元日 嵐の前兆? (7)
御雷学院大学の裏には広大な竹林が広がっている。
僕達は今、肌を刺すような冷気漂う竹林の中を歩いている。
風に揺れ動く竹の音と陽光の中、爽やかな竹の香を鼻孔に感じながら僕達は歩いていた。うん、激しい運動をした後のためなのか、刺すような冷たさの筈なのにこの空気は気持ちがいい。
僕達は起伏に富んだ竹林の中、上下左右に緩やかな弧を描き竹林に見え隠れする小道を足早に進んでいく。
僕が目を覚ましてから歩くこと十数分、僕達はその大小様々な石を敷き詰められた石畳の小道を通り竹林を抜けていた。
竹林を抜けたそこは幅5メートルほどの道路で小道よりも大きい石を敷き詰めた石畳の道となっていた。
日差しの柔らかな竹林の中を歩いてきた僕の目に突然強い日差しががかかり僕は目を細めた。のだが、僕は直ぐに目を丸めることになる。
僕の眼前には目的地であろう所の巨大な門がこちらを威圧するようにデデーンと聳え立っていたのだ。
・・・何だこれ、ほんとに人の出入りする門なのか? これ、ほんとに人の力で動くのか? この厳い門、僕には鬼が出入りするための門にしか見えないんだけど………・・・
その木造の厳つく重厚な両開きの門からは真っ白な漆喰塗りの巨大な壁が左右両方向に真っ直ぐ延びている。
・・・この壁、何処まで続いてるんだ? 先が全く見えないんだけど………・・・
更に周りを見回してみると、小道から少し離れたところに木造建てで古風だが遠目にもしっかりとした造りのアパートらしき建物が竹林の中に見え隠れしていた。うん、この門や壁とは対照的な人間の住む建物って感じだな。なんだかホッとする。
「おい、創星。何をキョロキョロしている。何時までここに突っ立っているつもりだ?」
僕は伽凛さんに声を掛けられて「えーっと、道場は何処にあるのでしょう?」と問い返す。
僕は分かってはいても聞かずにはいられなかった。
「目の前に〈御雷真明流道場〉と書かれた大きな看板があるだろう?」
この門や壁に相応しく鬼の文字のような厳つく力強い文字の看板が門の横に掲げられているのは僕も気づいていた。気づいてはいたのだが、僕は気づいていない振りをしていた。だってこの看板や門や壁の造り、オオオオオ、というような鬼の唸り声が中から聞こえてきそうなんだもん。恐くて口には出して言えないけど……。
「……お前、今何考えてた」
「……いえ、立派な門構えだなー、と思っていました」
「……まあいい。閂は外してある。取り敢えずその門を開けろ」
「えっ? この門、開くんですか?」
「何だ? 飾りだとでも思ってたのか?」
「いえ、人一人の力でこの門開くのかなあ? というか、動くのかなあ? なんて、思ってみたりして……」
「まあ、普通の奴では開くどころか動かせもせんだろうな」
「じゃあ、僕では無理ですね」
「……お前、今さら自分が普通の人間だとでも思っているのか?」
「うっ…………正直それを全面的に肯定できないところが辛いところです……」
「分かったらとっとと開けろ。それともまた私に尻を蹴り上げられたいか?」
僕は伽凛さんの言葉に反射的に自分のお尻を守るように両手を当てていた。だって、しょうがないじゃないか、本っ当に痛かったんだから。
「……嫌ならやれ!」
僕は伽凛さんの言葉に渋々従い両手をその厳つい門に当てる。
そして「んぎぎぎぎ……っ」と体全体を使い力を込めてその門を押す。が、ピクリとも動かない。
「……お前、ふざけてるのか?」
そんな僕を見て伽凛さんは怒気の籠った声を僕に投げかける。
・・・ま、真面目に力込めてやってるんだけどなあ・・・
等と考えながらビクともしない門を押していると、伽凛さんの怒気がどんどんと膨れ上がり殺気に近いものへと変わっていく。
僕はそれを感じるとあの爆発するような尻の痛みを思いだし、もー必死に・・・開け! 開け! 開いてくれ!・・・と念じながら全ての力を振り絞り門を押した。すると、僕の念が天に通じたのか、全く動く気配の無かった門が、ギ、ギギギ……、と軋み音を上げ少しずつ動き出す。
それから5分以上かけぜーぜーと息を切らせながらも人一人通れるくらいまで門を開くことができた。
「お前の身体の性能ならこの道場の正門くらいそんなに力まんでも開けられるだろう?」
そう言いながら伽凛さんは両開きの門の片側を左手人差指で、コッ! と一突きする。瞬間、ギー……、と淀みなくその門の片側は開ききった。
・・・うっそーん……というか、僕と貴女を一緒にしないでください・・・
僕の表情を見て伽凜さんは一つ溜息を吐くと「お前の思い込みを解消するためにお前の思い込みの限界を超える大学までの長距離走をさせたのだが……」と呟き、そして「……やはり一回限界を超えさせただけでは無理だったようだな」と何か凄みを感じる声音で言う。
その声に僕は何か冷たいものが背筋を走るような感じがして身震いをする。
「ボーッとしとらんととっとと入れ」
その伽凛さんの言葉に押されるように僕はその巨大な門の内へと入る。
門の内に入ると玉砂利の敷かれただだっ広い道場の前庭が広がり、門から道場の玄関までの間には足場となる大きな敷石が数個置かれている。
その敷石の先には門構えに負けず劣らず厳くも重厚な造りの木造建ての御雷神明流道場がデデーンと建っていた。うん、想像通りの建物だ……如何に鬼の集う場所って感じだな。
僕は敷石を渡りその道場の玄関へと向かった。
「創星、悪いが未来が道場に入るのを禁止してくれ」
「えっ? どうしてですか?」
「お前の鍛練の邪魔をされたくない。お前が傷つくことに未来は耐えられんだろうし。お前も情けない姿を未来に見られたくないだろ?」
「………わかりました」
僕が伽凛さんの頼みを了承すると、未来が〈そんな命令しないで〉と、すがるような表情で僕を見つめてくる。
「僕は今のままじゃダメなんだ。分かってくれ未来……」
「マスター………」
「未来【命令】する【御雷神明流道場への立ち入りを禁止する】」
『ハイ、マスター【禁止命令】確認シマシタ』
未来は、むー……、と悲しげな表情で潤んだ瞳を僕に向ける。
その後、伽凛さんを憎々しげに、ギッ、睨み付けた。
そんな未来の視線に伽凛さんは道場の玄関を開けながら「おお怖」とおどけるような態度を見せる。
そして僕の背中を押すように道場の中へと入ると玄関を閉じた。
道場の玄関が閉まると僕は道場内に清く澄んだ力が満ちている気がして自然と背筋が伸びる。
「この道場には指定された特定の人物だけが入ると時間と空間が外と切り離される結界が施されている。もちろんお前も射陰に指定させておいた」
「……その結界とはどういったものなのでしょうか?」
「ここの時間の流れが外の時間の流れの10倍の早さで流れているとか、ここでどんな強力な力を行使しても、例えば核爆弾が爆発しても外には何の影響もないとか、だったかな? 他にもまだいろいろあったと思うが……………まあ、そのうちわかるだろう」
伽凛さんは自信なさげに僕から目を逸らしこの道場に施されている結界について説明する。
・・・うわー、この人、興味の無いことは滅茶苦茶いい加減だなー・・・
「……ということは、ここでの10分は外での1分、1時間は6分、10時間は1時間ということですか?」
「まあ、そういう事だ」
「……道場の広さが数十倍数百倍になったりとか重力を段階的に調整出来たりとかはするんですか?」
「いや、そんな漫画やアニメみたいな事が出来るとは聞いてないな……」
・・・いや、特殊な能力がまだ一般的でない今現在の地球の状況からしたら道場の中と外で時間の流れが違うとか、中で核爆発規模の破壊が起こっても外に全く影響がないという時点で漫画やアニメの世界なんですけど?・・・
「……まあ、異邦人としての力を殆んど封じられているからな、それが無ければそれ以上のことも出来ると思うぞ」
・・・この世界による異邦人に対する封印が無ければ出来るんかい! 異邦人って漫画やアニメのような存在なんですね……・・・
「ああ、因みにこの世界の地球人以外の者達の中にもこの結界以上の結界を張る者達もいると聞いたな」
・・・……と思ったら地球人以外の人達はみんな漫画やアニメのような人達だった!?・・・
「まあ、雑談はここまでにして、そろそろ私のお楽しみ……ではなく、お前の鍛練に入ろうか」
「師匠、今、本音がポロリと出ませんでしたか?」
「………気にするな」
・・・いや、気になりますよ。それに何今の間は……・・・
「それより先ずは、基本的なところから始めるとするか」
・・・……なんだか伽凜さん異様に楽しそうなんですけど……いやーな予感がするなー……師匠の人選、誤ったかなあ・・・
「未来ちゃん、こんな所で何してるんですか?」
私が昼前くらいに目を覚ますと、スマホにメールがきていた。
そのメールの差出人を確認しすると、羽生伽凛、となっていた。
・・・伽凛姉様からメール……・・・
私は嫌な予感がして、急いでメールの内容を確認する。
***私は今から創星を拐いにいく。今日は1日二人っきりで組んず解れつのお楽しみだ。沙耶香、悔しかったら急いで我が家の道場まで来い。待っているぞ! では、さらばだ! わはははは***
私はパジャマの上に白のロングコートを羽織ると部屋を飛び出していた。
私が羽生家の屋敷に着いたのは昼を随分と回った頃だった。
羽生家の御雷神明流道場は屋敷の裏にある。
私の乗る車は道場の大門ではなく大門から少し離れた通用門の前に止まった。
その通用門は道場生が何時でも出入り出来るように昼夜問わず鍵が開いたままになっている。
・・・ちょっと無用心だと思うけど……流石にここに忍び込む命知らずな人はいないでしょう・・・
私がその御雷神明流道場の通用門を潜るり道場に目を向けると、道場の玄関前の地べたに一人の少女がペタリとお尻を付け子犬のように悲しげに喉を鳴らし玄関の引き戸をカリカリと引っ掻いていた。
その桃色ジャージ姿の銀髪美少女の姿を見たとき私は堪らず・・・あ~ん、何この可愛い生き物!! 思いっきり抱き締めたい!!・・・と身悶えしてしまった。
・・・いけないいけない、今はそれどころじゃない・・・
私はなんとか自分の欲望を抑え彼女に声を掛けたのだ。
私に声を掛けられた彼女、未来ちゃんは子犬のようにこちらを見上げ「沙耶香~」と私に涙目を向けてくる。くっ、か、可愛い。なんて破壊力なの。私の自制心のレベルゲージがガリガリ削られていくわ……。
「マ、創星さんに入ってくるなって言われたの~」
そう言うなり未来ちゃんは私に抱きついて泣き出した。
そんな未来ちゃんを私は優しく抱きとめ頭を撫でてあげる。ああん、なんという至福、ずっとこのまま未来ちゃんの頭を撫でていたい……なんて言っている場合じゃない!
「未来ちゃん、創星くんは道場にいるの?」
私はどうにかこうにか未来ちゃんという誘惑に打ち勝ち創星くんの居場所を未来ちゃんに確認する。
「うん、伽凛と二人だけで中にいる」
未来ちゃんのその言葉に私は血の気が引き嫌な汗が滲み出すのを体全体で感じる。と同時に、私は何かに急かされるように動いた。
私は未来ちゃんから離れると道場の玄関入口の引き戸を開こうとする。が、ビクともしない。
・・・おかしい。たしか御雷神明流道場の玄関には鍵は付いてなかった筈……・・・
「未来ちゃん、貴女も手伝って」
私が未来ちゃんに手伝ってくれるように頼むと、未来ちゃんは悲しそうな表情をして、「だめ、私、道場に入ることを禁止されたから……」と、涙を零し始める。
・・・未来ちゃん、なんて従順な子なの……こんないい子を泣かすなんて、創星くん後でお説教よ!・・・
私は創星くんの未来ちゃんに対する扱いに怒りを覚えると同時に創星くんと伽凜姉さまが今二人っきりでいるということに強い不安と焦りを感じビクともしない道場の引き戸を引いたり押したり叩いてみたりと必死になってどうにか開けようとした。けど、やっぱり開かないものは開かない。
そんな道場の開かずの玄関に私か泣きそうになっていると、「おや、誰かと思ったら、冠城家のお嬢さんじゃないか」と、道着を着た中年の男性に声を掛けられた。
「矢吹さん、丁度よかったこの道場の玄関を開けてもらえませんか?」
矢吹さんは御雷神明流道場の柔術師範を務めている人だ。
「おや? 玄関、開きませんか?」
そう言いながら引き戸に手をかけようとして、動きを止める。
「ああ、これは……当分道場には入れないなー」
矢吹さんは〈すまないね〉というような表情で短く切り揃えられた黒髪の頭を掻く。
「そんな……」
私が矢吹さんの言葉に愕然としていると、「ここじゃあ寒いでしょう。お二人ともお嬢にご用なら道場の客間で待っていた方がいいですよ」と、矢吹さんが声を掛けてくれる。
しかし、私と未来ちゃんは道場の玄関前から動くことが出来なかった。
「……何があったのかは知らないが。貴女のその慌てて出てきたような姿を見れば、貴女にとって余程のことがあったのだろうことは分かります。……お嬢は冗談が過ぎるところもありますが、あのお嬢が、傍目からも分かるほど妹のように大切に思い可愛がっている貴女を、本当に悲しませるようなことはしませんよ」
そう優しく話し掛けてくれる矢吹さんの言葉に自分がどんな姿で家を飛び出してきたのか気がつき、恥ずかしさの余り顔が熱くなるのを感じると同時に羽織っているコートの前を両手で慌てて閉じる。
あはははは、「いやいや、なかなか初々しくてよろしい!」
私は楽しげに言う矢吹さんに子供扱いされたような気がして頬を膨らませる。
そんな私の態度など気にもせず矢吹さんは「さあ、客間に案内しましょう」と先にさっさっと歩き出す。
私はそんな矢吹さんに遅れまいと未来ちゃんの手を取り「未来ちゃん、行きましょう」と歩き出す。
私達は矢吹さんに案内されて御雷神明流道場の客間に入る。
「今、お茶とお菓子を持ってきますから、テレビでも見て寛いでいて下さい」
私達は矢吹さんの言葉に甘え客間にある炬燵に入りテレビを見る。
未来ちゃんは私にピッタリと寄り添うように座り私の肩に項垂れるように頭を預けてくる。
そんな未来ちゃんの身体全体から悲しみが私に伝わってくる。
その未来ちゃんの悲しみと伽凜姉さまに創星くんを取られるんじゃないかという不安が相俟って私も泣きたくなるほど辛くなってくる。
テレビでは正月番組の合間のニュースでこの羽生市で暴力団どうしの抗争による事故が発生し高校生二人が病院に搬送されたことを告げていた。けど、その内容は殆ど耳に入ってこなかった。
暫くしてから矢吹さんが戻ってきた。
「若に確認してきたが、お嬢さんが心配するような事態は起こっていないとのことでしたよ。というか、お嬢さんが心配しているようなことをするような度胸のある者はお嬢や若を含め誰一人いないだろうとのことでした。ですから、安心してここで待っていてあげて下さい、だそうです」
矢吹さんはそう言いながらお茶とお菓子を私と未来ちゃんの前に置いてくれる。
恐らく矢吹さんは道場の中を確認できる射陰さんの所まで行って中で伽凛姉様達が何をしているのか確認してくれるように頼んでくれたのだろう。
私はそんな矢吹さんの言葉に少し不安が和らぎ「態々ありがとう御座います」と感謝をし頭を下げる。
「それと、もうそろそろ中から出てくるでしょう。昼も過ぎていますから。それまで、ゆっくり待っていてあげて下さい」
そう言うと矢吹さんは客間を出て行った。
私は一つ息を吐くと未来ちゃんの方に目を向ける。
未来ちゃんはまだ悲しみの中に沈んでいるようだった。
そんな未来ちゃんを優しく抱き寄せ頭を撫でてあげる。
未来ちゃんは私に身体をすり寄せ悲しげの喉を鳴らしていた。
・・・本当にもう、こんな可愛い未来ちゃんを悲しませて、創星くん、後で覚えてらっしゃいよよ!・・・
私は少し安心したことでうつつ寝をしてしまったようだ。
ふと気がついて壁に掛けてある時計を見ると後30分程で午後3時というところだった。
未来ちゃんはまだ私に寄りかかり悲しそうにしている。
そんな未来ちゃんの頭を撫でて上げようと手を上げた時だった。
「ほら、しっかり歩け創星! 全くあの程度でへばるなんて情けないな!」
「あ、あの程度って……ほんと、鬼ですね」
という話し声がドタドタという足音と共に聞こえてくる。と、不意に通路と客間の間の障子が開かれた。
「よう! 沙耶香、やっぱり来ていたな! 服装からしてあのメールを見て慌てて来たんだろ?」
「ええ、お陰さまで、風邪をひいたら伽凛姉様のせいですからね」
あははは、「そん時は付きっきりで看病してやるよ! まあ、折角来たんだ、こいつの面倒を見てやってくれ」
そういうなり伽凛姉様は肩を貸していた創星くんを畳に転がした。
「し、師匠、も、もう少し優しく扱って貰えませんか?」
「十分優しいだろう? 動けなくなったお前の面倒を見てくれる奴を呼んで、しかもここまで担いで連れて来てやったんだから」
そんな伽凜姉様に創星くんは諦めたように口を噤む。というか、疲れ果ててもう口も開きたくないという感じだ。
その創星くんに未来ちゃんが何時の間にか抱き付き声を殺して泣いていた。
そんな未来ちゃんの頭を創星くんは優しく撫でていた。
「未来、ごめんな」
創星くんの謝罪に未来ちゃんは創星くんに抱き付いたまま首を横に振ることで応えていた。
それから間もなくして創星くんは寝息をたて始めた。




