大晦日 嵐の前の静けさ (1)
僕達は清風明月の女将さんのご厚意に甘え一週間ほどスキー・スノボと温泉を楽しんで大晦日の日の前日の夜に帰ってきた。
その間に、生命の女神の封印を僅かに解いたことにより僕に発現した生命の女神の能力について、把握することが出来た。
その一は、僕に開いた生命の女神の神眼についてだ。とは言っても微弱なものでしかなく生き物の感情をその生き物の纏う霞の色として見ることができ、また、生き物の寿命をその生き物の前に浮かぶ蝋燭の長さとして見ることができるという程度のものだった。……この能力一体何の役に立つんだ? 目からビームとかが出ても困るけど、せめて透視能力とか役に立ちそうなものだったらよかったのに……感情を見たり寿命を見たりって、ハッキリ言って微妙。
・・・人の感情なんて、感情を圧し殺すのが余程上手か感情を表に出さないのが常になっている人でもなければ、その人の顔色や行動などその雰囲気から大体分かるし。人の寿命なんて見ることが出来できても、まだ生命の女神としてこの世界の理を調整することの出来ない今の僕には、どうすることも出来ない。現状、寿命が見えるからといって下手な行動を取れば、周りの人達に、よくて変人扱い、悪くすれば気色悪がられ嫌われることになる。僕は平穏無事な人生を過ごしていきたいだけなんだ。……と言いながら、自分で言うのもなんだけど、僕って自分から面倒ごとに首を突っ込んでるよな。……僕、いや、人間てなぁ矛盾だらけの生き物のなのね。あははのは・・・
因みに、いつの間にか自分の意思で生き物の感情や寿命を見たり見なかったりすることが出来るようになっていた。まあ、起きている間ずっと見えていたら鬱陶しいと思ってたから、これはありがたいけどね。
次に身体能力だが、身体の治癒再生能力が人間離れしていることが分かった。
例えば、全身複雑骨折や内臓破裂など、どんなに酷い怪我をしても瞬時に再生するということが分かった。のだが、その怪我が瞬時に治っても、それによる死にそうな程の激痛と苦しみは暫くの間続くことも分かった。その間、激痛と苦しみにのたうち回るか蹲ることしか出来ない状態に陥ることも……しかも死にそうな程の激痛と苦しみにもかかわらず意識を失うことも出来ない。ハッキリ言って地獄の攻め苦だよ!! こんな能力嬉しくない!!
『そんなんだったらいっそのこと怪我をしない身体にしてくれ!!』と言いたくなった。が、その相手は結局自分自身なので諦めた。のだが……よく考えてみたら、この能力は僕の意思に関係無く発現している。……非常に納得がいかない!
僕が納得のいかない顔をしていると、未来に「マスターの今現在の身体や精神が耐えられる生命の女神様の能力しか発現していないんだよ……多分」と言われた。多分なのかよ!
・・・確かに、身体や精神が耐えられない能力が発現しても困るな・・・そんな能力、危なっかしくて使えない・・・
未来によると、今の僕は頭を潰されても心臓を潰されても瞬時に再生できる状態ならば死ぬことはない、ということらしい。そんなことになったらショック死しそうなんだけど?! この能力、精神的にもつのか? 僕。
ただ、不死というわけではないらしく、身体を一瞬で灰にされたり分子、原子単位に分解されたら人としての死をむかえるだろうということだった。……人として死んでも神としては死なないのか? と未来に聞いてみたら難しい顔をしていた。未来にもはっきりとは分からないようだ。……何にしても微妙。
治癒再生能力以外の身体能力としては筋力や瞬発力、動体視力などがこれまでより僅かに上がったことだろうか?
今までは体力測定で学年中位から下位だったのが上位に食い込むくらいのものだと思われる。……体力測定や体育の時に少し気を付けてればいいくらいかなぁ?
因みに、未来に、「もし僕が死んだら未来はどうなるんだ?」と聞いてみたら、「肉体だけでなく魂をも含め完全な死をむかえたら……ということでしたら、私はまた生命の女神様の力を抱えて次の生命の女神様の力を継ぐ方が誕生されるまで眠りにつくだけです」と寂しそうな表情で言い、「だけど私はマスターを死なせるつもりはありません! 私はマスターを未来永劫守っていきます! もう、こんなこと二度と聞かないで!!」と涙目で睨まれた。……うん、ゴメン。未来の気持ちも考えずに聞いた僕が悪かった。生命の女神の持ち船である未来は一度、悪い言い方をすれば未来の意思に関わらず主に捨てられているのだ。そんな未来に新たに主になったばかりの僕がこんな質問をするのは思慮にかけすぎていると言わざるをえないだろう。はい、反省します。ほんと、ご免なさい。
僕が深々と頭を下げて未来に謝ったら、未来に「マスター、前にも言いましたが貴方の物である私にそんなに頭を下げないで下さい!」と、僕よりも深く頭を下げられてしまった。……うん、未来。君は僕にとっては物ではなく大切な人の一人になっているんだけど……追い追い、それを教え込んでいくしかないか……。
・・・さて、身体能力についてはスキーをしながら冠城さん達に気付かれないように、どの程度治癒再生力能力があるのか実験をして確認したんだけど……、最終的に、未来に『マスター! もう、やめて!』と、大粒の涙を流しながら抱きつかれ実験終了となった。どうやら未来には主である僕が自らを痛め付けることに耐えられなくなったようだ。その未来の可愛さのあまり、つい抱き締めてしまった・・・今回は少しハードに実験をしすぎたかもしれない。これからはもう少しソフトな実験をしよう。……まあ、なんというか、スキーというスポーツは中々にハードなスポーツだった、ということを身をもって経験した。ということだけは記憶にとどめておこうと思う。……スキー・スノボはルールを守って楽しく滑りましょう。って、今度スキー場で危険な行為をしてる人達を見かけたら注意しよっと・・・
まあ、何にしても派手に能力が発現していないお陰で、もう少しの間は人として平穏に生活していけそうだ。って、もしかして、僕が平穏な生活を望んでいるから能力的に微妙なものしか発現していないのかも……。
さて、生命の女神の力を僅かに解放したことによる僕の変化についてはこんなところだろう。
次に神船である未来への影響だが……スキー場で雪崩が発生するまでは、未来の本体である神船は15%程度までしか再生されていなかったが、僅かに解放した生命の女神の力の影響なのか、その雪崩の直後から再生速度がグンと上がったらしく今では50%を越えて再生されている、とのことだ。
その再生速度が上がった雪崩の直後、レーダーやセンサーなどの関知装置の精度が格段に上がったとのことで、未来が僕の不安を煽るようなことを口にした。
『マスター、地球上に地球人ではない者達を複数人感知しました』
「それじゃあ、鈴星君、未来ちゃん、明日駅前でね」
「ああ、冠城さん、また明日」
「沙耶香、また明日ね」
僕達は行きとは違い清風明月の送迎車で家まで送ってもらった。
そして、シンシア先生はお嫁修行のため清風明月に残ることになった。
僕達が清風明月を出る時、シンシア先生も僕達に付いてこようとしたのだが、「シンシアさん、何処へ行くのですか?」と、駐車場で僕達を見送りに出てきていた女将さんにいい笑顔で襟首を掴まれていた。
「えっ、い、いや、だって、その、この子達を家に送っていかなきゃ……」
「うちの車で送ると言いましたよね」
「いや、そんな、この忙しくて人手がいる時期にわざわざ送迎車を出してもらうなんて申し訳ないじゃないですか」
「大丈夫ですよ。送迎に出る者の代わりに貴女にはしっかりと働いてもらいますから」
女将さんはいい笑顔でそう言うと、パチン、と指を打ち鳴らす。
それを合図に、女将さんの後ろに控えていた中年の中居さん二人がシンシア先生を羽交い締めにして宿へと引きずって行く。
「そんなぁ~、鈴星くーん!」
僕はそのシンシア先生のすがるような叫び声に、・・・シンシア先生、ファイト!・・・と、心でエールを送っておいた。
・・・三学期にお淑やかに生まれ変わったシンシア先生に会えることを心から楽しみにしています・・・
「マスター、あした楽しみだね」
未来は、冠城さんと龍宮、山寺君を乗せた清風明月の送迎車を見送ると、僕に嬉しそうに微笑みかけてくる。って、可愛いじゃないか!
僕はその未来の可愛さについ抱き締めてしまった。だって、銀髪碧眼の美少女に可愛らしい笑顔を向けられたんだよ! 抱き締めるしかないじゃないか!
そんな僕に未来も嬉しそうにしながら抱き締め返してくれる。ああ~、僕はなんて幸せ者なんだ。……まあ、未来には僕に対して男女の感情はなく、主従関係上の愛情表現だろうけど……。そう考えると、何だか寂しくなってきた……。
僕が寂しさにホロリときそうになっていると、「マスター、……」と、未来が何か言いたげにしながら、悲しげな表情を僕に向けてくる。
僕が、「ん? どうした?」と問いかけると、未来は、なんでもない、と言うように首を振り再び僕の肩に頭を預ける。……うん? 何だったんだろう? 今の寂しそうで悲しげな表情は? 未来の奴、時々見せるよなあんな表情……。
未来に答える気がなければ僕には計り知れないことのため、それ以上その事について考えるのはやめることにした。
・・・未来の主である僕は、魂の繋がりから未来の想いを読み取ろうと思えば読み取れるけど……親しき仲にも礼儀あり、というかプライバシーの侵害はよくないよね。主である僕が聞けば未来は答えてくれるだろうけど、それは僕と未来との関係上強制的になっちゃうしなぁ・・・まあ、未来のことだ、気が向いたらそのうち話してくれるだろう・・・
「おはよう! 未来ちゃん、鈴星君」
僕と未来が駅前の銅像の前で冠城さんを待っていると、黒と白の横縞模様のハイネックボーダートップスにモスグリーンのベイカーパンツを穿き、クリーム色のボアロングコートを纏った美しい少女が、背中まで伸ばした綺麗な黒髪を風に靡かせて小さなピンクのショルダーバッグを抱えながら、いい笑顔でこちらに駆けてくる。おおー、男どもの視線を釘付けにして黒髪の美の女神様が僕の方に駆けてくる。くー、たまらんなぁ! この優越感!
そんな彼女に、白のカットソーに茶色の裏ボア前ボタンパーカーを纏いベルト付きサルエル風デニムパンツを穿いている、綺麗な銀髪を後ろで三つ編みに纏めた未来が、これまた満面の笑顔で「沙耶香!」と、その美少女に大きく手を振る。
その美少女、冠城さんが僕達の前まで来ると未来と冠城さんは嬉しそうに両の手を合わせていた。
因みに僕は厚手のクリーム色のシャツに濃紺のチョッキ、その上に灰色のジャケットを纏い、柿色のスラックスを穿いている。
冠城さんに見とれて鼻の下を伸ばしていた僕は少し照れくさくなりながら「お、おはよう、冠城さん」と声を掛ける。だってしょうがないじゃないか、黒髪の美少女が僕の方へ向かって駆けてくるんだよ。周りの男共に対して優越感を感じるとともに、そういう状況になれば誰だって彼女の姿に見とれるだろうし自分が鼻の下を伸ばしてしまっていることに恥ずかしさも感じるよ! そうだよね……そうだと言ってくれ! 全国の青少年諸君!
そんな僕に周りから視線が突き刺さる。男の嫉妬という殺気のようなものをはらんだ視線が。……少なくとも周りの男共からはからは賛同を得たようだ……嫉妬という形で……。男の嫉妬は醜いんだぞー。そんなに睨むなよー、ほんと怖いから。
僕が挨拶をすると冠城さんは自分の姿全体を僕に見せるように僕の目の前でターンをしてみせて、何かを求めるように僕に笑顔を向ける。
「あっと、えっと、うん、その、とっても似合ってるよ、冠城さん」
・・・全国の男性諸君、もっと気の利いたことを言えんのか! と言うなかれ。この世に生を受けて16年、未だかつて女の子と付きあったことのない僕にはこれが精一杯の誉め言葉です……って、誰も聞いていない心の中で何言ってんだ? 僕・・・
などと照れから心の中で独り言を言いそれに突っ込みを入れながら僕は一人、顔全体に熱を感じていた。のだが、ふと気がつけば冠城さんも顔を真っ赤にしながら嬉しそうにはにかんでいた。
・・・うん、可愛らしい。とっても抱き締めたい……けど、突然そんなことしたら、嫌われるだろうなぁ~・・・
「沙耶香ばっかり、ズルイ!」
その声に僕が目を向けると美しくも可愛いらしい顔の未来が、ぷっくりと頬を膨らませ、不満げな色を滲ませたその綺麗な碧色の瞳を僕に向けていた。
そんな未来を見て僕は・・・抱き締めてー・・・と思いながら「ああ、はいはい、お前も似合ってるよ」とおざなりに未来も誉めておく。言っておくけど、わざとおざなりに誉めたわけじゃないよ。抱き締めるのを我慢したらそうなっちゃった、てだけだからね。って、心のなかで思っていても、分かんないよね~。
案の定「心が込もってなーい」と未来はブー垂れる。
そんな可愛い未来の頭を優しく撫でてやる。今はこれで我慢しておこう。
未来はそれだけで機嫌をよくしたようで、僕に嬉しそうに抱き付いてきた。
・・・うん、未来。お前、少しお安すぎるぞ・・・
そう思いながら僕が冠城さんに目を向けると、冠城さんは何故だか羨ましそうに未来を見ていた。もしかして、冠城さんも頭を撫でてもらいたいのかな?
そんな冠城さんは僕の視線に気づいたのか慌てたように口を開いた。
「そ、それじゃあ、行きましょうか。初詣のための未来ちゃんの振袖を買いに」
そう言うと冠城さんは踵を返して姿勢良く歩き始める。
・・・立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、ていう立ち居振る舞いの美しい姿の喩えがあるけど……冠城さんにピッタリの喩えだよなぁ。何て言うか、その所作の一つ一つに気品を感じる、ていうのかなぁ・・・
そんなことを考えながら僕は腕に絡みついている未来を引き連れて、冠城さんの行きつけの呉服店が出店しているという駅前のデパートへと冠城さんについて入って行った。
僕達がデパートのワンフロアー全てを占めるお高そうな呉服店に入ると、すぐさまその呉服店の店長らしき中年の女性が店の奥から慌てたように出てきて冠城さんに対して低姿勢で冠城さんの来店に感謝の言葉をかけてきた。
・・・冠城さんて良家のご息女だったのね。雰囲気からして、そうなんじゃないかなぁ、とは思ってたんだけど・・・
それから冠城さんが僕と未来をその店長さんに紹介すると、未来を見た女店長は一瞬驚きの表情をした後すぐに真剣な表情になった。僕にはその女店長の目がギラリと輝いたように見えた。
そこから怒涛の勢いで事が進み、あれよあれよと言う間に呉服店店員達による試着という名の未来の着物ファッションショーが始まった。
「素材がいいとやり甲斐がありますね」と言いながら、着物の気付けはもとより着物に合わせた髪の結い上げも全て店員達により完璧に仕上げられていった。
・・・未来は西洋のお姫様みたいな顔立ちと体型をしているから、着物は似合わないんじゃないかと思ってたけど……店長をはじめ店員さん達の見立てもいいのだろう、未来の銀髪や顔の作り体型に負けない色合いや柄の着物を選んび、それに合わせた着付けや髪結いで、美しく、淑やかに、清楚に、または、華やかに、活発的に、力強く、未来を見事なまでに着飾っていく。けど、みんな本来の目的を忘れて、未来をどう着飾るかに夢中になってるみたいなんだけど……お店としてはこの状況はいいのか?・・・
などと僕が未来の着物ファッションショーを楽しみながら考えていると、ほぅ……、と惚けたような溜め息と共に「あの京友禅、素敵ね」とか「あの大島紬もいいわ」などと言う呟き声が僕の周りから聞こえてくる。
その溜め息交じりの呟きに僕が周りに目を向けると黒山の人だかりが出来ていた。
・・・そういえば、店員さん達、知らない間に振袖以外の着物も未来に着付けているし、今気づいたけど脇に<着付け教室、受講生募集中・着付け、髪結いも随時承っております>なんて立て看板まで何時の間にか立ててある・・・流石は老舗呉服店の店員達といったところか……自分達が楽しみながらもキッチリ営業活動している・・・そして未来は何故だかプロのモデルのような動きを見せている……正直言って凄いなお前・・・
その上、未来が着せられている着物は僕のような素人の目にも非常に高価な物だとわかるような物ばかりだった。
・・・おいおい、店員さん、一般高校生の小遣いと比べて桁が違い過ぎませんか? そんなもの勧められても僕には買えませんけど?・・・
未来の着物ファッションショーが終わって僕はどんなお高い着物を勧められるかとドキドキしているんだけど、冠城さんと未来はそんな僕の気持ちなんかそっちのけで、お高そうな振袖を楽しそうに見比べ品定めをしている。
そんな僕に女店長さんがニコニコしながら寄ってきた。
「未来様の艶やかな着物姿、如何でしたか?」
「ああ、はい、とてもよかったとおもいますよ」
「私共も未来様のおかげで趣味と実益、双方で満足させて頂きました」
ははは、「それは、よろしゅうございました」
女店長さんは終始弾むような声で僕に話し掛けてくる。
それは、そうだろう。だって、未来という最高のモデルを得て自分達の大好きな着物を思う存分美しく着付けられた上に、その未来の着物ファッションショーの効果で売り上げが何時もの倍に達する勢いで着物から小物まで売れている上に着付け髪結いの予約も入っているというのだから。うん、これは、未来のモデル代を請求してもいいんじゃなかろうか?
対して僕はどんなお高い着物を勧められるかと、身構えて応えているため変な発音の変な言葉遣いになってるしまっている。
「つきましては、お願いがあるのですが……今回、着て頂いた着物のモデルとして我が社の着物雑誌に未来様の着物姿を何枚か掲載させて頂きたいのですが……未来様からは鈴星様の許可があれば構わないとのお言葉を頂いております」
「モデル、ですか……」
「もちろん、ただでとは申しません。モデル代は払わせて頂きますし、今回のモデル代ももちろんお支払い致します。更に気に入られた振り袖を一着、お手頃価格で販売させて頂きますが、如何でしょう?」
悪くない話である。お手頃価格ということは、あの、未来が見ているお高そうな振袖を高校生の小遣いで買える程度の価格で売ってくれるという事だろう。もちろん、それに見会う、いや、それ以上の宣伝効果が未来にはある、と見込んでのことだ。
・・・おそらく、この女店長さん本店のお偉いさん方の許可をとる自信があるのだろう。見た目着物を着た普通のおばさんにしか見えないけれど、随分と遣り手なのかも・・・
未来の気に入ったお高そうな振袖を高校生の小遣いで買えるというのだ。はっきり言ってこちらとしてもありがたい話である。ありがたい話ではあるのだが……。あまり目立つような事をするのは不味いのではなかろうか……。などと考えていると、それが僕の表情に出ていたのか未来から『今の私は先代の生命の女神様に仕えていた時の姿とは違います。……だから写真や映像では私が神船とは気づかれなと思うよ』という心話が届いた。
その心話からは未来がモデルをやりたがっているように僕には感じられた。
・・・先代の生命の女神の頃は未来は生命達と直接関わりあうことがなかったみたいだから、どんな事も直ぐに理解し完璧に行うことが出来たとしても、主である生命の女神以外、実際に他者と関わりあい他者に必要とされた事がなかったんじゃないかな? だから今、未来は他者と直接関わりあい、冠城さん達と仲良くなって楽しくて仕方がないのだろう・・・
『わかった。お前がそんなにやりたいというなら。モデル、やってもいいぞ』
『べ、べつにモデルをやりたいとは言って無いもん』
『いや、未来、お前の言葉の端々にモデルをやりたいという思いが感じられるな』
『むー、そんなこと無いもん。マスターに言われない限りモデルなんてやらないもん』
ふと、僕が未来の方へ目を向けるとぷっくりと頬を膨らませた可愛らしい未来の顔が目に入る。
・・・やっぱり未来は可愛いなぁ~・・・
僕はそう思いながら『なら、断っていいんだな』というと、未来からは『む~』という弱々しく悲しげな唸り声が帰ってきた。
僕はその未来の可愛さに心の中で身悶えしながら女店長さんに返事を返す。
「わかりました。こちらにとっても悪くない条件なので未来のモデルの話し受けさせて頂きます」と。
途端に膨れっ面だった未来の顔がまるで朝日のような明るい表情へと変わる。うん、未来、僕はお前のコロコロ変わるその感情豊かな表情が大好きだ。
未来の振袖を買った後、その呉服店の入っているデパートの食堂街で昼食を食べ、そろそろ帰ろうかという雰囲気になった頃、「未来ちゃん、今晩一緒に初詣に行くんだし、うちでその振袖着付けていかない?」と、冠城さんが提案してきた。
「もちろん、創星さんも一緒でいいでいいよね?」
「え!? う、うん」
未来の笑顔の問い掛けに冠城さんは一瞬ドキリとしたような表情をした。が、その突然の問い掛けに冠城さんはつい了承してしまったようだ。……冠城さん、少し困惑してるみたいだ。顔も少し赤いみたいだし……まぁ、家の人に変に勘ぐられたくもないだろうし、ここは僕が断っておくべきか……。
「冠城さん、折角のお誘いなんだけど家の方も年末でお忙しいでしょうし、今回は遠慮させてもらってもいいかな?」
ううん、「大丈夫。兄達や両親、家政婦さん達は親戚筋の方達のお相手で忙しくしてるけど、私は挨拶も済んでるし離れで暇にしてるだけだから……」
その冠城さんの返答を聞くと未来は、子犬が飼い主にものをねだるような表情で僕に目を向ける。うっ、か、可愛いじゃないか。そんな顔されると断りにくいじゃないか。
僕は心の中でため息を一つ吐き「じゃあ、遠慮なくお邪魔しまさせて頂きます」と冠城さんのお言葉に甘えることにした。
僕達は冠城さんを迎えに来た黒塗りの高級車に乗り、隣町にあるという冠城さんの家へと向かった。
冠城さんの家は、その町の旧家でIT関連の企業グループの会長宅ということで・・・この壁、何処まで続いているんだ?・・・と思える程の純和風の漆喰の壁に囲まれた豪邸だった。
僕達の乗った黒塗りの高級車は、冠城さん家の裏門の前に静かに止まった。って、これ裏門?! うちよりも遥かに立派な門構えなんですけど?!
僕がその豪邸に心底驚いていると、「うちなんてそれほど大きくないですよ。私達の学校の理事長宅はうちの数倍の広さがありますから」と、冠城さんは笑顔で言っていた。
・・・確か、うちの学校の運営母体である学校法人御雷会の理事長は学校のある羽生市の豪族で、しかも世界有数の企業グループの総帥を務めていたはず・・・
僕の通う高校は天ノ原学園という小学校から大学まである日本でも一二を争うマンモス校の第二高等部だ。
第二高等部と言うことは、もちろん天ノ原には第一高等部もある。
第一高等部は大金持ちの子女が小学校から天の原学園に入り一定学力以上の者がエスカレーター式に進学する、いわゆる超エリートの人達の高校なのである。
僕のいる第二高等部は一般の人達が入学試験を受けて入る高校だ。
もちろん第一高等部、第二高等部の成績上位者はエスカレーター式に天ノ原学園大学に入学することが出来る。
・・・そんな学園を運営する学校法人の理事長で世界有数の企業グループの総帥の邸宅ならそりゃデカいだろう。って、なんで冠城さん理事長の家の広さなんて知ってるんだ?・・・




