大晦日 嵐の前兆? (2)
一部文章を変更しました。
伽凛さんも大学生ぐらいでしょう? ⇒ 伽凛さんだって僕に対して全くそんな気はないでしょう?
「宗家の許可は後で取る! 決めるのは創星だ!」
その美女の決断に美青年は「姉さんは言い出したら聞かないからなぁ」と諦めたように言う。……お兄さん、苦労してるんだなぁ……。
「で、結局は僕が宗家に許可を取ることになるんだよなぁ」
「おう! 頼りにしてるぞ弟よ!」
美女のいい笑顔に対して美青年はげんなりした表情を返した。……お兄さん、ガンバ!
「よし! これで創星も(羽生家一門の)会合に出られるな! 未来は創星の身内ということで……」
・・・あれー? 直弟子になるかどうかは、僕が決めるんじゃなかったけ?・・・
「……僕はどうなっても知らないよ。……っと、姉さん! それどころじゃない会合に完全に遅刻だ!」
「げっ、やっべー……親父殿に殺される……」
美女は頭を抱えしゃがみこみ、美青年は天を仰ぎ見る。が、「まあ、遅刻しちまったものは仕方がない。会合の方は叔父上殿が上手くやってくれているだろう」「だね」と、二人は直ぐに立ち直ったようだ。
・・・うん、二人ともくよくよしないさっぱりとした性格みたいだ。しかも、我、我が道を行くってタイプだな。特にお姉さん……。僕は承諾してないのに何故かもう直弟子になることになっちゃってるし。……それにしてもこの二人いいコンビだな。見た目、性別以外はそっくりだから双子なんだろう、だからかな?・・・
「というか、決めるのは創星だと言っておいて肝心の創星の気持ちも聞かずに、勢いで話を進めてしまったな」
・・・あ、僕が言う前に気がついた? そのまま押しきろうとするかと思ってたけど・・・
「すまん、で、どうする創星。私の直弟子になるか? 私の直弟子となれば、私が責任をもってお前を強くしてやる」
「私がいるんだからその必要はない!」
美女の申し出に対して異を唱えたのは未来だった。まあ、当然か……未来はこの二人を僕に近づけたくないみたいだからな。
「そうか? 遠くから見ていたが創星は闘い方が全くなっていない。未来、お前、創星を守る気があるのか? せめて自分の身を守る護身術ぐらい創星に身に付けさせるべきだろう? それに未来、創星がお前に地球人に対して暴力を振るうことを許したことが今までにあったか? お前は未だに不完全で自分の力を制御しきれていない。その証拠に怒りなどで感情が高ぶった時、体温が地球人では考えられないほどに上がっているだろう? それは感情により力の制御が上手くいかず暴走している証拠なんじゃないのか?」
美女に図星を指され僕と未来はぐうの音もでなかった。
そこに畳み掛けるように美女は言葉を続ける。
「創星、私ならお前を地球上の誰よりも強くしてやれる。そうすれば未来に心配や負担をかけずに済むようになるし、いざという時に大切なものを守ることも出来るだろう。未来、お前はお前のマスターの為にも今は自分の再生に集中するべきだ!」
「そう言って、マスターを取り込むつもりなんでしょ!」
「もうよせ、未来。この二人からはそんな邪な思いを感じない」
実際のところ神眼で確認したが彼女達の感情を見たりすることは出来なかった。
おそらく、純粋なこの世界の者ではないからだろう。
だが、二人からは邪なものを全く感じない。
『未来、その人にとって魅力のあるものが目の前にあれば、その人からそれに対する何らかの欲を感じるものだ。……それが人であれば欲を向けられた人は特にそれを感じるだろう……だけど、この人達からは僕に対して全くそういったものを感じられない。だから、今は、この人達を信じてもいいと僕は思う。それに、このお姉さんに言われたからじゃないけど、僕は弱いままじゃいけない、僕は強くならないといけないんだ。未来に心配かけないためにもね』
『……マスター、私はマスターを守ると言っておいて、私、マスターを守りきれてないよね』
『いや、そういう意味でいった訳じゃない』
『うん、分かってる……確かにこの人の言う通りだと私も思うから……マスターがこの人達を信じるなら私も信じることにする』
未来は納得したように僕に笑顔を向ける。
それを見てとった美女が「話し合いは終わったかな?」と話し掛けてきた。
「……はい……よろしくお願いします、師匠」
「応! 任せておけ! それと、修練以外の時は師匠ではなく伽凛でいい」
「はい……よろしくお願いします、伽凛さん」
「応、よろしくな」
「僕のことは射陰でいいよ、創星君」
「よろしくお願いします、射陰さん」
「うん、よろしく。未来ちゃんもよろしくね」
未来は射陰さんに笑顔を向けられるとコクリと頭を下げた。うん、未来、やっぱり可愛いな。けど、挨拶くらいはしっかりしような。
「よし、挨拶も終わったし、会合に行こうか」
そう言うと伽凛さんは奥宮の参集殿へと向かって歩き出す。
「あ、すみません。僕達、友達と本宮の方で待ち合わせしてるので、ここで失礼させて頂きたいのですが……」
「友達って、沙耶香のことだろ?」
「え? あ、はい」
・・・何で冠城さんのこと知ってるんだろう?……と、思ったが、よくよく考えてみると冠城さんもこの会合に出席しているんだ、顔見知りだとしても不思議ではない……けど、僕が言った友達が何で冠城さんだと分かったんだろう?・・・
僕の戸惑いをよそに伽凛さんは話を続ける。
「沙耶香も会合に出席してるんだ、会合が終わった後、ここで一緒に初参りすればいいじゃないか」と言った後、伽凛さんは少し意地悪な笑顔を見せ「沙耶香の両親も一緒だけどな」と楽しそうに言う。うん、もう、伽凛さんのい、け、ず。……って、それちょっと洒落にならないんですけど?
「あの、やっぱり本宮の方へ……」と、僕が後退りながら言うと「師匠命令だ! ついてこい!」と、伽凛さんは僕の襟首を掴み楽しげに参集殿へと引きずっていく。……伽凛さん、さっきの言葉、修練以外の時は師弟関係ではなく友人関係でいようって意味じゃなかったんですか? ……都合のいい時だけ師匠になって、師匠である立場を使って僕で楽しもうとしてませんか?
僕が未来の方へ助けを求めるように目を向けると『マスター、この二人を信じるなら師匠である伽凛の命には従うべきだと思うよ。それに私も沙耶香のご両親には早めに御挨拶しておいた方がいいと思う。もちろん、マスターが【命令】してくれるなら助けるよ?』と未来からいい笑顔で心話が届く。……何それ、未来さん……そういえば、未来の奴、前から僕と冠城さんをくっつけようくっつけようとしていたような……何れにしてもいろんな意味で腹を括れって事かい……というか、なんだか可愛い未来が反抗期?
「創星君、そんなに心配しなくてもいいよ。この年末の会合は一門の慰労を兼ねた気軽なパーティーみたいなものだから」と、射陰さんは僕を安心させようとするように笑顔で言う。いやいやいや、射陰さんズレてるズレてる。僕が心配してるのはそっちじゃないから。っていうか……射陰さん分かって言ってるでしょ……その笑顔、怪しいなあ。
結局僕は伽凛さんに引きずられたまま羽生家一門の会合会場である御雷神社奥宮の参集殿へと強引に連れ込まれてしまった。
「遅いぞ伽凛! 当主代行のお前が来なければ会合が始まらんだろうが!」
奥宮の参集殿は本宮の参集殿より規模が大きく何より純和風の建物は飾り気は無いがそれ自体から威厳を感じる風格があった。
その内装もきらびやかさは無いが、落ち着いた重厚感のある造りとなっていた。
その参集殿のホテルのパーティールームのような広さのある大広間が会合会場となっていた。
その大広間には日本人だけでなく欧米中東から東南アジア、ロシア中国韓国等々海外の人達も多く居て、多くの言語が飛び交い非常に賑わっていた。
・・・射陰さんの言っていた通り、会合と言っても立食パーティー形式の堅苦しくないものみたいだな・・・
そんな人々の中にはテレビで見たりする芸能人は勿論、政治家や財界人、官僚等々、僕でも知っているような有名人が多数見受けられた。
・・・凄いな、羽生家一門は世界中の政官財に影響力を持っているっていうのは聞いた事があるけれど、この顔ぶれを見れば納得だ・・・
伽凛さんが会合会場の扉を大きく開き中に入ると初老の紳士が伽凛さんにスッと近づき声を潜めて叱責する。が「いやー、申し訳ない叔父上殿。裏の会合が予想より長引いたのと……」と言って僕をチラッと見て「……ちょっと道に迷ってしまって……怒ってます?」と伽凛さんは悪びれたりせず頭を掻きながら謝罪する。
そんな伽凛さんを見て初老の紳士は諦めたように一つ息を吐くと「もういい、壇上に上がって挨拶をしろ」と、伽凛さんに指示する。
・・・ほんと伽凛さんの関係者ってみんな苦労してるんだなぁ……って、当主代行?! 伽凛さんが?……そういえば射陰さん……羽生って名乗ってたよね……で、この会合って、羽生家の会合だったよね……その当主代行……ってことは、伽凛さん、羽生家の直系というか次期当主ってこと? …………あはは、まさか、一般人の僕が羽生家みたいな(地球上の)世界的な大家と関係を持つとは……いや、それどころかその次期当主と師弟関係になるとは、ついさっきまで全く考えられなかったなぁ……ほんと人生何が起こるか、分かんないなぁ・・・
等と僕が考えているうちにタンクトップの上に着ていた袖なしのスカジャンを質のいい濃紺のジャケットに替えた伽凛さんは会合会場の上座に設えられた舞台の上に上がっていた。
その伽凛さんに気がついた会場の人達は雑談を止め皆伽凛さんに注目する。
伽凛さんはマイクの前に立つと一度会場全体を見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「あー、みんな、遅れて済まん。そのまま楽な格好で聞いてくれ。先ずはみんなに感謝したい。今年も(地球上の)世界各国の政官財各分野でみんなよく頑張ってくれた。月にいる羽生家当主の羽生大介に代わって感謝する。皆知っていると思うが羽生家当主の羽生大介は今、地球のこれからが決まる大切な統合銀河帝国との交渉の為の交渉団の主要メンバーの一人として月にいる。当主が地球に戻るまでの間、当主の娘である私が当主代行として当主の仕事を引き継ぐこととなった。まだまだ若輩者ゆえ至らぬところが多いと思うが何とかこの重責を果たしていきたいと思っている。また、皆の力を必要とする時もあるだろう、その時はよろしく頼む」
伽凛さんは軽く腰を折り会場にいる人達に対して頭を下げた。……立場的にも性格的にも人に頭を下げるようなタイプの人間じゃないと思ってたけど……この人、必要なときは躊躇無く頭を下げられる人なんだ……。
伽凛さんの態度に僕が驚きに似たものを感じていると、「姉さんは、ああ見えて気立てのいい女性なんだよ。姉さんは羽生家の直系で力も強くカリスマ性も持ってるけど、それだけで女性が羽生家一門のトップに立つことはできない。男性のような厳しさと女性の気立てのよさがあって初めて女性として一門のトップに立ったんだ」と、僕の後ろにいる射陰さんが教えてくれる。
そして、「創星君、姉さんを妻として娶る気はないかな?」と、明るい声で言う。はっ? 何言ってんの? この人。
僕は突然のことに驚きながらも、後ろにいる射陰さんの顔が見えないため本気で言っているのか冗談なのか全く分からず後ろを振り向こうとする。と同時に、会場が一瞬ザワつく。
・・・何事か?・・・と思い僕が伽凛さんの方に目を戻した時、「未来ちゃんの目が怖いから退散するよ。君がその気になったら僕と父さんと母さんは君のことを応援するからね」と言って、射陰さんは伽凛さんのいる舞台の方へと足早に歩いていってしまった。
・・・一体全体、何を言ってるんだ? あの人は、僕はまだ高一だよ? それに、伽凛さんだって僕に対してそんな気は全くないでしょう?・・・
一瞬会場がザワついたのは、伽凛さんから重大発表があるとのことで、その内容が極秘事項であるため、一時的に重要なポストについていない者の退出を伽凛さんが求めたからのようだった。
だが、ザワついたのは一瞬だけで会場にいる人達は皆伽凛さんの求めに応じていた。
ならば僕も、と思い僕も未来を連れて会場から出ようとしたが「あー、そこの、私と一緒に入場した少年少女、君達はそのまま残って構わない。私が今から話すことは恐らく君達の知っている事だからな」と、伽凛さんに止められてしまった。と同時に、周りから僕達に視線が集まる。いやいやいや、何を言っちゃってくれちゃってるの? 伽凛さん。羽生家一門の極秘事項なんて僕達が知っている訳がないでしょう?
僕が混乱する思考と周りの視線に耐えながら伽凛さんに目を向けると、伽凛さんは楽しそうな笑顔を僕に向けていた。
・・・うっわ! やられた・・・と思った時はすでに遅く、会場の扉は閉められていた。
会場内に残った人達から、「あれは何処の家の者だ」とか、「羽生本家の関係者か?」等々のヒソヒソ話しが聞こえてくる。……いえいえ、伽凛さんの直弟子にはなりましたが、羽生本家とは無縁の者ですよ?
だが、先ほどの伽凛さんの発言により、ここにいる人達には、僕=羽生本家と何らかの関係を持つ者、だと認識されてしまっただろう。ああああ、何だか平穏な生活が駆け足で僕から逃げていていくような気がする……。
僕が頭を抱えていると、「じゃあ本題に入ろう。先ほど極秘事項と言ったが、それは(地球上の)世界中が混乱しないよう各国政府がその情報を少しずつ開示していくため、その開示が済むまでの間の時限措置だと承知しておいてもらいたい」と、伽凜さんは僕の悩む姿を見て満足げな表情をすると話を進め始めた。……やっぱり、この人意地悪だ! ……この人のどの辺りが気立てがいいって?
その話の内容は、統合銀河帝国との交渉が終盤に差し掛かっていることと、太陽系と地球に掛けられた創造と破壊の女神の封印が完全に解かれたことにより地球人に特異能力が発現し出すだろうことと地球の環境もそれに合わせるように変化し始めるだろう、という事だった。……交渉のことは知らないけど……うん、特異能力発現と地球環境の変化については知っていました。
「特に特異能力発現については、(地球上の)世界中で混乱が起こる可能性がある。地球に掛けられた封印が完全に解かれたのは一年ほど前だ。宇宙人関連の話題の方が大きいせいでまだ騒ぎとまではいっていないが、一部テレビでも取り上げられているように、もう既に特異能力を発現させている子供達もいる。今はまだ大きな能力を発現させている者はいないが、そのうち強大な能力を発現させる者も出てくるだろう。地球上でそういった者達を保護若しくは取り押さえる力を持つのは今のところ、異邦人の力を受け継いでいる我々御雷一族だけである。来年は大変な一年になるかも知れない。皆そのつもりで気を引き締めて事に当たってもらいたい、以上だ!」
伽凜さんは話が終わると、出入口の方に視線を向け頷くように合図する。
その出入口近くに立っていた人がその合図に合わせて扉を開く。と、他の扉も一斉に開かれ外で待っていた人達が中に入ってきた。
外で待っていた人達が全員入ったのを確認すると伽凜さんは、「みんな待たせたな。グラスを持ってくれ」と指示をする。
その指示に僕と未来も給仕さんからグラスを受け取る。
伽凜さんは、みんなにグラスが行き渡った頃合いを見計らって口を開く。
「皆、グラスは持ったか? ……今年一年ご苦労だった! 今晩は無礼講だ皆羽目を外して楽しんでくれ! それでは、今年一年の羽生家一門の発展を祝して、また来年のさらなる発展を祈願して、乾杯!!」
伽凜さんの乾杯の合図と同時に会場にいる人達は全員手に持ったグラスを宙に掲げ、その後その中身を全て飲み干す。
そして誰ともなく拍手が起こり、会場全体にその拍手が広がる。
その拍手が収まると、皆思い思いに動き始めた。
ある者はテーブルの食事に口をつけ、ある者はグラスを片手に親しい人達と談笑を始め、ある者は目上の者や初対面の者等に挨拶をしている。
そして僕の周りにいる人達からは僕の方を気にしている気配が僕には犇々と感じられた。
・・・う~ん、下手に声を掛けられると面倒だし、そうなる前に伽凛さん達と合流すべきか? いや、伽凛さんや射陰さんは何か格の高そうな若い巫女さんと、あと何だか場違いな……大きな黒い翼と白い翼を付けた男女と談笑しているし、……何だろうあの場違い感が半端じゃないコスブレイヤー? 周りの人達は気にしてないみたいだけど、いや、まるで気づいてないみたいだ。……あの巫女さんと男女二人のコスブレイヤーは気になるけど……今のうちにここから脱出するか?・・・
等と僕が考えていると「鈴星君?」と突然声を掛けられ「うひゃい」と、僕は小さな奇声と共に跳び跳ねる。
僕が後ろを振り返るとそこには困惑顔の冠城さんが立っていた。
「なんだ、冠城さんかー」
「なんだ、冠城さんかー、じゃないでしょ。どうしてここに鈴星君と未来ちゃんがいるの?」
その冠城さんの問い掛けに「……うん、僕もどうしてここにいるのかよく分かりません」と僕が答えると、冠城さんは「は?」と困惑顔をさらに深くする。
・・・どうやってここに来たのか? と問われれば伽凛さんに連れてこられたと答えるけど……どうして、とここにいる理由を問われると、ねぇ、ハッキリ言って僕と未来自身にここにいる理由はないし・・・
「沙耶香、それに関しては私が説明しよう」と、いつの間にか近づいてきていた伽凜さんが突然僕の肩に腕を回し僕を抱き寄せた。
それを見た冠城さんは困惑顔を一瞬にして不機嫌顔に変化させる。
もちろん未来の機嫌も悪くなるのを僕は犇々と感じていた。
・・・うん、何これ……僕、帰ってもいいですか?・・・
僕は身体を伽凜さんにガッチリとホールドされ身動きできなかった。
・・・あ、やっぱり、ダメですよねー・・・
現状、僕は引きつった笑みを浮かべるしか出来ないことを悟った。