて、それもニセモノの虫で、そばに説明が書いてある。動物もいるし、化石の部屋もある。化石はいろんな所に隠されているから、シンヤくんと一緒にあちこちの引き出しや、箱の中を探した。
「あ、プラネタリウムの時間」
シンヤくんが腕時計をみた。
「プラネタリウムも見れるの!?」
「うん、さっき整理券もらっておいたよ」
プラネタリウムは、整理券をもらわなければいけないから、私は今まで見たことがなかった。
シンヤくんと並んで見るプラネタリウムは楽しかった。
テレビのアニメのキャラクターと一緒に宇宙の冒険に行くお話になっていた。
「面白かったねえ」
そう言うと、シンヤくんが「よかった」と言った。シンヤくんが笑っているから、私もうれしくなる。
『ワイワイ』で、たくさん遊んだ後、シンヤくんはホットケーキをごちそうしてくれた。
ホットケーキを食べたお店は、コーヒーの良い匂いのするお店だった。コーヒーの味は嫌いだけど、匂いは好き。
出てきたホットケーキはふわふわで、アイスが添えられていた。
「……でね、おねえちゃんはね、なんでも新品を買ってもらえるんだよ。でもね、私はお下がりばっかりなの」
ホットケーキを食べながら、私はおねえちゃんのことを話していた。
「子どもの頃ね、私は自分のお人形が欲しかったのに、おねえちゃんのがあるから、買ってもらえなかったの。おねえちゃんが使ってたものは、なんでも私の部屋に来るの。パズルもいっぱいあるんだけど、私はパズルは好きじゃないな。ののちゃん人形は好きだったけど、あれは私のじゃないし」
シンヤくんは、黙ってずっと私の話を聞いてくれていた。
たくさん遊んで。いっぱいお話をして、私はとっても満足していた。
ホットケーキを食べると、シンヤくんはお家の見えるところまで送ってくれた。
あたりはすっかり暗くなっていて、手紙は置いてきたけれど、今帰ったら怒られるのではないかなあ? と、少しだけ心配になる。
「小鳥ちゃん、じゃあね」
「うん。シンヤくん、また遊ぼうね」
けれどもシンヤくんは、今日最初に会った時みたいに困ったような顔をしてしゃがみ込み、私の顔を下から覗き込んできた。
「小鳥ちゃん、もう遊べないよ」
「なんで?」
「オレさ、小鳥ちゃんのおねえちゃんとお別れしたんだ。……わかるかな……」
「……わかるよ」
「だからもう遊べないんだ」
「……なんで?」
お別れしたのはおねえちゃんなのに、なんで私とも遊べなくなっちゃうんだろう。
悲しい気持ちになる。おねえちゃんばっかりずるい。私の欲しいものはみんなおねえちゃんが持ってる。
「小鳥ちゃんにはね、おねえちゃんのお下がりじゃなくて、ちゃんと小鳥ちゃんだけのステキなカレシが出来ると思うよ」
そういったシンヤくんは困ったような顔のまま笑っていた。
シンヤくんはスマホをコートのポケットから取り出すと、素早く画面をタップする。
「小鳥ちゃん。変な事言ってごめんね。ちゃんとおねえちゃんにはメッセージを入れておいたから、怒られないと思うよ。ほら……」
シンヤくんが私の背後を指差す。
振り返ると、ちょっと怒ったような顔をしたおねえちゃんがこちらに歩いてくるところだった。
「じゃあね、小鳥ちゃん。バイバイ」
背中で、シンヤくんの声が聞こえた。
私は、こちらにやってくるおねえちゃんを見つめたまま、動くことが出来なかった。結局バイバイも言えないまま、シンヤくんはいなくなってしまった。
お家に帰ると、お母さんはやっぱりちょっと怒っていた。
もう、晩御飯は出来ていて、私が手を洗ってテーブルに付くと「いただきます」をする。
「どうだったの? 楽しかったの?」
そう聞いてくるお母さんに「うん」と答えた。
「まったく、あんたは本当に……おねえちゃんの持ってるものなんでも欲しがるんだから」
「だって、おねえちゃんは私の欲しい物なんでも持ってるんだもん」
「あのねえ、ののちゃんだって、絵本だって、ピアノだって、みんなあんたにあげたでしょう?」
おねえちゃんが肩をすくめながら言う。
「そうよ」
お母さんがため息をつく。
「あんた、欲しい欲しいって大騒ぎする割には、もらった後はほったらかしでしょ」
「だって、お下がりじゃなくて新しいのが欲しいんだもん」
「本当に欲しいんだったら、もらったら大切にするじゃない? あんたはもらっちゃったらほったらかしじゃないの。そんなんだから新しいものも買ってもらえないのよ」
おねえちゃんに言われて、私は悔しくて泣きたくなった。
なんでも新品を持ってるおねえちゃんになんか、言われたくない。
「ごちそうさま」
「え? もういらないの? ハンバーグまるまる一つ残ってるじゃないの?」
「いらない。ホットケーキおごってもらったもん」
私はそう言って、ダイニングをあとにする。
後ろでお母さんとおねえちゃんが何か言ってたけど、その声を私はもう聞いていなかった。
自分の部屋に入る。
壁際に二段のおもちゃ箱がある。
ののちゃんも、絵本も、ぬいぐるみも、パズルもおままごとセットも、みんなそこに折り重なって入っている。おもちゃ箱の隣に吊るされている小学校の制服も、おねえちゃんが着ていたものだ。
私は、おもちゃ箱のののちゃんに手を伸ばした。
おねえちゃんがうらやましくて、本当に欲しかったお人形。
でも。このののちゃんは、おねえちゃんのじゃないか。
そう思って、ののちゃんの顔をじっと見つめた。
ののちゃんは、なんにも言わないで、ただ、ちょっとだけ笑っている。
『もう遊べないよ』
声が聞こえた。
「どうして?」
『だって、ワタシはおねえちゃんのお下がりだもん。小鳥ちゃんはいらないんでしょう?』
ののちゃんの瞳が、私を見つめていた。
『小鳥ちゃんは、ワタシのこと、いらないんでしょう?』
「ちがう! ちがうよ! 私はののちゃんのことは好きなんだよ?」
そう言ったのに、ののちゃんの目はもう笑ってない。なんで、そんな悲しそうな目をしてるの?
ののちゃんとシンヤくんの目が、重なるように私を見つめていた。
私は胸が苦しくなった。
その後も、おねえちゃんは相変わらずきれいで勉強もできて、みんなにちやほやされている……と思う。
それに、新しいカレシが出来たらしい。スマホで写真を見せてもらった。
シンヤくんは優しい感じだったけど、今度のカレシはちょっとワイルドって感じの人。バスケをやってるんだって。
かっこいい人だと思った。けど、不思議な事にうらやましいとは思わなかった。
私は、おねえちゃんに新しいカレシの写真を見せてもらった日に、お部屋の大掃除をした。
おもちゃ箱に入れっぱなしだったおもちゃを、可燃物のゴミ袋にどんどんと捨てていく。
「ちょっと、小鳥! これまだ使えるんじゃない?」
ゴミ袋の中をのぞいたお母さんが悲鳴を上げる。
「私はいらないもん。学校のバザーにでも出したらいいんじゃないの?」
「ああ、それいいわね」
お母さんは私が捨てたおもちゃの中から使えそうなものを引っ張り出している。お母さんは物を捨てるのが苦手なんだって。だからって、何でもかんでもとっておいたら、大切なものがわからなくなっちゃうよ。まったく。
私は、お母さんに負けずに、おもちゃ箱からどんどんいらないおもちゃを取り出していく。
おままごとセットもバイバイ。もう、おままごとなんてしない。指人形もバイバイ。ちびた色鉛筆にもバイバイ。
そうやってどんどん捨てていったら、おもちゃ箱がスカスカのカラッカラになった。
そうして、私は、わきによけてあったののちゃんを抱き上げると、おもちゃ箱の上にそっと座らせてあげた。
「あら、ののちゃんは? 捨てないの? お人形遊びなんてもうしないんじゃないの?」
お母さんは頬に手を当てて、首を傾げた。
「ののちゃんは、私の大切なお友達なの」
私はののちゃんを見つめた。ののちゃんも私を見つめている。
「そう、わかったわ、と、どっこいしょ……」
お母さんはぱんぱんになったゴミ袋を、サンタクロースみたいに持ち上げる。重たいわね、なんて言いながら部屋を出ていった。
バイバイ。
お母さんの背中のゴミ袋に向かって、私は心のなかで、お別れをした。
坂道の上には、高校がある。
学校が終わって、正門から生徒がどんどんと流れてくる。
坂道を下りた先はT字路になっていて、私はそこで、高校を真正面に見上げながら、吐き出されてくる高校生の波を見上げていた。
生徒の波の中に、おねえちゃんの姿が見えた。隣には背が高くて、がっしりとした感じの男の子がいる。あの人は、今のおねえちゃんのカレシ。
私に気づいたおねえちゃんが小走りになってこちらへ駆け下りてきた。カレシもその後ろをついてくる。
「小鳥! またこんなところで! どうしたの?」
走ってきたおねえちゃんの息が弾んでいる。
私は、おねえちゃんの隣に並んだ男の人を見上げたて「こんにちは」とあいさつをする。
「小鳥です。はじめまして」
そう自己紹介をしてから、今度はおねえちゃんに「私、おねえちゃんを待ってたんじゃないよ」と言った。
その時、視線の先で、探していた人を見つけた。
その人もこちらに気づいたみたいなんだけど、何事もなかったかのようにふっと視線を外して、通りの向こうを右に折れていく。
「おねえちゃんごめん! 私行くね。ちゃんと、五時までに帰るよ!」
そう言うと、私は彼を追って走り出した。
「ちょっと! 小鳥!? もう……っ!」
おねえちゃんの声が小さくなっていく。
信号機のある十字路に差し掛かった。
彼は道路を挟んで反対側にいるから、渡りたいんだけど、信号が……。
待って! と叫ぼうとしたけれど、信号機の手前で立ち止まった彼が、びっくりしたような顔をしてこちらを見ていたから、叫ぶのはやめにした。
信号が青になると、横断歩道を渡って、彼の前に立った。全速力で追いかけたから、息が切れて声にならない。
「小鳥ちゃん? どうしたの?」
シンヤくんは目を大きく開いて私を見下ろしている。
「シンヤくんっ!」
吐き出す息と一緒に、ようやくシンヤくんの名前を呼んだ。
「あのね、私ね、シンヤくんに、言いたいことが、あってっ!」
「うん。大丈夫だから、ちょっと落ち着いて?」
人の流れを避けるようにシンヤくんに引っ張られて道路の隅に寄る。
すーはーすーはー。何度も深呼吸をしたら、だんだん呼吸が整ってきた。
「落ち着いた?」
頭の上からシンヤくんの声がした。
「あの、シンヤくん。これ、私の大切なののちゃんなの。おねえちゃんのお下がりだけど、私の大切なお友達なの!」
私は手にしていた人形の脇の下に手をいれて、シンヤくんに向かって掲げてみせた。シンヤくんは首を傾げて、やっぱりびっくりしたみたいな顔をしている。
「シンヤくんに見せたかったの。それで……それでね」
いったん落ち着いたはずの呼吸がまた苦しくなって、胸がドキドキとしてくる。
「私とお友達になって下さい!」
そう言って、勢いよく頭を下げた。
もう、心臓が口から飛び出しそうだった。胸に抱いたののちゃんを、ギュッと抱きしめる。
目の前にシンヤくんがかがんでくれたのがわかって、私は顔を上げた。
顔を上げたとたんにシンヤくんの笑顔があった。
シンヤくんが「よろしくね」といって差し出してくれた手を握る。
「で。今日はどこに行くの?」
立ち上がったシンヤくんがきいた。
「今日はね、あんまり遊べないの。シンヤくん、ごめんね。でも土日ならたくさん遊べるけど、どうかな?」
私がそう言うと、シンヤくんはすごく楽しそうに声を上げて笑ったのだった。
<終わり>
こちらの作品は、とあるところに投稿したものです。
私としては「小さな恋のものがたり」初恋編。みたいなノリで書いたのですが……
編集者のお一人から「心理的ホラーを感じました」という評価を頂きましたー☆
違う……ホラーと違う(笑)
でもその他の編集者さんは「妹の自立と恋愛感情」と、見ていたようです。
うん、そう考えると、ホラーにしても楽しそうですね。……自分で書ききる自信はありませんが。
あと、これだけの内容を盛るには少しページ数が少なかったかな? とも思っています。
「小鳥という人物を丁寧に書くことによって、ホラーになるか恋愛物になるか別れてくるのでは?
どちらになったとしても、小鳥の本当の気持ちが込められていれば、応援したくなる」という、作品評をいただきました。
眞也がいい人すぎるというような評価もありましたが、私としては眞也は小鳥に対して、しょうがない小さな女の子。くらいにしか思っていません。だからこそいい人でいられると思っています。
ただ、そうするにはもしかすると小鳥をもっと低年齢に設定したほうが良かったか? などと思ったり。
これから先の展開があるなら、小鳥がもう少し大きくなって、それでも眞也を好きだと思っていたら、その時に初めて、いろいろなことが動きそう!
自分以外の人の意見を聞けるって、ステキですね。いろいろ妄想が広がっていきます。
もし、この作品を読んで下さって「いやいや、私はこう思う!」というような感想がありましたら、ぜひぜひ教えて下さいませ。 観月