とあるカップルがイチャつくだけの短編
「ねえたいちー」
「ん、なんだ?」
千夏はだるそうに言った。
「みかん剥いてー」
「それくらい自分でやりなさい」
「えー。だってー、みかん遠いんだもーん。取るのめんどくさーい」
「コタツから手を出せば、余裕で届く距離だろ。自分で取れよ」
「いやだ」
「取れ」
「いーやーだー」
「取れったら」
「嫌ったら嫌だ」
気怠げな声で、千夏は子供のように駄々をこねる。
「コタツから手出すの寒いしー、それにー、私はたいちの剥いたみかんが食べたいのー」
「俺が剥いても剥かなくても、味は変わらん」
「味の問題じゃないの。愛の問題なの! ラヴ!」
「あーもー、分かったよ。剥けばいいんだろ、剥けば」
全く。こいつはいつもこうだ。些細な事でも面倒くさがって、すぐ俺に甘えてくる。
みかん剥くの面倒くさいってどんだけだよ。まったく。
「えへへ……ありがと」
まったく。ほんとにまったく。
そんな顔で笑うなって。
千夏と俺は、いわゆる幼馴染みだ。
小学生の頃からいつも一緒につるんでいて、同じ中学に行き、同じ高校に通い、今通っている大学も同じだ。
俺が合わせたわけじゃない。千夏が「たいちってどの大学いくのー?」「えーっと……この大学だな。県外受験だ」「じゃあ私もここにするー」みたいな感じで付いてきたのだ。
しかもその流れで俺のアパートに乗り込んできて、勝手に居候を初めやがった。なんて自由人。親には何も言われないのかね。
よく周りからは「千夏さんって彼女?」「お前ら付き合ってんの?」とよく聞かれるけど、答えは否だ。付き合ってはいない。
けどまあ、似たような状態なのは認める。同居してるわけだし。
それに、俺自身別に千夏と付き合いたくないわけじゃない。だって千夏可愛いし。
ただ告白するのがなんか照れくさいだけ。
あっちからきたらそりゃオッケーするけど、千夏はそういうタイプじゃないから絶対にこないと思う。
どーせ今の状態、付き合っているのとなんら変わりないし、むしろ結婚を前提に付き合ってるカップルみたいに同局までしてるし、わざわざ動く必要もあるまい。
「ねーたいちー」
「今度はなんだ?」
俺の剥いたみかんをちびちび食いながら、千夏は言った。
「今日って何の日か知ってるー?」
「ん? 今日だろ?」
そんなの知らないわけないだろ。今日12月25日だろ?
「クリスマスじゃないか」
「ぴんぽーん。せーかい」
千夏はそう言いながら、半分になったみかんを丸ごと一口で飲み込んだ。頬がリスみたいに膨らんでる。
「ふぇはふあうはふぇ?」
「食べてから喋りなさい」
「ん…………ごくっ。やっぱりクリスマスだよねぇ。うん、そうだよねぇ」
意味ありげに、千夏はうんうんと頭を振る。
「何だよ。何か言いたいことがあるなら言ってみろ」
「いやねー。クリスマスなのに、ウチは何もやってないねー、みたいな」
「バカいえ。ちゃんとクリスマスツリー飾っただろ?」
俺はタンスの上に置いてある、小さなクリスマスツリーを指さした。LEDライトで申し訳ない程度に飾り付けられたそれは、チカチカと赤や青色の光を放っている。ついでに「あわてんぼうのサンタクロース」のオルゴール付き。
これだけやって500円ちょっとなんだから、最近の雑貨屋は凄いよな。なんだっけ、ドンなんとかだっけ。
「ちーがーうー。クリスマスといえばパーティーでしょ。プレゼントでしょ。デートでしょ」
千夏は不機嫌そうな顔をしながら言った。いつまでも愛でたい類の表情である。かっわいいなぁ。
しかし、
「ウチにそんな余裕はありません。パーティーするお金無いし、プレゼント買うお金も無いし、デートは……無理」
「なんで無理なの?」
「無理なものは無理。俺には、お前とあのカップルの群れに突っ込む勇気はないの」
「えー、いいじゃーん。栄とか行こーよー。私、たいちとならラブラブできるよー?」
「それはそれで問題なんだよ」
精神衛生的に。
「とにかく、我が家ではクリスマスに特別なことはしません。普通に過ごします」
「パーティーは?」
「しません」
「サンタさんは?」
「来ません」
「デートは?」
「しません」
「じゃあ、じゃあ……」
「だから何もしないって!」
少々鬱陶しかったので、少し強めに言ってみた。
すると、千夏はビクッと身体を震わせて、怖がる子犬のように縮こまってしまった。コタツに首元まで入って、何かブツブツ独り言を言っている。
完全にスネモードだ。
ああー、これはやり過ぎちゃったな。
「千夏?」
「……………………」
「あのー。千夏さん?」
「ぶー。いいもーん。もう私いいもーん。たいちが居なくてもいいもーん」
「そんなこと言わないでさ、機嫌直せよ」
「千夏さんは何も聞こえませーん」
耳を塞ぐジェスチャー、聞こえないアピール。
「分かった、分かった。俺の負けでいいから。何か一つくらいならお願い聞いてやるから。だから機嫌直せよ。な?」
「……………………」
「……おーい」
「……………………」
「おーい。千夏さーん」
「……………………」
完全にだんまりだ。無視を決め込んでいるようだ。
「お願いだから機嫌直してくれよ。ピザくらいなら頼んでやるぞ? 2000円以内なら何か買ってやるぞ? カフェでデートくらいならしてやるぞ?」
「…………本当に?」
「ああもちろん」
「本当に何でも聞いてくれるの?」
「あ、えーっと……可能な限りでは」
さすがに何万円もするものねだられたりしたら、買えないし。
「じゃあじゃあー。お願いしていいー?」
「ああいいぞ。どんとこいだ」
何がくるかな? ピザか? 新しい洋服か? はたまた遊園地にお出かけか?
「添い寝……して欲しいな……」
「……へ?」
「そーいーねー。一緒に寝てほしいの!」
千夏はコタツをバンと両手で叩き、身を乗り出した。頬はほんのり赤くなっている。
おいおい、コタツ出るの嫌なんじゃなかったのかよ。
「そりゃーまた……変わったお願いだな」
「別に変わってないよ。女の子なら一度は男の子としてみたいものだよ」
「そうなのか?」
「そーなの」
逆だろ普通。若い男の方が飢えてるだろ。二万円くれたら添い寝してあげるって、適当な大学生に言ってみろ。十中八九、諭吉さん積んで「お願いします!」って頭下げるから。
それも、千夏みたいな女の子なら特に。
それは置いておいて。
添い寝かぁ。昔、千夏とはよく一緒に寝てたけど、この歳になるとさすがに恥ずかしさが……
「えっと、他のお願いはないのか?」
「たいち、何でもいいって言った」
「まあそうだけどさ」
「それじゃ決定。さっそくおじゃましまーす」
「うおっ! ちょ!」
千夏はもぐらのようにコタツの中を這って、俺の隣に顔を出した。
「ぷはー! にへへー。たいちの胸板ー」
「おい、やめろ。苦しいだろ」
俺の胸にドリル頭突きをする千夏を、引き剥がした。
髪の毛を触った瞬間、すごくいい匂いがした。
「おい狭いだろ。せめてコタツ片付けて布団引こ。な?」
「いやだ。これがいい。狭い方がくっつけるもん」
千夏はそう言うと、身体を俺に寄せてきた。ピッタリと俺に張り付き、顔はあと数センチ動かせば額が触れ合う近さである。
千夏の大きな目と合って、目線を逸らしてしまう。
「あ、今目逸らした。何か頬赤くなってるし、たいちくん緊張してるのかなー?」
「うっせぇ。お前がくっつくから暑くなったんだよ」
「またまたー」
えへへ、と千夏は笑った。それを見たら、身体が一気に熱を帯びてきた。
どうも俺は、この笑顔に弱いみたいだ。
「ねえたいちー」
「今度はなんだ?」
「私ねー、たいち好きだなー」
「へーそーなんだーシラナカッタナー」
「そうなんだー。たいちの事好きなのー」
「へー」
「好き好き大好き! ちょー好き!」
「……………………」
相手してはいけない。からかっているだけだ。
「たいちー。好きだよー」
「……………………」
「黙ってても照れてるのバレバレだよー? だって耳真っ赤だもん」
「うっせぇ。だから暑いだけだって」
「ホントかなー? たいちの照れ屋さん。プププ!」
……なんかムカついてきたな。やり返すか。
「……なあ千夏」
「ん? なに?」
「好きだ」
「へ?」
「千夏のこと好きだ。大好きだ」
「え? え?」
千夏の顔が、みるみるうちにリンゴのように赤くなった。
「好き好き大好き。ちょー好き。大大大好き」
「あ、えっと。ちょっとタイム! ストップ!」
「千夏可愛い。むっちゃ可愛い。結婚してくれ。お嫁にしたい」
「あうううぅ…………」
千夏から煙があがっているように見えた。そろそろ止めてやるか。
「どうだ?」
「……ごめんなさい。調子に乗りました」
「うむ。分かれば宜しい」
千夏はまだ恥ずかしいのか、コタツの毛布で顔を隠した。その仕草と上目遣いが何とも言えない。
頭ガシガシ。
「ちょ、何で頭撫でるの?」
「んー、撫で心地が良さそうだったから?」
「私犬じゃないよー」
「似たようなもんだろ」
「うー」
千夏は抵抗する気もないのか、そのまま成されるがままになった。しかし、顔は隠したまんまである。
犬というより猫だな。仕草的に。
にしても、何故女の人の髪の毛は、こんなにいい匂いなのだろうか。芳香剤でも塗りたくっているんだろうか? シャンプーやリンスの匂いではない何かが、絶対に含まれている。
「……ふわぁ」
千夏はコタツから顔を出して、大きな欠伸をした。
「ねえたいちー。もう私眠い」
「あっそ」
「私もう寝るね」
「ご自由にどうぞ」
「腕枕して欲しいなー」
「…………ご自由にどうぞ」
「えへへ。ありがと」
伸ばした右腕に、千夏の頭が乗っかった。
不思議と緊張はなく、千夏の頭重いなーとか、やっぱりいい匂いだなーとか、そんなことを思った。
「……ねえたいち」
「寝るんじゃなかったのか?」
「寝る前に言っときたいの」
「……何だ?」
「私、たいちのこと好きだなー」
「……ああ、俺もだよ」
触れ合った唇は、コタツの熱で少し熱かった。
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